俺様勇者と武闘家日記
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第3部
ムオル〜バハラタ
鋼の俊足
青く澄んだ空に浮かぶ千切れ雲が、涼風に流されていく。季節はすっかり秋めいており、周囲の木々の葉が少しずつ散っていく様を、私はぼんやりと眺めていた。
私がカザーブを出たのもちょうど今ごろだった。そしてユウリと出会ってから、もう一年が経とうとしていることに気づき、感慨に耽る。
「あー、くそっ!! また逃げやがった!!」
本日幾度目かの文句を放ったナギが、悔しげにチェーンクロスを足下の地面に叩きつける。それを見たユウリが煩わしそうに顔を歪めた。
「おいバカザル、集中力が乱れてるぞ。だからあんな下らないミスなんかするんだ」
「へっ、お前だってろくに攻撃当てられてねえじゃねーか!!」
「ベギラマ」
ぼおおおん!!
「ぎゃあああっ!!」
「お前相手だとちゃんと当てられるんだがな」
「ダメだよユウリちゃん、メタルスライムは物理攻撃しか効かないんだから」
そう、私たちは今、メタルスライムという魔物を相手に戦っていた。『いた』というのは、もう既に相手に逃げられてしまったからだ。
これが普通の魔物ならば気にせず先へと進むところだが、生憎今回の目的はメタルスライムを倒すことなのである。逃げられてしまっては意味がないのだ。
そもそもなぜメタルスライムを倒しているのか。それは先日、ジパングでヤマタノオロチという魔物と戦い、結果的に勝利した。但しそれは手放しで喜ぶような戦いぶりではなく、それぞれの力量不足など、様々な要因が露呈した苦い勝利でもあった。
特にユウリは全体的なレベル不足が原因だと明言した。それについては私も含め皆が同意している。なのでその状況を打破するため、ここバハラタにやって来たというわけだ。
なぜバハラタなのかは、ナギとシーラがよく知っている。以前彼らはバハラタで私たちと別れたあと、数ヶ月この場所でレベルを上げていたからだ。
やがて魔物と遭遇するうちに、莫大な経験値を持つメタルスライムがバハラタ周辺に現れるとの噂も耳にするようになり、ついには実際に遭遇することもあった。けれど当時は二人だけだったし、レベルも今より低い。なにより遊び人だったシーラでは、メタルスライムに傷をつけることもかなわなかった。それでも何ヵ月も挑む内に、ナギはもちろん当時のシーラでも会心の一撃を繰り出すことが出来、奇跡的にいくつかレベルアップを図ることが出来たそうだ。
しかも今回は四人いる。さらに遊び人だったシーラは賢者になったし、レベルも上がった。十分メタルスライムと渡り合える戦力となっている。
しかし世の中そんなに上手く行かなかった。私たちのような冒険者にとっては格好の餌食とされるメタルスライムは、今では生息数も激減し、さらにはもともとの特徴なのか逃げ足が物凄く早い。現に今も、遭遇して数秒後に、まるでルーラでも使ったかのように素早く逃げてしまっている。
せっかくポルトガに戻り船を置いてヒックスさんたちに休んでもらってるのに、なんの成果も得られないまま一週間が経とうとしていた。
ぐいっ。
「痛っ!!」
「そしてお前は何をのんきにボーッと突っ立ってるんだ」
思考を中断され、勇者が思い切り私の髪の毛を引っ張ってきた。
「ううっ、だって、いつまでたっても攻撃が当たんないんだもの」
「物理攻撃ならこの中でお前が一番得意だろうが。お前がしっかりしてなくてどうする」
言い訳など許さない、という形相で私に詰め寄るユウリ。そこへシーラが私たちの間に割って入る。
「まあまあ、それだけユウリちゃんはミオちんに期待してるってことだよ☆」
「えっ、ホント?」
私は思わずユウリの方を見る。彼は動揺したがそれはほんの一瞬で、すぐにいつもの不機嫌な顔に戻る。
「こいつに余計なことを吹き込むな、ザルウサギ」
「あたしの名前はシーラだも~ん♪ それにホントのこと言っただけじゃん☆」
そう言うとシーラは蝶のようにひらひらとこの場から去っていき、ベギラマで黒焦げになっているナギに回復呪文をかけ始めた。
「……」
シーラの相手をするのを諦めたユウリは、今度は私の方に顔を向け、物言いたげに見つめてきた。何か言われるのでは、と身構えていると、
「……あいつの言うことも一理ある」
そう言ってユウリは私から視線を外すと、自分から離れたところに行ってしまった。それってつまり、私に期待してるってこと?
