魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第10章】カナタとツバサ、帰郷後の一連の流れ。
【第3節】ユーノの両親についての中間報告。
また、少しだけ遡って、同年の9月の中旬には、遅ればせながら、ダールヴの方からユーノの許に「例の写真」に写っていた二人に関する「中間報告」が届けられました。
クレモナ第四大陸の中でも首都ティエラマウルからは東へ2000キロメートルあまりも離れた場所に、「第四大陸・東部次元港」があるのですが、例の写真の場所は、『かつては「東部次元港」の北側に隣接していた港湾都市パウザニスの南部旧市街にあった「小さな居酒屋」だった』とのことです。
新暦55年当時(35年前)、旧市街の再開発計画に伴って、その一帯では違法スレスレの「地上げ」が横行しており、その居酒屋も、地上げ屋から不当な「立ち退き」を要求されていました。
そして、事実、新暦50年代の後半に、パウザニスの南部旧市街は一旦、再開発されたのですが……そうして出来た「新たな街並み」も、決して長くは続きませんでした。
その後、新暦79年には「東部次元港」そのものがパウザニスの南部郊外から北部郊外へと移転してしまったため、その南部旧市街も再び生まれ変わることを余儀なくされ、80年代のうちに「大きなビルの立ち並ぶ、当時の面影など欠片も残ってはいないオフィス街」に変貌してしまったのです。
それでも、ダールヴは今年になってからパウザニスの北部新市街の方で、幸運にも『当時は南部旧市街に住んでおり、その居酒屋の常連だった』という老人と巡り逢うことができたので、一杯おごって直接に話を聞いて来たのでした。
その老人の話に基づいて、ダールヴが現地クレモナの戸籍や登記簿などを改めて調べ直してみたところ、おおよそ以下のような事実が判明しました。
まず、女の名前は、ルミエ・トゥパールと言います。生まれは〈カロエスマール〉の第一州都ネイザルの郊外で、統合戦争時代の「クレモナからの新移民」の四世でした。
聞くところによると、彼女は「未婚の母」と二人きりの家庭で育ちましたが、新暦40年には続けざまに母親と夫と幼い息子を失って天涯孤独の身となり、42年にはクレモナ政府の「移民帰還政策」に乗っかって、27歳にして「辛い思い出しか無い故郷」を離れ、曽祖父母たちの故郷であるクレモナへ移民して来たのだと言います。
後に、彼女は首都ティエラマウルの西部郊外で再婚しましたが、47年には再び夫と幼い息子に先立たれてしまい、それからは東へと流れ流れて、翌48年にはパウザニスの南部旧市街の「とある居酒屋」で働くようになり、やがては彼女と同様に天涯孤独の身の上だった先代の女将の養女になりました。
そして、新暦52年の末にその老女が急死すると、ルミエは養母から正当に相続したその小さな居酒屋を一人で切り盛りするようになったのだそうです。
(二回結婚して、二回とも夫と息子に先立たれたと言う話は、一昨年にミーナおばさんから聞いた話とも完全に一致している。ダールヴの調査に間違いは無いだろう。)
報告を聞きながら、ユーノはふとそんな感想を抱きました。
【なお、ミッドやヴァイゼンでは新たな移民に「改名する権利」が認められていますが、クレモナではそのような権利は全く認められていません。「本名」が解っているのなら、カロエスマールで彼女の前半生を調べ上げることも、おそらくは容易な作業でしょう。】
次に、男の名前は、ジィド・クラーレと言いました。ヴァイゼン出身の、個人で貨物船を所有するフリーの運送業者、いわゆる「運び屋」です。
後に、大手企業の業界参入と一連の法改正によって、個人経営の「運び屋」は絶滅してゆくことになるのですが、新暦50年代のうちは、まだそうした人々もしぶとく生き残っていました。
新暦55年の夏には、もうジィドはその居酒屋の常連になっていて、『女将とデキているのでは?』ともっぱらの噂だったそうです。
また、同年の暮れには、ルミエも『もう、これ以上は耐えられない』とばかりに、地上げ屋の立ち退き要求を受け入れ、その当時の相場どおりの価格で(ややバブル的な額で)その土地と店を売り払ったのですが、その結構な額の代金を受け取ったのは、最初から「代理人」のジィドでした。
