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エヴァンゲリオン REAL 最後の女神

作者:竜牙
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使徒大戦
第一章
  1.02


[chapter:1.02]

 振動は第二発令所までも揺らした。
「きゃっ」
 意外にかわいい悲鳴をあげて倒れたのは、偽金髪のお局<つぼね>(ネルフ総務部女子一同命名)こと、赤城リツコ博士だった。その自分の声に照れたのか、頬を染めてあわてて立ち上がる。
「何事?」
「地震……のわけないわよね?」
 と、言わずもがなのくだらないことを口走るのは、もちろんお色気作戦部長(ネルフ資材部整備課一同呼称)こと葛城ミサト三佐である。
 その台詞を遮<さえぎ>るように、甲高い警報が被さった。同時にブラックアウトしていたモニター群が全て復帰する。センサーを通して流れた過電圧に落ちていたラインが回避され、副回線に切り替わったのだ。しかし、ケージを映していたウインドゥも、プラグ内部をモニタリングしていたウィンドウも──No Connect──の無情な表示のみであり、左部にまとめられたALERTモニターのほぼ全てが点灯していた。
「整備班より連絡! エヴァ弐号機が拘束具を引きちぎって行動を開始!」
 オペレータの日向が、インコムからの連絡をミサトに報告した。発令所の中を動揺が走る。
「暴走?」
「弐号機の電源をカット、停止信号!」
 ミサトの理解を待たずにリツコの指示が飛ぶ。しかしマヤはリツコを振り返り、すがるような視線を向けた。
「だめです! エヴァ制御系のモジュールが、のきなみダウンしたままです。エヴァ側からの介入でフリーズしたものと……」
 正面モニタに映されたエヴァのタスク表示が変化せず異常表示をしていないのは、タスクそのものが停止していたためだった。
「再起動させなさい!」
「やってます……でも、コマンドを受け付けません。ずっとエヴァから制御系への介入が続いていて……っ!」
 マヤの声はすでに悲鳴に近かった。