「ありがとう、ユウリ。必ずメタルスライムを倒せるように、頑張るから!」
我ながらなんて単純なんだと思う。でも、ユウリに期待されていることが殊の外嬉しくて、ヤマタノオロチとの戦闘で揺らいでいた私の自信が少しだけ復活したような気がした。
「はあっ!!」
しかし、私の攻撃はようやく遭遇したメタルスライムに当たることなく、虚しく空を斬る。
そしてメタルスライムはこちらを見向きもせず、凄まじいスピードで逃げ去ってしまった。
敵の逃走に、私はがっくりとその場に項垂れる。
「大丈夫だよ、ミオちん!! 今の攻撃、もう少しで当たりそうだったじゃない!!」
「うん……」
その様子を痛ましく思ったのか、シーラが慰めるように声をかける。けれど今の私には、生返事で返すしかなかった。
これが初撃ならまだ言い訳出来るのだが、今の私の攻撃で四度目なのだ。しかも三度目までは他の三人の攻撃は当たっていたのだから、もし当たっていれば倒せたかもしれないのだ。このやりきれなさと気まずさに、私は頭を上げることが出来ない。
「なあ、せっかくだからお前の師匠がくれたって言う鉄の爪を使ってみたらどうだ?」
ナギの提案に、私は誰にも聞こえないほどの小さな声で小さな呻き声を上げる。鉄の爪……と言うより、武器を使うことが苦手な私にとって、それはユウリを怒らせないようにするよりも難しい。それどころか、慣れない武器を使うことによって、逆にいつも通りの力が出せなくなるかもしれない。
でも、今のままでも足手まといなのだ。もしかしたら、という小さな期待と不安が胸の奥で揺らぎ続ける。
「……そうだね。ナギの言うとおり、使ってみようかな」
私はすぐに鞄を開け、奥に埋もれた鉄の爪を取り出すと、利き手に装着した。途端に右手にずしりとした負荷がかかる。
少し腕を振ってみるが、やはり動かしづらい。これでも毎日筋トレなどしているのだが、素手とは違うその重みに僅かに目を細める。
「ミオちん、無理しなくていいよ? 逃げたらその分あたしの『口笛』で魔物を呼び寄せるからさ」
シーラの言う『口笛』とは、遊び人だった彼女が覚えた特技の一つで、吹くと魔物を呼び寄せることが出来る。しかしどの魔物がやってくるかはランダムで、メタルスライムが出てくるとは限らない。事実口笛を吹き続けること数十回。戦いを初めてから半日以上経っているが、メタルスライムが出てきたのはほんの数匹にとどまっている。
「オレもお前に武器の使い方を教えてやればいいんだけどさ、武道家用の武器は使ったことねえからなあ」
ナギにまでそんなすまなそうな顔をされたら、いよいよ立ち直れない。
なのにどうしてテンタクルスのときと、オロチのときは上手く攻撃が当たったのだろう。改めて思い返しても、無意識だったのか使い方が思い出せない。
そうこうしている間に、空が赤味を帯びてきた。しかも、口笛で魔物を呼び寄せすぎたせいか、辺りに魔物の気配は全くない。
「タイムリミットだ。一度町に戻るぞ」
無情にも、ユウリの声が終了の合図となる。皆の返事も待たず、彼はそのままルーラの呪文を唱えバハラタの町に戻った。
ちょうど皆のお腹も空いた頃だったので、夕食をとることに。
訪れたのは、見慣れたカウンターとテーブルが置いてあるバハラタのレストラン。もはや常連となったここでの食事は、旅先の中でも最も気安い空間となっていた。
注文を終え、いくらもしないうちに男性の店員さんが来て料理が運ばれてきた。最初にこのレストランに入ったときにナギにスープをかけてしまった人とは思えないほど、彼は今やスムーズに仕事をこなす一人前の給仕となっていた。彼はユウリが注文した料理を音を立てずに置くと、さらにナギとシーラが頼んだ料理も手際よくテーブルに並べる。
「この一週間でメタルスライムを倒したのはたったの一匹だ。周囲の魔物の数も減ってきたから、明日は場所を変えるぞ」
早速分厚いポークソテーを切り分けながら、ユウリが憮然とした態度で全員に告げた。ここのポークソテーは他の町とは違い、黒胡椒がまぶしてある。少し値段は高いが、黒胡椒好きのユウリはここにくると必ずと言っていいほど注文している。
ちなみにシーラの前にはサラダとドリアとお酒、ナギのところには本日の日替わりランチが置かれていた。
「うん、その方がいいね」
「もうこの辺りの魔物はあらかた倒しちゃったしね~☆」
