| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第4章】Vividの補完、および、後日譚。
   【第5節】同80年の10月以降の出来事。



 さて、今年も10月となり、IMCSでは例年どおり「都市本戦」が始まりました。
ミッドチルダでは、〈中央部〉と〈東半部〉と〈西半部〉で、ほぼ同じ日程で都市本戦が開催されます。
 そして、ミッド中央では、一日目の試合はすべて順当に進んだのですが、二日目には「事件」が起きてしまいました。
 二日目の第一試合(第1ブロックの2回戦)は、シード選手のハリーが普通に勝利しましたが、第二試合(第2ブロックの2回戦)では、シード選手のジークリンデがカマルザの「暴言」にいきなりキレてしまったのです。

 観客たちには、一体何が起こったのか、とっさには理解することができませんでした。
 具体的に何を言ったのかは聞こえませんでしたが、カマルザ選手が相手にかなり近い距離で何かを言ったように見えた次の瞬間、彼女の体はいきなり「ほぼ真上」へと吹っ飛ばされたのです。
 ジークリンデは瞬時に間合いを詰めると、まずカマルザの足を軽く払って体勢を「前のめり」にさせた上で、極めて低い姿勢からの強烈なアッパーで彼女の腹部を打ち上げていました。もしも身体強化魔法が無ければ、拳が腹をブチ抜いて、そのまま背中へ突き抜けていたとしても不思議ではないほどの強打です。
 この一撃によって、カマルザの体は「ほぼ真上」へと打ち上げられたのでした。

 この時点で、すでにカマルザはほぼ意識が飛んでいます。
 しかし、ジークリンデは素早く彼女の落下地点に移動すると、落ちて来た彼女の体を再び打ち上げました。カマルザはリングにダウンすることすら許されず、その体は再び宙を舞います。
そして、ジークリンデは、再び落ちて来たカマルザの体を三度(みたび)、今度はねじり込むようにして打ち上げました。
 いよいよ「クラッシュ・エミュレート・システム」の限界を超えて、カマルザの肉体が現実に破壊されます。肋骨のへし折れる嫌な音が響き、カマルザの体はぐるぐると回転しながら、スプリンクラーのように血反吐(ちへど)を周囲に()き散らして行きました。
 審判たちは、突然の凶行に思わず何秒か呆然と立ち尽くしてしまっていましたが、ここで慌ててジークリンデを止めに入りました。
 しかし、ジークリンデは、決死の審判たちをも次々に投げ転がして、三度(みたび)落ちて来たカマルザの体を、今度は強烈な回し蹴りで一気にリングの外へと蹴り出します。
 カマルザは右半身から床に落ちて、そのまま昏倒しました。

「チャンピオン! どうして、こんなことを?」
「リングの上に立つ資格が無い者を、リングの外に放り出して何が悪いんや!」
 ジークリンデは涙ながらに、そう叫びました。それでも、審判は命の危険も(かえり)みず、職務に忠実にこう言ってのけます。
「資格の有無を決めるのは、我々審判の仕事です。選手の仕事ではありません!」
 一瞬、激しく(にら)み合ってから、ジークリンデは不意に、まるで()き物が落ちたかのように、ストンと穏やかな(?)表情に戻りました。
「……そうやな。そのとおりや。……済まんかった」
 機械的な口調でそれだけ言うと、勝手にリングから降りようと、すたすたと歩き始めてしまいます。
「反則負けということで、よろしいですね?」
「ルールとしては、当然そういうことになるんやろうねえ」
 ジークリンデはまるで他人事(ひとごと)のような口調で、そう言い放ちました。

 実際には、彼女は決して『穏やかな』表情に戻った訳ではありませんでした。
ただ単に『あまりにも感情が(たかぶ)りすぎて、オーバーヒートを起こした機械のように、感情の機能が一時的に停止してしまった』というだけのことだったのです。
「チャンピオン、少しは加減しろ!」
「俺たちは、殺し合いを見に来た訳じゃねえぞ!」
 観客たちの心無い罵声ですら、今のジークリンデの心にはもう届きませんでした。

