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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
姿なき陰謀
  隠然たる力 その4

 
前書き
 昨日のつづきになります。
本当は来週に投稿するつもりでしたが、あまり時間を空けると読者様も内容を忘れますし、熱量も下がります。
 なので、今回は土日連続での投稿にしました。
春分の日に投稿出来なかった分と、お考えいただければ幸いです。 

 
 マサキの命を受けた白銀は、一路ニューヨークからパリに飛んだ。
フランスを代表する軍需エレクトロニクス企業、サジェム社の関係者に逢うためである。
 白銀はサジェムやダッソーの社長との懇談にあたって、仲介役としてフランスの首相を頼った。
件の人物は、知日派として知られ、相撲や歌舞伎、古典に造詣(ぞうけい)が深い人物であった。
 ある時、大統領が博物館での日本展にに出向いた際、土偶と埴輪の違いを熱心に説明した。
そのような日本文化への理解が非常に高い事を、外交界隈(かいわい)では知らぬ人がいないほどであった。
 また、彼には、日本国内に没落した武家の若い女性を、囲って、妾にしていた。
妾との間に出来た二人の隠し子は、日本人として暮らしており、日仏間の公然の秘密だった。
 フランスは、王侯貴族や政治家の愛人に関しては問題視されなかった。
対岸の英国や新教徒の多い米国と違って、公人の私生活にはマスメディアは関心を持たなかった。
公金横領ならばともかく、他人の個人情報を探れば、自分の痛くもない腹を探られる恐れがある。
そういう事から、フランスのマスメディアは愛人問題に口を突っ込まなかった。
 フランスは、12世紀に生まれた騎士道恋愛物語を中心とした不倫を公然と認める文化が栄えた場所である。
一例をあげれば、太陽王ルイ14世や、皇帝ナポレオン1世、ミッテラン大統領など。
近代になってからも、多数の愛人を抱えた権力者は、比較的多かった。
 そういう文化圏なので、男性の方は、気に入った相手が人妻であろうが、未婚の生娘であろうが、お構いなしに声をかけた。
口説かれる女性の方も、相手が美丈夫や金満家であれば、また喜んで、公然と愛人になったりもした。
 公職にあるものは、公的な援助をせず、また離婚さえしなければ、複数の異性と恋愛関係になるのは個人の自由。
その様な生き方も、また良し、とされる中世以来の気風が残っていた。
 白銀は、マサキの作戦を行うにあたって、仏首相の妾が書いた手紙を持参して、首相の下に出向いた。
 実は御剣からの公的な手紙を用意する案もあった。
だが、外交上の話し合いになると、色々今回の件は不味い。
 それ故に、首相の個人的な件で、白銀が会いに行く。
一切の、公的な記録が残らない形を取ったのだ。
 白銀から手紙を受け取った首相は、妾の手紙を何度も目を通した後、
「一体、どこで、どのような経緯でお知りになられたのですか」
と、マサキの明かした話を信じていない様子だった。
「ムッシュ白銀。今回の話は、本当なのですか。
しかし、米国と西ドイツが絡んでいるとなると、話は別です」
 首相はフランスの政治家として、西ドイツの国力を恐れていた。
10年前の1969年当時で、西ドイツの人口は、5870万人。
これは、フランスの5032万、イタリアの5317万や英国の5553万とほぼ同数か、それ以上であった。 
 統一ドイツの出現は、欧州の各国間の均衡を崩しかねない。
西欧諸国やソ連、或いは東欧と足並みをそろえて、ドイツの影響力を抑えてきた政策が水泡に帰してしまう。
そんな懸念を、首相に擁かせる様な、内容の話でもあった。 
 白銀も、首相の警戒心をうまく利用した。
西ドイツの対マサキ工作を実態以上に大きく説明し、彼の関心を誘ったのだ。
 キルケの祖父・シュタインホフ将軍と西ドイツ軍が企んだ計画などを、針小棒大に話した
マサキは、罠にはめられて、シュタインホフ将軍の孫娘との結婚の間際まで行ったように伝えたりもした。
 首相は、一頻り思案した後、ダッソーとサジェムの関係者を白銀に引き合わすことを約束してくれた。
かくして、マサキは労せずして、フランスの軍産複合体との関係を持つこととなったのだ。

 一方、その頃。
西ドイツの連邦情報局では、なにやら秘密の会合が開かれていた。
「いいかね、我らの目的は一つなんだ、それ以上の事を望むんじゃない。
目的を遂げたら、対象者との関係をうまく持続させるんだ。
どんな手段を用いてもいいが、派出所に駆け込まれるような事は避けろ。
そうさせないのが、腕の見せ所だな」
「長官……」
 20代後半と思われる最年少者のユングが、先ほどから話し続ける上品な顔立ちの四十がらみの男の言葉を遮った。
「なんだ?」
「我々の仕事は、そこで終わりですか」
「おそらくな」
 そこに、英国留学中のヤウクと接触したバルク大尉が駆け込んできた。
「副長のヨーク・ヤウクにあって参りました」
「感触は……」
「上手く行きそうです」
「では、今日の会合は解散だ」

