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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
姿なき陰謀
  権謀術数 その1

 
前書き
 F‐14関連の話です。 

 
 季節は既に、初夏に向かっていた。
10月の月面降下作戦まで残すところ、三ヵ月となっていた。
 場面は変わって、米国東部最大の都・ニューヨーク。
マンハッタン島にある摩天楼の一つで、今まさに密議が行われていた。

「対人戦を念頭に置いた戦術機だと……」
 黒縁の眼鏡をかけ、濃紺の三つ揃えのスーツに身を包んだ男が、周囲のものに訊ねた。
「はい、副大統領。
これは今、先進戦術機という計画が国防総省内部の研究グループで持ち上がっていまして……
ロックウィードやノースロップに新型機を作らせ、5年以内に試験機を、10年以内には実戦配備をしたいと考えております」
 国防長官の言葉を遮るように、男は幾分怒気を含んだ言葉で返す。
「待ちたまえ、先の閣外での協議では、合衆国政府は対BETA戦に関してはG元素爆弾のみで行くという案が決定したばかりだ。
舌の根の乾かぬ内に、戦術機というオモチャに、国家予算は出せん。
第一、議会の大多数も裏工作で、G元素爆弾推進に舵を切っている……
それを、いまさら君たちの都合で……」

 米国では、月面降下作戦を前に、大規模な軍事方針の転換が打ち出されていた。
東側を含む、最前線国家への軍事支援の停止である。
 それまで、米国は武器供与の一環として、マクドネル社のF-4ファントムの特許を公開していた。
ノースロップから世界各国に、F‐5フリーダムファイターの提供も進めていた。
 しかし、1978年の中間選挙の結果によって、上院の過半数が野党である共和党に議席を奪われた。
 政府が民主党、議会が共和党のねじれた状態になり、増大する連邦予算へのメスが入ることとなった。
国民は1963年のベトナム介入以降、長らく続く戦争にうんざりし、連邦政府の方針を否定するようになった。
 膨大する軍事費と削減される民生予算。
国民健康保険のないこの国で、貧民層の最後の救いの手とされる無料食品引換券(フードスタンプ)
非常時という事で切り捨てられた。
 また傷痍軍人の扱いも、ひどかった。
BETA戦争に参加した兵士はおろか、ベトナム戦争や朝鮮戦争どころか、第二次大戦の復員兵にすら、恩給の支払いは微々たるものであった。
 月48ドル、20日の労働として割れば、一日2ドル40セントの恩給は、彼らの受けた被害に対しては安すぎた。
ニューヨークやロスアンゼルスの街中で、軍服姿で乞食行為をする傷痍軍人などが現れるほどであった。
早くから、社会問題視されてはいたが、連邦政府は各州ごとの自治を理由に州政府に丸投げした。
 傷痍軍人や復員兵を見る社会の目も、また冷たかった。
彼等はベトナム戦争での反戦運動のせいか、定職にすらつけず、一般社会になじめなかった。
下士官兵は言うに及ばず、高級士官、パイロットですら、タクシーの車夫をするほど零落した。
 恩給で生活する復員兵の事を、世人はニコヨンとよんで蔑むほどであった。
ニコヨンとは、2ドル40セントの事で、ドル紙幣2個と10セント硬貨四つから出た言葉であった。
 そんな厭戦的な風潮である。
戦術機産業に関わる人物は、人殺しの道具を作る人間と陰ながら揶揄され、技師たちも開戦当初の熱意が失われ始めていた。
 この米国の世論変化の影響をもろに受けたのが、ハイネマン博士であった。
彼は、F‐14の後継機となる戦術機開発に邁進していたのだが、折からのねじれ国会の影響をもろに受けた。
 議会は新規戦術機の配備数を、3000機から250機にまで減らすように提案し、その予算案が上院を通過した。
これにより、ハイネマン博士が望んだ道は、絶たれることとなったのだ。
 
 議会の方針を政権側が受け入れたのは、国内対策ばかりではなかった。
既に、米国政府としてはG元素爆弾の配備による、新たな国際秩序の形成を秘密目標としていたのだ。
 米国一国による世界支配体制を維持する存在としての核戦力は、その意義を急速に失われつつあった。
ソ連の諜報活動と、核物質を扱う国際金融資本家の策略によって、全世界にそのノウハウが流出してしまった為である。
 米・英・仏・ソ・中共の常任理事国ばかりではなく、南アジアの大国・印パ。
ユダヤ人国家イスラエルや、最近では南アでも核の研究が始まっている。 
 そして、一番の原因は、天のゼオライマーという存在であった。
無限のエネルギーを、異次元より供給する次元連結システムと、それを最大出力で放つメイオウ攻撃。
 核を凌駕し、惑星一つさえ軽々と消し去る、この超マシンの存在を、彼らは身震いした。
日本の一科学者が作ったマシンによって、この東西冷戦の構造は簡単に消え去るであろう。
 異次元の力をつぶすには、異次元の力のみだ。
そういう事で、強力な重力偏重を起こすG元素爆弾の配備を急ぐことにしたのだ。

