星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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敢闘編
第七十七話 協調
宇宙暦794年3月25日14:30
ボーデン宙域、ヴェルニゲローデ、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊、擬装商船ディスケガウデーレ
ヤマト・ウィンチェスター
ここは惑星ヴェルニゲローデ。ボーデン宙域に属しているものの、主要航路からは外れている寂れた惑星だ。
「どうだった、オットー」
「めちゃくちゃ喜ばれたよ。まさかこんなに喜ばれるとは思わなかったな」
オットーはこの星の行政官と話をつけに行っていたのだ。行政官と言っても、こんな辺境に来たがる者は居らず、世襲の様な形になっているという。
「フォン・バルクマンという人だったよ。彼のバルクマン家は二百年前からここの行政官をやっているそうだ」
「へえ。意外とご先祖様が繋がっているんじゃないか?」
「そうかもな」
当初俺達の身分はフェザーンの独立商人という事にしようとしたけど、フェザーンを名乗ると後から面倒になりそうなので同盟…叛乱軍の商人という事にした。さすがに叛乱軍の軍人とは言えない。物資輸送の為にアムリッツァまで来たが、それだけでは利幅がないので軍には内密でヴェルニゲローデに来た…という設定だ。
「ボーデンまでの貨客船があればありがたいと言っている。鉱物資源としては鉄が有望らしいが…どうやらこの星は本当に帝国からも見放されているらしい」
このヴェルニゲローデという星は、二百年ほど前までは十万人程の人口があったらしい。だが俺達との戦争が始まってから様相が変化してしまったのだという。フォン・バルクマンの先祖も赴任してきた行政官だったのだが、戦争が激化し徴兵等で増加を上回るスピードで人口が減っていき、新任の行政官は来ず、現地を知るバルクマン家の人間が代々行政官に任じられる様になったそうだ。
「帝国にはこんな星がいくつもあるんだろうな。人口だって一万を越えるくらいっていうじゃないか…同盟の田舎だってここまで酷くはないぞ」
同姓のバルクマン氏に同情したのだろう、オットーは大きく嘆息した。俺も激しく同意するけど、一つだけいい点があった。バルクマン氏は貴族ではあるものの、全く貴族臭がない。代々この星に住む内に貴族というより在地領主、この星の代表者…首長という立ち位置に近い存在になっている。聞くと、バルクマン氏と住民の代表者が話し合ってこの星の行政を決めているという。
「地方自治体という訳だな。いい政治風土じゃないか。お前の考えている草の根運動も案外上手く行くかもな」
俺達の他にもワイドボーンやマイク、パオラ姐さん達も、商船に擬装した戦艦を使って近隣の帝国人のすんでいる色々な惑星に向かっている。その惑星全てが此所と同じとは限らないが、インフラや経済状況が似た様な状況にある事は想像にかたくない。
「しかし、派手な色にしちまったよな」
「そうか?商船が同盟軍の艦艇と同じ色だったらおかしいだろう?」
「まあそうなんだけどさ…メタリックレッドとか目立ちすぎないか?」
俺とオットーが使用しているのはハンニバルという戦艦だけど、色を決めたのは俺じゃない。ハンニバルの艦長だ。どうせ塗り変えるなら好きな色がいいという事でこんな派手な色になった。他の擬装商船も同じ様に色んな色に塗り変えられている。
「各艦の事は艦長の権限さ。俺が口出しする事じゃないよ」
「まあな…しかし、艦隊は大丈夫かな」
「ヤンさんとラップ中佐に任せてある。大丈夫さ」
艦隊司令部のスタッフが逆通商破壊に従事している間は艦隊の指揮をヤンさんとラップ中佐、あとフォークに任せてあった。ヤンさんなら無理はしないだろうし、なにかあっても必ず助けてくれるだろう。
4月1日18:00
ヴィーレンシュタイン星系外縁(ボーデン方面)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第十三艦隊旗艦グラディウス
ヤン・ウェンリー
「しかし逆通商破壊なんて…司令官はとんでもない事を考え出すものですな」
