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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第196話:人ならざる者の苦悩

 
前書き
どうも、黒井です。

今回でAXZ編もラストとなります。 

 
 ドームを突き破りアダムを蹴りで押し出していった颯人と奏。後から追いついた響達が着弾点だろう火柱が立った場所へと向かうと、そこでは異形と化したアダムが倒れ、そのアダムの喉元にカリバーモードのアックスカリバーの切っ先を突き付けている颯人の姿があった。
 アダムは全身ボロボロであり、誰がどう見ても立ち上がれるような姿ではない。死んではいないらしく、胸が上下に動いているが勝敗は誰がどう見ても明らかだ。

「はぁ……はぁ……」

 荒く呼吸をしながら、アダムが颯人を睨み付ける。奏はそこから数歩離れた所に立ち、颯人とアダムを交互に見ていた。

「こ……殺せ……」

 暫くどちらも黙っていたが、先に口を開いたのはアダムの方であった。アダムは勝敗が決した事を嫌でも察すると、これ以上生き恥を晒したくないと言わんばかりに颯人に介錯を求めた。カストディアンからは失敗作として切り捨てられ、友と信じた男には裏切られ、そしてその男の子孫に無様に敗北した。ありていに言って、アダムはもう生きることに疲れ果てていた。

 アダムは気付いていない。その”疲れる”と言う事自体が、一つの生命として彼自身がこの世界に存在している事の証明であるという事に。命あり、生きているものでなければ疲れなど感じることはない。人形は疲れると言う事も知らず、ただ自身の使命を全うする為にその存在全てを使うのだ。

 アダムが気付いていない矛盾に先に気付いた颯人は、全てを諦めた様に介錯を求めるアダムを小さく鼻で笑い徐に切っ先を下げた。

「ん……?」
「お断りだ。お前を殺したって何の意味もないからな」
「何だと……!?」

 まるで殺す価値すらないと言わんばかりの颯人の物言いに、アダムの萎えかけていた心に再び火が灯る。
 一方離れた所でその様子を見ていたプレラーティとカリオストロは、アダムに情けを掛けるような颯人の行動に抗議した。

「何を考えているワケダッ!?」
「あんな奴に情けなんて掛ける価値あるッ!?」
「待ちなさい、2人共」

 利用され、裏切られた。恐らくこの場に居る者の中で最もアダムからの被害を被っている元パヴァリア光明結社の幹部である2人からすれば、これ以上アダムがのさばるなど冗談ではないと言ったところなのだろう。本来であれば寧ろ彼女達の方がアダムにトドメを刺したくて仕方ない筈だ。その役目を態々譲ってやったというのに、その機会をドブに捨てるような彼の行動は理解し難いものであった。と言うより、理解したくないと言った方が適切か。2人からすれば、ここでアダムに終止符を打ち全ての因果から解放されたい気分なのだろう。

 それに対し、サンジェルマンは2人を宥めた。その表情は険しく、彼女自身も颯人の判断を全て納得している訳ではない事が伺えた。だが、理解できるところもあるのかサンジェルマンは2人と違い理性で己の心を鎮めていた。

「サンジェルマン?」
「何故だ? サンジェルマンが一番あの男に文句がある筈なのに」
「そうなんだけどね……」

 確かに、アダムに対しては言いたい事が山の様にあった。だが全てを失い、全てに絶望し自棄になって暴れる彼の姿を見ていると、サンジェルマンにはアダムが見た目よりもずっと小さい存在に見えて仕方なかったのだ。今までは局長という立場だけでなく、存在自体が自分とは隔絶した存在であると肌感覚で認識させられた――だからと言ってヒトデナシと言う評価が変わる訳ではないが――相手が、あんなにも人間臭くちっぽけに見える。そう考えると、何だか苛立ち以上に同情が湧いてきてしまい怒る気になれなかったのである。

 まぁ詰まる所、サンジェルマンが抱いていた鬱憤は全部颯人が晴らしてくれたと考えることにして、アダムに対しては全て彼に任せる事を選んだのだ。どの道スペルキャスターを奪われ破壊された彼女らは戦力外となり、残った負担は全て彼らに任せる形となってしまった。それなのに戦いが終われば、さも自分達が手柄を立てたとでも言う様に騒ぐのは彼女のプライドが許さなかったのだ。そんな勝ち馬に乗るようなはしたない真似は出来ない。