その日、ルミエ自身は現地の出入国管理局で「出国手続き」を取っていたのですが、少なくともクレモナの戸籍を確認した限りでは、二人が籍を入れたような形跡は全くありませんでした。
(ちなみに、ダールヴは『写真の男女がユーノの両親かも知れない』などという話は、全く耳にしていません。)
(何だか、15歳の頃に、ウェスカ先生から聞かされた「ひとつの仮説」とは、随分と違う話のようだが……。これは、要するに、最初から結婚詐欺の類だった、ということか? 今までも、何となくそうなんじゃないかとは思っていたが……僕の父親というのは、やはり、本物の「ろくでなし」だったようだな……。)
ユーノは思わず天を仰ぎ、ひとつ深々と溜め息をついたのでした。
「どうします? このまま、クレモナに来る前の二人や、クレモナを去った後の二人についても、調べますか? 今のところ、ルミエの具体的な出国経路は不明なのですが」
「いや。実は、女性の方の『その後』については、もうよく解っているんだよ。だから、あとは、二人の『そもそもの素性』と、男性の方の『その後』についてだけ調べてくれれば、それで良い。
それから、もちろん、これは単なる『時効成立事件の再捜査』のようなもので、僕の個人的な興味でやっているだけの作業だからね。今までどおり、本業の傍らに、片手間で進めてくれれば、それで充分だよ。特に急ぐ必要は無い」
ユーノはそう答え、ダールヴもそれを真に受けて、決して急ぎはしなかったのですが……。
その年の12月になると、ユーノの許に、早速「ジィドのその後」についての情報がもたらされました。ダールヴは例の老人の証言から、あらかじめ「ジィドの持ち船の名前」や「その乗員の名前」など幾つかの重要な情報を入手していたので、今回はそれに基づいて「クレモナ第四大陸」と〈カロエスマール〉とで調査を進めたのです。
かつて統合戦争が終わり、暦が「新暦」に改められるとともに、BU式駆動炉の普及によって「大航海時代」が始まりました。その後は、今で言う〈中間領域〉の諸世界も続々と管理局システムに参入して、管理世界の一員となっていきます。
そうした中、多くの世界で「より古い方式の駆動炉」を持った旧式の次元航行船は、そのまま廃棄されたり、あるいは「格安で」民間に払い下げられたりしました。結果として、個人で次元航行船を所有することに関しては一気にハードルが下がり、そうして手に入れた船を貨物船に改装して個人経営の運送業を始める者たちも現れました。
それが、いわゆる「運び屋」です。
当時は、典型的な「ハイリスク・ハイリターン」の職業であり、新暦30年代には、その職業はついに全盛期を迎えたのですが……その全盛期も長くは続きませんでした。
「運び屋」という業種が衰退に向かった理由は、主に二つあります。
一つは、40年代以降に犯罪者の多くが「中央回帰」を起こした結果、「中間領域における民間運送業のリスク」が相対的に低下し、今までは「犯罪被害による企業イメージの悪化」などを怖れて手を出せずにいた大手企業が少しずつ業界に参入し始めたことでした。
もう一つは、主に運び屋たちが起こした数々の「次元航行船の事故」を踏まえて、次元航行船を運用する上での「安全基準」に関する法律が、40年代の中頃から次第に厳しくなっていったことです。
【例えば、日本でも自動車については、自動車検査登録制度(いわゆる車検)というものがありますが、管理世界でも次元航行船については、それと同じような検査登録制度があり、ひとつには、その検査の基準が厳しくなっていったのです。】
また、新暦50年代になると、運び屋たちが保有する貨物船もすでにその多くが老朽化していました。その結果、『次の「船検」には通らない』という貨物船が続出したのです。
そして、運び屋たちの大半は、最初から『一山当てる』ためにこそ、その職業を選んだ者たちだったので、誰も『これを家業として次の世代に受け継がせよう』などとは考えておらず、当然ながら『将来的に貨物船を丸ごと買い替えるための準備資金を地道に積み立ててゆく』などといった行為は誰もしていませんでした。
だから、彼等は自分の持ち船が老朽化して、小手先の修理ではもう検査に通らなくなってしまったら、そのまま廃業するしか無かったのです。