「ああ…ラップ、私とお前だけなんだ、いつも通りでいいよ」
「そうか?…司令官は本気で帝国に勝とうとしているんだな」
「どうしてそう思うんだい?」
「じゃなければこんな地味な作戦思いつくもんか。逆通商破壊って、辺境の帝国人を経済的にこちら側につけるって事だろう?」
「そうだね。司令官は無理に占領政策を採るより、帝国の辺境惑星へ経済的な利益を与える事によって同盟への心情的な抵抗をなくそうとしているんだ」
「だったらフェザーンの独立商人とでも名乗った方がいいんじゃないのか?」
「そうしてしまうとフェザーン本星に話が伝わるかもしれない。そうなると話が拗れてくる」
「フェザーンの黒狐、か?」
「黒狐かどうかはともかく、下手をするとフェザーン在駐の帝国高等弁務官府からもオーディンに話が流れ兼ねない」
「黒狐に白狐か。面倒な事だ」
「そうだね。おそらく司令官は帝国辺境を同盟の味方にする、というよりは中立化を狙っているんじゃないかな。あからさまに同盟に味方したら困るのは辺境の彼等だからね。粛清の対象になりかねない。帝国の援助がなくとも自立してやっていけると分かれば、彼等とて帝国に面従腹背で臨む事が出来る」
「俺達にだって面従腹背で臨むかも知れないぞ?」
「だからこそ経済的な利益を約束するのさ。司令官が前に言っていたよ。主義主張は生きる為の方便、とね。衣食足りて礼を知る、腹が満ち足りれば大抵の事はどうでもよくなると」
「そんなものかな」
「同盟市民は分からないけどね。だが辺境の帝国市民は違う。彼等は搾取される側だし、我々の事だって同じ様に見ているかもしれないんだ。支配者層が変わっても彼等の日常は変わらないのであれば自分達に優しい方に心情的には味方したくなるだろうよ」
「成る程ね。しかしいつまで続ける気なんだろうか」
「どうなんだろうね」
「聞いてないのかヤン…お前参謀長なんだぞ?」
そう、いつまで続ける気なのだろう。この作戦は始めたばかりだが、いずれ帝国に気付かれるのは目に見えている。帝国の哨戒網をくぐりながらの隠密作戦…。帝国は必ず我々を叩く為に艦隊を派遣するだろう。きちんと本意を聞いておくとしよう…。
4月7日11:30
ボーデン宙域(アムリッツァ方面)、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス
ヤマト・ウィンチェスター
「報告は以上です。本部長への報告は此方から行った方がよろしいでしょうか?」
”そうだな…私からも報告するが、貴官からも報告した方がよいだろう“
「了解致しました」
“貴官の発案とはいえ地味で地道な任務だ。よろしく頼むぞ”
「判っております。では」
ルーカス司令長官の姿が画面から消えた。確かに地味な任務だ…。
「司令官、では今仰っておられた穀物プラント十基、農地用トラクター百台、土壌改良キット二十基、採掘用機材五基、各機材の使用法の為の指導員百名、貨客用に改造した巡航艦十隻の手配をイゼルローン要塞補給支部に要請します」
「頼む、キンスキー少尉…ああ、あとアムリッツァ基地司令と超光速通信を繋いでくれるかい」
「かしこまりました」
アムリッツァ駐留軍司令部は昨年の帝国軍とのフォルゲン宙域での大規模な戦闘後解体され、自由惑星同盟軍アムリッツァ基地と名を変えた。任務も以前と異なっている。アムリッツァ基地への組織改編と同時に行政府が置かれたので、その行政府への治安維持の支援、後は駐留している各艦隊への福利厚生業務が主な任務になっている。解体された駐留軍司令部は再編されたものの、第四惑星カイタルに移された。駐留艦隊の編成も変更されている。基幹四個艦隊となり以前の七個艦隊から削減された。じゃあ残りの三個艦隊がハイネセンに引っ込んだのかというとそうでもない。以前あった三個艦隊は一個艦隊増勢され、四個艦隊がイゼルローン要塞に駐留している。何故こうなったかというと、やはり昨年のフォルゲン宙域での戦闘が要因だった。アムリッツァは根拠地としての能力が低すぎたのだ。ただ駐留している分には構わないが、いざ大規模な戦闘が起こると後方基地としての能力がパンクしてしまう。それに民間人も多い。元からの同盟市民、それに新しく同盟市民になった者も多数居る。