冥王来訪
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第三部 1979年
姿なき陰謀
隠然たる力 その1 (旧題:マライの純情)
前書き
ユルゲンに近づく西ドイツの情報将校の巻。
なんと、7000字越えになってしまいました。
1979年4月。
米国政府は、北太平洋上にあるジョンストン島で新型兵器、G元素爆弾を実施した。
その起爆実験の成功を祝し、ニューヨークのプラザ・ホテルで、セレモニーを開催した。
招待されたのは、日本、英・仏・西ドイツなどの主要6か国。
その他、ソ連をはじめとする東側諸国を含む50か国以上の大使や公使、駐在武官や外交官。
総勢1200名以上の人物が集められて、壮大な盛宴が執り行われた。
コロンビア大学に留学中のユルゲン・ベルンハルトも、この祝宴に参加していた。
BETA戦争での核爆弾被害をまじかで見た彼にとって、今宵の旨酒は味のしない物であった。
4年前、カザフスタンで見た光景が、時折フラッシュバックしてくるような感覚に陥った。
カラガンダの街のそこら中に山積みにされた、黒く焼け焦げた市民だった物。
全身をケロイドで覆われて、泣き叫びながら死んでいったソ連の少年兵。
それらの遺体は、町はずれに集められ、火葬された後、埋められた。
墓標すらなく、数千や数万の土饅頭がある臨時墓地。
聞いた話では、後に軍用地に転化するために、ブルドーザーで手荒に破壊し、整地されたという。
思い出すだけで、おぞましい出来事だった。
核戦力はBETAの侵攻を止める効果があったのは確かだが、それも彼らの物量の前には一時的であった。
G元素爆弾がどんなものか知らないが、信用ならないというのが、ユルゲンの偽らざる本音であった。
陰陰滅滅とした気分を変えるために、飲みなおそう。
一緒に来ていた同僚のマライ・ハイゼンベルクの姿を探したが、見当たらない。
何処に行ったかと、探している時である。
「ミスター・ベルンハルト、少しお時間を頂けないかしら」
ユルゲンは目だけを動かして、声の主を見た。
栗毛に、抜けるほど白い花顔の人で、どこかりんとした響きさえあった。
「貴女は」
「アリョーシャ・ユングよ」
ソ連での生活経験のあるユルゲンには、アリョーシャという名前が非常に気になった。
アリョーシャとは、ロシア語における、アレクセイという男性名の愛称だからだ。
アレクセイという名前は、守護者を意味するギリシャ語の名前で、その変化形の一つが、アレクサンドロスである。
アレクサンドロスは、男たちの守護者を意味する言葉で、戦の女神ヘーラーの尊称の一つであった。
ギリシャ語由来の言葉は、長い時間をかけて欧州各国に伝播した。
代表的なものだけを、ここに記す。
ラテン語だとアレクサンデル、ロシア語だとアレクサンドル、英語だとアレキサンダーである。
女性であれば、その変化形であるアレクサンドラで、欧州各国とも共通である。
この名前は、スラブ圏のみならず、ドイツでも一般的で、愛称だとサンドラと呼ばれる。
一応男女共通の愛称は、なくはない。
ロシア語の場合だと、サーシャで、英語・ドイツ語であれば、アレックスである。
ユルゲンは、困惑していた。
サーシャやアレックスなら、まだわかるが……
多分偽名であろうが、さぞ目立つで名前で、一度会たら忘れないであろう。
随分とものを知らない人間が、名前を決めたのであろうか。
彼は、ものすごい違和感を感じざるを得なかった。
目の前の貴婦人は、ロシア風の男の名前を名乗っている。
だが、甘い香りが匂い立つような容姿は、実に妖しい……
一瞬、目の前の女性に惹かれてしまったユルゲンは、故国で待つ幼な妻を思い浮かべる。
あの可憐な人を裏切るようなことを、これ以上してしまってよいのだろうか。
そんな彼の思慕も、次の言葉で現実に引き戻されてしまった。
「お連れの方は……」