そして、実際のところ、新暦55年当時、ヴァイゼン出身の「運び屋」ジィド・クラーレ(当時、45歳)もまた『遅くとも来年の夏には、もう廃業せざるを得ない』という状況に追い込まれていました。
もちろん、彼にとっても「船の老朽化」が最大の問題だったのですが、ジィドはそれ以外にも(他の同業者たちと同様に)もう一つ「どうしようもない問題」を抱え込んでいました。一言で言ってしまえば、それは「乗組員の高齢化」です。
貨物船〈星の囁き号〉の乗員は、新暦35年、ジィドが母親の死の直後にその船を一括で購入した時から、一貫して(彼自身を除けば)三人しかいませんでしたが、彼等はみな、ジィドより20歳以上も年長でした。
その船では、ジィド・クラーレが船長と操舵手を兼任し、同じヴァイゼン出身のデグナン・ガバロスが機関士と整備士を務め、また、ハドマンド出身の「グジャルブダ兄弟」ガブドムとドルグムがそれら以外の仕事をすべて器用にこなしていました。そうして、この四人は新暦35年から丸20年もの間、同じ船の中で「まるで家族のように」暮らして来たのです。
母子家庭で、父親の名前も顔も知らずに育ったジィドにとって、彼等三人は本当に「父親や伯父のような存在」でした。だから、たとえ欠員が出ても、今さら新たな乗組員を迎えることは「心情的にも」難しかったのです。
【もちろん、それ以前の問題として、新暦55年には、もう『今から新たに運び屋の一員になろう』などと考える若者はいませんでした。同じ運送業に就くなら、大手企業の従業員になった方が、明らかに「安全」だったからです。
そんな時代では、運び屋が乗組員を補充したいと思っても、もうほとんど『廃業した同業者の船の乗組員を再雇用する』ぐらいしか方策がありませんでした。当然ながら、それでは「高齢化の問題」それ自体は全く解決されません。】
そして、ジィドがクレモナで極めて個人的に(職業上の問題とは別個に)何かしら「心の折れるような」強烈な状況に遭遇した後、以前からかなり体を悪くしていたグジャルブダ兄弟が、いよいよ『本格的な療養が必要だ』と診断されてしまいました。
二人は双子で、もうじき70歳になります。肉体的にはもう随分と前から限界を迎えていたのでしょう。
『済まんが、ジィド。俺たちはもうここまでだ。今さらハドマンドに帰っても、もう身内など一人も生きてはいないが、それでもやはり、死ぬ時は故郷で死にたい』
伯父も同然の二人から涙ながらにそう言われてしまえば、ジィドとしても退職を認めない訳にはいきませんでした。
幸いにも、クレモナとハドマンドは一本の航路で直接につながっており、この「東部次元港」からも定期便が就航しています。
ジィドは『少なくて申し訳ないが、今後の治療費の足しにでもしてほしい』と、それでも「相場以上の額」の退職金を手渡して、二人を故郷へ帰らせました。
ジィドがルミエ(当時、40歳)と出逢ったのは、その直後、6月も末のことでした。
まだ準備中の居酒屋の前で、ルミエが地上げ屋に絡まれていた時、ジィドが偶然その場に通りかかり、得意の魔法で彼女を助けたのです。
(ちょうど、リンディの父親がリンディの母親を助けた時のように。)
二人は、ともに「母一人、子一人」の母子家庭で育ち、また、今までずっと配偶者や子供には恵まれて来ませんでした。さらに言えば、二人には『もう心が折れかけており、廃業も視野に入っている』という共通点もあります。そんな二人が互いの事情を知って「男と女の仲」になるまで、大した時間はかかりませんでした。
客観的に見れば、その状況は確かに、『ただ、傷ついた者同士がその傷を舐め合っているだけ』だったのかも知れません。あえて悪く言うならば、ある種の「共依存」だったのかも知れません。
さらには『いい年をして』と眉をひそめる者もいるかも知れませんが、それでも、今や二人が本当に愛し合っていることは紛れもない事実でした。
また、そうした状況にあっても、ルミエは実直に居酒屋の営業を続け、ジィドはデグナンとともに非合法の仕事を幾つもこなし続けました。
なお、小型艇ならばともかく、まともな大きさの貨物船をたった二人で動かすというのは、新暦55年当時の法律でも明らかに違法行為でした。「法律上は」一日の勤務時間には明確な上限があり、当然に夜間勤務のためには「交代要員」が必要だったからです。
