魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第5章】エクリプス事件の年のあれこれ。
【第1節】新暦81年、7月までの出来事。
前書き
Forceの雑誌連載は事実上の「無期限休載」になってしまったため、あの物語が一体どういう結末を迎えるのか、公式にはよく解らないのですが……。
新暦81年の「エクリプスウイルスに関連する一連の事件」については、取りあえず、次のような「想定」で話を進めることにします。
(後半は、「はじめに」の年表における「新暦60年6月」の項目の、ほぼ再録です。)
『78年の秋には、管理局にも第一報が届いていたが、事件の表面化は80年のことで、特務六課の発足は81年2月末のこと。トーマとリリィが出会ったのは同年4月のことで、特務六課がトーマとリリィとアイシスの三人を保護したのが同4月の末のことである。
また、コミックス第5巻の冒頭部に「早くも勤続2か月半」という描写があるので、ヴィヴィオが六課にチラッと顔を出したのは、4月末から「2か月半後」の7月半ば。つまり、IMCSの地区予選が始まる直前のこと。コミックス第6巻(最終巻)の内容は、おおむね地区予選の真っ最中。7月末の出来事である。
なお、〈エクリプスウイルス〉は「先史ルヴェラ文明」の負の遺産であり、その〈不完全な制御システム〉は、後に「ジェブロン帝国」が古代ベルカの魔導技術を応用して造ったモノだったが、帝国の滅亡後、そうした技術はウイルスそれ自体とともに長らく失われていた。
そして、新暦60年の6月に、某無人世界でジェブロン帝国末期(新暦で前600年頃)の遺跡から、それらを再発見したのが、当時まだ13歳だったハーディス少年とその両親(考古学者のヴァンデイン夫妻)だった。
「原初の種」からの直接感染によって、両親の命と引き換えに「さまざまな知識と能力」を得たハーディスは、後に会社を興して資金を貯め、当時の不完全な制御システムを最新鋭の技術で再現して、ディバイダーやリアクターを製造した』
また、コミックス第1巻を読むと、物語の発端となった場所の方は「鉱山遺跡」と書かれているのに、トーマの両親が死んだ場所の方は「遺跡鉱山」と書かれています。描写から察するに、これは「後から何らかの遺跡が出土してしまった鉱山」の意味でしょう。
(もし「最初から遺跡を発掘するために掘られた場所」の意味なら、普通に「地下遺跡発掘現場」とでも書けば良いはずです。)
そこで、この作品では、以下のような設定を採用します。
(字数制限により、以下は本文の冒頭部に続きます。)
(以下、前書きの続き。)
『当時、トーマはまだ小児で、自分の親が何の仕事をしているのか、よく解っていなかったが、実は、ヴィスラス街に住んでいた人々はみな、CW社(カレドヴルフ・テクニクス社)の外部協力者たちだった。
つまり、彼等は「正規の社員がやると社会的に体裁が悪い『ヨゴレ仕事』を、代わりに行なう外部委託団体の人々」であり、かつ「新暦初期に外部に流出した『スクライア一族の技能』を今も継承する人々」だったのだ。
(なお、「プロローグ 第1章」で、長老ハドロのセリフの中にチラッと名前の出た「アヴェニール四兄妹」のうちの下の二人は、トーマの父親から見ると「父方祖父と母方祖母」に当たり、トーマの母親から見ると「母方祖父と父方祖母」に当たる。)
ゼムリス鉱山は本来、CW社が所有する物件で、元々は普通の「クリスタル採掘鉱山」だったのだが、新暦68年、とある坑道の奥から「ヴァイゼンでは、今まで誰も見たことが無いタイプの」地下遺跡が出土した。
これまで、ヴァイゼンで「遺跡」と言えば、「聖王家直轄領時代の、古代ベルカ系の遺跡」か、さもなくば「先史時代のヴァドゥガナ系の遺跡」ぐらいのものだったのだが、どうやら、今回の遺跡はそのどちらでも無いようだった』
(なお、ヴァドゥガナは〈次元世界大戦〉以前の先史時代に、ルヴェラと敵対していた世界の名前です。詳しくは、「背景設定8」を御参照ください。)
『また、CW社の会長「グレイン・サルヴァム」は、最初の報告書を読むと、その遺跡に「とある期待」をかけて、直ちに作業員の「総入れ替え」をやってのけた。
