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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
姿なき陰謀
  権謀術数 その2

 
前書き
 書きたい事を書いたら、6000字超えてしまいました。
なんか最近は、週間連載の割に文章量が多くて、申し訳ありません。 

 
 グラナン社製の新型戦術機、F‐14トムキャット。
新型兵器、AIM-54 フェニックスミサイルの運搬を目的として作られた世界最初の第二世代戦術機である。
 F‐5系統の影響を受けながら、その前衛的なデザインとともにも一つの特徴があった。
それは標準装備となった複座式のコックピットである。
 大型ミサイルを扱う都合上、火器管制要員とパイロットの二人乗りにならざるを得なかった。
それに伴い、機体もファントムの18メートルから19.3メートルに拡大された。
 しかし、空母エンタープライズでの運用を前提としていた為、新素材の装甲板で軽量化され、尚且つ跳躍ユニットの出力も強化された。
 実は、米海軍は、F-11タイガーという小型戦術機を1976年に配備していた。
だが、空母着艦能力における出力不足が問題となり、F-4ファントムの改修型を使わざるを得なかった。
 戦前から、米海軍と関係の深く、海軍将校出身のグラナン社長はそのリベンジの機会を伺っていた。
その為に、彼は金に糸目を付けず、各界の学識者や技術者を月額2万ドルという大金で雇った。
 当時、スタンフォード大の工学部に在籍していたミラ・ブリッジスも、その一員であった。
閉鎖的な南部の暮らしに嫌気の差したミラは、スタンフォード大学に入った。
大学院を飛び級で卒業したものの、卒業後の就職先に困っていた。
 長らく続くベトナム戦争による不景気と、女性への就業差別である。
彼女が、スタンフォードの文学部卒で、たとえばフォード自動車など有名企業の社長秘書などであれば、問題はなかったであろう。
 しかし、並みいる男たちを抜き、スタンフォード大学院を22歳で卒業したことは、彼女の進路を却って狭くすることとなった。
世の男たちに嫉妬され、場合によっては疎まれる存在だった。
 そんな彼女を拾ったのは、グラナン社長であった。
彼女が大学院時代に書いた大型操縦ユニットの絵図面を見て、密かにグラナンの戦術機開発に招き入れたのだ。
 F-14と第一世代の大きな違いは、近接戦闘への対応である。
ミラは、従来ファントムやバラライカで重要視されていた重厚な合金製から新素材の耐熱樹脂材に装甲板を変えた。
 そのことにより、約100トン近くあった機体重量は、約半分の54トンまで軽減でき、その浮いた分として、計6発のフェニックスミサイルを搭載できた。 
 フェアチャイルドのサンダーボルトA-10のように跳躍時間を減らすのではなく、装甲を軽量化して、飛行時間や跳躍速度を上げることとしたのだ。
 だが、その為に近接戦闘は全くの不利になってしまった。
米軍兵士が持つ携帯型のFIM-43 レッドアイミサイルの直撃を受ければ、F‐14は撃墜されるほど、装甲は弱くなってしまったのだ。
 故に、このF‐14の衛士は、基本的に一から育て上げた専属のパイロットが運用することとなってしまった。
 
