魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)
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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
【第3章】SSXの補完、および、後日譚。
【第5節】キャラ設定3: 冥王イクスヴェリア。
前書き
イクスヴェリアは、Vividにも登場しているキャラクターですが、「SSX(StrikerS サウンドステージX)」をきちんと聞いていない人にとっては、『コミックス第2巻の巻末の「キャラクターファイル」を読んだだけでは、今イチよく解らないキャラクターだった』のではないかと思いますので、〈操主の鍵〉を始めとする大量の「独自設定」も含めて、ここでやや詳しく紹介しておきます。
「始まりの世界アルハザード」がこの〈次元世界〉から姿を消して幾百年かが経過した頃、古代初期のベルカ世界では、『アルハザードの遺産を使って先史時代の技術を再現しよう』とする一連の運動が起こりました。
そして、ベルカ諸王国の中でも由緒の正しい、南部州のガレア王国では、アルハザードでは本当に実現されていたと言う「不老不死と死者蘇生」の研究が進められました。幸いにも、ガレア王国には「王家の秘宝」として、とある〈アルハザードの遺産〉が受け継がれていたのです。
それは、凄まじい魔力を秘めた一対の〈エネルギー結晶体〉でした。どちらも「軽く掌に乗るような大きさで、球体から一本の大きく湾曲した角が生えたような形」をしています。
(要するに、地球で言う「勾玉」を、もう少し立体的に膨らませたような形です。)
また、それら二つの〈宝玉〉は、昔から〈赤の欠片〉・〈青の欠片〉と呼びならわされて来ました。〈赤の欠片〉はただ純粋に「莫大な魔力と生命力」を、〈青の欠片〉はそれらを「自在に制御する力」を、各々司っているのだと伝えられています。
それらの〈宝玉〉を「互いに角同士が上手く組み合わさった状態で」魔導師のリンカーコアに結合させることができれば、その魔導師は莫大な魔力と生命力を得て事実上の〈不死者〉となり、さらには、その生命力を他の人々にも「自在に」分け与えることができるようになるはずでした。
(死んだ直後の人間ならば、本当に蘇らせることすらできるかも知れません。)
ですが、実際には、それら二つの〈宝玉〉には「適合者」が全く見つかりませんでした。
『適合率の低い魔導師に無理に結合させても、その魔導師自身が〈宝玉〉の力に耐えきれず、ただ無駄に死んでしまうだけだ』という事実は、すでに実験によって「繰り返し」確認されています。
そして、初めて見つかった「高レベルの適合者」が、王家の末の姫で、当時わずか9歳のイクスヴェリアでした。当時49歳の国王は、心を鬼にして実の娘を実験台にします。
成功すれば、彼の末娘は『傷ついた者たちを際限なく癒し続ける』ことができる「女神のような存在」になるはずでした。
しかし、実験の結果は「半分成功、半分失敗」でした。
すなわち、イクスヴェリア自身は事実上の不老不死を獲得しましたが、彼女はその莫大な生命力を「まだ生きている人間」には全く分け与えることができなかったのです。
彼女にできるのは、ただ「死んで間もない体に〈かりそめの命〉を与えることで、無制限に〈生ける屍〉を造り出すこと」だけでした。
おそらく、二つの〈宝玉〉は彼女のリンカーコアに「一応は」結合したものの、それほど「互いに上手く組み合わさった状態で」結合した訳ではなかったのでしょう。
しかし、適合率が高かったためでしょうか。二つの〈宝玉〉はすでにイクスヴェリアのリンカーコアと強固に結合してしまっており、もはや分離は相当に困難な状況となっていました。
理論上は、彼女を殺しさえすれば自然に分離するはずなのですが、〈宝玉〉の力によって護られたイクスヴェリアは、もう普通の手段では殺すことができません。斬り裂こうが、火で焼こうが、瞬く間に回復してしまうからです。
