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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
曙計画の結末
  美人の計 その2

 日本政府の暗殺から15年の時を経て、現世に意識を復活させた木原マサキ。
彼に、生への執着がなかったかといえば、嘘である。
 そしてこの異世界に転移してから、その感情はより強くなった。
幾度となく襲い掛かるソ連の魔の手、あの忌々しい宇宙怪獣BETAとの戦闘。
 前世に比べ、危険でスリリングな、手に汗を握る日々。
そうした体験は、若い秋津マサトの肉体を得たマサキに、ある種の焦燥感を抱かせるまでになってきていた。
 かつてのように、公私ともに脂ののりきった時期に、殺されるのは避けたい。
いや、そのことを防げぬのなら、せめて見目麗しい女性(にょしょう)を我が物にし、せめて自分の子孫を残したい。
そんな煩悩にまみれた、小市民的な感情だった。
 勿論、世界征服の野望はあきらめていないし、それが第一の目標である。
最悪、自分の遺伝子というものは、前世の様にクローン受精卵を残して、誰かに託せばよい。
そうすれば、ゼオライマーがある限り、木原マサキは必ず復活するのだから…… 
 幾度となく、その様に考えていても、やはり秋津マサトの若い肉体である。
段々と、マサキの精神は、若い青年の中でくすぶった、ある種の飢餓感から、逃れられなかった。 
ベアトリクスを一目見た時、その稀有な容姿に心惹かれたのはそういう事情があった。
 また、ユルゲンが企んだアイリスディーナのと見合いで、本心から求婚をしたのも、前世でのやり直しを求めていたものではなかったのか。
 時々、冷静になってそう考えるのだが、若い時分に色々と体験したものである。
情熱的なキスの味などは、とうの昔に忘れてしまったはずだ。
 仮にかつての木原マサキの元の肉体であったのならば、昔の歳であったのならば、アイリスディーナなどは親子ほどの年の差はあろうか。
 前々世の時の年齢など、既にどうでもいい事なのに、こだわる必要はあるまい。
やはり、俺の心は乾いているのだろうか……
マサキは、深い沈潜から意識を戻すと、ものに取りつかれたかのように紫煙を燻らせた。

 翌日、いつも通りに河崎の岐阜工場に赴いたマサキは、朝の全体朝礼が終わるとすぐに事務所を後にした。
貴賓用の応接室に入り、電話をかけ始めた。
 かけた相手は、ニューヨークのフェイアチルド・リムパリックだった。
「もしもし、木原だが。
夜分遅くに済まないが……」
日本とニューヨークの時差は14時間。
マサキがいる岐阜市は朝9時だったが、マンハッタンのオフィスは前日の19時であった。
「お前の所に、半導体関連の系列企業があったよな。
ソフトウェアの専門家を呼んでほしい」
「どういうことですか」
「何、F-4ファントムの制御システムを近代化改修したい」
「私の方で、シリコンバレーの関係者に声を掛けましょう」
「助かる。
早速だが、今週の土曜……いや現地時間の金曜午後6時に出向く。
サンフランシスコの支那人街(チャイナタウン)のレストランあたりを貸し切って来い」
そういうと電話を一方的に切った。

 
 宇宙怪獣BETAが暴れまわる異世界にある戦術機企業フェイアチルド。
この世界のフェイアチルド社もまた、われわれの世界同様、大規模な半導体メーカーを子会社として抱えていた。
 ここで、われわれの世界にあるフェアチャイルド・セミコンダクターに関して簡単な説明を許されたい。
同社は、1957年にトランジスタを開発したショックレー・トランジスター・コーポレーション出身の人物8名がつくった世界初の半導体メーカーであった。
 カリフォルニア州のシリコンバレーに拠点を置くと、ここを基盤にし、多くの半導体技術者が育ち、そして独立していった。
一例をあげれば、インテル、ザイログ、ナショナル・セミコンダクター、アップルコンピュータ―。
彼らの発展は、フェアチャイルド・セミコンダクターの存在なかりせば、出来ないほどであった。


 マサキの思惑は、ファントムの制御システムなどではなかった。
フェイアチルド・リムパリックの持つ半導体技術をそっくりそのまま、自分の手に入れる足掛かりが欲しかったからだ。
 前の世界だと、ちょうど1979年にフェアチャイルド・セミコンダクターは資金難のため身売りをしていた。
その後も幾度か買収計画があり、日本企業の富士通が1986年に購入を計画するも対米投資委員会(CFIUS)の懸念により阻止された経緯がある。
 マサキが、フェイアチルド・リムパリックに近づいた真の目的は、ずばり会社の設立だった。
このICチップの技術を利用して、この世界においても、前の世界で作った『国際電脳』を再建するつもりである。
 300万トンを超える金塊を元手にして、ドルに換金し、米国企業を買収して、自分の資金源の会社を作る。
ソ連のように力づくではなく、長い時間をかけて、米国の電子通信網やインフラストラクチャーに影響を及ぼす半導体・ソフトウエア企業に潜り込む方策を取ることにしたのだ。
 これは前の世界で、世界シェア7割を収めたコンピューター企業・国際電脳の手法をそのまま用いたものだった。
 ダミー会社だったために、中共が開発していた深セン市に本社機能を置いた。
深セン市は、香港に隣接する立地条件から、鄧小平が進めた文革後の経済開放政策によって開発された経済特区の一つであった。 
我々の世界では、「支那のシリコンバレー」と称される場所で、世界的な半導体下請けメーカーである台湾のフォックスコンこと鴻海(ホンハイ)精密工業が市内に最初の工場を設けたことはつとに有名であろう。
 
