リュカ伝の外伝
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サクラサク
(グランバニア城下町:グランバニア運河)
アルルSIDE
季節は春。
ここグランバニアは比較的温暖ではあるものの、それでも冬は寒く厳しい日もある。
そんな厳しさから解放される春の到来を直接感じたく、私は愛娘と共にグランバニア城下町の西部に流れるグランバニア運河を散歩している。
勿論王太子妃である私が娘を抱きかかえ一人で出歩くのは問題がある為、腕利きの女性兵士が一人付き添っての散歩である。
私は自身の身分が知られ混乱を招かない様に一般的な服装での外出だが、護衛の彼女も目立たぬ様に鎧などを装備せず一般的な装いで任務に就いている。
そんな護衛兵士である彼女の名は『ルクレツィア・ノーヴェ』上等兵。
国王直属の近衛騎士隊所属。
隊長(ラングストン)からも信頼が厚い。
背丈は私よりも低く、一見したら軍人には見えないのだが……実際は努力を忘れない凄腕剣士。
トレーニング姿を見た事があるが、腕の筋肉も凄く腹筋も所謂シックスパックだ。
今日(外出護衛時)は筋肉を隠す様な格好をしている。
動きやすいが特別目立つ様な服装では無く、私とは同年代の一般人女性にしか見えない。
でも有事の際には剣士に変身する。
スプリングコートの内側に隠してあるショートソードで私等を守ってくれるのだ。
私も昔取った杵柄ではないが、それなりに剣術などには自信があるが、先日に温泉で起こった事件もあるし、何かあったら彼女に頼るつもりである。
だが滅多矢鱈に剣を振り回されるのも問題だから、彼女にはギリギリまで我慢するようにと近衛騎士隊長からも言われている。
そんな美女三人でのホノボノお散歩。
王都名物の桜を眺めながらのグランバニア運河沿い散策だ。
この国では一般的風習になってる桜の木の下で宴を開く“お花見”の真っ最中。
お花見とは何なのかを説明すると……
元々は王都を発展させる為に作ったグランバニア運河両岸の堤防を固める事が目的だそうだ。
これは工事を提案・推進したお義父様が言っていたから間違いない。
運河の両岸に桜の木を植える事で、それを愛でに来た人々に堤防を踏み固めてもらうのが目的だとか……
勿論、桜の木の根で堤防が崩れにくくもなるし、今も目の前で開催されているお花見などの催し物での経済効果をも見越しているそうだ。
そして皆が愛でている(建前上)桜の起源にも有名なエピソードがあります。
この美しい桜は、元は“妖精の国”と呼ばれるエルフ族の世界の桜だそうだ。
エルフ族は私達の住む世界の四季を司っており、季節の移り変わりを動かしてきたらしい。
だがある時“雪の女王”とか名乗るエルフの所為で、冬の時期を終わらせる事が出来ず困っていた所、人間界の少年……当時6歳のリュケイロム陛下が問題を解決し、世界の季節に平和をもたらせたと言われております。
もの凄く嘘くさい話ではあるのだが、その場に居合わせたスノウさんが言っているのだから、間違いの無い真実なのでしょう。
なんせ件の“雪の女王”ってのは彼女の事らしいですから。あの人何やってんだ?