イクスヴェリア王女は、たとえ彼女自身がそれを強く望んで最大限の努力をしたとしても、もはや「死ぬこと自体ができない存在」と化していたのでした。
それでも、改めてこの実験をやり直すためには、やはり、無理やりにでも一旦、イクスヴェリアのリンカーコアから二つの〈宝玉〉を分離し、回収する以外には手がありません。
そのため、国王は自分の娘が犠牲になることすら覚悟の上で、技術者たちに分離作業の強行を命じました。
しかし、今回の作業もまた「半分成功、半分失敗」に終わりました。
イクスヴェリアのリンカーコアから分離できたのは〈青の欠片〉の方だけで、〈赤の欠片〉の方は、その片割れを強引に分離した「反動」によるものでしょうか。イクスヴェリアのリンカーコアとさらに強固に結びつき、間もなく完全に融合してしまったのです。
当時のベルカ世界の技術力では、もはやどう頑張っても分離は不可能でした。
こうして「死者蘇生」の夢は、はかなく潰え去ったのです。
しかし、国王はそこで気持ちを切り替え、『それならば、せめて娘の「無制限に〈生ける屍〉を造り出す能力」を自在に制御できるようにしよう』と考えて、〈青の欠片〉を「大きな鍵」の形をしたデバイスの中に組み込みました。
結果として、イクスヴェリア王女は、単体では『ただ単に不老不死だ』というだけで、身体的には『成長も老化もせず、永遠に無力な小児のままである』という存在になってしまいました。
ただ、例のデバイスが彼女の身体に直接に触れた時にだけ、『周囲にある、まだ生温かい死体を際限なく〈生ける屍〉へと造り変える』という特殊能力が発動するのです。
それも、彼女の意志とは全く無関係に、自動的に発動するので、「彼女から数千歩以内の距離にある、死後十数時間以内の死体」はすべて、全く無差別に〈生ける屍〉と化してしまうのでした。
やがて、その〈生ける屍〉は〈マリアージュ〉と、そのデバイスは〈操主の鍵〉と呼ばれるようになりました。
なお、一般のマリアージュは、人間の言葉を理解して「操主の鍵を持つ者」の命令に従うことはできるのですが、御世辞にもあまり知能の高い存在では無く、また、人間の言葉を上手くしゃべることもできませんでした。
その意味では、(クアットロたちが「SSX」で語っていたとおり)兵器としてはとても中途半端な代物だったのですが、元々が「兵器にしようと意図して造られた存在」ではなかったのですから、それも仕方の無いことでしょう。
ただ、実験を重ねた結果、『魔導師が死んでも、そのリンカーコアがまだ崩壊を始めていないうちに、素早くその魔導師の体をマリアージュにすれば、そのコアにもまた〈かりそめの命〉が与えられるので、そのマリアージュは或る程度の魔法が使える上に、或る程度の思考判断能力を保持し、普通に言葉を話すこともできる』ということが解りました。
もちろん、あくまでも「或る程度」であって、決して「生前と同じ水準」が保てる訳ではないのですが……後に、こうしたマリアージュは「部隊長」と呼ばれ、一般の「兵卒」とは区別されるようになります。
そして、やがて、各地で地域紛争が起きるようになると、国王は早速、イクスヴェリアを実戦に投入しました。
夜更けを待って、イクスヴェリアを密かに反乱軍の陣地の近くにまで連れて行き、例の能力を発動させます。
すると、たちまち、敵陣の中に設営された野戦病院から〈生ける屍〉たちが溢れ出し、反乱軍の兵士らを無差別に襲い始めました。
個々のマリアージュは、当時はまだ「それ自体としては」大した戦闘力を持ってはいませんでしたが、それでも、その心理的な効果は絶大でした。「すでに死んだはずの戦友」にいきなり襲いかかられて、咄嗟に正しい行動を取ることのできる兵士など滅多にいません。
反乱軍は文字どおり一夜にして全滅し、これに気をよくした国王は、さらに「イクスヴェリアの実戦への投入」を続けます。
国王は次第に、実の娘を「ただの兵器」として扱うようになって行きました。