「さて、どこかに行ってしまったような」
ユルゲンは、胸の戸まどいを、ふとそんな呟きにして。
「マダム、貴女の方は」
ユルゲンが使ったMa dameという言葉は、今日の英語のMs.に近い意味だった。
成人した女性に対して、既婚・未婚を問わず使える言葉であり、日本語のそれとは違い、職業婦人など、社会的地位のある女性には、むしろ喜ばれた表現であった。
仏語だけではなく、英国英語においてもマダムという表現は、中流階層以上の使う婦人への最上級の呼びかけであった。
女主人を語源に持つMistressの短縮形である英語のミスとおなじく、仏語のMa dameは、語源は私の女主人という言葉である。
近代以前は、貴族や王室の貴婦人を指し示す言葉であった。
変化形で有名なのはNotre dameという物である。
我らの貴婦人という意味で、これは聖母マリアを指す婉曲表現の一つであった。
パリで、有名なノートルダム寺院は、聖母マリアを讃えるキリスト教寺院であった。
さて、話をニューヨークの祝賀会に戻そう。
ユルゲンに声を掛けた、謎の貴婦人は妖美な笑みを浮かべて、彼の疑問に答える。
「ちょっと席を外しているわ」
ユルゲンは、一瞬にして、成熟した女の色香に惑わされてしまう。
彼の胸は嫌がうえにも、高鳴る。
「ほう、私もです。
ここは、騒々しいので、場所を変えて話しませんか」
ユルゲンは、上品なイギリス英語を話す、黒のイブニングドレスを着た淑女と共に近くの公園に出た。
夜会巻きをしたブリュネットの長い髪は、この手で解いてみたい。
(ブリュネットは、英語では黒髪も含むが、本来は栗毛色を指す仏語である)
目の前に立つ細面をこの胸にかき抱いてみたら、どうなるのであろうか。
ほっそりとした体が、薄物の絹のシミーズから透けて見え、栗色の髪が背中に波打ち……
ああ、俺は何を考えているのだ。
酔いが回っていなければ、そんなことも考えもしないのに……
彼女の美しいうなじに視線を奪われていると、女の方から声がかかった。
「わたしね。ニューヨークの西ドイツ総領事館で、副領事の補佐をしておりますの。
前から一度、東ドイツを代表する、第一戦車軍団の戦術機隊幕僚長とお会いしたいと思っていましたの」
そんな因縁がなくとも、普段なら決して相手にしてもらえないような上流階級の女性。
それも婀娜っぽい色香をムンムンと発散させた妖艶な女性から誘いを受ければ、若い彼は一も二もなく付いて行ってしまう。
「貴方は、最愛の妹さんを、ゼオライマーパイロットの木原マサキに近づけたそうね」
そういって、彼らは、セントラルパークに場所を移した。
いつの間にか、公園の北側にある、コンサバトリーガーデンにある噴水の前に来た。
近くにあるベンチに腰掛けるなり、ユングの方から話しかけた。
「木原と、どの程度の間柄は判りませんけど……
知ってることは、すべて話したと考えてよさそうね」
ユルゲンは、苦笑をたたえた。
女とはいえ、尋常な不敵さではない。
「お近づきのしるしとして、ベルンハルト君、いくつか、重要な事を教えてあげるわ。
もう貴方は、一線に復帰することはないだろうから」
ユルゲンは、この留学に伴って、指揮幕僚過程への栄転が内々に約束されていた。
駐在武官補佐に選ばれたのも、将来の高級将校の足掛かりとしてである。
駐在武官に求められるのは、情報収集・分析能力はもちろん、英語・露語・仏語をはじめとする語学能力。
接受国の政府・軍などのカウンターパートと、関係を築くためのコミュニケーション能力。
求められる範囲と内容は、前線勤務の将校に比べて、幅広い。
「実はね、この数年間、欧州諸国が戦術機の新規ソフトウェア開発にかけていたことは全く無駄だったのよ」
「どういうことです。
戦術機のソフトウェア開発が、西ドイツですら、できないという事ですか」
「そういうこと。