 一頻り悩む副大統領に、声をかけるものがあった。
彼の弟で、石油財閥の当主であった。 
「ハハハハ、兄さん、これはわたくしたち財界の都合なのです」
 彼は、副大統領はあしらって、
「現在、我々の仲間が、韓国や台湾といった西側後進国に、格安で半導体の製造装置を販売をしている。
その事を、ご存じですね」
「ああ。欧州や日本に対抗するために、輸入規制の法案も準備したからな……」
「近いうちに、新型コンピュータと連動した高性能のソフトウエアが完成します」
 国防長官は、ちらと顔いろを変えた。
このごろ彼の耳へも入っていたことがある。
 通信傍受装置の噂だ。
 石油財閥が、新規戦術機開発に熱を上げるのは、この不正侵入装置を仕掛ける為だ……
ワシントン官衙にいるスズメたちの間では、その様に取り沙汰されている。
「このソフトウエアは現在流通している管制ユニットに搭載されたソフトの改良型で、面白い仕掛けを追加したものになります」
「面白い仕掛け?」
「戦術機の管制ユニットに仕掛けられたソフトウエア経由で、相手方の機体の情報をハッキングし、改ざんものです。
レーダー装置を混乱させ、相手のパイロットにこちらの機体の接近を気づかなくさせるものです」
「目隠しみたいなものか」
「おっしゃる通りです。
我々としては、血を流さずに全世界の戦術機を操作することも可能となります」
 副大統領のひとみに、ちらと猜疑(さいぎ)めいた光が動く。
「では、ソ連の衛士のバイタルサインやデータも盗み放題だと……」
「GRUが熱を上げていたESP兵士やスペツナズ部隊、KGB直轄のアルファ部隊も丸裸に出来るのです」
 副大統領は、ちょっと、考え込む。
あらぬ方へそらした目は、何か、いちばい目的への希望に燃えたふうだった。
「それで、君たちは、戦術機のソ連への供与を、議会承認の前に進めたのだね……
だが、KGBがそれに気が付かないとは思えぬのだが……」
「はい。
この新型の集積装置は、ソ連などの、田舎の整備工場などの検査ではわかりません。
単一光子放射型コンピューター断面撮影法(SPECT)といった最新装置でなければ……」

 SPECTは、1977年に米国で実用化した核医学における断層撮影装置の事である。
簡単に切開手術のできない脳の断面などを撮影することを目的に開発された。

「ほう、そいつはすごいな」
「強化装備を着てれば、その衛士のデータは自動的に蓄積されます。
一たび、戦術機に乗れば、そのデータはマンハッタンの地下にあるデータセンターに送信される仕組みになっています。
また、開発中のGPSとの連動も含めれば、相手側の位置情報がほぼ盗み見することが可能になります。
位置情報ばかりではありません。
思考・状態・軍事作戦の全容も、管制ユニットを通じて、読み解くことも可能です」
「ソ連の思惑が筒抜けになれば、我らの積年の夢も叶う日も近い」
「そうです」
「新世界秩序の実現もな……」



 場面は変わって、カリフォルニア州にある海軍兵器センター。
場所は、州南部のハイデザート砂漠の中央部にあり、チャイナ・レイクと呼ばれる乾湖の傍にある米海軍の試験場である。
 1942年から海軍の航空機やミサイル実験場として使われていた。
同様の基地としては、米空軍のエドワーズ空軍基地が有名であろう。
1992年以降は、チャイナレイク海軍航空武器基地という名称に変更になった。
 さて、基地にある滑走路上で、十数名の男女が双眼鏡を片手に、上空を飛ぶ新型機を見つめていた。
 その多くは海軍関係者で、白色夏季勤務服(サマーホワイト)の詰襟姿だった。
背広姿の人物たちは、グラナンやノースロップなどの航空機メーカーの技術陣である。
 中でも、ひときわ目を引いたのは、全く違う軍服を着た二人の偉丈夫であった。
 一人は、帝国海軍の白の詰襟の軍服姿で、胸に目いっぱいの勲章を付けていた。
帝国海軍から派遣されていた駐在武官である、田所海軍大尉であった。
本来、彼は艦艇勤務要員なのだが、米側の申し出にふさわしい人物として参加していた。
 もう一人は、北欧系の血を引く金髪碧眼で、ヒトラーが理想としたアーリア人の手本ともいえるような、美丈夫であった。
ユルゲン・ベルンハルト大尉である。
 彼の服装は、いつもの陸軍の折り襟服ではなく、空軍の略装であった。
青みがかった灰色の開襟の上着に、揃いの生地で出来た乗馬ズボンに、膝下までの長靴。
胸には、ブリュッヘル勲章の他に、勲五等(くんごとう)双光(そうこう)旭日章が輝いていた。