『一度に大量のマリアージュを造ると、イクスヴェリアはその後、長い眠りに就いてしまう』ということが解ったのは、それからしばらく経った後のことでした。
必要な「休眠時間」は、当然ながら、造ったマリアージュの「人数」におおむね比例します。
〈操主の鍵〉を彼女の身体に直に触れさせれば、〈休眠期間〉の途中でも叩き起こすこと自体は簡単にできるのですが、決して『それによって、必要な「休眠時間」それ自体が減る』という訳ではないので、彼女の「休眠時間の不足分」はそのまま先送りにされ、次の〈休眠期間〉に「利子をつけて」加算されていきます。
いつしか、イクスヴェリアは『しばしば眠りの途中で起こされては、また大量のマリアージュを造らされて、それからしばらくは普通に暮らした後、また年単位の眠りに就く』という作業を繰り返すようになっていきました。
イクスヴェリアが初めて「十年を超える眠り」を経験し、再び目覚めさせられた時、周囲の状況は眠りに着く前とは随分と変わってしまっていました。
寝台に腰かけたまま両脚を床に下ろすと、少しボケ始めた様子の老人が彼女の前にひざまずき、その脚にすがりついて泣き始めます。
「……赦してくれ……赦してくれ……」
人目もはばからずに泣きながら、ただその言葉ばかりを繰り返す「見るも哀れな老人」が、実は自分の父親なのだと気がつくまでには、しばらくの時間がかかりました。
「陛下は、お妃様が亡くなられてから急速に老けこみ、先日ついに『良心の呵責』に耐えかねて、このようになってしまわれたのです」
これまた随分と老けこんだ様子の侍従長が、涙ながらに彼女にこう訴えます。
「父君へのお怒りはごもっともですが、陛下はもう長くはありません。どうか……嘘でも構いませんから……ただ一言、『赦す』と言ってあげて下さい」
正直に言えば、イクスヴェリアの中にも、自分を「兵器あつかい」した父親を怨む気持ちはありました。昔のままの表情で、ただ単に『赦せ』と言われただけならば、『何を今さら』と反発したかも知れませんが……彼女は元々、心根の優しい少女です。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった老人の顔を見ていると、イクスヴェリアはもう、その哀れな老人にことさら鞭を打つ気にはなれませんでした。
彼女は侍従長の訴えを聞き容れ、その老人の白髪を優しく撫でさすります。
「私はあなたの罪を赦します。あなたはもう充分に苦しんだのですから」
すると、老王は喜びのあまり、何を言っているのか誰にも聞き取れないような奇声を上げて、その場に泣き崩れました。そのまま意識を失って、担架で寝室へと運ばれて行きます。
そして、それから一度も目を覚まさぬまま、老王は翌朝、静かに息を引き取りました。
その死に顔は、その罪深さにもかかわらず、驚くほどに穏やかな笑顔だったそうです。
イクスヴェリアには、その時点ですでに40代となっていた兄が二人いましたが、当初の予定どおりに上の兄が王位を継ぎ、下の兄はみずから臣籍に降って新たに「大公家」を名乗りました。
上の兄は少々体が悪く、それでも、すでに立派な息子たちがいたので、下の兄は無用の争いを避けるために、あらかじめ王位継承権を放棄しておいたのです。
しかし、戦乱は次第に激しさを増し、兄王が病死した頃、その息子たちも思いがけず、みな次々に戦場で命を落としてしまいました。
ガレア王国の「建国以来の不文律」によれば、たとえ王家の生まれでも、一度「別の苗字」を名乗った人物やその子孫には、もう基本的に王位継承権はありません。つまり、他の王家に嫁いだ姉の子供たちや「大公家」の人たちには、原則としてもう王位を継ぐことはできないのです。
気がつけば、「王家の苗字」を持つ「正統な王位継承権の保持者」は、もうイクスヴェリア王女ただ一人となっていました。
もちろん、不文律はあくまでも不文律でしかないので、『新たに「成文法」を作って王位継承のルールそのものを変えてしまう』という手もあったのですが、「大公」は別の手段を講じました。
