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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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自由惑星同盟の最も長い3カ月
  将校たちは踊り始める

 
前書き
「『団結せよ!』ではなく『団結しない奴は敵だ!』と彼らは叫んでいる。この言葉ほど仲間割れを生む言葉を私は知らない」……タツシリ共和国同盟弁務官アシダ・リョウゾウ 

 
 統合作戦本部、それは軍令の最高機関であり、いま最も議員達が危惧と期待を持って眺めている官僚機構だ。
 官僚、そう、官僚である。自由惑星同盟にとり、最も巨大かつ影響力を持つ官僚集団とは将校であり、軍隊だ。

「つまり我々のやろうとしていることは軍への利益還元も含まれているということです」
 アリシア同盟弁務官はそれを最もよく知悉している一人だ。彼女は女性問題・労働問題を専門とする弁護士であり、女性の軍属・兵・下士官・将校らと交流し、軍の法務担当らと幾度も時に連携し時に戦ってきた。

「軍の再建には設備および、装備の更新、将校のキャリア形成の多様化に向けた教育の充実と過剰な成果主義からの脱却、やらねばならないことはいくらでもあります」

「それで、御二方はどうしたお考えなのですか」
 統合作戦本部長の高級副官を務めるキャゼルヌ少将はどこか小馬鹿にしたような眼つきでアリシア弁務官に慇懃に話を促した。

「もちろん艦隊の更新を行います。また軍需の安定的な発注は産業いく維持のために必要です……一方で特に星間流通などインフラを担う人的資源の枯渇につきましては」
 イロンシが即座に端末を操作すると今度は軍の編制表が展開される。

「第2艦隊を即応予備集団として予備役と新兵訓練専用艦隊とし首都圏外縁部へ配置し、訓練と治安維持の補佐を任務とします。第4・第6艦隊の再建は次の4カ年計画に回しつつ兵士の教育と民間部門への供給のため、徴兵制度を維持しつつ半年ほど希望者への再就職のあっせんを行います」
 
「特に重要なのが人材育成です。我々にとって最も重要なのは星間交通を支える技術者と技能労働者が大量に戦死したこと。であるからには優秀な教育者が必要です。星間流通支援組織の機能強化を行います。これまでの各種支援組織へ公的資本を注入し、機能を強化します」

「上に同盟政府・構成邦関係組織を中心に運営評議会を設置し、総合的な支援制度を構築させるのです。こちらにも教育機関には退役将校・下士官の斡旋も当然……」

 若手幕僚は反発心を隠しきれぬ視線を向ける。年嵩の将官は重々しく口を開いた。

「なるほど、であれば幾つか質問をしたいのですが」

 アリシアはほう、と息を吐いた。政治家にとり要求が来ないこと程恐ろしいことはない。
「ええもちろんです。なんでもお尋ねください」
 汝、求めよ。さらば妥協せん、彼女は政治の手管というものを知悉していた。……しかしながら【縦深】の活動はよろしくなかった。実によくなかった。

 その日、アリシアとイロンシがレクを終えた数時間後のことである。同盟軍の官僚機構が一時的に分裂し、争いを始めた。その理由は一重に統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥が【縦深】の提出法案に刺激を受けたからである。
「再任が決まったのであれば上院に主導権を握られるのはよろしくありません。急ぎ足元を固めるべきだ」
 そう囁いたのはシトレの内心に軍事的ロマンシチズムと政治的野心が複雑な化学反応を示したのか。あるいは側近の軍官僚が唆したのか――あるいはその両方か。
 いずれにせよまずかったのは最終的に残していた複数の案から一番過激な物を選択し、最高議長宛てに送付したことだ。
 シドニー・シトレ本部長の次の任期における高級軍人事案の主要なものは以下の通りである。
▼同盟軍国防会議議長(名誉職)L・ロボス元帥
▼統合作戦本部長 S・シトレ元帥
▼統合作戦本部次長兼事務総長 D・グリーンヒル大将
▼宇宙艦隊司令長官 A・ビュコック中将(大将へ推薦)
▼統合作戦本部次長兼宇宙艦隊総参謀長 L・クブルスリー中将
▼統合作戦本部次長兼地上軍幕僚総監 中将級を強く要請
▼統合作戦本部事務次長兼管理本部長 A・キャゼルヌ中将
…………(以下省略)…………

 ロボス元帥を同盟軍国防会議議長と「最高議長の求めに応じて、国防委員会・統合作戦本部の所掌事務において重要事項を調整するにあたり開催される」と名目上は国防委員長と統合作戦本部長の間を受け持つ名誉職においやり、グリーンヒル大将を統合作戦本部次長と本部内局を統括する事務総長に横滑りさせつつ自身の腹心を事務次長兼管理本部に推薦し内局の実権は自身の閥とする……。実質的に艦隊総司令部の現体制を一掃し退役が近いビュコックを「ビュコック総司令官・クブルスリー総参謀長」体制を推薦する人事案である。
 これにはロボス元帥ら艦隊派だけでなく地上軍も激怒した。統合作戦本部次長は地上軍・宇宙軍・そして統合作戦本部事務総長の三役が兼任するもの、そこに事務総長にグリーンヒル大将(前艦隊総参謀長)が据えられ『地上軍幕僚総監は中将が望ましい』と【要請】されたのだ、当然である。ドーソン大将は統合情報部や憲兵隊司令官など地上軍と宇宙軍の双方に携わる軍歴を歩んできたのだからなおさらである。
 ちなみにドーソン大将は国防委員会監察本部へ推薦されている。いずれにせよ、宇宙軍――内のシトレ閥で軍令系統、宇宙軍の枢要を確保しようとしたことは間違いなかった。