つまり、従来の作業員たちを全員バラバラに別の現場へ転属させると同時に、(実は、顔なじみの)アヴェニール夫妻を始めとする技能者たちを、表向きは単なる「下請け労働者」として、ヴィスラス街へと呼び寄せたのだ。
だが、何年かして、その遺跡が「先史ルヴェラ文明の人々の一時的な居留地」だったと判明すると、グレイン・サルヴァムは一挙にその遺跡への関心を失い、あとは「お定まりの学術調査」だけを続けさせた。
その一方で、ハーディスは「先史ルヴェラ文明の遺産」の独占を企てており、「最初にEC因子の保有者となった二人組」にも、「ルヴェラ系の遺跡は見つけ次第、潰すように」との指示を出していた。
それもあって、その二人組は、新暦76年の9月に、ゼムリス鉱山とヴィスラス街を襲撃したのである』
この作品では、『この二人組は、〈フッケバイン〉の連中とも無関係ではないが、彼等からは少し距離を置いた人たちだった』ということにしておきます。
彼等は翌年、スバルの依頼で行なわれた追加調査によって、一人だけ生き残りがいたことに気がつきましたが、その小児の行方にまでは、あまり関心を持ちませんでした。
(なお、ヴァイゼンの側では、一般に『トーマ・アヴェニール(当時、10歳)も、ゼムリス鉱山の崩壊事故で死亡した』ということになっています。)】
(ここまで、前書きの続き。以下が本文です。)
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明けて、新暦81年。
まず、1月には、丸2年余の建造期間を経て、〈ヴォルフラム〉がついに完成しました。
そして、同じ頃、ルーテシアとファビアは、二人でセクターティへ出かけました。
【彼女たちは、3月に一旦、カルナージに戻ってから、4月の末には、またミッド地上に出かけることとなります。】
その一方で、同月、トーマ(15歳)は「半年間」の期限付きで一人旅に出ました。
【前述のとおり、トーマは新暦76年8月の「遺跡鉱山崩壊事故」で、ただ一人「人知れず」生き残った後、翌77年の7月に、他何人かの浮浪児とともに、ミッド首都郊外の「特別養護施設」に引き取られました。
そして、80年12月、トーマは通信教育で義務教育課程をすべて修了すると、その施設を出て、今度はナカジマ家に引き取られました。
そこで、正式に養子縁組を提案されたのですが、トーマは『自分がこれから新たな人生を歩み出すためには、まず自分の過去に何らかの形でケリをつけておく必要がある』と考え、少しワガママを言って、正式にゲンヤの養子になる前に「半年だけ」一人であちらこちら旅して回ることを許可してもらったのです。
(法律的にも、15歳になれば保護者なしで長旅をすることができます。)】
しかし、2月になると、いよいよ〈エクリプス事件〉が始まってしまいました。
翌3月に予定されていた「なのはとヴィヴィオの再戦」は、結局、無期延期となり、ヴィヴィオ(12歳)は深く落胆しながらも、これを仕方の無いことだと受け入れます。
そして、はやてもまた、やむなく「八神道場」を正式に閉鎖して、〈ヴォルフラム〉に乗り込みました。「ミウラに続く有望株」のアンナ・ク・ファーリエ(12歳)は、単身、八神道場からナカジマジムへ移籍となります。
また、3月には、元IMCS選手のリグロマ・ゼオラーム(24歳)が、コーチ兼トレーナーとしてナカジマジムに参加しました。
【このアンナとリグロマについては、「キャラ設定5」を御参照ください。】
そして、同年の4月には、ヴィヴィオたち(12歳)は、中等科に進学しました。
なのはとフェイトは(アリサやすずかの存在を念頭に)ヴィヴィオにも常々『IMCS関連の友人ばかりでなく、学校ではなるべく普通の友人も作っておいた方が良い』と言い聞かせていたため、ヴィヴィオは早速、何人か「普通の友人」を作ります。
(第一部に登場する「やや軽い性格の」ファラミィ・ジェムナもそのうちの一人です。)
一方、4月の下旬には、一連の戦闘行為の後に、トーマ(15歳)が、リリィやアイシスとともに特務六課に保護されました。
【この件については、Forceのコミックス第4巻を御参照ください。】
また、ちょうど同じ頃、地球の暦では、平成29年・西暦2017年の4月中旬に、アリサの結婚式とすずかの結婚式が相次いで行われました。
しかし、残念ながら、なのはたちは三人とも、上記の一件のせいで出席の約束を守ることはできなかったのです。