すなわち、『不老不死のイクスヴェリア王女を「永遠の王」として即位させ、自分はあくまでも「大公」として、その王を補佐する』という形式を取ったのです。
それは、選んで悪く言えば『実の妹を傀儡にして、自分が国家の実権を握る』ということでもあったのですが、9歳児のままで時間が止まってしまっているイクスヴェリアには、そうした「大人たちの政治的な思惑」に抗う術などありませんでした。
こうして、今までは秘密にされて来た彼女の能力も部分的に公開され、彼女は『不死なる永遠の王、〈冥府の炎王〉イクスヴェリア』として、その名を広く世に知られることとなったのです。
一方、〈操主の鍵〉の改良を通じて、マリアージュにも改良が加えられ、武装化や自爆の能力が与えられました。
さらには、「とてもレベルの高い魔導師」をマリアージュにすれば、そのリンカーコアには「かなり限定された形で」ではありますが、「冥王の能力」それ自体を分け与えることもできるようになりました。
具体的に言えば、その「元魔導師」は事実上の不死者となり、マリアージュをも「一日あたり一体ずつ」でしかありませんが、冥王がその場にいなくても〈操主の鍵〉さえあれば、累計としてはほとんど際限なく造り出せるようになるのです。
そうした特別なマリアージュは、「部隊長」の上位互換として「軍団長」と呼ばれるようになりました。
【さて、「SSX」における、イクスヴェリアや〈マリアージュ〉や、その「操主」や「軍団長」などに関する描写をすべて正当化しようとしたら、以上のような、かなり複雑な設定になってしまいました。
ここでは、『あの軍団長は記憶がかなり混乱していたが、実は、彼女は「操主トレディアには、自分たちをイクスヴェリアの許へ連れてゆく気が無いのだ」と早合点し、逆上して彼を殺害した後、〈操主の鍵〉を自分の体内に取り込んだまま、(操主殺害のショックで)それを忘れてしまっていたのだ』という「解釈」をしておきます。
なお、「SSX」には、マリアージュに関して『自己増殖兵器?』といったセリフもあるのですが、『すべてのマリアージュに「死者をマリアージュにする能力」がある』という設定にすると、話があまりにも「ゾンビ映画」っぽくなってしまうので、この作品では『その能力は「軍団長」だけが持っている』という設定にしておきました。
また、「ルネッサ・マグナス」は『軍団長の能力の「量的な限界」については、トレディアから正しく知らされてはいなかった』という「解釈」で行きます。】
また、それに合わせて(?)イクスヴェリアの方にも、やがて変化が現れました。
眠りに就いてしばらくすると、意識だけが覚醒し、眠り続ける身体から〈意識体〉を切り離して自由に動き回らせることができるようになったのです。
(俗に云う「霊体離脱」のようなものでしょうか。)
もちろん、ただの〈意識体〉なので、その姿は普通の人には視えません。また、壁や床や天井も自由に通り抜けることができます。
最初のうちは、イクスヴェリアも(精神的には、まだ9歳児のままなので)面白がって城の中のあちこちを覗いて回り、人々の話に耳を傾けたりもしていたのですが、何かしら霊感のある者にはイクスヴェリアの姿が「それとなく」視えてしまうらしく、やがて『ガレアの王城には小児の幽霊が出る』ともっぱらの噂になってしまいました。
そこで、イクスヴェリアは王都の中心に位置する王城を離れ、周囲の市街地へと繰り出すようになりました。
一般庶民にとってはごく当たり前の生活風景も、イクスヴェリアにとっては、とても興味深いものばかりです。
そして、また何か月かして、街角の散策にも慣れて来ると、彼女はさらに『王都の外に住んでいる人たちは、どんな暮らしをしているのかしら?』などと考えるようになりました。
ですが、何度試してみても王都の外にまでは出られません。どうやら、自分の身体からは、せいぜい数千歩しか離れることができないようです。
しかし、イクスヴェリアはやがて『自分と「波長」の合う者にならば「憑依」することができ、そうやって誰かの身体に宿ってさえいれば、自分の身体から遠く離れた場所へも普通に行くことができる』ということに気が付きました。