 ジークリンデはリングを降りると、そのまま悠然と会場から立ち去り、自分の控え室へと帰ってしまいます。
 その部屋の中で彼女をただ(ひと)り待ち受けていたのは、ヴィクトーリアでした。
「ジーク……」
 ジークリンデは、名前を呼ばれて思わず目を伏せてしまいましたが、ヴィクトーリアはそのまま静かに(あゆ)み寄り、そんな親友の体をそっと抱き締めます。その腕の中で、声と体を小さく震わせながら、ジークリンデはやっとのことでこう説明をしました。
「ごめんな、ヴィクター。どうやら、(ウチ)、自分で思うとったよりも、お(かあ)はんのこと、好きだったらしいわ」
 ただそれだけで、母親を侮辱されてキレたのだろうと、おおよその見当がつきます。

 しかし、たとえどれほどの事情があろうとも、ここまであからさまに悪質な「傷害事件」を起こしてしまった以上、DSAAとしては、ジークリンデ選手に厳重な処分を下さざるを得ません。
「多分……(ウチ)は、除名処分なんやろうなあ……。ごめんな。(ウチ)が普通に勝っとれば、今年もまた、ヴィクターとええ試合ができとったかも知れへんのに」
 ジークリンデがどんどん冷静になってゆくのとは対照的に、ヴィクトーリアの心はどうしようもない(かな)しみに満たされて行きました。
「いいのよ。今は……そんなコトは、どうでもいいの!」
「悪いんやけど、ヴィクター。ミカさんや番長、ハルにゃんやミウやんにも、代わりに謝っといてや。もう対戦できんくなってもうて済まんかった、と」

「それで……あなたは、これから、どうするつもりなの?」
 すると、ジークリンデは静かに半歩(はんぽ)退()きながら、両手でそっと自分の体をヴィクトーリアの体から優しく引き()がします。
「今さらやけど、やっぱり、お(かあ)はんらの死に方が納得できん。個人的にちょぉ調べてみるわ。それから、先に謝っとくけど……」
「なぁに?」
「よぉ考えたら、ヴィクターは選手会の代表として、(ウチ)をこの場に引き止めとかなアカン立場やろ? 取り押さえる努力はしたけど逃げられた、というコトにしといたってや」
「いや。そういう訳にも……」

 それは、ヴィクトーリアですら全く反応できないほどの、完璧な不意打ちでした。ジークリンデは、相手の言葉の途中で、わずか半歩の距離からいきなり渾身(こんしん)の体当たりをかまします。
 並みの格闘家が真似をしても、これほどの至近距離では大した威力は出ないでしょう。それは、ジークリンデがルーフェンで学んで来た、いわゆる「寸勁(すんけい)」の技法でした。
 ヴィクトーリアの体は軽々と吹っ飛び、そのまま部屋の奥の壁に叩きつけられました。ジークリンデはすかさず、愛用の「フード付きマント」をつかみ取り、そのまま駆け出して行きます。
 一瞬、意識が遠ざかるほどの強烈な衝撃でしたが、それでも、ヴィクトーリアはそれに耐えました。一拍おいて、ジークリンデの(あと)を追います。
 しかし、ヴィクトーリアが部屋の外へ駆け出した時には、すでにジークリンデの姿は何処(どこ)にも見当たらなかったのでした。

 さて、カマルザ選手は現実に、会場の医務室では対処し切れないほどの重傷だったため、そのまま救急車で病院へ搬送されました。幸い、命に別状は無かったようです。
 また、ジークリンデ選手はあからさまな「反則負け」で、後日、DSAAからは「永久除名処分」となりました。
(その後、彼女は行方(ゆくえ)をくらまし、再びヴィクトーリアたちの前に直接にその姿を現わすのは、これからおよそ9年後のことになります。)
 なお、これ以降、IMCSでは、ダウンすら許さない「空中乱打」は「禁じ手」となりました。
(もっとも、ジークリンデ以外の人間にあんな「離れ(わざ)」が本当に可能だなどとは、誰も本気で考えてはいなかったのですが。)