そしてリュケイロム少年はエルフの女王から感謝され、妖精の国の桜の枝を貰ったそうです。
人間界に戻るや、当時暮らしていたサンタローズ村のシスターにその桜の枝をプレゼントした。
幼い頃から女誑しであった事が覗える。
プレゼントされたシスターは嬉しかったらしく、村に生えていた木の切り株に接ぎ木をして育てたそうだ。
妖精の国の桜だったからなのか、生命力が凄く直ぐに成長したそうだ。
そして何やかんやあってリュケイロム少年も大人になり、グランバニアの国王だと判明した後……王都の護岸工事に利用すべく、シスターから桜の枝を数本譲り受けて植樹したそうだ。
そうやって増やした木々から、また接ぎ木などで数を増やしていった。
数本の枝が運河の両岸を桜色に変えるなんて……凄い繁殖力である。
そんなエピソードがある桜……
なので当時の人々(お偉いさん達)はこの桜を『リュカ様桜』と名付けようとしたらしい。
コレにはゴマすりの要素もあるのだが、当人は嫌がった。
だがゴマすりは兎も角、このエピソードを広めたいと考えた時の大臣……オジロン閣下は一計を案じた。
陛下に名前の案を出させたのだ。
その時に出された名前が『じゃぁ……ソメイヨシノにして』との事だったので、この桜の品種名は『リュケイヨシノ』に決定した。
大臣は名前が決定した後、人々に浸透するまで直隠しにしていたらしい。
そして時間が経ち陛下の耳にまで名前が入ってきた頃……陛下から『如何言う事?』と訊かれ『如何やら私が聞き間違えた様ですね。でも国民はこの名前で憶えちゃったのですから、今更変えられません』と言って押し通したそうだ。
私がグランバニア王家入りした時にオジロン殿が教えてくれた。
更に『あの生命力……あの繁殖力……そしてあの影響力。リュカの名前が相応しい! だから他の名前など有り得なかったよ』とも教えてくれたわ。
納得しかない。
そんな人々に愛されている桜……
私の居る土手から見下ろした所にも大勢の花見客が楽しんでいる。
お酒を手に陽気に踊る者……そんな人々に陽気な音楽を奏でる者……ん!?
「ルクレツィア……あちらは騒がし過ぎますし、城の方へと戻りましょうか」
「え? ……あ、あぁ!! 分かりました」
私は急に散歩の気分じゃなくなったので、踵を返して帰ろうとする……歌声の方から。
「ふぁぁっ!」
だが普段は大人しいアミーがグズりだした。
アイツの存在に気付いたわね!
「め、珍しいですね。アミー様がグズるなんて」
「そ、そうね。お腹が空いたのかしら? あちらにカフェがあるし、場所をお借りしてオッパイをあげましょう」
ルクレツィアも何となく理由を察してくれた様で、土手を挟んだ運河とは逆側にある店へ移動してくれる。
……だが、
「おやぁ~? 美人のお母さんは赤ちゃんにオッパイですかぁ? ボクちゃんも欲しいでちゅぅ♥」
「ターシィさんだけズルい。ボクちゃんもぉ! ちゅーちゅー♥」
花見客の一部だろう……
完全に酔っ払いである事が判る典型的な酔っ払いだ。
頬と鼻の頭が桜色した40代中盤のオッサン。
ターシィと呼ばれた方はオールバックに髭を鼻下に蓄えた素面だったら多分紳士。
もう一人はおでこが他人より後方へ3倍は広い小太り中年。
一秒でも早くこの場から移動したいのに、私達の前に立ち塞がり邪魔をしてくる。
心底イラッとした!
でもここで騒げば奴に気付かれる恐れがある。
「ごめんなさい、娘が泣いているので失礼します」
そう言って酔っ払った大きい赤ちゃんから離れようとしたのだが、
「待ってよぉ~。そんな事言わないで、あっちで俺等と飲もうよぉ~」
と腕をつかまれ運河沿いに敷いてあるビニールシートへ連れて行こうとする。
流石に危険を感じたルクレツィアが酔っぱらい二人と私の間に割り込んで隠してあった剣を抜こうとした瞬間……
(デンデン デンデレ デレデンデレ♫)
「ちょほいと待ちなはぁ~!」
あぁ……
奴が来てしまった。
がっくりと項垂れ腕に抱いた愛娘に目をやると、
「キャッキャッキャッ♡」
と嬉しそうに奴の弾くギターの音に合わせて手を叩いている。
「一曲、歌わせてもらうぜ!」
あっちで歌え!
そう思ったが口には出さず、なるべく冷静を装ってゆっくりと歌おうとしている人物に向き直る。
そこには……
アルルSIDE END
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