 
 新型の戦術機・F‐14は、既に完成し、量産段階に入っていた。
あとは、米議会での予算執行を待つばかりである。
「……ようやく、長年の夢が形になりましたな」
 小柄で痩身の、三つ揃えの姿の30代後半の男が、思わず言葉を漏らす。
「75年から実に4年……
途中のつまらぬ騒ぎが無ければ、今少し早く完成出来たはずだった」
 途中、設計主任である、フランク・ハイネマン博士の設計室でちょっとした騒動があった。
彼の部下であるミラ・ブリッジス嬢が突如として、寿退職をしたのだ。
 相手は、日本の武家で、篁祐唯。
日米合同の戦術機開発計画の曙計画に参加した折、ミラを見初めて、娶ったのであった。
 このことによって、ミラの保持する商標権は、日本に渡ることとなり、その部分の特許権交渉に時間を取られてしまった。
 最年長である老提督・ヘレンカーター中将も、つい愚痴じみた言葉になるほどだった。
だが、ハイネマン博士は、気にする風もない。
「ですが、ヘレンカーター提督、クゼ大尉。
今こうして形となったのだ。 新たなる剣として……」

 ハイネマン博士の感慨は、如何ばかりであろうか。
来客の一人として招かれていたユルゲン・ベルンハルト大尉は、黙然と見終った。
 米軍全体の戦術機運用計画の見直しにあたって、米海軍はそれまで輸出を見合わせていたF‐14の海外販売を一転して認めることとなった。
新型機の披露を兼ねて、各国の軍関係者に販売や供与を含んだ説明会を実施する事になったのだ。

「初めまして、同志(タワリシチ)ベルンハルト大尉(カピタン・ベルンハルト)……」
 不意のロシア語に、ユルゲンは思わず振り返った。
そこには、東洋系の海軍将校が立っていたからだ。
 件の男は、米海軍の夏季作業服(ワーキングカーキ)にG-1フライトジャケットを身に纏っていた。
 3オンスのゴートスキン製ジャケットは、空調機能の整ったジェット機の時代には不要だった。
だが、海軍操縦士(アビエータ―)の証しであることには変わりがなかったので、米海軍の衛士たちは好んで身に付けていた。
 ユルゲンは、男の方に振り返ると、教本の様な陸軍式敬礼で応じた。
「初めまして、海軍大尉のクゼです。どうかお見知りおきを」
 海軍式の敬礼をした男は、日系人のクゼ大尉だった。
クゼは、またあらためて、ユルゲンへ頭を下げていた。
「先ほどのロシア語でのお呼びかけ。さぞ不振に思われたでしたでしょう。
何とぞ、平にお許しを……」
「いや、こちらも先ごろまでソ連麾下のワルシャワ条約機構にいた身の上。
致し方ないことと、思っております」
 二人の青年将校は、一頻り自分たちの身の上話に花を咲かせた。
やがて、ユルゲンが言った。
「一つお尋ねしたいことがありますが……」
 ユルゲンの話はこうだった。
ソ連では光線級に対して、ミサイル攻撃を繰り返したが、大して効果がなかった。
 戦闘ヘリや戦術機に搭載した突撃砲で対応した経験から、大型ミサイルを搭載した
F‐14の有用性が理解できないという。
 その疑問に対するクゼ大尉の意見は簡単だった。
「海軍戦術機に求められる事は、まず一番に戦域制圧能力です。 
海岸線上陸作戦、その支援が海軍戦術機の存在理由と、小官は考えております」
 確かに、米海軍はそうなのだろう。 
しかし、東ドイツのような陸軍国が有する弱小海軍の場合は、どうであろうか……
クゼ大尉の答えに、若干の疑問符が付く。
「もっとも合衆国海軍の場合ですが、戦術機による戦域制圧能力を突き詰める必要性は、必ずしもありません。
戦艦による大口径艦砲の射撃、ミサイル巡洋艦による地対艦ミサイルの飽和攻撃。
面制圧は、それをもってすれば、事足ります。
戦術機は近接航空支援、むしろ海兵隊の様な運用へと変化しつつあります」
上陸後の近接航空支援という言葉に、ユルゲンはいささか不安を覚えるほどであった。
「あまり飛行高度が高いと、撃墜される可能性が……」
「それは今から見せる新兵器をご覧になれば、納得できるはずです」
 ユルゲンは素直にうなずいてみせた。
しかし一歩も、自分の考えを譲っているのではなかった。
「つまりは、上陸後の支配戦域拡大の為。 つまりは、地上で正面切って敵部隊と戦う為と……」
 それ以外の目的はあるだろう。
だが、今はむやみに聞き出さない方が良い。
 どういう形で、自分に米海軍の関係者が近づいたのだろうか。
 いや、待てよ……
この日系人の大尉は、自分の妹がゼオライマーのパイロットとの恋愛関係になっているのを知っているかもしれない。
 そう思うと、今回の米海軍基地訪問は、新たな陰謀に巻き込まれていく予兆という気持ちが芽生えてくるのであった。 
 

 
後書き
 田所大尉は、マブラヴオルタ本編で出てくる戦艦大和の田所艦長です。
20年後に大佐ですから、平均的な昇進速度を考えて、海軍大尉にしました。
 クゼ大尉は、レオン・クゼの父親のクゼ提督です。
米海軍では、ジェームズ・ホロウェイ3世(1922年~2019年)の様な空中勤務経験者でも、第7艦隊の司令官にはなれるので、クゼ提督は空中勤務者出身という事にしました。
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