私もシーラもユウリの提案に大きくうなずく。ナギもウインナーを頬張って声を出せないが、仕草を見るに同意しているようだ。
この一週間、私たちはメタルスライムを倒すため、前述した『口笛』を使いまくった。
その結果、一日目は吹けばすぐに魔物がやって来たが、七日目の今日は吹いてもすぐには来ず、来ても一体か二体だった。これは完全に私たちがそこの地域の魔物をあらかた倒してしまったからに他ならない。
「お待たせしました。鶏もも肉のオランデーズソースです」
とそこへ、先ほどの店員さんが私の頼んだ料理を運んできた。鶏肉に塩と胡椒をまぶしてこんがり焼いた後、柑橘系のソースをかけたその料理は見映えもよく、テーブルに置いた途端爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。待ちきれない私は、一旦料理に集中しナイフを入れる。そのときだった。
「あの、立ち聞きしてしまってすいません。今、この辺りの魔物は倒したって仰いました?」
振り返ると、店員さんが厨房に戻らずずっとここに立っていた。
「はい。私たち、メタルスライムの経験値が欲しくて、この辺りの魔物をほとんど倒しちゃったんです」
不思議に思いながらも私が答えると、店員さんはひどく驚いた様子で私を見返した。
「それはすごい! 前から気になってたんですが、あなたたちは何者なんですか?」
店員さんの言葉に、ユウリは思わせぶりな態度をしながら、
「ふん、ただの通りすがりの勇者一行だ」
と調子のいいことを言い放った。
「勇者!? あなたが噂の……!」
人の良さそうな店員さんはユウリの言葉に目を丸くした。けれどすぐにため息を吐きながら話を続けた。
「実は最近、この辺りに『殺人鬼』が現れたんですよ」
「殺人鬼?」
なんて物騒な話なんだ。私は思わず彼の話に耳を傾ける。
「ここ数日の間に、もう何人も被害に遭ってるんです。幸い殺された人はいないんですが、頭を殴られたり、腕や足にひどい怪我を負った人もいるんです。ちょうど腕の立つ戦士でも呼ぼうかと町の人たちで相談してたところだったんですよ」
ほんの少し聞いただけで気分が悪くなる話だ。
「犯人の目星はついてるのか?」
「いえ。ただ、被害に遭った人は皆、町の入口で襲われました」
「入口? 町の中じゃなくて?」
「はい。しかも犯人は襲ったあとそのまま町に入らず、東の方へ去ったと言ってました」
「ということはその殺人鬼は、町外れに住んでいる可能性があるってことか」
「ねえ、なんか特徴とかないの? その殺人鬼のさぁ」
シーラの疑問に、饒舌だった店員さんの口が止まる。
「すいません、僕も人伝てに聞いただけでそこまでは……。詳しい話が聞きたいのなら、町長に聞いてみた方が良いかと」
「確かにそうだな。仕事中なのに話し込んでしまって悪かったな」
「いえ、僕の方から声をかけてしまったので、むしろお客様に時間をとらせてしまって申し訳ありません」
店員さんは深く一礼すると、厨房へと戻っていった。
「……今の話、どう思う?」
声のトーンを低くしたユウリは、私たちに意見を求めた。すると、いち早く声をあげたのはシーラだ。
「町の東に行った、って言ってたよね。東にはあいつのアジトがあったはず」
「ああ。しかもあのとき、俺たちの目を盗んで、あいつ……カンダタは一人逃げ延びたんだ」
ここまで言って、私はやっと気づいた。
「もしかして、その殺人鬼って、カンダタかもしれないってこと?」
「お前にしては察しがいいな。とにかく、この件については俺たちにも責任の一端がある。次の被害者が出る前に、その殺人鬼とやらを突き止める必要がありそうだ」
ユウリの言葉に、 私たちはすぐさま頷いた。
「んじゃあ、これ食い終わったら、町長のところに行こうぜ。善は急げって言うしな」
「それと、 被害者の話も聞きたい。被害者の中で一番軽傷だった人に会いに行くぞ」
こうしてメタルスライムでレベルアップ作戦は一時中止し、私たちの因縁の相手かもしれない殺人鬼の真相を探るため、町長の元へと向かうことにしたのだった。
「おやおや、あなたたちはいつぞやの……! あのときは町の女性たちを助けてくださって、有難うございます」
突然の来訪にもかかわらず私たちを笑顔で迎え入れてくれた町長に、私は一瞬面食らった。