憑依している間は、宿主と五感を完全に共有することができ、多少ならば記憶や感情を読み取ることもできるのですが、宿主の方は自分が憑依されていることには全く気がつきませんし、イクスヴェリアの方も宿主の意識や身体にまで働きかけることは全くできません。
また、『宿主の身体から少しでも離れると、即座に憑依が解け、瞬時にして自分の身体の許へと引き戻されてしまう』というのが難点でしたが、逆に言えば、飽きたらいつでも自由に帰って来ることができるのです。
イクスヴェリアは好んで交易商人や吟遊詩人などに憑依し、諸国を巡りつつ、努めて見聞を拡げてゆくようになりました。
無論、それも元々はただ単に「小児らしい好奇心」に基づいた行為でしかなかったのですが、そうした見聞によるさまざまな知識は、結果として彼女の「王としての資質」を次第に高めてゆくことにもつながっていったのです。
【なお、Vividのコミックス第13巻には、『クラウス殿下のことは存じ上げていました』みたいな感じの、イクスヴェリアのセリフ(?)があるのですが……。
私はそれを見て、『ただ「人づてに覇王クラウスのことを聞いたことがある」というだけでは、こういう表現にはならないのでは? もしかすると、イクスヴェリアは、実際に生前のクラウスに(殿下と呼んでいるからには、王位を継承する以前のクラウスに)会ったことがあるのでは?』と思いました。
しかし、〈冥王〉本人が実際にシュトゥラを訪問していたのなら、時期的に考えて『エレミアの手記』にもその旨が「特筆」されていたはずです。
そこで、私は上記のような設定を組んでみました。
以下、この作品では、『イクスヴェリアは昔、誰かに憑依した形でシュトゥラの王都を訪れて、クラウスやオリヴィエらの姿を間近に見たことがあった。直接に話をする機会は無かったが、周囲の人々からは二人に関する話もいろいろ聞いて来た』という設定で行きます。】
ですが、そうした諸国巡回の旅は、〈操主の鍵〉による「強制覚醒」によってしばしば中断させられました。身体が覚醒すると、意識体は自動的に彼女自身の、本来の身体の中へと引き戻されてしまうのです。
ふと気がつけば、いつしか下の兄も他界しており、その息子が「大公」の位を世襲して、国の実権を握っていました。
また気がつけば、その甥もいつしか他界しており、今度は三代目の「大公」が国を動かしていました。
そして、ちょうどその頃から、古代ベルカではいよいよ「世界規模での戦乱」が始まり、やがて〈冥王イクスヴェリア〉の名はベルカ全土に轟き渡るようになりました。
イクスヴェリアが不老不死の体になってから、およそ70年の歳月が流れ去った頃のことです。
その後、古代ベルカでは、イクスヴェリアの〈休眠期間〉は一度も正しく消化されることなく、「利子」も膨れ上がって、必要な休眠期間は溜まりに溜まって行きました。
そうして、「第一戦乱期」も終わり、「第一中間期」も終わり、「第二戦乱期」も終わり、「第二中間期」も終わり……今となっては、イクスヴェリア自身にも『自分に必要な〈休眠期間〉があとどれぐらい残っているのか、もう見当もつかない』といった状況です。
〈聖王戦争〉の初期には、何年間も目を覚ましたまま、忠実なる「女騎士ヴァロザミア」とともに「西の離宮」で暮らしていたこともあったはずなのですが……イクスヴェリアは何故か、その頃のことを今ではもうよく覚えていません。(←重要)
その後も、イクスヴェリアは数年おきに目を覚まし、一度は「戦場で斃れたヴァロザミアを、本人の強い希望により、マリアージュの〈軍団長〉にしたこと」もあったのですが、オリヴィエが〈ゆりかご〉に乗る直前に、イクスヴェリアは再び二十年余に及ぶ長い眠りに就いてしまいました。
次に目を覚ました時には、「最後の地上の聖王」アルテアもすでに崩御しており、人々はみな、我勝ちにベルカ世界からの脱出を始めていました。
(この時点で、彼女が不老不死の体になってから、すでに八百年余の歳月が流れ去っています。)