 首相府外局の情報局を監督する首相府長官(官房長官に相当)は、間もなく情報局を後にする。
ボンの情報局を出た車は、そのままケルンに向かい、郊外にある植物園へと入っていった。
 長官は、その植物園で待っていた男と、野外にある庭園を歩きながら、密議を交わしていた。
その男は、連邦軍や情報関係者から閣下と呼ばれている老人で、旧国防軍の高級将校だった。
「そうか……
シュトラハヴィッツの一派と同盟を……行くところまで行くかね!!」  
「はい……」
老人は、ホンブルグに漆黒のローデンコートという春先には似合わない格好であった。
「そうか……」
 老人は天を仰いだ。
「諜報の世界だけではなく……このドイツ民族が再び動く時が来たのかもしれない」
長官は、男の言葉に驚きと焦りの色を見せる。
「ドイツ民族が……」
「強く大きくなれば、前に立ち塞がる壁も、また大きく、強靭になる。
もう逃げて、許してもらえる小国ではない……
このドイツにも、大きな変化が必要な時が来たのだよ……」
 老人の言葉は、この時代にあっては非常に危険視される物であった。
米ソの二大国は、かつての帝政ドイツや第三帝国の事を心より畏れた。
 再びビスマルクやヒトラーのような傑物が現れれば、ドイツは一つにまとまる。
そして、我らの前に立ち塞がるであろう……
 畏れを抱いたのは、米ソばかりではない。
第一次大戦で数多くの成年人口を失ったフランスや、イギリスも同じであった。
ドイツ再統一という老人の言葉は、彼らから危険視されるのには十分だった。
 
 ここで、史実の世界はどうであったかを、簡単に振り返ってみたい。
英仏が、統一ドイツに対してどう考えていたかを、である。
 先ごろ公開された、1990年のフランス政府の外交電報によれば。
1990年当時の首相だったサッチャーは、同年3月、フランスの駐英大使にこう語ったとされる。
「フランスと英国は、手を取り合って新しいドイツの脅威に向かうべきだ」
そして、こうも述べたともいう。
「ヘルムート・コールは、別人になってしまった。
彼は、もはや自分というものを知らない。
彼は自分を『マスター』と勘違いし、支配者(マスター)であるかのように振る舞い始めている」

 またサッチャーは、敵国ソ連のゴルバチョフに対しても、次のように語った。
当時のゴルバチョフの立場は、東独にかける費用がソ連経済を圧迫していたので、統一ドイツを容認していた。
「英国も西欧もドイツの再統一を望んではいない。
戦後の勢力地図が変わってしまうことは、容認できない。
そんなことが起こったら、国際社会全体の安定が損なわれてしまうし、我々の安全保障を危うくする可能性がある」
サッチャーは、敵国ソ連をして西ドイツの勢力拡大を阻止しようとさえ企んでいたのだ。
 
 フランスのミッテランも同じであった。
ミッテランは、1990年1月にパリで行われた夕食会で、サッチャーに次のように漏らしたとされる。
「統一ドイツは、アドルフ・ヒトラー以上の力を持つかもしれない」
後に、ミッテランは、自分の側近をソ連に派遣し、ソ連の統一ドイツに対する姿勢を非難するほどであった。
 統一ドイツを阻止できなかったことを反省してであろう。
ミッテランは、自分の最側近を欧州復興開発銀行総裁の地位に潜り込ませ、東欧の経済を牛耳ろうとした。
 
 視点を再び、異星起源種が暴れまわる世界に移したい。
我々の世界と違う歴史を進む、この異世界でも英仏の態度は同様であった。
 この異界では、先次大戦において連合国は、ベルリンに4発の原子爆弾を投下した。
どのような理由かは、実は不明である。
 本来の原爆投下予定であった日本が、1944年に米国との講和条約を結んだため、作戦が中止になった。
このままでは、新型兵器の市街地での実験が出来なくなる……
そのことを恐れた、トルーマン大統領が決めたという説。
 あるいは戦後を見据えて、東欧を支配下に置きつつあるソ連を牽制するために、ベルリンに原爆投下したという説が一般的であった。
 いずれにせよ、ドイツは核爆弾4発の為に、政府機能が消滅。
終戦間際で、第三帝国が崩壊し、なし崩し的に占領軍の直接統治を受け入れることになったのだ。 
 政府のない国の国民の末路は、最悪だった。
勝者たる連合軍のほしいままにされ、あらゆる恥辱を受け入れざるを得なかった。
これ以上の事は、今回の趣旨から外れるので、別な機会を設けて話をしたいと思う。