そして、5月になると、聖王教会では、いよいよ「聖王昇天360周年記念祭」が始まりました。
もちろん、公式教義では、『オリヴィエ本人はもう二度と転生して来ない』ということになっているのですが、それでも、「再臨派」と呼ばれる、ごく一部のバカどもは「転生者探し」を始めてしまいます。
実のところ、18年前(新暦63年)にも「生誕360周年」で、一騒動がありました。
ベルカ世界では、全土で輪廻転生が信じられており、一般に『転生の周期は360年だ』と考えられていたのですが、その360年が、「前世で死んでから、また生まれて来るまでの期間」なのか、それとも「前世で生まれてから、再び生まれてくるまでの期間」なのかについては、意見が分かれており、今もなお決着を見ていなかったのです。
(今年に生まれた女の子たちにとっては、いい迷惑だなあ……。)
ヴィヴィオは、まるで他人事のように、そう思いました。
そんな中で、アインハルトは独り祖父母の遺言に従い、教会から司祭を呼んで「曽祖父母と両親の10回忌」をひっそりと執り行ないました。
『生前に会ったことは一度も無いが、自分の曽祖父母はどういう人だったのだろうか。また、今ではもう全く記憶に無いが、自分の両親はどういう人だったのだろうか』
アインハルトはふとそんなことを考えたりもしました。いずれは、「法律上の保護責任者」でもある大叔母のドーリスにも会って話を聞いてみる必要があるのかも知れません。
とは言うものの、やはり、今しばらくはIMCSの方に専念するべきでしょう。
アインハルトも昨年は6位に終わってしまいましたが、今年はもう少し順位を伸ばしたいところです。
また、管理局は、人々の注意や関心を〈エクリプス事件〉から逸らすためにも、各管理世界で各種のメディアには情報統制をかけつつ、聖王教会の「記念祭」を陰ながら支援しました。
そのため、暗躍する感染者たちも、一般社会では「ただのテロリスト」として認識される結果となったのです。
一方、カリムの〈プロフェーティン・シュリフテン〉には、『ヴィヴィオの身に危険が迫っている』という意味にも受け取ることができるような詩文が現れました。
確証はありませんでしたが、念のためです。カリムは万が一に備えて、ヴィヴィオ本人には何も知らせぬまま、何人かの優秀な修道騎士に『ヴィヴィオたちには覚られぬように、交代で密かに彼女の身辺を警護する』ことを命じたのでした。
なお、今年は、ホスト役のルーテシアが先月から再びカルナージを離れていたこともあって、ナカジマジムのメンバーによるカルナージでの合宿は見送られました。
結果としては、82年以降もずっと見送られ続けることになりましたが、それは、主に経費の問題によるものです。
実は、79年の合同訓練でも、チャーター便などの費用は、すべて「なのはとフェイトの個人的な持ち出し」でした。
昨80年5月の合同訓練も、騎士カリムらが特別に負担しており、ナカジマジムとしても、いつまでもそうした「周囲の厚意」に甘え続ける訳にはいかなかったのです。
そして、6月。
ミッドでは、多くの中等科学校で三年生の修学旅行が実施されましたが、St.ヒルデ魔法学院の首都圏キャンパスでは、エクリプス事件の影響で、直前になって予定が変更され、行き先は「デヴォルザム第三大陸」の第一州都ネイザルとなりました。
ネイザルは「カロエスマール」で最大の都市ですが、一般的には「不徳の都」とも呼ばれています。決して「悪徳の」と言うほどに問題の多い都市でもないのですが、それでも、ひどく猥雑で、普通に考えれば、決して「修学」旅行に適した都市ではありません。
ただ、実のところ、学校の行事そのものを中止する訳にもいかず、また、これほど多数の「飛び込み予約」を受け付けてくれる場所も、他には見当たらなかったのです。
教師たちの中には「生徒の安全」を懸念して(実際には、「自分たちの負担増加」を懸念して)もう少し無難な場所の方が良いのではないかと提言する者もいましたが、学長は『毒に触れておくのも、学びの一つです』と主張して、それを退けました。
学長は、三年生たち全員に対しても、『まずは、喩え話をしましょう』と前置きをして、おおよそ以下のような話を述べました。
これは、単なる建前ではなく、かなりの程度まで本気の話です。