 あの時も、中共上層部に上手く工作して、電子機器メーカーを作ったものだ。
今回は非公然ではなく、公然と工作が出来る下地が揃っている。
 何も、支那を肥え太らす必要はあるまい。
この世界の日本を、奴らを、俺の奴隷としてこき使ってやろう。
 前世日本で、ゼオライマーをめぐる陰謀で抹殺されたマサキとしては、どうしても日本政府を信用できなかった。
この世界でも、同じである。
 せっかく甦ったのだから、今度は政財界に裏から手を入れて、日本を、世界を支配してやろう。
幸い、まだ秋津マサトの肉体は若いのだ、時間はたっぷりある……
マサキは紫煙を燻らせながら、何とも言えない感傷に浸っていた。  


 さて、マサキといえば。 
その日の午後は、城内省と陸軍、河崎をはじめとする戦術機メーカー数社の技術者とともに岐阜工場の生産ラインにいた。
ゼオライマーのフレーム技術の応用した戦術機用フレームの組み立て試験が行われていた。
 工業製品は、芸術品とは違う。
いくら素晴らしい設計図や企画であっても、末端の作業員が組み立てられねば、製品としては通用しない。
 日本政府の計画では年間120機の量産を望んでいた。
一方近衛軍は、武家の階級ごとに違う特注品の納品を望んでいた。
 機体のカラーリングだけではなく、家格によって異なる装備、特殊なOS、通信機能などである。
最悪共食い整備と呼ばれる、同機種からの稼働部品を移植することも困難にするこの提案に現場は混乱していたのだ。
 マサキは、各社合同の計画に戸惑っていた。
かつて所属した鉄鋼龍では、マサキのイニシアチブですべてが動いた。
計画のほとんどをマサキが立てて、その通りに現場が動いたし、マサキ自身も作業に加わった。
 だが曙計画の人員に比べれば、規模は断然に小さかった。
曙計画は、200人を越す科学者や研究員、技術者が居た。
協力している軍の研究所や大学、企業など、産学官を含めれば、5万人からなる大規模プロジェクトだった。
 投入される資金も膨大で、その範囲も広大だった。
一例をあげれば、F4戦術機でさえ、光菱重工を主とする約1500社の民間会社が、その国内生産を請け負った。
 無論、ライセンスによる国産は、米国から直接購入するより割高になる。
だが、戦闘機の生産や大規模修理ができる技術基盤を持つ、というメリットの方が大きかったのだ。


 鉄鋼龍というトップダウン型の組織にいたせいか、横のつながりで仕事を進める曙計画に、マサキは己の無力さを感じていた。
 若干、過労気味だった彼は、休憩所のベンチで一人うなだれていた。
これから、国防省と城内省の会議を行い、予算案作成に向かう。 
そのあとは長い国会審議だ、ちょっとうんざりする。
 この俺に、政界に太いパイプでもあればな……
美久に渡した金塊という媚薬で、どれほどの大物政治家が釣れるのだろうか。
 そんな事を考えていた矢先である。
ふと、声がかったのに気が付いて、居住まいをただす。
 
「この辺で、周囲を困らせる色恋沙汰はお終いにしてくれると助かるのだがね」
 声をかけてきたのは鎧衣だった。
マサキは、自分の生き方にケチを付けられたかと思ったのだろう。
食って掛かるような剣幕で、反論した。
「貴様、言っておくがな。
俺は、むやみやたらに生娘や人妻にちょっかいを出しているわけじゃないぞ。
この間のキルケの件も、一時的なものと了解しているはずだ」
 無論、アイリスディーナとベアトリクスを除外しての発言だった。
「君がどう生きようと、私には関係ない。
だが、殿下と政府首脳の目には否定的に映るんだ」
 鎧衣から、諫言(かんげん)の言葉という表現方法ではない。
心臓の喚くような鼓動が、マサキの胸を苦しいほど強く圧迫してくる。
彼は唇を湿らせると、鎧衣から圧迫に答えた。
「どうしろというのだ。
あらゆる煩悩を断って、坊主のような暮らしをしろというのか」
「アイリスディーナさんや、キルケ嬢のようなことが続く様では、斯衛軍の威信にかかわる。
殿下は、君に結婚を命じた」
 今の鎧衣の報告で、一時剃刀の刃のように鋭くとがったマサキの緊張は、その瞬間、脆くも崩れ去った。
「はぁ?
将軍が直々に?すると、これは上意か」
マサキは、深い諦めのため息をついた。 
「そいつはなんとも、封建的な話だ」
一転して、居直ったように冷たいせせら笑いを浮かべる。  
「どんな女だ。
どうせどこぞの武家か、素封家の娘だろう」
 鎧衣は、ぬっと、その右手をマサキの前に突き出した。
「これが身上調査書だ」
 鎧衣から見せられた写真には、17・8歳の少女が写っていた。
白黒写真だが、セーラー服に長い黒髪。
上半身しか映っていないため、身長はわからないが、肉付きはよさそうだ。
「五摂家、崇宰の姻戚(いんせき)にあたる(おおとり)家の娘さんだ。
今度の土曜日に会う約束になっている」
 鎧衣は悪びれもしないで、マサキに言い返した。
だが、マサキは憎々しげに口をゆがめる。
「ほう、情報省では結婚案内所の仕事もしているのか。
先進技術の海外進出事業推進の他に、見合いの手配までしてくれるのか。
フハハハハ、考えておこう」 
 

 
後書き
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