 何処か達観した目でサンジェルマンが颯人の事を見ていると、アダムは横になったまま彼に食って掛かった。

「ふざけるな、殺せッ!? 何様のつもりだ、僕を見下して満足かッ!? そんなに僕に生き恥を晒させたいのかッ!?」

 いっそ見苦し位に声を上げるアダムを暫し見ていた颯人は、思いっきり溜め息をつくと変身を解除しアダムに顔を近付けるようにその場にしゃがみこんだ。

「止めようぜ、そう言うの」
「何?」
「俺が言うのもなんだけど、とっくにこの星に居ない連中を相手にそんなに頑張る必要……もうないんじゃねえの? 仮にアンタが神の力って奴を手に入れたとして、それを見せる相手が居ないんじゃ意味無くないか?」

 その言葉にアダムは言葉に詰まった。確かに、もうこの星にはアヌンナキもカストディアンも居ない。だがそれは表面上の話だ。アダムは知っていた、この世界が仮初の平穏の上に成り立っているのだという事を。アダムはこの星に何れ訪れる真の危機を回避する為に、神の力を欲した面もあったのである。

 しかしその計画は潰えた。神の力を手に入れることは叶わなくなり、そしてちっぽけな人間相手に自身も敗北を喫してしまった。打ちひしがれたアダムは、全てがどうでもよくなりつつあったのだ。

「……お前達は何も知らないだけだ。本当の恐怖は、すぐそこまで迫ってきている。僕はそれを防ぐ為に……!」
「ん? アンタもしかして、俺らの為にこんなことやろうとしたって訳?」
「ち、ちが……!? そう言う訳じゃ……ただ僕は、僕を認めなかった奴らを見返したくて……」
「だが結果的には、アンタはその本当の恐怖とやらから、この星を守るために動こうとしてくれてるって訳だろ。なら過程はどうあれ、アンタが俺達を助けようとしてくれてたのは事実じゃねえか」

 颯人の言葉を傍から聞いていた奏は呆れた。それは幾らなんでも屁理屈だし曲解にも程がある。アダムが語った本当の恐怖云々は所詮建前で、本心は自尊心を満たす……つまり自分が失敗作などではなく優れた、頂点に立つに相応しい存在であるという事を周囲に求めさせたいが為の事である事は明白だった。

 しかし、颯人は敢えてアダムの事を褒めちぎった。だがそれは決して憐れみとかそう言う同情的な感情から来るものではない。

「ただまぁ、アンタのやり方じゃ世界がとんでもない事になっちまう。人とロクに接してこなかったアンタじゃ、どうせ何やったって破綻するだけだぜ?」
「フン……知った風な口を……」
「だからさ……ちっと頭を冷やして考えてみろって。そうすりゃ、もっと平穏で、アンタが望むものも手に入るかもしれないぜ?」
「望むもの?」

 この戦いの中で、颯人はアダムとワイズマンの確執を知った。そしてそれにより、彼はアダム自身が意識していない本当の望みに気付いたのである。

「仲間……いや、友達か? アンタが本当に欲しかったのは、それじゃねえかな?」
「ぁ…………」
「でなきゃ、爺ちゃんに裏切られてそこまでブチ切れる訳がねえ。信じていたから、信じたかったから、裏切られて悔しくて悲しかったんじゃねえの?」

 それに対する答えは簡単だ。否と言えばそれでいい。それだけで、颯人の考えをアダムは否定できる。

 たった一言……そのたった一言で全てを否定出来る筈なのに…………アダムの口からはその言葉が出て来なかった。

「ん……ぐ……」

 言葉に詰まるアダムを前に、颯人は目をクルリと回しその巨体の直ぐ傍に腰を下ろした。

「悪いな、俺はアンタほどの酷い裏切りにあった事はねえ。だからアンタの気持ちや苦悩は想像する事しか出来ねえ。だがな、これだけは言える」

 揺れるアダムに対し、颯人は彼を真っ直ぐ見つめながらその一言を口にした。

「生きろ」
「!」
「アンタさっき、生き恥晒すとかどうとか言ってたが……生きる事の何が恥ずかしい? 生きる事に必死になりこそすれ、それを恥ずべき事と思う必要が何処にあるよ? 生きる事ってのはな……そんな簡単な事じゃねえんだ」