管制ユニットの中にあるコンピューターには、メモリープロテクタという一種の遮断機がついていて、これが作動している限り、外部の技術者が、たとえKGBやシュタージの産業スパイがどんなことをしても、システムは書き換えることが出来ません」
「なぜそんなものを!では俺たちを騙していたという事ですか」
「たしかに、そうなるかしら。
でもそれはマクダエル・ドグラムや、IBMの一存ではないのよ。
CIAから聞いた話を総合するとね、合衆国政府の意向だったの」
ユングは、躊躇いもなく、自分の知る情報の全てを明かした。
「彼等の見解では、戦術機の動作に関して、ソ連政府や西側諸国が数年は我慢するだろうという予測だった。
ちょうど今頃までは……」
二人の会話を、一部始終、暗闇で聞いていたものがいた。
ユルゲンの補佐役として渡米したマライ・ハイゼンベルクだった。
この手の外交セレモニーでは、武官だけでなく夫人を招待するのが常だった。
故に妊娠中で東ドイツに残った正妻のベアトリクスに代わって、ユルゲンの妻役として役目を果たしていた。
各国からの駐在武官・軍関係者夫人と懇談し、親交を深めるのも重要な任務だった。
武官のみならず、夫人にもそれなりの語学力や教養が求められた。
ワインを片手に懇談の途中、不意に悪心を感じた彼女は、ユルゲンに声をかけることなく化粧室に駆け込んだ。
身だしなみを整えてから、会場に戻った彼女は、ペアで来ていたユルゲンの姿が消えたのを不審に思って、ホテル中を探索した。
そこで偶然、近くのセントラルパークに移動するユルゲンたちに遭遇したのだ。
そして、こっそり尾行し、会話が終わるまで辛抱強く、植木の中に身を潜めていたのだった。
『大変な事を聞いてしまったわ。
でも、なんで、そんな最重要機密を、ユルゲン君に話したのかしら』
マライは、前線国家の東側だけではなく、西側諸国も金融資本の生贄になっているのに、内心びっくりした。
というのも、マライは、戦術機という未完成の製品が輸出されたのは、ソ連の指金ではないかと疑っていたからだ。
いくら表面上仲が良くても、所詮は敗戦国である。
何か政治的な事件に巻き込んで、証拠を作り、追放する手段として、ソ連指導部が利用したと企てたと考えが及ぶことがあったからだ。
西側諸国まで巻き込んだとなると、話がまるで違う。
それにしても許せないのは、米国政府を牛耳る支配者階層である。
マライは彼らに感づかれない様に、つとめて冷静に聞いた。
ユルゲンは、ユングの顔をにらみつけた。
「しびれを切らした我々が、米国に手助けを求めると……」
「そういう事ね。
始めは、操縦訓練シミュレーターを適当に進めるのよ。
効果は抜群だったはずな訳よ。
……その頃には、少しずつ完熟訓練が出来るほど技量が向上しているからね。
別にシミュレーターの効果ではないわ」
「焦った各国政府は、当然アメリカや製造元に対処を求めるわけか」
「その通りね」
「そこで、米国企業は法外な値段でサポートシステムやソフトウェアを売りつけるの。
およそ5億ドルでね」
(1979年のドル円レート、1USドル=239円)
「マクドネル社のファントムは、2400万ドル。
その倍以上の値段だぞ!」
ユルゲンは、少し責めるような顔つきになった。
ユングは、ひるまない。
「そしてファントム……
いいえ、戦術機のBETA戦の価値を知った各国政府は簡単に手放さなくなるわけ。
……ということは、米国やCIAの言いなりになるしかないのよ」
「そんなにうまくいくはずがないぞ」
「ゼオライマーの登場さえなかったら、計画通りなのにね……
いいえ、彼が世界各国とかかわりを持つ前ならば、計画の修復が可能だったのに。
もう駄目でしょうね……、一からやり直しだわ」
「計画通りってなんだ」
「そんなことも分からないの」
ユングは、言葉では強く出ていたが、正直ユルゲンの反応が怖かった。
「主要先進国のコンピューターを米国の製品にすることが出来たら……