それでも、ジィドの立場からすれば、運び屋を廃業した後、店をたたんだルミエと二人で静かに暮らしていくことまで視野に入れると、老朽化した船がまだまともに動くうちに、もう少しぐらいは稼いでおくしかなかったのでしょう。
もちろん、デグナン(当時、66歳)も老骨に鞭を打って、ジィドに最大限の協力を続けました。ジィドが彼のことを父親のように思っていたのと同じように、彼もまた今ではジィドのことを息子のように思っていたのです。
そんな事情もあって、デグナンはことさらに「ジィドとルミエの仲」を応援していたのでした。
【なお、デグナンは新暦26年の夏に37歳で愛する妻や息子と死に別れ、早々と天涯孤独の身になっていた人物でした。また、全くの偶然ながら、彼はジィドと背格好や雰囲気がどことなく似かよっており、実際に、他人からは『実の親子か』と見間違えられてしまうことも、しばしばあったそうです。】
実のところ、ダールヴには、そうしたジィドやルミエたちの「内面の問題」までは解っていませんでした。当然ながら、こうした調査で解るのは外面的な事実関係だけです。
それはそれとして、ダールヴは続けて、ユーノにこう語りました。
「新暦55年当時、ジィド・クラーレという人物は、おおよそのところ、そういった状況に置かれていました。それで、ここからが本題なんですが……。まず、幸いにも、旧東部次元港の出入港記録が『記念館』の地下資料室に丸ごと保存されていたので、現地での〈星の囁き号〉の足取りは、かなり正確に追うことができました。
その貨物船は、新暦55年の5月上旬に、当時の「東部次元港」に入港した後、『近場の世界へ出かけては、また何日かでそこへ戻って来る』といったことを何度も繰り返してから、最終的には12月になってクレモナを離れています」
それを聞いて、ユーノはふと考えました。
(中型以上の次元航行船に普段から脱出艇や小型艇を搭載しておくことは、法律上も必要な行為だ。つまり……時期的に考えて、ジィドはルミエを自分の船に乗せてクレモナを離れてから、すぐに彼女を薬で眠らせ、あらかじめ用意しておいた小型艇に乗せて、次元航路の中でナバルジェスへ向けて放り出した……ということか。
だが、何故だ? 単に『カネが手に入ったから、もう女は要らない』というだけなら、わざわざそんな面倒な捨て方など、する必要は無かったはずだ。……別れたかったけれど、死なせたくはなかった……ということなのか?)
「それと、今回は『その当時、実際に運び屋をやっていた』という老人からも話を聞くことができたのですが……クレモナを離れる直前に、ジィドは同業者らに『自分はもう廃業するので、これからデグナンと一緒に故郷のヴァイゼンに戻り、この船もそこで廃棄処分にするつもりだ』と語っていたそうです。
そして、〈星の囁き号〉は、実際に『デヴォルザムとミッドチルダを経由してヴァイゼンに行く』という予定でクレモナを離れたのですが……最初の寄港地であるデヴォルザムの、第三大陸カロエスマールの第一州都ネイザルの北方にある〈ガラルオン次元港〉で、その貨物船はいきなり着陸事故を起こしました。
なお、クレモナからデヴォルザムは低速船で1日と15時間の距離ですが、両方の世界の記録を照合してみると、〈星の囁き号〉はクレモナを発ってから2日と15時間後になってようやくデヴォルザムに到着しています。
この点から考えても、当時、その船の機関部の調子は相当に悪かったのでしょう。……しかし、実のところ、この着陸事故に関しては、それ以上に次元港の管制指示の側に問題がありました」
「それは、結構、大問題なんじゃないのか?」
ユーノにそう指摘されると、ダールヴは大きくうなずき、その「歴史的な背景」まで含めて、こう語り始めました。
「ええ。そのとおりです。当時、ガラルオン次元港では、経費と人員を削減しすぎた結果、運営がいささか杜撰なものになっていました。
その一帯は元来、〈八伯家〉の一つであるガウザブラ家の所領でしたが、新暦で言う前54年にデヴォルザムで身分制が廃止され、後に法律で「私有できる土地の総面積」に上限が設けられてからも、ガウザブラ家は、州都ネイザルにおけるさまざまな利権と同様に、ガラルオン次元港の経営権をも手放すことなく握り続けました。