同盟軍が多数出撃していく様を見るとパニックやそれに乗じたデモやテロ行為が起きるのではないか、と危惧されたのだ。それで民間人の少ないカイタルを駐留軍の本拠地にしようという案が出され、現在に至っていた。カイタルには現在、大規模な同盟軍の基地が建設中だった。将来的には十個艦隊の駐留に耐えられる規模の基地が出来上がるという。基幹兵力四個艦隊という編制もやはり昨年の戦いから導き出された数字だった。四個艦隊六万隻で支え、イゼルローン要塞からの四個艦隊六万隻を機動兵力として活用し、来寇した帝国軍を包囲殲滅する…という方針だった。そして新領土を除く同盟国内に残り四個艦隊が存在し、この四個艦隊毎のタスクグループがローテーションして休養と任務に当たる様になった。半年イゼルローン要塞、半年アムリッツァ、半年同盟本土で休養と整備…という訳だ。ウチの第十三艦隊を含めると基幹十三個艦隊、特別編成のイゼルローン要塞駐留艦隊…で十四の艦隊がある事になる。
“おう、久しぶりですな司令官閣下”
「やめて下さいよ、キャゼルヌ司令。少し相談が」
端末の画面にはキャゼルヌ少将が映し出されている。アムリッツァ基地の初代司令に任じられたのはキャゼさんなのだ。キャゼさんが任じられたのには理由があった。まず実戦経験豊富で補給任務に造詣が深い事。アムリッツァ基地はカイタルへの補給計画に関わる事が多く、計画立案だけでなく計画実行能力も高い補給士官が望まれたからだった。そして汚職とは無縁な事…という理由が挙げられる。実戦経験も求められたのは、アムリッツァ基地が前線だからだ。戦闘が予想される宙域での補給任務は、後方では想像もつかない物やある程度の実戦経験者でないと必要だと分からない物も品目に挙げられたりする。その必要性を説明しスムーズに補給計画を計画、実行出来る将官となると数が限られてくるのだ。その上キャゼさんは基地司令就任前まで人員削減推進室の室長として後方勤務本部に居たから、様々な企業にも顔が利いた。今ではアムリッツァにも色んな企業の現地法人が進出している。経験豊富で清廉、軍に物品を納入している企業とも搦め手の交渉が出来る補給畑の将官…という事でキャゼさんに白羽の矢が立ったのだ。
“なんだなんだ、悪巧みか?“
「行政府にお願いして欲しいのです。軍属を雇いたいんですよ」
“軍属?何をさせる気だ”
俺は現在遂行中の作戦を説明した。キャゼさんは単にアムリッツァ基地司令だから、逆通商破壊作戦については知らされていない。この作戦は表向きには帝国の哨戒網の穴を見つける隠密作戦となっているから、逆通商破壊という目的を知っているのはトリューニヒト、シトレ親父、ルーカス親父だけだ。
“逆通商破壊だと?そんな事をやっていたのか。全くお前さんは……了解した。単なる荷役作業員という事でいいんだな?”
「出来れば、そのまま同盟軍人として任官してもいい、同盟軍人として働きたい、という様な人達がいいですね」
”何故だ?“
「そのままウチの艦隊に居てもらえれば、私が何をしようとしているのか彼等にも判る筈ですから。ただの軍事作戦ではないので」
“そうか…了解した。カイザーリング氏に協力を要請しよう”
「ああ、そういえば彼は行政府長官になったのでしたね」
“お前さんが直接頼んだ方が早いかも知れんぞ。無論此方からも要請はするが”
「分かりました。後程連絡を取ってみます」
“軍属を雇うって事はアムリッツァに寄るんだろう?何時だ”
「そうですね…本隊と合流後ですから…十四日には着くと思います」
“了解した。待っているぞ”
通信は切れた。その通信が切れるのを待ってすかさずオットーが質問を口にした。
「軍属を雇うのか?」
「ああ。彼等にはアムリッツァの現状を宣伝をしてもらおうと思ってさ。同盟と仲良くしても損はないと思ってもらわないといけないし。草の根運動だな」
「それで味方につけて占領しやすくするって訳か」
「占領?占領してどうするんだ」
「どうするってそりゃあ…」
オットーは言葉に詰まってしまった様だ。そりゃ詰まりもするだろう、この草の根運動は帝国艦隊の誘引し、同時に同盟と境を接する帝国辺境の星々を味方にする為…としか上層部にも説明していないからな。トリューニヒトにしろシトレ親父にしろ、後日占領する時の為の布石としか思ってないだろう。