 F‐14の戦闘は、基本的に遠距離からの引き撃ちに限定された。
超低空で戦域に近づいて、6発のフェニックスミサイルを発射した後、直ぐに戦場から離脱することが基本戦術だった。
新開発の跳躍ユニットは、F-4ファントムのそれと比べて、格段の性能差を持ち、高機動での戦闘行動が可能であった。
 設計主任であるハイネマンは、ソ連赤軍の書いた戦闘報告書を丹念に調べ上げた。
 ソ連赤軍は、伝統的にロケット砲や火砲による砲兵火力による攻撃に重点を置いている。
敵に対し、火力の優位性を確保し、火力を持って敵を制圧することで戦闘を優位に進めるためである。
 BETA戦争初戦において、光線級によって対戦車ヘリや戦闘機が多数被害を受けてからは、その傾向は顕著である。
 長らく続いたBETA戦争で、中央アジアに駐留していたソ連赤軍の部隊の練度は下がった。
兵士の質は下がり、指揮官の能力も乏しく、諸兵器を組み合わせた効果的な作戦機動が出来なくなった。
 そのため、単純かつ無差別の大規模砲撃により、光線級を弱体化させ、その後、戦車や歩兵先頭車を中心とした部隊を突入させ、BETAを殲滅する作戦を取っている。
しかし、この戦術では、仮に成功したとしても犠牲が大きすぎるのが難点であった。
 同じような事は、ユルゲンが提案した光線級吶喊(レーザーヤークト)にも言える。
多数の死傷者を出し、膨大な軍需品を喪失してしまうという点では変わりなかった。
 問題は、如何に死傷者を減らし、軍需品の損耗を減らすか。
光線級の特性を研究すれば、解決の糸口があるのではないか。
 ハイネマンは、BETAの機密資料をソ連経由で多数入手した。
光線級の攻撃には、次弾発射までの約12秒の時差があることに気が付いた。
 標準射を受けて、即座にその場所から移動した後、目的の光線級にクラスター弾をぶつければ、良いのではないか。
 人的被害のあまりにも大きい、光線級吶喊(レーザーヤークト)を過去のものに出来れば……
そんな彼の思想から、フェニックスミサイル運搬機としての、F‐14が完成したのである。
 
 ユルゲンは思わず絶句した。
木原マサキの作った超大型機、天のゼオライマーを見たときほどではないが、今までの戦術機に比して前衛的な機体のデザインに、心底驚いていた。
 逆三角形を思わせる機体設計、両肩に搭載可能な3連ミサイルランチャー。
一番の点は、可変翼を採用した跳躍ユニットである。
 パナヴィアのトーネードに採用された可変翼の事を資料では知っていたが、実物を見るのはは初めて出会った。

「これが、F‐14トムキャット……」
「野良猫とは、良い名前だろう」
 幾分甲高い男の声に、ユルゲンは思わず振り返った。
設計主任のフランク・ハイネマン博士であった。
「初めまして、ハイネマン博士(ドクター・ハイネマン)、お会いできて光栄の極みです」
 いささか興奮気味に、ハイネマンの差し出した右手を握る。
ハイネマンは、ユルゲンの気持ちをよそに、不敵の笑みを湛えながら、
「ベルンハルト大尉、君の来歴は色々伺っているよ。
私の事は、フランクとか、ハイネマンで構わないよ」
 ハイネマンは内心、大喜悦であった。
目の前にいる白皙の美丈夫(びじょうふ)は、今まさに自分に熱心に教えを乞うているという様を楽しんでいた。
 彼自身が、小柄で風采の上がらない科学者であったことも、関係があるのかもしれない。
しかし、何よりの喜びは敵側であった東ドイツの戦術機部隊長が自分の作品を手放しでほめてくれることであった。
 表向き、ソ連参謀本部が考えたことになっている光線級吶喊(レーザーヤークト)
しかし、ハイネマンは、その提案者が目の前にいる堂々たる美丈夫であることを知っていた。
 あの光線級吶喊(レーザーヤークト)の提案者が、自分の作品を手放しで絶賛している。
ユルゲンの変わりようは、ハイネマンをして、狂喜させた。
「いや、実に素晴らしい。とくにフェニックスミサイルがあれば、ずいぶん楽になるだろう。
是非とも、ドイツ語の資料を頂けませんか!
きっと、シュトラハヴィッツ将軍に見せたら、お喜びのはずです」
 ユルゲンの思いがけない狂乱ぶりに、欣喜(きんき)雀躍(じゃくやく)したハイネマンは、
「遅くとも明後日には、英語と独語の資料をニューヨークの総領事館にお送りしましょう」
内心でにんまりしながら、少し上半身を後方にずらした。

