| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

魔法絶唱しないフォギアAXZ編
  キャロル誕生日特別話:眠れる王子を起こす姫

 
前書き
どうも、黒井です。

今日は3月3日、キャロルの誕生日と言う事で特別な話を更新します。時系列はAXZ編の後です。

勿論何時もの時間に本編も更新しますのでご安心を。 

 
 ある日の朝、キャロルはなかなか起きてこない同居人の少年の部屋を訪れていた。もうとっくに朝日は昇り、朝食も出来ているというのに起きてこない彼に若干呆れながらも、彼女は僅かな緊張感を胸に彼の部屋の扉をノックした。

「ハンス~? 起きてる~?」

 返事はない。試しに扉に耳を当てて聞き耳を立ててみたが、人が動く気配は感じられない。さらに注意して聞き耳を立ててみれば、室内からは規則正しい寝息の様なものが聞こえてきた。どうやらこの部屋の主はまだ夢の中らしい。その事にキャロルは安堵したような不満を感じたような溜め息を吐くと、思い切ってドアノブに手を掛け扉をゆっくりと開いた。部屋の中に居る人物を起こさなければならないのだから、もっと勢いよく開けてもいい筈なのだが、何故かキャロルはベッドの上で夢の中に居る人物を起こさない様にするように慎重に扉を開け中に入った。

「ハンス~?」

 声を潜めて部屋の主……キャロルと彼女の父・イザークの家に居候している少年であるハンスの名を呼ぶが、相変わらず返事はない。ベッドの上を見れば、そこには案の定穏やかな顔で寝息を立てているハンスが居た。キャロルは朝食の時間になってもまだ起きてこない彼を見ると、窓のカーテンを開け、ベッドの上で掛布団に包まり寝息を立てるハンスの顔を覗き見た。

「ハンス~、起きてよぉ。もう朝ご飯出来てるよ?」
「ん~、もうちょっと……」

 キャロルが軽く彼を揺すると、彼は朝日から逃れるように寝返りをうった。キャロルは部屋の内側に体を向けた彼の前に回り込み改めて彼の寝顔を至近距離から見た。

「もう、ハンスってばぁ!」
「ん~……」

 このままだと折角作った朝食が冷めてしまう。その前に起きてもらわなければと先程に比べて強めに揺するのだが、彼は一向に目覚める気配が無かった。共に暮らす様になってから早数か月。ここに来た当初に比べれば遥かに穏やかな顔をするようになった彼にキャロルは安心すると共に、このままだと困ると唇を尖らせた。

「ハンス、朝ご飯冷めちゃうよ~?」
「んん……もう、少し……」
「相変わらずお寝坊さんなんだから……」

 共に暮らす様になってからすっかりお寝坊さんとなってしまったハンスに、キャロルはまるで手の掛る弟が出来たような気分になっていた。実際には同い年の筈だし起きてさえいれば頼れるのだが、何故寝起きだけは悪いのかと溜め息を吐いた。
 そして彼女はふと思った。これでは眠り姫ならぬ眠り王子だ……と。

「……御伽噺だと、眠り姫は王子様のキスで起きたんだよね。なら、眠り王子は…………」

 無論、ハンスは別に呪いで眠り続けている訳ではない。純粋に寝起きが悪くて起きれずにいるだけなのだが、それは今重要な事では無い。
 今大事なのは、彼が眠ってばかりでなかなか起きない事であった。

「じゃ、じゃあ……眠り王子は、お姫様のキスで起きるの……かな?」

 自分で言ってキャロルは何だか背中がむず痒くなった。ハンスを王子に例えるならともかく、自分自身をお姫様に例えるなど恥ずかしすぎる。恥ずかしさのあまりキャロルの顔が真っ赤に染まり、思わず頬に手を当てれば熱くなっているのが分かった。

 が、その割には彼女の視線は彼の顔から離れていない。もっと正確に言えば、その視線は寝息を立てて薄く開かれている彼の唇に集中していた。

「…………!」

 キャロルは気付けばそっと顔を彼の唇に近付けていた。時々理性の制止が掛かるのか、少し近付いては止まり、近付いては止まりを繰り返しながら彼の寝息が顔に掛かる程にまで顔が近付いた。もうあと数センチで2人の唇が触れ合うのではと言う程にまで近付いていた。

――ちょ、ちょっとだけ……ちょっとだけ……!――

 心臓が今まで感じた事が無い程早鐘を打っている。破裂するのではないかと思う程の鼓動を刻む胸の前に手を置き、大きく深呼吸しながら更に顔を近付けた。

「お、起きないハンスが悪いんだからね……」

 言い訳の様にそんな事を呟きながら、2人の唇の距離が僅か数ミリにまで近づいた。

 その時、何時の間にか閉まっていた部屋の扉がイザークによりノックされた。それだけではなく、彼はハンスを起こしに向かった筈のキャロルがなかなか戻ってこない事に、何かあったのか心配して部屋の中を覗きに来た。

「キャロル~? ハンス君は起きたかい?」
「わひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 幸いだったのは扉が閉まっていた事だろう。だからイザークが部屋の中を覗くまでに僅かながら時間が出来た。その間に爆速で体を仰け反らせて顔を離したキャロルだったが、感情が勢い余って寝ているハンスの顔に平手を思いっ切り叩き付けてしまった。驚きのあまり力加減を失ったキャロルの平手が、割と洒落にならないバシンと言う音を立ててハンスの顔に叩き付けられる。