 一方、次の第三試合(第3ブロックの2回戦)では、ミカヤが(ひと)り驚くほどの冷静さを保ち、前の試合の内容に少なからず動揺していたウロムリィに、余裕のKO勝利を収めました。
【第4ブロック以下の試合は、描写を省略します。】


 そして、三日目。
 第2ブロックからは、1回戦でカマルザ(17歳)に不覚を取ったグラスロウ(17歳)が代理出場しましたが、組み合わせ抽選の結果、再びハリー(16歳)との対戦となりました。しかも、第一試合です。
 昨年の3回戦と同じ組み合わせで、ほぼ同様の展開となり、結局、グラスロウはKOこそ(まぬが)れたものの、いささか不本意な結果に終わってしまいました。どうやら、実力以前の問題として、相当に相性が悪いようです。
 なお、残る三試合の組み合わせは、順番に以下のとおりでした。

 ミカヤ(19歳)対アインハルト(13歳)
 テラニス(17歳)対ミウラ(13歳)
 ザミュレイ(18歳)対ヴィクトーリア(18歳)

 一方、ノーザは、昨年みずからジークリンデに語ったとおり、見事にイメチェンしていました。これなら、元「縛られ隊」の女の子たちですら、とっさには気がつかないことでしょう。
 控え室で、ノーザはザミュレイにこう指摘しました。先日の、ジークリンデとヴィクトーリアのやり取りなどを知らないこともあって、かなり「人でなし」な言い回しになってしまっています。
「ヴィクターはあの『13歳組』と同様、まだメンタルが弱い。君もそろそろ結果を出せ。ジークがやらかした(あと)だ。ルールの範囲内なら、少しぐらい卑怯でも目立たないぞ。(笑)」
「まあ、あなたと違って、私は最初からヨゴレ役ですからね」
 ザミュレイもまた、悪びれもせずにそう言ってのけました。

 第二試合。序盤はじりじりとした展開でしたが、絶好調のミカヤは一瞬の隙を突いて一撃必殺の突きを()り出しました。
 アインハルトはリングの外にまで突き飛ばされたまま、カウント内に戻ることができず、ミカヤのTKO勝利となります。

 第三試合。テラニスはベッタリとへばりついて打ち合いを()け、組み技と投げ技でミウラを翻弄し、そのまま判定勝ちに持ち込みました。
 やはり、アインハルトとミウラには、先日のジークリンデの「空中乱打事件」による動揺が、メンタルな部分にまだ少しばかり残っていたようです。

 そして、第四試合。ザミュレイは序盤で軽くポイントを取って、あとは巧みに(あからさまに、ではない形で)逃げ回る戦術を取りました。
 観客からはブーイングもありましたが、ルールの上では有効です。
 ヴィクトーリアが攻めあぐねているうちに試合は終了し、ザミュレイの判定勝ちとなりました。
(ヴィクトーリアは元来、あまり勝利に貪欲な性質(たち)ではないのです。)
 こうして、ベスト4は、四日目の対戦順に、ザミュレイ対テラニス、ミカヤ対ハリーとなりました。

 また、同日の午後に行なわれた5位から8位までの決定戦では、まず、ヴィクトーリアがグラスロウに圧勝しました。
 次に、アインハルトとミウラは、二人して少しは吹っ切れたのか、なかなかの名勝負となりましたが、最後はアインハルトのKO勝利で終わりました。
 そして、5位決定戦のヴィクトーリア対アインハルト戦は、かなり微妙な判定になりましたが、ヴィクトーリアが(から)くも勝利を収めました。
 なお、7位決定戦では、ミウラが得意の(?)逆転KO勝利を飾ります。
 こうして、順位は5位がヴィクトーリア、6位がアインハルト、7位がミウラ、8位がグラスロウと決まりました。


 最終日の朝、準決勝の第一試合は、ザミュレイが武器の有利さを()かして、素手のテラニスを圧倒しました。
 また、第二試合は、ハリーにとっては「四年前の初出場で、秒殺されて以来の」ミカヤとの再戦でした。ここは是非、自分の成長ぶりをミカヤにも認めてほしいところでしたが、ミカヤは死闘を()けるかのように、いよいよ盛り上がって来たところで唐突に「幻術」を初披露します。