『今すでに風邪で熱を出している人に乾布摩擦をさせても、その風邪は治りません。むしろ悪化します。予防法と治療法は本来、全くの別物だからです。
病気にかかりたくて病気にかかる人はいません。それでも病気にかかってしまった時、その病気を治すには、その病気の治療法に関して正しい知識を持った医者が必要となります。一般人は予防法さえ知っていれば、それで充分ですが、専門家は治療法も知っていなければならないのです。
医者は、みずからは病気にかかることなく、病気の専門家にならなければいけません。そして、それと全く同じように、聖職者もみずからは悪に染まることなく、「悪の専門家」にならなければいけないのです。
悪に堕ちたくて悪に堕ちる人はいません。彼等に必要なのは、「単なる正論」のような予防法ではなく、もっと具体的な治療法なのです。
単なる正論では、悪は救えません。そもそも、「正論では、もうどうすることもできなくなってしまった人たち」が、悪に堕ちるのですから。我々は決して「今、熱を出して苦しんでいる人たち」に乾布摩擦を強要するような愚を犯してはならないのです。
そういうつもりで、皆さんは、ネイザルでは悪に染まらないように注意しながら、その治療法を考えるための材料として、さまざまな悪について学んで来てください』
その言葉は、確かに「単なる理想論」だったかも知れませんが、それでも、多感な14歳の少年少女たちにとっては、なかなか「心に響くもの」があったようです。
ユミナもこれに感銘を受け、その感銘はやがて彼女の人生を大きく変えてゆくこととなったのでした。
一方、ミウラの学校では、最初から修学旅行の行先はルーフェンに決まっていました。
春先にそれを聞くと、リオはミウラにこう応えます。
「修学旅行で行くなら、首都ラオキンの方でしょう。クラナガンとは3時間ほどの時差がありますが、あちらはまた、あたしの故郷とはゼンゼン様子が違いますから、楽しんで来て下さい。旧市街の方には、〈号天〉がまだ強国だった頃に建てられた建築物がそのまま残っていたりして、デザイン的にも面白いですよ」
この頃のミウラとリオは、傍から見ていて『君たち、もう結婚したら?』とツッコミを入れたくなるほどの「仲良し」でした。
この頃は、まだ本当に仲良しだったのです。
また、7月になると、地球の高町家では、士郎(53歳)の「退院20周年」が祝われましたが、当然ながら、なのは(25歳)にはそちらに顔を出す余裕もありませんでした。
一方、ミッドでは、7月の下旬に、IMCS第29回大会の地区予選が始まりました。
管理局は、人々の関心を〈エクリプス事件〉から逸らすため、聖王教会の「聖王昇天360周年記念祭」に対する支援と同じように、決して「管理局」の名前は表に出ないように注意しながら、これを支援します。
結果として、今年の第29回大会は、各種メディアで「例年に無いほどの盛り上がり」となったのでした。
なお、ナカジマジムからは、アンナ・ク・ファーリエ(12歳)が初出場しました。「14歳組」のアインハルトとミウラや「12歳組」のヴィヴィオとリオは、もちろんのこと、今回はコロナも再び出場します。
また、「無所属」で、完全に無名の新人ですが、テッサーラ・マカレニア選手(12歳)も今回が初出場でした。
そして、エリートクラスの一回戦と二回戦が行なわれる日のことです。
会場の二階観客席で、コロナは不意にヴィクトーリアから声を掛けられました。
(今まで、ヴィクトーリアは「予選では」ナカジマジムのメンバーとの対戦は一度もありませんでしたが、今回はミウラと同じ組になっています。)
「あら、こんなところに。コロナさん、お久しぶりね」
「ああ、ヴィクトーリアさん。お久しぶりです。……あれ? 今日は、エドガーさんはいらっしゃらないんですか?」
ヴィクトーリアの背後には、珍しくエドガーではなく、コニィが立っていました。
「初めまして。コロナさんですね。私、コニィ・モーディスと申します。今は、エドガーがちょっと動けないので、今年だけ、私がお嬢様のセコンドを務めさせていただくことになりました。どうぞ、以後、お見知りおきください」
コニィは、とても15歳とは思えないほどの「堂々とした」雰囲気を身にまとったまま、丁寧に頭を下げてそう自己紹介をします。
「これは、わざわざ御丁寧に。ところで、エドガーさんは……もしかして、またルーフェンかどこかへ遠出してらっしゃるんですか?」