設置する段階で、米本国の最新コンピューターと連携することが可能になるの……」
ユルゲンは目に見えて、不機嫌になった。
ズボンのマフポケットに突っ込んでいた両手を、胸の前で組む。
「そうなれば、世界各国の政治も、経済も、米国の想いのままになる。
文字通り、属国になるわ」
ユルゲンは、蒼白な色を顔に浮かべていた。
とっさに、荒い感情を吐きそこねて、かえって、打たれた自分を憐われむ様にしゅんと色を沈めている。
そして、静かに、薄い自嘲と度胸をすえた太々しい笑みを、どこやらに湛えていた。
「信じられないな。どうしてそんな最重要機密を、俺に……
戦術機部隊に復帰できなくても、俺は東ドイツの軍人だぜ」
ユングは決然とした表情で言った。
体の内側で、小さな震えが起こる。
「もう戦術機は、米国にとって価値がなくなった……
でもゼオライマーに関しては、まだ利用価値があるの……
ドイツの為に、お互いの将来のために、私と組みましょう」
ユルゲンの目が、ユングの目をとらえた。
瞳に、鋭い輝きが浮かんでいる。
「どういう意味だ」
ユルゲンはユングの両肩をがっしりと掴んだ。
彼女は、全身を包んだ震えと、燃えるような情熱に、意識が霞んでいくのを感じた。
ユルゲンの目に、野獣の輝きが浮かびかけているのに、体が動かない。
ユングの両肩に、さらに力が加わった。
このまま、ユルゲンに屈服されるのかもしれない……
しかし、その時はその時だ。
彼女の心のどこかで、それすらも受け入れようという考えが浮かんでくる。
「このまま、本国に戻ったら、私の立場はないの……」
胸がドキドキし、体が小刻みに震える。
ユルゲンの瞳に、一瞬、優しさが戻った。
「私の、所属している外務省の……いえ、西ドイツ官界の派閥は非主流派なの。
今、シュトラハヴィッツ中将が率いて、SEDにまで勢力を及ぼす国家人民軍の軍閥がどれほど持つかわからない」
そういってしなだれかかってくるユングに、ユルゲンはまごついてしまう。
「失敗すれば、ソ連の介入を招いた、10年前のチェコ事件、22年前のハンガリア事件の二の舞になるわ。
KGB長官が暗殺され、国家保安省が弱体化した、今しかチャンスがないのよ」
彼女は初めて、狼狽えの色を表した。
静かでいた瞳よりは、心さわがしい瞳のほうが、より一層美しさを増していた。
たちこめるバニラの香水の甘い香り、しな垂れかかる柔らかいからだ。
大きくあいたドレスの襟ぐりから見える、豊かな谷間を形成する豊満な双丘。
突然、意中の者同士がなんらの前提もなく密会の機に恵まれる。
そのようなときめきを、ユルゲンはとたんに覚えた。
「お願い、私を助けて……」
ユングは、はっきりとそういった。
ユルゲンはビックと反応した。
まさか、面と向かってそんな事を言ってくるとは思わなかったからだ
いつの間にか、ユルゲンはユングを抱きすくめていた。
柔らかくて、ぬくもりのある、優美な肢体。
絹のような栗色の髪から、香り立つバニラの甘い匂いが、顔をなぶる。
沈黙があった。
ユルゲンの息をのむ気配が伝わってくる。
灼けつくような視線を感じる。
それにつられて、ユングも妖しい雰囲気になってきた。
抱きすくめていた腕の中で、その顔が切なげに揺れ動く。
「どうして、俺の事を……」
ユルゲンはそう呼びかけると、一層、抱擁を強めた。
そして二人の体は身じろぎもせず、岩のように立ったままだった。
戦術機のコンピューターに、情報を筒抜けにするカラクリがしてある。
この話を聞いて、ユルゲンは、何か思いある節があった。
もともと戦術機は、この異世界の米ソが、1960年代から使用していた有人操縦ユニットを起源する。
宇宙空間や衛星軌道上での使用を目的に、大型化し、発展させた。
航空機やヘリコプターにない三次元機動を持ち、ハイヴ攻略を目的として作られた。