「ハリーの視界の中では」ミカヤは正眼に構えたまま、ぴくりとも動かなくなってしまいました。
 心の奥底では、野生の(かん)が激しく警鐘を鳴らしていましたが、今はポイントの上でも少し負けています。ここで(いたずら)に時間を潰したところで、得られるものは何も無いでしょう。
 ハリーは意を(けっ)し、正面のミカヤに突っ込んで行きましたが、その瞬間に「その」ミカヤの姿は不意に消え去りました。同時に、思わぬ方向から突然の攻撃を受け、ハリーはあえなくKOされてしまいます。
 観客の多くもハリーと同様に(だま)されていましたが、モニター越しにこれを観ていた人々の目には、ハリーたちに見えていたのとは全く別の光景が見えていました。
 ミカヤが静かに相手の側面へと回り込んだ後、ハリーは何故か「先程までミカヤがいた場所」へ突っ込んで行ったのです。

 ハリーは後でそれを知ると、思わず非難の声を上げました。
「ミカ(ねえ)さんがそんなコトをする人だとは思ってなかったよ!」
 しかし、もちろん、これもルールの上では有効です。
「済まんな。私にも迷いはあったが、先日のザミュレイ選手の戦い方を見て、()ん切りがついた。私も今年が最後だ。悪く思うな」
 ミカヤは冷たくそう返しました。取材陣の驚き慌てた声に対しても、ごく冷静に『それほど得意ではないから、今まで使わずにいただけ』と答えます。
 実は、ミカヤは、昨年の戦技披露会で「なのはの、一瞬の格闘戦」を観て以来、ずっとこの機会を(うかが)っていたのでした。


 特別観覧席(個室)でこれを観ていたザミュレイは、思わず大声を上げました。
「幻術とか! 聞いてないですよ!」
「タイプとしては、ごく単純なタイプの幻術だよ。多分、二~三週間もあれば対策は可能だろうと思うが……あと二~三時間では対策の立てようも無いな」
 ノーザは苦笑しつつ、すでに諦めの表情です。
「いきなり投げないでくださいよ! 何か、即興でできる対策とか、無いんですか?」
(無い、と解っているから、このタイミングであの切り(ふだ)を使ったんだろうな。……やれやれ。彼女がここまで勝利に貪欲だとは、想定外だった。)
 ノーザは心の中ではそう考えながらも、口に出してはこう言いました。
「そうだねえ。……百節棍を自分の周囲に広く環状に展開して、どちらから接近されても、物理的な『感触』で解るようにする、というのはどうだろう?」

 理には(かな)っていますが、その対策には、ひとつ大きな穴がありました。
「そのために百節棍を使ってしまうと、相手の居場所は解っても、こちらに攻撃の手段が残ってないんですけど?」
「彼女も『それほど得意ではない』幻術を披露したんだ。君も『それほど得意ではない』格闘術を披露してみたら、どうだ?」
 ノーザの妙に明るい表情に、ザミュレイは思わず、声を(あら)らげます。
「私がこんなに困っているのに、どうして、あなたはそんなに嬉しそうなんですか?」
「いやあ。君は困った顔も、可愛いからねえ。(ニッコリ)」
(サドだ。……いや。前々から解ってはいたけど……この人の本質は、サドだ!)
 ザミュレイは、もう泣き出したい気持ちでした。
 しかし、よくよく考えれば、ザミュレイが先日の対ヴィクトーリア戦で、あのような戦い方をしたからこそ、ミカヤも『踏ん切りがついた』のです。
 あえて厳しい言い方をするならば、これはザミュレイの「自業自得」でした。

 午後の3位決定戦では、ハリーが(から)くも、テラニスを微妙な判定で(くだ)しました。
 そして、最後に決勝戦が行なわれましたが、ここでは、ミカヤは全く幻術を使わず、ごく普通にザミュレイをKOしました。ザミュレイは幻術を警戒するあまり、動きがいつもよりも随分と硬くなってしまっていたのです。
 こうして、〈ミッド中央〉の都市本戦は、波乱のうちに終了したのでした。