「いいえ。エドガーは、小さい頃に彼のことをよく可愛がってくれた祖父が今は重体だから、この春からは当家でそちらの方に付きっ切りなのよ」
「それは……大変ですね」
「悲しいことだけれど、齢の順に上から死んでゆく分には、仕方が無いわ」
ヴィクトーリアは、すでに達観した表情でした。
それから、コロナは訊かれるがままに、「ナカジマジムにアンナやリグロマが来た話」や「それで、自分もまた心置きなく出場できた話」などを、ヴィクトーリアに語って聞かせました。
「ところで、八神道場が正式に閉鎖されたと聞いのだけど?」
ミウラとアンナは、元々は八神道場の出身です。
「詳しいことは、例によって特秘事項なんですけど……八神司令は今、随分と大変なお仕事をしているみたいで、また、なのはさんを始めとする『昔の仲間』を呼び集めたのだと聞いています。
ヴィヴィオもつい先日、『出張中の母親に着替えを持って行った』みたいなことを明るい口調で言っていましたけど……やっぱり、内心ではだいぶ心配しているみたいです」
【この件に関しては、先にも述べたとおり、Forceのコミックス第5巻を御参照ください。】
「六年前の機動六課メンバーが再集結、という訳ね。そう言えば、昨年は姿が見えなかったけど、ルーテシアさんもメンバーなのかしら?」
「いえ。八神司令の関係者なのは確かですが……本人から聞いた話では、彼女はこの春からミッド地上で調べものをしているそうです」
「調べもの?」
「プライバシーなので、あまり他所では言わないようにしてほしいんですが、彼女自身のルーツの問題だそうです。年明け早々には別の世界へ行っていたそうですが、4月の末には、『ミッドで亡き祖母の知己が見つかったので、話を聞きに行く』ようなことを言っていました。また、つい先日のことですが、『この件も、そろそろカタが付きそうだ』という連絡がありました」
どうやら、コロナは日常的に、あちらこちらと連絡を取り合っているようです。
そこで、ヴィクトーリアは全く唐突に席を立ち、遠く「リングをはさんだ向こう側」の二階席を睨みつけました。
「……どうかしたんですか?」
「ごめんなさい。今ちょっと『嫌な視線』を感じたような気がしたのだけど……気のせいだったみたいね」
ヴィクトーリアはそう言いながらも、コロナには気づかれないよう、念話でコニィに「あらかじめ決めておいた合図」を送りました。コニィはすぐに、台本どおりの言葉を口にします。
「お嬢様、そろそろお時間の方が……」
ヴィクトーリアはそこで、わざとらしくはならない程度に、小さく溜め息をついて見せました。
「ごめんなさい、コロナさん。話の途中だけれど、私、他にも挨拶回りをしなければいけないから、今日のところは、これで失礼させてもらうわ」
「ああ。何だか、お忙しいところを引き留めてしまったみたいで、申し訳ありません」
「いいえ。いろいろな話を聞かせてもらえて、楽しかったわ。それでは、また」
そう言って、ヴィクトーリアはコニィとともに、やや足早に歩み去って行きました。
ほぼ無人の通路を歩きながら、ヴィクトーリアとコニィは、念話での会話を続けていました。
《随分と可愛らしい方でしたね。しかも、素直で、他人を疑うことを知らない。ウチのお嬢様にあんな御友人がいらっしゃるとは、ちょっと驚きでした。》
《あなたは一体、私のことを何だと思っているのかしら?(苦笑)》
《いえ。別に悪い意味で言ったつもりはありませんよ。(笑)それより、先程の『視線』の主はどうしますか? 必要であれば、特定して締め上げますが。(両目キラリーン)》
《そこまでする必要は無いわ。大方、双眼鏡で人間観察でもしている人がいたんでしょう。》
《それだけで、あの反応とは。……もしかして、お嬢様。少し気が立ってらっしゃいますか?》
《ええ。私も今年で最後だからね。ちょっと本気で狙っていくわよ。》
ヴィクトーリアはそう言って、不敵な微笑を浮かべました。
《ところで、先程のお話に出て来たルーテシアというのは、どういう人なんですか?》
《リングの外で本気でやり合ったら、多分、一番コワいのは彼女よ。一昨年のIMCSでも、全然、本気なんて出してなかったみたいだし……。あの時、都市本戦の1回戦で、彼女が本気を出していれば、2回戦では私と当たっていたはずなのだけれど。》