イクスヴェリアの「下の兄の、遠い子孫」である33代目の大公は、涙ながらに彼女にこう語りました。
『私は、この世界と「運命」を共にします。私には、他の国の王たちと同様、「国家の統治者」として、その責任があるからです。
ですが、あなたには、そのような責任はありません。あなたは、ただ「歴代の大公」を始めとする為政者たちの都合で、いいように働かされていただけなのですから。
残念ながら、今のベルカの技術力では、あなたにかけられた「不老不死の呪い」を解くことができません。ですから、もしもこのベルカに留まり続けたら、あなたはやがて「死に絶えた世界」の中で、たった一人で永遠に、ただ無為に生き続けなければならなくなってしまいます。
ですから……あなたにもいろいろと思うところはあるでしょうが……どうか、ここは耐えがたきを耐えて、一旦は別の世界へと落ち延びてください。そうすれば、いつの日か、その呪いの解ける日が来ないとも限らないのですから』
それは、あえて悪く受け取るならば、『落ち延びたからと言って、呪いが解けるとは限らない』という言い方でしたが、冷静に考えれば、確かにそのとおりなのでしょう。
問題は行く先ですが……。
イクスヴェリアは昔、フランカルディ家(ミッドチルダ総督家)の人々が、しばらく国賓としてガレアの王宮に滞在していた折りに、彼等からミッド語を学んだことがありました。今でも、日常会話ぐらいなら、何とかなりそうです。
そうした言語の問題を考えると、ミッド以外の世界に行くのは、あまり得策とは思えません。
しかし、問題は、『冥王イクスヴェリアのことをよく知る者たちが多く住んでいる土地に、冥王本人が住み着いたのでは、その人々をただ徒に怯えさせてしまうだろう』ということでした。
また、もうひとつの問題は、『今や「最後のマリアージュ」となった〈軍団長ヴァロザミア〉をどうするか』ということでした。
冷静に考えれば、このまま「滅びゆくベルカ世界」に放置してゆくべきなのでしょう。
しかし、彼女はもはや、イクスヴェリアと同様に「不死の存在」です。
イクスヴェリアの「不可侵の肉体」とは違って、彼女の体を破壊することは(充分な破壊力さえあれば)可能でしたが、それでも、敵から「意図的な破壊」を受けない限り、彼女はもう(イクスヴェリアと同じく)自然に死ぬことはできないのです。
大公の言うとおり、『死に絶えた世界の中で、たった一人で永遠に、ただ無為に生き続ける』というのは、もう考えるだけでも恐ろしいことでした。
時に、古代ベルカ歴1041年、ミッド旧暦282年。(新暦では前258年。)
結局のところ、イクスヴェリアは、大公の一人息子フォルクハルトとその侍女マティルダとマリアージュの軍団長ヴァロザミアの三人だけを連れて、〈操主の鍵〉とともに、王家所有の小型艇でひっそりとベルカ世界を離れることにしました。
しかし、まずは充分な量の物理燃料を補給するために、「聖王の都」に隣接した巨大次元港へと向かいます。
その次元港で、イクスヴェリアは補給作業が終わるまでの間、しばらく一人で周囲をぶらぶらと見て回ったのですが、その港からは毎日毎日一万を超える数の人々が移民船に乗り込み、泣く泣く故郷を後にしているという話でした。
見たところ、ごく一部の王侯貴族は自分たち専用の次元航行船を所有していましたが、大多数の一般人は公共の移民船で、現地に到着するまで薬で眠らされ、わずかな量の手荷物とともに丸太のようにぎっしりとその船内に積み込まれているようです。
それは、ほとんど人間あつかいを受けていない、見るも哀れな姿でした。
『故郷を喪失する』というのは、かくも惨めなことなのです。
【なお、イクスヴェリアはそこで、一人きりで身分を隠したまま移民しようとしていたハインツの姿を見かけ、自分の正体に気づかれぬよう、親の迎えを待っている小児の振りをしながら、少しばかり彼と話をして来たりもしたのですが……それは、また全く別のお話です。】