 そして、後日、IMCS運営会議の席に、ゼグル・ドーラス二佐が単身、乗り込んで来ました。
『子供のケンカに親が出る』という言葉をそのまま実行に移したような形ですが、娘のカマルザも『まだ当分は退院できそうにない』という状況なのですから、『これを「ケンカ」と呼んで済ます訳にはいかない』というのも、また一面の真理ではあります。
 ゼグルは熱弁をふるって「加害者」への厳重処分を求めましたが、ヴィクトーリアは選手会代表として、それに抗議しました。
『カマルザ選手も純然たる「被害者」ではない』と主張して、集音マイクによる音声データから、リングの上でのカマルザの暴言を再現し、皆々に聞かせます。
 その中には、「(てて)なし()」とか、「売女(ばいた)の娘」といった、あからさまなNGワードも含まれていました。
 そこで、ヴィクトーリアはゼグルに、こう詰め寄ります。
「これは、誰がどう聞いても、世の中のシングルマザーたち全員を敵に回すような、悪質な性差別発言ですが、その点に関してはどうお考えですか?」
「悲しい話だが、それらは世の中に幾らでも転がっているポピュラーな悪態のひとつでしかない。テキトーについた悪態がたまたま図星だったというだけで、何故あれほどの仕打ちを受けねばならんのだ?」

 そこで、コニィが隣室から、ここぞとばかりに登場しました。ヴィクトーリアとほぼ同じ体格をした、恵体(めぐたい)の美女です。
 彼女は、神々と聖王陛下に宣誓した上で、『カマルザは私立探偵を雇って、ジークリンデ選手のことをいろいろと調べさせていた』と証言しました。
「つまり、彼女がリングの上で口にした悪態は、決して『テキトーについた』ものではありませんでした。実際には、よくよく調べた上で『他人(ひと)の不幸を(あざけ)る』という大変に悪質な行為だったのです」
 聖王教会には、明確な「教義」は特にありませんでしたが、それでも、数多(あまた)の「教訓」が語り伝えられています。
 その中でも重要な「三十の教訓」のひとつに、『他人の不幸を嘲ってはならない』というものがありました。聖王教徒ならば誰もが知っているほどの、有名な警句です。
 コニィはわざと、それを引用してみせたのでした。

 宗教的な「当然の倫理観」を盾に取られたのでは、ゼグルの攻撃もいささか()の悪いものとなります。
 心理的に劣勢を意識してしまったのか、ゼグルはそこでふと性急になり、さらなる悪手を打ちました。
「ちょっと待て! 私立探偵の守秘義務は、どこへ行った?」
「それは、探偵さんの義務であって、私の義務ではありません」
 コニィはバッサリと切り返します。
「暴言に暴力で返しても良いのか?!」
 これには、またヴィクトーリアが冷静に答えました。
「決して良くはありません。ですから、すでに『相応の処分』はしました。IMCSの選手にとって『永久除名処分』は最も重い処罰です。これ以上、彼女に一体何を要求するおつもりですか?
もし刑事告訴をしたいのなら、我々にではなく、法務官に直接お話しください。その場合には、こちらも証拠として先程の性差別発言を法廷で『公開』せざるを得なくなりますが、それでもよろしいですか? カマルザ選手も、今年でもう17歳なのですから、法的にも、成人として裁かれることになりますが?」
 その後も二人による言葉の応酬はしばらく続きましたが、結局のところ、ゼグル・ドーラス二佐は、いささか汚い「捨てセリフ」を吐いて、その場から(ひと)り退席したのでした。