以前カンダタ一味を役人に引き渡した際、ユウリは町長にも事情を話した。しかも私の知らないところで町長から謝礼ももらったらしく、私はここに来る道中で始めてその事実を知ったのだ。
なので町長と既知の仲だったユウリは、随分と親しげに話を進めている。
「……それで噂で聞いたんだが、最近この辺りに殺人鬼が出ると言うのは本当か?」
いきなり直球で質問すると、町長の顔がサッと青くなった。
「ご存知でしたか……。ええ、ようやく人買いの盗賊団が捕まったと思ったら、今度は殺人鬼ですよ。もうこの町は呪われているとしか思えません」
「いや、もしかしたらその殺人鬼は、その盗賊団の首領かもしれないんだ。何か知っていることがあったら教えてくれ」
すると、町長の顔がパッと明るくなった。年の割に随分と感情の起伏が激しい人だ。
「なんと、まさかこの事件までもユウリさんが解決してくれるのですか!? いやはや、なんとお礼を言ったらいいか……」
「礼を言うのは殺人鬼とやらを捕まえてからだ。それと言葉だけでなく、形に残るものも今から用意しておけ」
ちゃっかりお礼の要望までする勇者。そのとき隣にいたナギがぼそりと「やっぱあの陰険勇者、がめついよな」と言ってきたので私は吹き出しそうになり口を押さえた。
「わかりました。ええと、知ってることと言っても、犯人である殺人鬼は覆面で斧を持った大柄な男性のような風貌なのと、犯行に及んだあと町の東へと逃げていったということぐらいしかわからないんです」
犯人の特徴を聞いて、四人は顔を見合わせる。どう考えても犯人はカンダタではないか。
「あと、被害者の詳細ですが、三日前に二人、二日前に一人、そして昨日一人被害に遭われました。一人目は左腕、二人目は両足を斧で斬りつけられ、三人目は頭を殴られ脳震盪、四人目は腕を折られたそうです」
「どの被害者もひどいな。死亡した人がいなかったのは幸いだったが」
「ええ、ですが皆この町の特産品の生産者で、別の町に作物を卸す道中で襲われたのです。まさかこんな短期間で四人の被害者がいるとは思わず……」
「どうしても他の町に卸さなくてはならないのか? この町で売ってしまえば町の外に出る必要はないだろう」
「穀物や野菜ならいいんですけどね。知っての通り、我が町は黒胡椒で生計を立てている人たちが多くいます。それこそ他の町や国に売れば莫大な売り上げをもたらしてくれるので、以前みたいに売れなくなるとその店や生産者だけでなく、町全体にも影響を及ぼします。例えば四人目の被害者であるマーリーさんは、隣町に黒胡椒を卸す途中殺人鬼に襲われ腕を骨折したんです。それでも売りたいからと、義理の息子のグプタさんに家業を継がせることにしたようですよ」
「えっ、グプタさんが!?」
グプタさんとは、以前人買い……つまりカンダタたちに拐われた恋人のタニアさんを助けるため、私たちに協力をお願いしてきた青年だ。結局自分が助けると言って一人町を飛び出し、途中カンダタに捕まってタニアさんと一緒に牢に入れられたが、私たちが救出して二人とも無事に町に帰ることが出来た。あのときタニアさんの祖父のマーリーさんが、グプタさんに後を継がせると言っていたが、本当にその通りになったということだ。
「あのジジイ、とことん運が悪いな」
ため息をつきながらユウリが同情の念を込めて呟いた。孫娘が誘拐されたと思ったら、今度は自分が殺人鬼に狙われるなんて、マーリーさんが気の毒過ぎる。
「ユウリ。マーリーさんの具合も気になるし、今から行ってみない?」
「ああ。ついでに黒胡椒が売っていれば言い値で買うぞ」
ユウリにとってはそれがついでじゃないような気がするけど。私はそっと今の台詞を心の中にしまいこむ。
「こんな大変なときに突然来てしまってすまなかった。今からマーリーのところに行って、話を聞いてくる」
「本当に有難うございます。もし殺人鬼を捕まえてくださったら、ここへ来てください。必ずお礼をしますので」
「ふん。さっきのは冗談だ。その分被害者の支援に役立ててくれ」
捨て台詞のようにそう言うと、ユウリは町長の返事も聞かないまま部屋を後にした。若干耳の後ろが赤かった気がするが、気のせいだろうか? とふと疑問に思ったが、ユウリが謝礼を受け取らないなんて天変地異の前触れなんじゃ、と訝しむナギの表情が面白くて、それどころじゃなくなっていた。
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