「んぶぉっ!? な、なになにっ!? 何があった!?」

 微睡みの中に居たハンスは、突然顔を思いっ切り叩かれた事に何が起きたのかと大慌てで飛び起き周囲を見渡した。が、辺りを見れば顔を真っ赤にして狼狽えているキャロルと何が何だか分からない様子でキョトンとしたイザークの姿があるのみ。その光景にハンスも困惑を隠せなかった。

「あ、え? 何? 何かあったんです?」

 自分の部屋にキャロルとイザークが居る事に、訳が分からないと顔に紅葉マークを付けながら唖然とするハンス。キャロルはそんな彼に端的に朝食が出来た事だけを告げて脱兎の如くその場から逃げ出した。

「は、ハンスッ! 朝ご飯出来たから早く起きてきてねッ!」
「あ、キャロル……?」

 物凄い勢いでイザークの横を通り過ぎていくキャロルをハンスは呆然と見送り、イザークは目を丸くして見ていた。が、イザークは凡その事情を察した。察した上で、多くをその場で語る事はせずただ静かにベッドの上で唖然としているハンスの肩を軽く叩いた。

「ハンス君……キャロルの事、頼んだよ」
「へっ? は、はぁ、はい、勿論……?」

 未だ混乱した様子のハンスにイザークは笑みを浮かべると、踵を返して部屋から出ていく。部屋を出てリビングに向かう最中、イザークは自分の愛娘と居候させている少年の事を思い浮かべて改めて笑みを浮かべた。
 何時か、2人が本当に男女として結ばれ、孫の顔を拝む時を夢見て…………




***




 微睡みから目覚めたキャロルは、懐かしい気持ちになった。今見たのは彼女の過去。まだ平和だった頃の、本当にただの少女だった頃の優しい記憶だ。

「パパ……ハンス……」

 最近、アリスの治療の甲斐もあって断片的にだがハンス以外の人物の事も思い出せてきた。と言ってもキャロルの過去に関わっていた人物など、ハンスを除けばイザークしかおらず物心がつく前に病で命を落とした母親の事は微塵も覚えていないのだが。

 何だか無性にハンスの顔が見たくなったキャロルは、まだしょぼしょぼする瞼を擦りながらベッドから出て手早く着替えるとそのまま医務室へと向かった。

 医務室の奥の集中治療室。そこには未だ目覚める気配のない、夢の中の様な眠り王子のハンスの姿がある。キャロルは引き寄せられるように彼が眠るベッドの傍らに近寄ると、瞼が開かれる気配のない彼の顔を覗き見た。

「ハンス……」

 キャロルはそっと、”掛け布団から唯一出ている”ハンスの頬に手を添える。手の平を通して彼の頬から伝わる温かさが、彼がまだ生きている事を教えてくれ思わず安堵する。

「ハンス……相変わらず、お寝坊さん? 眠り王子は……お姫様のキスで、起きる?」

 どうやらまだ頭の中も寝ぼけているらしい。何やらぼんやりとした様子のキャロルは、ゆっくりと彼の唇に自分の唇を近付けていった。

 その時、医務室の扉が開かれる音が聞こえてきた。

「ん? 誰か居るのですか?」
「ッ!?!?」

 医務室に入って来たのはアリスの様だ。彼女は集中治療室に続く扉が開かれている事に違和感を覚え少し大きめの声で室内に居るキャロルに気付かず声を掛けた。その声にキャロルは夢の中同様、弾かれるように彼から離れた。

 その直後、集中治療室の中をアリスが覗き見る。

「ん? あ、キャロルさん?」

 ハンスの傍に居たのがキャロルだと気付くと、アリスは彼女に柔らかな笑みを向けた。恐らくは彼の事が心配で様子を見に来たと思ったのだろう。何ら珍しい事では無いと特に警戒せず自身も室内に入った。

「ハンスさんの事が心配なんですね?」
「えっ!? あ、あぁ、まぁ……」
「大丈夫です、私が見てますから。さ、先ずは朝ご飯に行ってきてください」
「わ、分かった……それじゃ」

 アリスに促されてキャロルが名残惜しそうに部屋を出る。それを見送ったアリスは、キャロルが彼に触れる為にだろうか”布団から出た”手を取りもう一度毛布を掛け直してやる。

 その際、彼女は気付く事は無かった。布団を掛けられる寸前、彼の指が僅かにだが動いた事を…………









 眠り王子は何時か目覚める。獅子と共に…………その時、彼を目覚めさせるものは、彼にとっての姫である女性なのだが、本人にはその自覚がまだ無くまたそんな未来が来る事等知る由も無いのだった。 
 

 
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございました!

相手が寝ている隙に、そっと唇を奪う。字面だけだと最低ですが、それが互いを想い合うような間柄だと印象が180度変わるから面白いですよね。

因みにこの話の出来事が、何気にXVへの布石になっていたりいなかったり?

この後夜21:15に本編も更新する予定ですのでそちらもお楽しみに!

それでは。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