 全員でひとつ大きく溜め息をついた後、その場に同席していたジェスカが、ふとコニィに訊きました。
「後学のために訊いておきたいんだけど、あなたは私立探偵に一体どうやって白状させたの?」
「直接に会って適当に相槌(あいづち)を打っていたら、その種のホテルに連れ込まれて服を脱がされたので、強姦未遂をネタに少しばかり(おど)しました」
「強姦未遂?」
「はい。私、こう見えても、まだ14歳ですので」
「えええええ!」
 これには、ヴィクトーリアとエドガーとコニィ自身を除いて、その場に居合わせた者たち全員が驚愕しました。

 以下は、その後の三人だけでの会話です。
「最初は全く意味が解りませんでしたが……もしかして、お嬢様は今日の状況まで見越した上で、私を昨年からずっとジークさんに張り付かせていたのですか?」
 その際に、コニィは同じようにジークリンデに張り付いている人物を見つけ、そこから辿(たど)って、彼女のことを調べている私立探偵に行き着いたのでした。
「こうなることまで正確に予想していた訳ではないけどね。まあ、これが『転ばぬ先の杖』というものよ」
「お嬢様は、恐ろしい人ですねえ……」
「いやいや、コニィ。お嬢様の恐ろしさは、まだまだここからですよ。(暗黒微笑)」
 そして、ヴィクトーリアはさらなる追い打ちとして、(ひそ)かに〈本局〉の「査察部」に所属する叔父ダミアンに連絡を入れたのでした。
『毒(権力)を以て毒(権力)を制する』とは、まさにこのことです。


 ジークリンデの起こした「空中乱打事件」は、その直後から、各種メディアでも大きく取り上げられていました。
 最初のうちは、「暴力への不寛容」という立場から、ジークリンデを非難する論調が目立っていたのですが、次第に「暴言への不寛容」という立場から、彼女に『一定の範囲内で』理解を示す論調が増えて行きます。
 そうした中で、ゼグルは『加害者のミッド不在』を理由に、この件を「非公開法廷」に持ち込みました。加害者不在のまま法廷を公開すると、その内容はしばしば弁護人も不在の「公開処刑」になってしまうので、『これは、むしろ加害者への温情だ』という態度を取って、法務官たちを裏で丸め込んだのです。

 こうして、10月の末には、首都クラナガン中央大法院・第九小法廷は、ジークリンデ被告がすでにミッド不在であるのを幸い、早くも彼女に対して「市民権剝奪、ミッドチルダ永久追放処分」の判決を(くだ)しました。
 ゼグルにとっては、それなりに溜飲(りゅういん)の下がる判決となりましたが……後日、某陸士隊の部隊長でもあるゼグル・ドーラス二佐は、唐突に「別件で」起訴されました。
査察部のガサ入れによって機材業者との癒着(ゆちゃく)暴露(ばくろ)され、二佐からいきなり一尉に、二階級もの懲戒「降格」処分となります。
「嫌われ者」のカマルザも、年が明けてから肉体そのものは問題なく完治しましたが、退院と同時に、世の表舞台からは完全にその姿を消してしまったのでした。

 聖王教会の『他人(ひと)の不幸を(あざけ)ってはならない』という警句には、実は、続きがあります。それは『他人(ひと)の不幸を(あざけ)る者の上には、いつか必ずやその(むく)いが訪れるだろう』というものでした。


 そして、11月になると、管理局が「戦技披露会」を開催して、聖王教会とのコラボ企画を成功させた後、IMCSでは「都市選抜」が開催されました。
 ミカヤは幻術を封印したまま、これに勝利しましたが、12月の「世界代表戦」では、準決勝で〈管16リベルタ〉の代表サラ・フォリスカルにやや微妙な判定で敗退します。
 サラ(17歳)はそのまま優勝して、「次元世界チャンピオン」になりました。(1回目)

 ミカヤは世界代表戦で3位となり、これを最後にIMCSの選手を引退します。
 また、ハリー(16歳)も、いろいろと思うところはありましたが、今年で引退し、翌81年には陸士訓練校へ進みました。「都市本戦・上位入賞」の実力を評価され、「半年の短期プログラム」で卒業し、81年の秋からは早々と三等陸士になります。
【ちなみに、ウロムリィ(16歳)も一身上の都合により引退し、ミカヤは年が明けるのを待って、20歳でナカジマジムに就職しました。】