「じゃあ…逆通商破壊作戦は、アムリッツァの様に辺境星系を占領して経済開発を進めて、帝国との戦争を有利にする為…じゃあないのか?」
「有利に進める為、っていうのは間違いない。艦隊と合流したらきちんと説明するよ」
「何で最初からちゃんと教えてくれないんだ?」
「本当の目的を話したら反対されると思ったからさ。シトレ長官や国防委員長にも帝国の兵力を誘引する為、帝国領への進攻を容易にする為、としか説明してないからな。ヤン参謀長すら知らないんだ」
「敵を欺くにはまず味方から、ってか。もしそうだとしてもせめて俺達には話してくれよ。俺もマイクも、お前を支えるって決めて此処にいるんだぞ。秘密は無しだ」
オットーの顔は真剣だった。本当に少し怒っている様だ。
「悪かったよ、この通りだ。謝るよ」
「了解、だ…で、この後は艦隊に合流するんじゃないのか」
「そうだ。キンスキー少尉、グラディウスと回線を。FTLで」
「了解致しました」
帝国暦485年4月11日09:00
キフォイザー星系、銀河帝国、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「大丈夫でしょうか、マッケンゼン艦隊は」
「ヴィーレンシュタインから先へは行くなと厳命してある。私だけではなくミュッケンベルガー長官からもだ。大丈夫だろう」
「そうだとよいのですが」
ヒルデスハイム伯は大笑いしている。
「参謀長になってえらく心配性になったなミューゼル少将。私はともかく長官の命は破らんだろう。もっと味方を信用する事だ」
「はい」
今艦隊はキフォイザー宙域中心のキフォイザー星系に居る。一方、マッケンゼン艦隊は今頃シャンタウからヴィーレンシュタインに向けて進んでいる頃だろう。当初哨戒任務はヒルデスハイム艦隊のみで行う筈だったのだが、マッケンゼン中将が自分の艦隊も加えて欲しいと申し出たのだ。ミュッケンベルガーは難色を示したが、リッテンハイム侯の有形無形の圧があったらしい。我々が前線に出るなら、此方からも、という事の様だ。これだけ聞くと二大権門の派閥争いが軍内部でも…と思われがちだが、当のマッケンゼン中将は確かにリッテンハイム閥に属してはいるものの真っ当な軍人の様だった。統帥本部での勤務が長く、主に軍令に携わって来た人物だという。少将への昇進と共に宇宙艦隊司令部入りが内定していたものの、宇宙艦隊司令部の参謀達の猛烈な反対にあい転属が取り消しになり、軍務省でくすぶっていた…という事を先日、ミッターマイヤーが教えてくれた。
『当時のマッケンゼン少将の宇宙艦隊司令部入りを特に強硬に反対したのは当時准将で宇宙艦隊司令部で勤務していたシュターデン少将です。その一点だけでもマッケンゼン中将が真っ当なお方である事の証ですよ』
『大佐、本当にそれだけで判断出来るものなのか?』
『ええ。士官学校在籍当時、当時のマッケンゼン准将が講話に来られた事がありました。実戦では理論通りにならぬ事は沢山ある、目の前にある事をこそ受け入れよ…と仰っていました。ロイエンタール含め我々学生は尤もだと頷いていましたが、当時のシュターデン大佐は講堂の端からマッケンゼン准将を睨んでいましたよ』
『シュターデンが?何故だ?』
『はい。当時のシュターデン大佐は士官学校で我々に戦術論を教えていたのです。シュターデン教官は戦術シミュレーション等で理論と実際が相反する状況になった時、理論を優先させていました。我々はひどく嫌われたものです。まあ、我々学生も理屈倒れのシュターデンと呼んで嫌っていました。当時のマッケンゼン准将もシュターデン教官に向けて言った訳ではないでしょうが、教官からすれば持論を真っ向から否定されたとでも思ったのではないでしょうか』
『成程。そういう因縁があったのか』
おそらくミッターマイヤーの観るマッケンゼン中将の評価は正しいだろう。戦場で戦術理論を優先させるなど馬鹿にも等しい。理論が重要な事は解る。だが実際の状況が理論通りにいくとは限らない。目の前にある事をこそ受け入れよ、か。為人は分からないが、その一点を身を以て理解しているだけでも優秀な男である事は間違いない。だが…。