 それはついさっきまで命の危険に瀕し、そして1人の女性に生きて欲しいと言う願いだけで生きてきた物だからこそ口に出来る言葉だった。颯人が奏を見れば、彼女もまた真剣な表情でアダムの事を見ている。その視線と、先程の颯人の言葉にアダムは息を飲んだ。

「……アタシも、一度はこの命を捨てようとした。いや、捨てても構わないと思った。誰かを助ける為、颯人を助けられないならこんな命要らないと思ったもんだ。でも、生きてなきゃ、先には進めない」
「アダム……アンタは何百年もの間、1人で寂しい思いをしてきたんだろ? なら、アンタはまだ生きるべきだ。折角この世界に生まれてきたのに、寂しい思いと嫌な思いだけの人生なんてあんまりだ。アンタはまだ、生きるのを諦めるには早すぎる」

 颯人と奏の静かな言葉に、気付けばアダムはじっと耳を傾けていた。そして、2人の話が終わり暫しの静寂を経て、アダムはその巨体をゆっくりと起き上がらせた。
 アダムが起き上がったのを見て、カリオストロとプレラーティが身構える。が、2人の警戒に反して他の者達は落ち着いた様子だった。響達には分かったのだ。アダムからはもう、他者を傷付けるような激情が感じられない事に。

 それを証明する様に、アダムは立ち上がると穏やかな目で颯人と奏を一瞥すると、何も言わずに2人に背を向け何処かへと歩き出す。その途中、アダムは立ち止まり何かを拾い上げた。

「ア……アダ、ム……ダ……ダキ…………ダキシメ……ア、アイ……アイアイ……シシシ……」

 アダムが拾い上げたのは、彼自身が自身の欲望の為の捨て石としたティキの残骸であった。響の攻撃をまともに喰らい、上半身だけとなりスクラップ寸前の彼女は、今にも機能を停止しそうな様子で残された力をアダムに甘える為だけに使っていた。それしか彼女には残されていないから。

「ティキ……」
「アダ、ム……ナ、ナカナイ、デ……デデデ……」

 ティキが絞り出す様に口にしたその言葉は、勿論正確ではない。アダムもまたオートスコアラー。アヌンナキによって作られた人形である彼に、涙を流す機能など備わっている筈がない。
 だが壊れる寸前のティキは確かに見たのだろう。アダムが、その両目から涙を流す光景を。彼女は最後の力を振り絞って、涙を流すアダムを元気づけようとしてくれたのだ。

「ア……アタシ……ツイテル。イツ……イツデモ……アダ、ム……ノ……ソバ、二…………」

 そこでティキの動きが完全に止まった。文字通り糸が切れた人形の様にだらりと腕が下がり、必死に言葉を紡いでいた口は開いたまま動かない。完全に壊れたティキを、アダムは優しく抱きしめるとそのまま静かに去っていった。

 颯人達はそれを黙って見送るのだった。




***




 アダムはその後、いずこかへと姿を消した。日本政府はその行方を追ったが、足取りを掴む事は出来ず完全に姿を見失っていた。

 統制局長であるアダムを失った事で、パヴァリア光明結社は事実上の壊滅となる。それでめでたしめでたし……とはならないのが世の儘ならない所。組織の長が居なくなった事で統制を欠いた錬金術師達は、次々と出奔し世界の裏で暗躍する事になってしまう。
 それを防ぐ為、サンジェルマン達嘗ての組織の幹部が改めて錬金術師の組織を立ち上げ、残っている錬金術師を束ねる事となった。その組織の名を、錬金術師協会と言う。サンジェルマン達はそれまで結社の一員として重ねてきた罪を、新たな組織の長として錬金術師達を束ねることで償っていく事となる。

 残念ながら組織に残っていた全ての錬金術師を完全に抑える事は出来ず、アダム蒸発の混乱に乗じて姿を眩ませた構成員は何割か居た。それらに関しては、各国政府の諜報機関と連携して順次摘発している最中であった。

 事態の収束から3日……それらの報告を聞きながら、エルフナインと了子、そしてアリスの3人は今回の事件で確認された不可解な事実への検証と考察を行っていた。

「ん~、わっかんないわね~。な~んで響ちゃんは神の力とやらの依り代になれちゃったのかしら?」
「アダム達の言葉を信じるのであれば、原罪を背負った人類である筈の響さんに神の力が宿る筈がないのに……」
「響さんの生まれにおかしなところは見られません。他に考えられるとすれば、何か後天的な要因でしょうけど……」