 既にF‐14の機体の魅力に取りつかれたユルゲンは、ほかの事をかえりみることなく、ひたすら試乗体験という最終目標に突き進んでいた。
胸が痛くなるような興奮が、青年将校を包んでいた。
「F-14トムキャットは、最新のスーパーコンピューターを積んでいるんですよ」
「どんなものですか」
「オペレーション・バイ・ワイヤー。
機体の操縦処理に新型のコンピューター処理を挟む方式で、パイロットの反応を一部、コンピューターで予想しながら、補正するプログラムです。
これにより、F-14は、T型フォードから、オートマの64年型マスタングになった様なものですよ」
 ホスト役のクゼ大尉も、探求心旺盛なユルゲンにとってもよかった。
何でも細かいことまで、答えてくれて、尚且つ実戦経験豊富な海軍大尉の海容さに、ユルゲンは満足していた。
普段では出来ないような経験も、青年将校をウキウキさせた。
「ベルンハルト大尉は、光線級には大分苦しめられたでしょう」
「ええ」
 思い出すだけでも、嫌になる。
それがユルゲンの本音だった。
「このチャイナレイクの基地は、ミサイル関連も研究対象なんです。
フェニックスミサイルの前には、AIM-9サイドワインダーなどの試験も行っていたのですよ」
 時代は幾分後になるが、レイセオンが作ったAGM-88高速レーダー破壊用空対地ミサイル(HARM)も、このチャイナレイクの基地で研究されたものであった。
 1972年の第一次戦略兵器制限条約(SALT Ⅰ)調印直後に、当時の大統領補佐官ヘンリー・キッシンジャーの提案で開始された新たな核運搬手段しての巡航ミサイル。
後のトマホーク巡航ミサイルや長距離空対地ミサイルSLAM‐ERの開発研究も、1970年代後半から1980年代にかけ、同基地で実施された。
「新型の空中発射型の巡航ミサイルが、戦術機に搭載されれば、今よりずっとBETA戦は楽になりますよ」
「まさか」
 ユルゲンには、俄に信じられない容子もあった。
クゼ大尉の答えは、(はず)んでいた。
「貴殿が持ち込んだゼオライマーに関する方向書を丹念に調べれば、大火力をもってして、光線級さえ排除すれば、BETA戦は簡単なように思えるのです。
自分の少ない経験で何ですが、防空駆逐艦や対空陣地に比べれば、光線級の怖いところは標準射が正確なところぐらいです。
水平線の陰に隠れて、対象物と認識されない地点から、ホーミング誘導式の多弾頭ミサイルで攻撃すれば、勝てると自分は考えております。
今、陸軍のレッドストーン実験場で開発中のAGM-114対地ミサイルも、その候補になると思っております。
合衆国と国防総省の方針としては、誘導弾による視界外からの攻撃に重点を置きつつあります。
その証拠に、第31航空試験評価飛行隊の予算もフェニックスミサイルの開発がなければ、減らされる予定でした」
「なにっ、米国政府が」
 (がく)として……。
「あの米国政府が、軍事予算の縮小を?」
 半信半疑、ユルゲンは茫とする。
クゼ大尉はユルゲンの関心を引きたい一心で打ち明けた。
去年の暮れごろ、米政府の一機関・ロスアラモス研究所は、G元素の抽出に成功した。
 それ以後、副大統領に近い元大統領補佐官のヘンリー・キッシンジャーは、核戦力の代替策として新型爆弾の開発に軍事予算の大部分を移すように提言を入れた。
米軍全体としては、恐ろしい彼の執念につきまとわれていることを、告げて、
「キッシンジャー前国務長官は、ニクソン時代に国家安全保障会議(NSC)を牛耳っていた人物ですからね。
支那に極秘訪問して、周首相と二度も直談判したほどの方です。
我々の様な一介の軍人が正論で諫めた所でも、届きはしません。
正に蟷螂(とうろう)の斧です」
 ユルゲンは、キッシンジャーの事は米国に来る以前からは知っていたが、それほどまでに各界に影響を及ぼす人物とは思ってもいなかった。
「まあ、つまらない愚痴はこれくらいにして、F-14の飛行試験に行きましょう」
そういうと、クゼ大尉は部屋を出た。