その次元港は、当時から基本的には「貨物専用」でしたが、旅客用の施設が不要で、その分の経費がかからなかったせいでしょうか。新暦50年代の頃までは、その経営にもそれ相応の旨味があったようです。
また、身分制の廃止後、まだ旧暦のうちから、ガウザブラ家は『もう貴族としての特権が無いのなら、もう貴族としての責務を果たしてやる義理も無いだろう』とばかりに、かつての領民たちを保護することを止め、一般の企業と同じ土俵に立って露骨に「一族の権益の拡大」に乗り出していました。他の〈八伯家〉に対しても、『機会さえあれば、ゴリ押しで娘を嫁がせ、やや強引にでも姻戚関係を築いてゆく』などといったことをしていたようです」
「しかし、当然ながら、そうした『他者への配慮に欠けた、数々の強引な行動』によって、ガウザブラ家は随分と多方面から、少なからず怨みを買っていました。
そして、新暦52年には、とうとう爆破テロの標的となり、当時の本家当主とその妻、一時的に実家の方に戻って来ていた当主の妹たちや娘たち、さらには、彼女らがそれぞれの嫁ぎ先でもうけた子供たち、合わせて20名ほどが、某ホテルにおける晩餐会の席で一度に爆殺されてしまったのです。
幸いにも、当主の息子は、交通上のトラブルで妻子とともに随分と遅刻して会場に到着したため、彼等三人だけは死なずに済んだのですが……。
当時は、彼もまだ三十ちょっとの若造で、家業の継承などに関しては『嫡子としての準備』がまだ充分にできてはいなかったようです。その後は、分家の造反などもあって、ガウザブラ家の内部では長らく混乱が続き、一族の利権の維持に関しても、かなり危ない状況が続きました。
そうした背景もあって、新暦53年以降、ガラルオン次元港でも経費や人員が大きく削減されていった訳ですが、結論から先に言ってしまえば、ガウザブラ家の新当主はその削減の『匙加減』を間違えました。その結果、時には『的確な管制指示すら出せない』といった状況も発生するようになり、そのせいで〈星の囁き号〉も着陸事故を起こしてしまった、という訳です」
「具体的に言うと、〈星の囁き号〉は着陸寸前に横からの突風に煽られて船体が丸ごと傾き、わずかな高度からですが、そのまま右舷を下にして墜落しました。もう少し重量があれば、そこまで大きく煽られることも無かったのかも知れませんが、空荷の上に物理燃料もほぼ底をついていたことが、災いしたのでしょう。なお、その船内には、法的に搭載が義務化されている『脱出艇や小型艇』の類も、全く搭載されていなかったそうです。
墜落の衝撃で、老朽化していた核融合炉も潰れ、船内に溢れ出したプラズマとそれによる水素爆発で〈星の囁き号〉の船体は内側から丸ごと焼かれて、全体が炎上し、崩壊しました。そして、その事故で、デグナン・ガバロスも重傷を負い、ジィド・クラーレも焼死したのだそうです」
ダールヴは実に淡々とした口調でそう語りましたが、それは、ユーノにとっては全く想定外の情報でした。
「デヴォルザムで、いきなり死んでいたのか? ジィド・クラーレは」
思わず、述語の方が先に来てしまいます。それでも、ダールヴは、ユーノのそんな慌てぶりを訝る様子も無く、また淡々と報告を続けました。
「はい。船全体が横倒しになったのですから、二人も当然に座席から転げ落ち、船橋の右側の壁を床にした状態で倒れていました。また、偶然にそうなったのか、意図的にそうしたのかは解りませんが、救助隊が突入した時には、ジィドがデグナンの体の上に覆いかぶさっている状態で発見されたのだそうです。
二人とも、一応は防護服を着ていましたが、古すぎて今ひとつ役に立ってはいませんでした。また、ヘルメットも被っていなかったので、二人とも首から上は本当にヒドい状態になっており、ジィドはその時点ですでに絶命していたそうです」
(別に、今さら会いたかった訳では無いんだが……。そうか。本当に、僕が生まれる前に死んでいたのか……。)
特に「根拠」はありませんでしたが、ユーノにとって、それは「今までの話の流れから考えると」何となく意外に思える事実でした。
「なお、ガラルオン次元港に付属した医療施設では、当時の医療担当者が今も現役で働いていたので、私はその人物に会って、直接に以下の話を聞くことができたのですが……。