《いわゆる「舐めプ」というヤツですか?》
《いいえ。「舐めプ」と言うよりも……多分、何かしら彼女なりの「縛りプレイ」だったのだろうと思うわ。》
ヴィクトーリアの観察眼には、「人並み外れたもの」がありました。
一方、先程の視線の主は、ジョルドヴァング・メルドラージャという人物でした。元は貴族の家柄で、彼自身も立派な管理局員(18歳)です。
大きな体格に似合わず、やや内気な性格の持ち主ですが、今日は「下の姉」に付き合わされて、この会場の二階観客席に来ていました。
その姉が席を外すと、彼はすかさず心の中でボヤき始めます。
(たまの休日だってぇのに、なんだって朝から叩き起こされなきゃいけないのさ。小姉ちゃんも車の免許ぐらい、早く取ればいいのに。……そう言えば、ボク、IMCSの「女子の部」の方なんて、初めて見に来たなあ。)
彼は、バッグから双眼鏡のような「大型のオペラグラス」を取り出し、リングをはさんだ向こう側の二階席を覗き始めました。やがて、ふとコロナとヴィクトーリアとコニィの姿を見つけます。
(うっわ~。なんか、メッチャ「ボク好み」のカワイイ子がいるんだけど……。)
しかし、次の瞬間、ヴィクトーリアがいきなりこちらを睨みつけて来ました。ジョルドヴァングは慌ててオペラグラスを隠し、視線を逸らします。
(怖え~! この距離で視線とか解るのかよ? ……もしかして、有名な選手なのかな?)
ジョルドヴァングは、俯いた姿勢のまま、情報端末から「今年の出場選手のリスト」を出して検索しました。
(ヴィクトーリア・ダールグリュン? もしかして、ダールグリュン本家のお嬢様か! ウチなんかよりずっと格上じゃん。……ヤバイよ。ボク、さっきので目を付けられたりしてないだろうな。すぐに視線を逸らしたから大丈夫だとは思うけど……。)
彼は、さらにリストを読み進めて、目ざとくコロナのデータをも見つけます。
(えっ? あのカワイイ子も選手だったの? でも……まだ12歳?! ヤバイよ。ボク、犯罪者じゃん!)
そこへ、彼の「下の姉」が戻って来ました。
「あんた、ナニ、俯いて泣いてんのよ?」
「ごめん、小姉ちゃん。今、ちょっと悲しみにくれてるところだから、あんまり話しかけないでくれる?」
ジョルドヴァングは俯いたまま、小さく肩を震わせ続けます。
(我が弟ながら、変なヤツ……。)
実際には、とても優秀な陸士なのですが、私生活の方はこんな感じなので、ジョルドヴァングの真価は家族にはあまり理解されていませんでした。(苦笑)
結果だけを言えば、アンナはテラニスに力で倒され、テッサーラはヴィヴィオに技で倒されて、どちらも都市本戦には届きませんでしたが、それでも、12歳の新人としては、二人とも充分すぎるほどの健闘だったと言って良いでしょう。
なお、7月末日には、とある公園広場で「ヴィヴィオ襲撃事件」が起きました。
【この事件に関しては、また次の節で改めて述べます。】
地区予選の真っ最中の出来事でしたが、幸いにも、ナカジマジムのメンバーは全員、身体的にはほぼ無傷で済み、心理的にも力強くこれを乗り越えて行くことができました。
(みな、多少はコンディションを崩したりもしましたが、まだ序盤戦だったので、何とか立て直すことができたようです。)
その後、コロナは予選4組の決勝でシャンテに敗退しました。シャンテは『ゴーレムを相手にせず、分身で直接に「創主」を狙ってゆく』という戦術です。
(コロナも、今回は「ネフィリムフィスト」などの身体自動操作は封印しているので、ある意味では「縛りプレイ」でした。)
また、ミウラも予選9組の決勝でヴィクトーリアに敗退しました。ミウラは、昨年末から背丈はだいぶ伸びたものの、今ひとつ「本調子」ではないような感じです。
【なお、後にして思えば、ミウラ(14歳)の肉体には、この頃からすでに重大な変化が起きていたのでした。】
結局のところ、都市本戦に出場できたのは、ナカジマジムからは、アインハルト、ヴィヴィオ、リオ、の三名となりました。
なお、「小柄で童顔の」クヴァルゼも「三度目の正直」で都市本戦に初出場です。
他には、ヴィクトーリア、ザミュレイ、テラニス、シャンテ、グラスロウ、らの常連が、都市本戦に進出しました。
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