 頭脳労働担当の3人が揃って腕を組みウンウン唸る。あおい達がそんな彼女達にコーヒーを差し入れたその時、エルフナインがある事に気付いた。

「あっ! そうか、フロンティア事変ッ!」
「あの時がどうしたの?」
「確かその時、響さんはガングニールの侵蝕を食い止める為に神獣鏡の光を受けたと言ってましたよね?」
「そうですね…………! そうか、そう言う……」

 本来原罪を背負った穢れた人類には、神の力は宿る筈がない。その原罪とは、この場ではバラルの呪詛の事を示す。
 だがフロンティア事変にて、響は未来を助けるのと自身の命を守る為、神獣鏡の光に包まれた。魔を払う聖なる光。それに包まれた事で、響はガングニールの侵蝕と同時に魂に刻まれた呪いからも解放されていたのだ。

「なるほど……つまり浄罪されたって事ね?…………ん? ちょっと待って、それじゃあもしかして……!?」
「あッ! 響さんに当てはまるのなら、それはつまり…………!」









 その頃、颯人達は3日遅れて響の誕生日を祝っていた。装者と魔法使い、そして未来を始めとした響の友人達は、遅れはしたものの17歳となった彼女の誕生日を盛大に祝った。

 ガルドと調、そしてセレナが腕によりをかけて作ったご馳走に舌鼓を打ち、腹が満たされたら始まるゲーム大会。ブロックゲームなどの対戦では様々な組み合わせでの対決が行われ、皆が笑顔でそれを楽しんだ。
 だが何よりもこの場を盛り上げたのは、祝い事では決して手を抜かないこの男であった。

「さぁ、お待ちかね! 今宵限りのスペシャルステージを、とくとご覧あれッ!」
「よッ! 待ってましたーッ!」
「世界に名を轟かす有名若手マジシャンの手品を間近で見れるとか最高じゃんッ!」

 この日の為に練りに練った手品を次々と披露する颯人。まるで本当に魔法でも使っているのではと言う程の妙技の数々は、響達未成年は勿論マリアやガルドなどの大人組をも楽しませていた。

 一つの戦いが終わり、訪れた平穏を噛みしめる颯人達。

 その様子を離れた所から見ている者が居た。

「あ~ぁ……詰まんない結果になったな~」

 それはジェネシスの魔法使いグレムリンことソラであった。彼は離れたビルの上から、楽しそうに笑う響と颯人、そして奏の姿に侮蔑する様な目を向け鼻を鳴らす。まるで幸せそうにしている彼らの希望に溢れた笑顔が気に入らないと言いたげであった。

 が、その視界に未来の姿が映ると表情が変わった。

「ま、いいか♪ 面白い事も分かったし」

 以前、響は神獣鏡の光に包まれ、ガングニールの侵蝕から解き放たれると共に魂に刻まれた穢れを浄罪された。おかげで彼女は神の力の依り代となる資格を得てしまった訳だが、問題なのはそこではない。

 浄罪されたのはもう1人居ると言う事。そのもう1人である未来の姿に、ソラはピエロの様な笑みを浮かべ帽子を目深に被りその場を離れた。

「ンフフフフッ! あ~、次は楽しみ♪ ンッフフフフフ……アッハハハハハハッ!」

 月夜が照らす夜の街に、無邪気にして邪悪な笑い声が響き渡る。

 それは次なる大きな騒動の訪れを予告する呼び声でもあったのだが、その事に気付いた者は誰も居ないのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第196話でした。

アダムとは和解……と言って良いのかは微妙ですが、少なくとも敵対する事はなくなりました。ここで颯人がアダムを見逃したのは、彼の境遇を憐れんだのと同時に、曲がりなりにも自分の祖父が彼を狂気に導いてしまった事への責任感的なものも感じていたのかもしれません。

アダムが居なくなったので結果的に結社の錬金術師は統制を失いましたが、本作ではサンジェルマン達が存命なので彼女らが新たな組織・錬金術師協会を起ち上げ、錬金術師達の手綱を握っていく事となります。
まぁその直前のごたごたで、姿をくらませた連中も多数居ますけれども。

次回からは閑話としてしないフォギアを数話ほど取り扱います。XDUにあった空白期のノブレメインの話はどうするかちょっと検討中です。ゲームがサ終したのに加えて、本作だとあの3人も扱いがちょっと変わるので。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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