デグナンの方は、ジィドの体が盾になってくれたおかげで、一命を取りとめましたが、それでも、顔面はひどい大火傷で……咄嗟に左手で庇ったのか、両目の部分だけは軽傷で済んでいましたが、額から上と鼻から下は完全に焼け爛れていました。
もちろん、デグナンの生存が確認されると、直ちに緊急手術が行なわれたのですが……『一人の人間に一回の手術で、あれほど大量の「人工皮膚」が使われることは滅多に無い』というほどの状況で、両目の角膜も熱で少しばかり白濁してしまっていたので人工の角膜に取り替えられたのだそうです。
また、ジィドの顔面はさらにヒドい状態で、ほとんど炭化していたので、もし防護服に名札がついていなければ、どちらがジィドで、どちらがデグナンなのか。それすら、誰にも解らないほどだったと言います」
「念のために訊くが……名札以外では、本人確認をしていないのか?」
「いえ。デグナンは適切な治療を受けた結果、翌日にはもう目を覚ましたので、彼をジィドの遺体のところに連れて行き、『こちらが、ジィド・クラーレで間違い無いか?』と確認させたところ、彼はその遺体の口をこじ開け、上の犬歯の辺りを指で軽くなぞってから、『間違い無い。彼は昔から、この辺りの歯並びの悪さを少し気にしていた』と答えたそうです」
「歯並び?」
「ええ。今では、滅多に聞かない話ですけどね。新暦40年代の頃までは、どの世界でも歯列矯正はおおむね保険の適用外でしたから、当時はそれほど珍しい話でも無かったんですよ。……それで、デグナンはその場にがっくりと膝をつき、『どうして、お前が俺より先に死ぬんだよ』と泣き崩れたのだそうです」
ユーノは今の話に何かしら「不自然なもの」を感じ取っていたのですが……ダールヴはお構いなしに話を先に進めました。
「ジィドの『その後』については、以上です。あとは、ルミエとジィドの『そもそもの素性』について調べれば良い、ということでしたか?」
疑問と言うよりは、単なる確認の口調です。
「そうだね。当初の予定どおり、その二人の素性について調べてもらうのは当然のこととして……その、デグナンという人物の『その後』についても、ひととおり調べてみてくれないか?」
「解りました。確か……『貨物船の側にも法律上の不備はあったが、次元港の側が訴訟を恐れて「結構な額」を提示して来たので、デグナンも示談に応じた。と言っても、貨物船の消火活動および残骸撤去の費用、乗員救助の費用、デグナンの治療とジィドの遺体保存の費用、さらには帰りの船の代金まで、一旦は次元港の側がすべて肩代わりをしていたので、デグナンが実際に受け取ったのは両者の差額だけで、それは大した額ではなかった。そして、デグナンは、ジィドの遺体を収めた棺とともに、次元港の側が手配した貨客船に乗ってヴァイゼンに帰った』とかいう話でしたが……その辺りから、もう一度、調べ直してみます」
「ああ。それから、今ふと思ったんだが……ジィドがクレモナで何かしら『心の折れるような状況』に遭遇した、という話だったが、具体的には何があったんだ? できれば、それについても一度、調べてみてほしい」
これには、さしものダールヴもちょっと難しそうな顔を浮かべましたが、それでも、彼は一拍おいて決然とうなずきました。
「解りました。できる範囲内で、最大限の努力はしてみます」
「うん。それから、くどいようだが、これはあくまでも僕が個人的な興味でやっているだけの作業だからね。別に急ぐ話では無いし、くれぐれも無理はしないでくれ」
「お気づかい、感謝します。それでは、どうか気長にお待ち下さい」
こうして、この日の報告は終了しました。
【その後、ダールヴは一旦、家族の許に戻ってゆっくりと年末年始の休暇を過ごし、翌91年の夏には本業の方を一段落させてから、またカロエスマールに向かいました。
しかし、彼はそこで「今までの話を全部ひっくり返してしまうような、奇妙な新情報」を耳にします。
そして、ダールヴは本業の傍ら、クレモナとヴァイゼンでさらに調査を進めた結果、やがて『自分が90年に報告した内容のうちの幾つかは、本当に間違っていた』という確信を得ました。
こうして、新暦92年の秋には、ユーノの許に「今までの話とは、だいぶ違う話」がもたらされることとなったのです。】
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