796年6月中旬 居酒屋「ダンシング・オブ・フラワー」バーラト宇宙港店 

 生ビールジョッキと枝豆を片手に下士官二人が話し込んでいた。
「聞いたか?」
 2人は第1艦隊の分艦隊司令部付の下士官であった。片や主計科であり片や戦艦の航法科のものであった。
「あぁビュコックの爺さんに昇進と宇宙艦隊司令長官ポストの打診だって?」
 
「それにウチのボスが総参謀長らしいぜ?」

「あの人は穏健な保守本流だろう?どのみち順当だからいいが……」

 それでも不穏なものを感じ取っているのだろう、二人は黙ってビールを飲み、枝豆を貪り、サシミの盛り合わせを注文した。

「ビュコック爺さんが宇宙艦隊司令長官だって?あの人は言っちゃなんだがもう年だろ?2年持つのかよ」

「ってことは次期司令長官にボスか?」
 まあ妥当ではあるが、と航法屋が呟いた。

「いいや、それがイゼルローン要塞に2個艦隊を中心にした方面軍司令部を設置するそうだ」

「艦隊司令官より上か……中将が任じられても実質的には大将に準じた扱いになるのか?」

「副司令長官の噂はまだ聞いてねえ。空席のままならボスとそっちの司令官を競わせるつもりだろう」

「はっ!そしてそれを採点するのは校長先生か!」
 彼らが思い浮かべるのはウランフ提督やボロディン提督ではなかった。その男は若く、総司令部参謀時代から兵や下士官からの評判は決してよくなかった。
 彼らは無意識にであるが、戦火が遠のいたことへの期待の副産物、緊張の途切れを享受していた。彼らが悪いのではない。29年もの間、延々と続いた【本土決戦】がなくなったことにはそれほどの意味がある。
 そして【縦深】は彼らの復興(そして一部構成邦の帰還)のために包括的な法案の提出という観測気球があげられた。


「ロボスの親父はカンカンらしいぜ。なんでも総司令部の幕僚たちの議員周りだけじゃねえ。あっちこっちの艦隊司令部や駐留艦隊の幕僚が構成邦の党幹部やら地方財界の有力者やらに【ご説明】に伺っていらっしゃるようだ」
 さらに何が悪かったかと言えば、選挙だけでなく統合作戦本部長の任期が訪れたことだ。軍内では将校のみならず一部下士官兵たちにも767年以来……【29年ぶり】に選挙のイシューが自分たちの戦果ではなく、その後になるという自体を理解する政治意識を持っていた。だがその光景を明瞭にするだけの【経験】を持つものはあまりに少なかった――当然である、当時を知るのは最年長のビュコック中将は兵隊上がりであり、ほかは30代に入ったばかりか20代、730年代マフィアの若すぎる台頭が招いた停滞もあり【上が詰まっていた】のである……軍中枢にいた者は一握り未満であり、そうした人間はそそくさと構成邦中枢や政界へ繰り出してしまうものだ。

「おっかないな、俺たちみたいな現場屋にゃ雲の上の話だけどなぁ」
 軍の政争は気のゆるみと先行き不透明感で拡大が始まり、意図せずして政府の両手を縛ろうとする同盟弁務官達の活動はその燃料となりつつあった。
「どうする?軍を続けるか?オリオン腕に殴りこむか海賊を追いまわすかの二択だぜ?その上、給料が下がるかもしれねえ」

「どうすっかなぁ、俺たちで組んで運送会社でも起業しないか?」
 経理屋の曹長は頬をかきながら言った。彼らは第一艦隊分艦隊司令部付であった。即ち最前線からは遠く、流通経済を肌身で感じ、政治の臭いには鼻が利く者達である。そして下士官とは将校たちの無茶に【上に政策あれば下に対策あり】という慣習を受け継いでいる。宇宙軍第一艦隊の下士官ともなれば【船を揺さぶる者たち】に敏感であった。

「そうか、ならさ」
「交戦星域……だったところへ行くか?ビジネスチャンスだろうぜ?」

「そうさな。前はあそこが交戦星域だったが」
 そして彼らは酒と肴を追加で注文し、いくらかの相談を経てジョッキを同時に持ち上げる。
「「新たな船出に乾杯」」
 

 
 

 
後書き
 明けましておめでとうございます。
お久しぶりです。前の投稿は昨年10月、3カ月ぶりですね。
いやぁ、いろいろありました。ガザの紛争はまだ終わってないし、殺人ハゲチャビンは相も変わらず殺人ハゲチャビンですし、挙句の果てに能登半島地震でリアルの仕事も立て込んでおります。
 世界は暗いニュースに満ちています。だからこそ自由と民主主義を擁護する思想強めで今年も本作は飛ばしていきます。
 
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