「そこまで心配する理由があるのか?ボーデン、フォルゲン共に叛乱軍は活動しておらん」
「はい、閣下の仰る通りなのですが…マッケンゼン中将は大規模な艦隊を率いるのは初めてです。余計な物言いかも知れませんが、気負っておられなければよいのですが」
「初陣の気負い、か…。想定戦場を哨戒も兼ねて視察したいとの申し入れがあった故に向こうを任せたのだがな。解った、艦隊を分けよう。アントンとベルタに通信を。両艦隊は予定通りキフォイザーからハーンの線で哨戒を続行せよ。本隊はシャンタウを経由してヴィーレンシュタインに移動する」
「閣下、お言葉ではありますが、アントン、ベルタの両艦隊をヴィーレンシュタインに向けた方がよろしいのではないでしょうか?両艦隊を分離してしまうと、本隊は五千隻に過ぎません」
「キフォイザー、アルメントフーベル、シャッヘンからハーンの航路哨戒をおろそかにする訳にもいかんだろう。例の正体不明の艦隊の件もある」
「そうでした。迂闊でした…キルヒアイス、アントンとベルタの両閣下に通信を。内容は先程閣下が言われた通りだ……本隊、全艦反転!反転後陣形を球形陣に整えシャンタウに向かう!」
伯は後を頼むと言って艦橋を後にした。キルヒアイス、それにミッターマイヤーとロイエンタールが俺の元に集まる。
「ボーデンやフォルゲンで哨戒を行っている連中を信用しない訳ではない。だが…」
「ラインハルト様には何か気にかかる事でも?」
「中佐の言う通りです。参謀長には何か御懸念がお有りの様ですな」
キルヒアイスの言葉にロイエンタールも反応する。
「確かに叛乱軍の活動の兆候はない。だが奴等が嫌な事はなんだ?」
「アムリッツァを我等に奪われる事です」
「そうだキルヒアイス。となると叛乱軍とて哨戒活動をしている筈だろう?」
キルヒアイスが俺の問いに答える前に口を開いたのはロイエンタールだった。
「隠密行動を得意とする叛乱軍部隊が哨戒を行っていると?どう思う、ミッターマイヤー」
「有り得ない話ではない。俺が敵でもそうするよ。だが隠密行動なら敵はごく少数の筈だ。此方に対処出来るだけのまとまった兵力が存在するとは考えにくい…存在していても各宙域でもかなり小規模の通報艦や強行偵察艦のグルッペだろう。奴等が哨戒を実施していたとして、此方に見つからないのはそのせいだ。叛乱軍はアムリッツァから出る必要がない以上、奴等は此方の接近にだけ注意をはらっておけばよいのだからな」
「そうだな…参謀長、どうです?」
ロイエンタールの口調には、俺の能力を試す様な響きがあった。
「叛乱軍の哨戒活動が、ボーデンとフォルゲンの線で止まっていれば心配はない。だが叛乱軍が真に恐れる事態は何だ?キルヒアイス、解るか」
「はい。突然我々…帝国軍がボーデン及びフォルゲンに現れる事です」
「そうだ。叛乱軍がそれを防ぐにはどうする?」
「最低でもヴィーレンシュタインまで哨戒の網を拡げる事です。そうすれば叛乱軍は余裕を持ってボーデン及びフォルゲンに布陣する事が可能です」
キルヒアイスの回答を聞くうちに二人共気づいたのだろう、二人の顔には緊張の色があった。
「マッケンゼン中将は初陣、と気にされていたのはこれがあったからですか」
「ミッターマイヤー大佐、これは全て私の推論に過ぎない。叛乱軍の隠密哨戒部隊など存在しないかもしれない。だが私はこの艦隊の参謀長だ。最悪の事態を想定せねばならない」
「心中お察しします…ヒルデスハイム閣下にはこの事を?」
「言える訳がない。閣下にマッケンゼン艦隊に対する指揮権は与えられていないのだ。それに…」
端末を操作する。マッケンゼン艦隊の司令部の人事編成を二人に見せる為だ。マッケンゼン中将が気負うかもしれないという理由が此処にある。
「艦隊参謀長、シュターデン少将…これは」
「マッケンゼン中将自身は無能や惰弱とは無縁の人物だろう。だが彼を補佐する者がミッターマイヤー大佐のいう様な男なら。協調は難しいだろう。マッケンゼン艦隊が能力を発揮するのは厳しいかもしれないな」
四人で話していて気づいた事がある。伯爵の言う様に、俺は本当に心配性になったのかもしれない…。
後書き
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