 場面は変わって、西ドイツの臨時首都・ボン。
ユルゲン・ベルンハルトと接触した西ドイツの女スパイは、ぼんやりと空を眺めていた。
 ボン市内にあるカフェテリアで、アリョーシャ・ユングは、思い悩んでいた。
それは、ドイツ国家の将来ではない。
 ふと、ユングの脳裏に浮かぶのは、一瞬の出来事。
忘れようとしても、勝手に思い浮かんでくる。
 彼女は、白皙の美貌をたたえた好青年に、魅了されていた。 
何をやっても集中できず、思い浮かぶのは、例の美丈夫の事ばかり。
 今の自分は、情報部員としての職責を果たしていない。
こんなことではいけないと思いながら、ぼんやりとしてしまう。
 ユルゲン・ベルンハルト大尉か……
 ユングはユルゲンの顔を思い浮かべながら、ふとため息をついた。
それは官能と情熱のため息であった。
 ユングは、今まで世の男たちに、雰囲気があるなどと思ったことはない。
西ドイツ官界の若い官僚たちの中には、美顔で仕事のできる人間は大勢いた。
 仕事がら参加した政財界のパーティーの中にも、素敵だなと思える人物はいた。
しかし誰一人として、ユルゲンの持っているような雰囲気の人物は、いなかった。
 ベルンハルト大尉は、確かにハンサムだけど、それだけじゃない。
なにか、特別なものを、あの青年将校はを持っている。
 ユングは(かぶり)を振って、窓から見える空を見上げた。
なぜ、こんなにユルゲンの事を思い、ため息などをついたのだろう……
 やはりおかしい。
だけど、それだけでは割り切れない感情が、自分を支配している。
 どんな理由があるにしろ、積極工作の対象者に諜報員が惚れこんでいい理由があるわけがない。
そこでまた、胸の内側にもやもやとした感情が広がっていく。
 本当にそれでいいのだろうか。
たとえば、二人が軍人と諜報部員という立場を超えて、惹かれ合ったのならば……
 ユングは混乱していた。
これは、運命的な出会いかもしれない。
 胸をかきむしられるような痛みだった。
彼女は、その痛みさえもどこから来るものか、理解できなかった。

 米ソ対立という冷戦構造化で、東西に分割されたドイツ国家。
双方の国民の多くは、統一を望んでいたし、また東側のSEDも、西側のSPDも統一を理念に掲げていた。
 だが統一という夢は、実のところ、同床異夢であった。
SEDの望んだ統一は、社会主義による統一ドイツであり、統制経済をそのまま存続させることであった。
SPDの望んだ統一は、西ドイツによる併合で、最終的に欧州における経済超大国を作り上げることであった。
 また米ソの狙いも違った。
米国は、統一ドイツをNATOの一構造として、巻き込み、対ソ防衛権の一翼を担わせる心づもりであった。
他方、ソ連は、統一ドイツの非武装中立化を望んでいた。
 ドイツを管理する4大強国の狙いは、全く違うものであった。
米ソの狙いは、最初から統一ドイツの存在を両勢力の緩衝地帯にすることであった。
英仏の狙いは、分割に乗じて、二度と統一ドイツという存在を復活させないことであった。
 すでに1970年代後半から人口減少期に入り、少子高齢化の始まっていた西ドイツ。
彼等は、移民労働者を入れなければ、その経済規模も、人口規模も維持できないところになっていた。
 東独も、既にその傾向は見え始めていた。
だが、出産を奨励する制度や母子家庭への援助で、何とか人口数を1600万に維持していた。
 英仏の狙いとしては、西ドイツを今のままにしておけば、いずれ人口減に陥り、欧州の責任ある立場は果たせなくなるという考えであった。 
特にフランスなどは、西ドイツ憎しのあまり、飛ぶ鳥を落とす勢いで経済復興を成し遂げ、世界のGDP2位になった日本を擁護するような姿勢さえ、みせることもあった。
 もちろん、日仏間での諍いはなかったわけではない。
先次大戦での仏印進駐の経緯は、講和条約の際にもめる原因となった。
 だが、それ以上に、ドイツ国家の拡大を心から畏れたのだ。
故に、マサキの今回の提案を、仏首相は快く受け入れた節があった。
 異世界に天のゼオライマーという超マシンを駆って、颯爽と現れた木原マサキ。
彼もまた、ユルゲンと同じように、望まざる国際政治の世界に巻き込まれることとなってしまったのだ。 
 

 
後書き
 マブラヴ世界お約束の恋愛原子核の回。
個人的にはユルゲンも恋愛原子核あったと思います。
難攻不落のベアトリクスを一目ぼれで、撃沈させていますから……
 連載初期の心意気に戻って、東西ドイツを巡る各国間の話にしました。
小難しい政治の話が、今回は多くなってしまったと思います。
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