 強化装備に着替えたユルゲンとクゼ大尉は、F‐14の機内にいた。
各国軍への性能アピールを兼ねたF‐14の試乗試験を行うためである。
 戦術機の搭乗員資格を持つ衛士を火器管制用の後部座席に座らせ、前部座席には操縦士役の米海軍将校が登場し、機体の性能を説明するためである。
 最新鋭のF‐14は、それまでのF-4系統とはコンピューターシステムが全く違った。
米軍の開発したGPSシステムに依存し、遠距離からの射撃戦を重視した作動系統になっている。
 一応、格闘戦用として膝の部分に近接短刀が内蔵してあるが、これは衛士の希望で追加したもので、ハイネマンの図面ではなかったものである。
 米海軍では、1958年9月24日に発生した金門馬祖周辺での中共軍と国府軍の空戦以降、格闘戦を避ける傾向にあった。
この時、数に劣る国府軍の戦闘機32機がサイドワインダーミサイルによって、100機以上を誇る中共軍を撃退したからだ。
 格闘戦は、瞬間的な空間認識能力が求められるためである。
相手を視認できる距離での戦闘では、パイロットの死傷率は格段に跳ね上がった。
極力、視認できる範囲外からのミサイル攻撃へと依存していった。
 かといって、ミサイル万能論に陥ったわけでもない。
ベトナム戦争でのソ連空軍機との戦闘で、機関砲を搭載しない航空機では運動性の高い戦闘機との接触を果たした際に格闘戦が行うことが出来なかったからだ。
 BETA戦争の場合は、光線級の脅威よりも戦術としての重金属雲による視認低下が大きかった。
通信障害やGPS誘導装置を狂わせるバリア体のために、場合によっては格闘戦をせざるを得なかった。
 止む無く近接短刀を追加装備に加えたが、米海軍の要求としては12.7ミリのM2重機関銃を搭載する予定であった。
要塞級を除くBETAの殆どは、対空砲や車載型の重機関銃で対応可能だからである。
 それに要塞級はフェニックスミサイルを使えば、簡単に撃滅できる。
これが米海軍の、いや、米軍の基本的な対BETA戦術の中心であった。
「トリム 0度OK、調整OK。ANTI SKID SPOILER BK S/W BOTH」
 滑走路上で、F‐14を移動するクゼ大尉の機動を見ながら、ユルゲンはぼんやりと米ソ両軍の戦術を考えていた。
大火力を中心とする米ソ両軍の攻撃方法は、資金力と兵器貯蔵量を誇る超大国だからできる方策である。
東欧の小国である東ドイツでは、到底無理な話だ……
民族の存亡をかけたBETA戦争においては、彼らの力によるところが大きい。
 時代的な制約も大きかった。 
この1970年代は、ようやく今日でいうところの早期警戒管制機(AWACS)がボーイング社から実用化され、試験段階であった。
実戦配備は、1991年の湾岸戦争からで、それまでは空中戦は戦闘機単独で行うのが前提であった。

 クゼ大尉は滑走路からの離陸許可の申請を行った。
「クリアード・テイクオフ」
後部座席に座るユルゲンは、米海軍の航空管制とはこういうものなのかと感心するばかりであった。
「燃料流量OK、ブレーキリリース」
機体の巡航速度が、130ノットになったのを見計らって、
「ローテーション、エアボーン・フルアフターバーナー、ギアアップ!」
 空ぶかしをしていた跳躍ユニットからの轟音とともに、勢いよく機体が離陸する。
網膜投射越しに、カリフォルニアの澄んだ青空が目に入ってくる。
 このチャイナレイクの基地は、年間を通して降雨量がほとんどなかった。
その為、ほぼ晴天という条件で飛行試験が行える好条件の立地だった。
 クゼ大尉は、奔馬を操るロデオ大会の牧童(カウボーイ)みたいに、機体を強く躍動させた。
ユルゲンも負けじと、その起動に合わせる。
 F-14は、戦術機としては初のマッハ2での戦術起動が可能な機体である。
この機体の新技術を東ドイツが、欧州が手に入れれば、戦術機の常識は根底から変わる。
ユルゲンはそんな思いをいだきながら、空に昇った。 
 

 
後書き
 戦術機の離陸描写は、実機のF‐14を参考にしました。
ご意見、ご感想お待ちしております。 
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