 なお、全くの余談ではありますが、この年の11月には、アインハルトとミウラが(あい)()いで初経を迎えました。
(ミッドチルダでは、「13歳」というのはごく平均的な年齢です。)
 二人とも、当初は自分の肉体の変化に少なからず途惑(とまど)いましたが、元より体は鍛えてあったので、それほどヒドい体調不良に陥ることもなく、翌81年も夏には元気にIMCSの地区予選に出場しました。
【以下、他のキャラクターに関しては、この種の話題はすべて省略します。】

【さて、管理世界では、「全く副作用の無い排卵抑制剤」がごく普通に市販されているのですが、初経の直後から(卵巣や子宮がまだ充分には成熟していないうちに)そうした薬物に頼ってしまうと、かえって生殖器官の健全な成熟が阻害されてしまい、『その結果、将来、子供が欲しくなって薬の服用を中止しても、もう自然な妊娠が困難になってしまっている』という事態に陥る可能性があるため、この薬は一般に(お酒と同じ程度の感覚で)未成年者への販売は禁止されています。
 もちろん、専門医からの処方箋があったり、すでに局の魔導師になっていたりすれば、未成年者でもその種の薬は普通に入手が可能なのですが……当局の方針としては『未成年者として社会的に保護されているうちに、「通常レベルの」人生の苦労はひととおり体験しておいてほしい』ということなのでしょう。
 しかしながら、法律上の「性交許可年齢」は15歳であり、二年間のギャップがあるため、どの管理世界においても毎年、15歳ないし16歳のうちに「望まぬ妊娠」をしてしまう少女たちが必ず一定数、存在しています。
 そのため、『性交許可年齢も17歳に引き上げるべきだ』と主張する人々も昔から一部に存在しているのですが、その一方で、『法律で「個人の自由」をあまりに強く縛りすぎてしまうのも、どうなのか?』という意見も根強く、どの管理世界の中央政府にとっても古来、頭の痛い問題のひとつとなっています。

 また、この排卵抑制剤は、あくまでも「副作用が無いように」造られているため、あまり「強い薬」ではありません。そのため、個人差もかなり大きいのですが、おおよそ十年ほど『毎月、使い続けて』いると、やがて効かなくなって来ます。(←重要)
 そこで、医学的には「せめて八年に一度ぐらいは、服用を半年ほど中断して、何回か生理を経験しておくこと」が推奨(すいしょう)されているのですが……それをサボった結果として「四十を過ぎてから、想定外の妊娠をしてしまう女性」というのも、困ったことに、昔から一定数、存在しています。
 しかし、ミッドでは古来、堕胎(妊娠中絶)は基本的に行なわれていません。
 必ずしも法律で明瞭に禁止されているという訳ではないのですが、社会的には「よほどの事情が無い限り、周囲から非難されても仕方の無い行為」であるものと(ひろ)く認識されています。
 また、新暦の時代になると総人口が減少局面に入ってしまったため、ミッド中央政府の当局も、今ではなおさら積極的に『たとえ公費を()ぎ込んででも、妊娠した女性には(本人の年齢や、本人がその妊娠を望んでいたかどうか、などといった「個々の事情」には関係なく)なるべく普通に出産してもらい、育てられない事情があるのなら、当局が施設に引き取り、最初から公費で孤児として育てる』という政策を取っています。】


 また、12月になると、地球では、美由希(32歳)が、第二子の奏太(そうた)を出産しました。
 たまたま休暇がそろったので、なのはとフェイトとはやては、三人でまた地球を訪れ、美由希に出産祝いを渡しました。
 さらに、三人はその晩、「友だち結成15周年」を祝って、アリサやすずか(24歳)とも会食したのですが、その席で二人から、それぞれに婚約の話を打ち明けられました。
 なのはもフェイトもはやても大喜びで「来年の4月に予定されている、それぞれの結婚式」への出席を約束します。
 しかし、実際には、その約束が果たされることはありませんでした。
 翌81年の2月には、あの〈エクリプス事件〉が始まってしまったからです。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