 一方、格納庫内はすでに地獄絵図であった。
「まさか……暴走? アスカっ!」
 シンジの叫びに応えるものは無かった。
 拘束具を引きちぎる弐号機。整備用のタラップやキャットウォーク、各種センサーのケーブルなどが滑落していく。エヴァのサイズに比較すると、それはおもちゃのように小さくみえるものだったが、人間にとっては十分すぎるほど巨大な機械である。トン単位の金属塊が降ってくる中で、逃げ惑う整備員達が潰されていく。鉄骨に頭を砕かれ、ライトに四肢を折られ、コンクリの塊の下敷きとなって、はじけた果物のように床に広がる。
 幸いなことにケージから距離をおいていたため無事であったシンジは、目の前に広がる阿鼻叫喚の図に肝をつぶし、カヲルの腕に取りすがった。
「かっ、カヲルくん……! にげ、にげ、逃げなくちゃ……」
「だいじょうぶだよ、シンジ君」
 その台詞が強がりでないことが、その落ち着いた口調からシンジにもわかった。しかし、だからこそその冷静さが不思議だった。
「カヲル君? ……あっ!」
 カヲルに問いかけようとした台詞のままで、シンジの口が凍り付いた。
 その眼にとらえてしまったからだ。弐号機に押し広げられたガントリーロックブリッジが平衡限界を超えて倒落してくる様を。
 巨大な質量が倒れる様子は、見た目にはとてもゆっくりだ。実際には早いのだが、そのスケールから比較される挙動が、小さく錯覚されてしまうためだ。
 けれどもそれが余計にシンジの恐怖を喚起する。逃れられない死の影として。
──今から逃げても間に合わない……っ!
 走る速度ではとうていその倒落速度を越えて逃げ切ることはできない。シンジは思わず眼をつぶった。
 だが、いつまで待っても死神の大鎌が振り下ろされてくることはなかった。
「……?」
 不審に思ったシンジが、おそるおそる目を開くと。
「……に、弐号機? どうして……」
 シンジたちをかばうように、巨大なコンクリートと鋼鉄の固まりを支えていたのは深紅の巨人だった。次の瞬間、弐号機は、およそそこにかかっているはずの質量を感じさせないほど軽々と腕を振る。かぶさってくる毛布でもどけるかのように無造作に。腹に堪<こた>える振動と、盛大な騒音とともに、反対側の壁面に向かってガントリーロックブリッジが叩きつけられた。大量の粉塵と、コンデンサに蓄電されたまま逃げ場のなかった残電流の火花とともに、崩れ落ちていく。粉塵爆発がおきないのが、いっそ不思議なほどだ。
 目の前で行われる破壊に魂を奪われ、シンジは言葉を無くしていた。
 そのシンジに気がついた、とでもいうように弐号機がゆっくりと振りかえる。緑色に光る4つ目に人の意識を感じて、シンジは少し落ち着きを取り戻した。
「……アスカ……? アスカなの?」
 ふるえる声に答えたのは、紅の少女でもなく、まして深紅の巨人でもなく。
 背後にいた銀の少年だった。
 ゆっくりとした足取りで、シンジの前に出る。ポケットに両手を入れたまま、自然体の立ち姿。しかしその存在感は弐号機を従える王のごとく。
「セカンドじゃないさ。残念ながらセカンドはもう弐号機に干渉することはできないからね」
「えっ……じゃあまさか……ダミープラグ……?」
「そんな無粋な言葉を使わないで欲しいね。紹介しよう、彼はボク。ボク自身の欠片<かけら>さ」
 優雅に一礼するカヲル。そして、その動きと寸分違わずに同じ動作をする弐号機。
「!」
 シンジは衝撃で目の前が暗くなるのを感じた。
 これ以上ない手ひどい裏切りだと思った。トウジを手にかけさせたのが、カヲルだということなのか。いま、ネルフの人間の命を奪っているのも。
「カヲル君……どうしてなんだよ……。ボク達は友達になったんじゃなかったの!?」
 弐号機とカヲルの一幕の観客はシンジだけではなかった。幸いなことに弐号機が沈静化しているため、すでに崩落は休止していたので、生き残り整備員と警備兵がカヲルに従う弐号機を目撃していたのだ。
 彼らはこの惨劇を引き起こしたのがフィフスチルドレンであったはずの少年である、という衝撃の事実が脳に染みこむと、しかるべき行動を選択した。それはすなわち、敵の殲滅、排除である。
 このNERVという特務機関は半軍半民の組織だが、対使徒戦闘機関である以上、軍事組織的要素が強い。したがって警備部はもちろん、整備部も後方勤務とは言え兵士であった。有事の際に備えて用意されていた銃器庫のうち、弐号機の暴走に巻き込まれなかった者は、速やかに武装を完了する。そして死角からカヲルへのアタックを開始。
 弐号機を操っているのがカヲルであるならば、攻撃を察知されないうちに狙撃にでも成功すれば簡単にカタがつく。
 それは相手が普通の遠隔操縦兵器であれば達成されていたであろう。だが、弐号機を操っているのは機外のカヲルではなく、機内のカヲルだった。
 弐号機の顔が襲撃者たちを向いた。その瞬間、襲撃者たちは、全員が『目が合った』と感じた。いままで何度となく整備し、分解し、組み上げて来たただの『機械』であったはずのそれの視線に、明確な意思の存在を感じたのだ。操縦者の意思ではなく、それ自身の──そう肉食獣にも似た純粋な殺意。
 その圧倒的に高圧な視線に、戦闘訓練あるいは実戦をくぐり抜けてきているはずの兵士が竦<すく>んだ。文字通り呪縛されたように、動けなくなったのだ。それは捕食される側であった太古の本能を呼び覚まされたのか。そして、ただの震えるほ乳類となった人間たちに、神の似姿より死は無慈悲に与えられる。彼らが最後に網膜に焼き付けたのは、迫りくる巨大な掌<てのひら>だった。
 カツン。
 カヲルの足下に転がってきた物が、無粋な音を立てた。それは拳銃だった。ただし手首つきの。
 カヲルは優しくその指をほどき、銃を取り上げた。もの珍しげに、しげしげとそれを眺める。
 U.S.M9。かつでセカンドインパクトで沈む前のアメリカにおいて、軍で採用されていたハンドガンである。警備兵の中に米軍の生き残りがいて、愛用していたのかもしれない。
 その銃を、カヲルはシンジの眉間に向けた。
 シンジは目の前に突きつけられた銃口という名の死と向かい合い、震えながら、それでもそう訊かずにはいられなかった。
 それは、いまのシンジにとってすがれるべき唯一の絆であったはずのものだったから。
「ボクのことを好きだって……好意に値するって言ってくれたじゃないか。あれは……あれは嘘だったの!?」
「嘘じゃないさ、シンジ君」
 カヲルはいつものアルカイック・スマイルを浮かべたままで。
 しかし銃口はシンジの眉間に照準<ポイント>され、小揺るぎもしない。シンジの言葉は彼の心を毛筋ほども乱すことができなかったのだろうか。
「君のことは好きだよ、とても。友達だと言ってくれるのも感謝の極みさ。……でもね」
 カヲルの口に張り付いた笑みが濃くなる。しかし、その眼はちっとも笑っていないことを──いや、これまで一度たりとも笑っていなかったことを遅まきながらシンジは気づかされた。
 何か──何か決定的なものが欠落している、そんな微笑。
「でもね、知ってるだろう。使徒と人間は共存できないのさ。どんなに愛しくてもね。どちらかが淘汰<とうた>されなくてはならない。同じ場所に存在できない。愛しくても近づけば傷つけずにはいられないヤマアラシのように」
「そんな……」
 シンジは息をのんだ。
「まさか……まさかカヲル君が、使徒だったなんて……!」
「……何を言ってるんだい」
 カヲルはごくさりげなく、無造作に──
「使徒はボクじゃなく、君のほうだろうに」
 ──銃爪<トリガー>を引く。
「!」
 ケージの静寂を揺るがし、U.S.M9からFMJの9ミリ・パラベラム弾が放たれた。けして小さくはないはずの反動を完璧にうち消し、カヲルは装填された全弾を叩き込む。
 350m/sの初速を持つ、銅でくるまれた鉛の弾丸は、中学生男子の肢体など易々と引き裂くだけの力を有しているはずだった。
 だが、その当前のはずの結果は生じなかった。
 ただ、ひしゃげた不格好な硬貨に似た一六発の金属片が、シンジの足下に転がっただけだった。
「……綺麗だよ、シンジ君。君の心のカタチ」
 シンジは無駄な抵抗と知りつつとっさに頭を庇った腕を、恐る恐る解いた。
 目の前に淡く発光する深紅の六角形<ヘキサグラム>。
「……AT……フィールド?」
「人間にATフィールドがはれるかい? もちろんボクにもできはしない」
 ──……少なくとも今はね。とカヲルは口の中だけで小さく呟いて。
「それなのに、なんでキミにはできるんだろうね? シンジくん?」
 カヲルの主張を補強するかのように、タイミングよくインカムに通信が入った。パターン青!本部内です!その切迫した青葉の声は、シンジの頭を絶望に白く染めた。
「う……うそだぁぁぁぁっ!」 
その声は、あまりにもうつろに響いた。

 
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