そして、BETAの地球侵攻の1年前である1972年に完成し、日本や英、仏や西独を始めとするEC諸国との間でライセンス生産を開始する秘密協定を結んだ。
ソ連への提供は、1973年の後半に行われ、その時には、既に寒冷仕様のF-4Rが完成されていた。
マグダネル社の方で、モスクワにあるミグ設計局の兵器工場に、新設機械を設置した建屋を建造し、熟練技師を派遣するほどの力の入れようだった。
ソ連への支援は、当初、米国議会の承認を得られなかった。
故に、先次大戦のB-17譲渡を踏襲する形で行われた。
かつてソ連赤軍が、B-17爆撃機を欲したとき、表向き米政府は断った。
だが、東欧諸国に、計器類が破壊されたB-17爆撃機を乗り捨てる形で、米軍は間接的にソ連に
B-17を提供した。
今回も、その顰に倣って、50機のF-4Rファントムが、カスピ海沿いの都市・アスタラに乗り捨てる形で、ソ連赤軍に供給された。
ソ連の技術陣は、遺棄された戦術機を組み直して、戦闘に用い、緒戦を乗り切った。
先次大戦の折、ソ連は連合国からほぼ1万4千機の戦闘機を、軍事援助として供給された。
その時は、1万機がアメリカから、約4千機がイギリスから供与された。
今回もまた、米国議会の同意の元、2500機が貸与されることとなった。
ソ連は、 また、労働党政権下の英国にも、支援を打診した。
「同機は輸出を目的としていない」という冷たい返事だった。
にもかかわらず、その後、ブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーションより、150機のトーネードADVが供与された。
近接密集戦闘を主眼に置くソ連では、装甲を軽量化し、機動性を向上させたトーネードは喜ばれなかった。
低空で、複雑な三次元機動をすると、簡単に失速し、きりもみ状態に陥ってしまった。
とはいえ、このイギリス機は、全体の勝利に貢献した。
それは、ソ連にとって開戦初期の戦術機の不足が深刻だったときの最も困難な時期に登場し、ソ連が持ちこたえるのに役立った。
赤軍のより進んだ改良型のソ連製「バラライカ」が納入され始めると、トーネードは、極東の国土防空軍にまとめて送られるようになった。
ユルゲンは、戦術機という兵器の成り立ち、ソ連及び東欧諸国への影響、そして今後の世界情勢に与える結果を考えていた。
長い時間、二人は立ったまま、抱き合っていた。
ユングは、かつてこれほどまでに、キスの洗礼を受けたことがなかった。
情報部員とは言っても、荒事をやる工作員ではなく、現地での公然非公然の資料を収集する情報将校である。
キスの味が、これほど甘美であることを知らなかった。
それだけに、ユングは狼狽し、彼女は時間の感覚を失った。
ユルゲンは、夢を見ている感覚だった。
しかし、彼が経験したことは、まぎれもない現実だった。
不思議なものである。
本来ならば、敵対する陣営の二人なのだが、今は憎しみも嫌悪感もすっかり忘れ去ってしまった。
あるのは、ドイツ統一をするという一つの目的に向かって、ひた走り、協力し合う関係になっていた。
ユルゲンは興奮し、息をつめて、ユングのブラウンの目を凝視した。
「奇麗な目の色だ」
嘘偽りない男の声は、28歳の女情報員に、沸々と湧き起こる官能を意識させた。
「いえ、嘘でしょう」
「本当さ」
若いだけあって、一旦決断をすれば、切り替えも早い。
ドイツ民族が求めてやまない、統一への道へ向けて、一気にひた走ることにした。
後書き
アリョーシャ・ユングは、原作6巻に出てくる、キルヒ・ホルスト基地(キルヒ・ホルステンの誤植。正確には近隣にあるビュッケブルク陸軍飛行場)に来たキルケを東ベルリンまで案内したスパイ組織の長です
バルク少佐の大学時代の同級生になります。
ご意見、ご感想お待ちしております。
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