イクスヴェリアたち一行は少し遠回りになりますが、まずはドナリムとバラガンドスを経由してオルセアに立ち寄り、その中央大陸の南方に拡がる無人の密林地帯を選んで、軍団長ヴァロザミアを深く眠らせて誰にも見つからぬよう地中に埋め、そこからだいぶ離れたところに〈操主の鍵〉をも埋めて行きました。
後に、ミゼット・クローベルは『心は水、体は器のようなモノ』と述べましたが、やはり、人間の意識のあり方は「ある程度まで」体のあり方によって規定されているのでしょう。
実のところ、イクスヴェリアの「感性」は、まだ肉体と同様に9歳児のままでした。
だからこそ、幼い彼女には「今までずっと自分に尽くしてくれたヴァロザミア」を殺すことなどとてもできなかったのです。
後の時代に、この甘さが〈マリアージュ事件〉につながる結果となってしまうのですが、それを理由にして、この時点での彼女の行動を非難するのは、9歳児に対してあまりにも酷というものでしょう。
【もちろん、この時点では、『後に、この世界で惑星全体規模の内戦が起きて、その密林地帯までもが戦場となり、「ヴァロザミア」と〈操主の鍵〉が、偶然にも同じ人物によって立て続けに発掘されてしまう』などとは、イクスヴェリアたちには予想できるはずもありませんでした。】
その後、イクスヴェリアは一旦、カプセルに入って何十日かの「短い」眠りに就き、小型艇は、そこからまたバラガンドス経由でミッドチルダに向かいました。
大公の息子フォルクハルトは、『冥王陛下がただそこに眠っているというだけでも、「冥王の過去の所業」をよく知る者たちは「彼女の存在」それ自体に怯えてしまうだろう』と考えて、多くのベルカ人の移住先である北方の土地をわざと避け、いろいろと吟味した末に、ミッドの内海の北岸部に拡がる無人の土地の一郭を「冥王の寝所」に選びます。
そこは、東西に何十キロメートルにも亘って続く長大な絶壁の、中央よりもだいぶ東に寄った場所でした。絶壁の傾斜角はほとんど75度に達しており、「下の砂浜」と「上の高台」との高低差も20メートルを少し超えています。
そして、そこには「玉座に腰かけた姿の巨大な女神の像」がそびえ立っていました。岩壁を掘り抜いて削り出された「継ぎ目なしの一枚岩の神像」です。
それは、ミッドの旧き「海の女神」マレスカルダの御姿を模したモノと伝えられていました。玉座に座っていてもなお、足下から頭頂までは20メートルちかくもあり、また、玉座の正面、女神像の両足の間には、砂浜よりも幾段か高くされた石畳の床の上に「両開きの大きな扉」があります。
その「扉」を開けて「広間」の奥へ進むと、女神像の背後には、絶壁の奥を掘り抜いて造られた「昇り階段」が、途中に「四つの踊り場」を挟みながらも、一直線に「上の高台」にまで続いていました。その階段を昇り切ると、海を見下ろす高台に建てられた「小さな社」の中へと出られる形です。
また、個々の踊り場には左右に扉があり、それなりに長い通路で個々の部屋へとつながっていました。小さな部屋は倉庫の類、大きな部屋は礼拝所の類でしょうか。
なお、下から三番目の踊り場の左右にある「倉庫」には、それぞれ奥の方に「隠し扉」があり、共通の「隠し部屋」へとつながっています。
それらは、すべて合わせて、一個の「地下神殿」と呼んで良いほどの代物でした。
ただし、実際には、今も急速に進行中の海面上昇によって、その砂浜も漁村も地下神殿への扉もすでに水没しています。近隣の住民たちも、すでに遠方への移転を余儀なくされており、その神殿の中からも、めぼしいモノはすべて(おそらくは、住民の移転先にある新たな神殿へと)持ち去られていました。
今や、この地下神殿は、ただの「遺跡」なのです。
なお、現地の政府筋の話では、『この女神像もいずれは頭頂まで水没するだろうが、海面上昇はおおよそその辺りで止まり、海水も「上の高台」にまでは届かないはずだ』とのことでした。
それを聞いたフォルクハルトは、祖国から持ち出した財産を使ってその女神像の背後にある高台の土地を購入し、水没した「扉」を完全に塞いだ上で、「広間」に侵入した海水もすべて排水し、さらには、文化遺産保護の名目で高台の上に「巨大な倉庫」のような建物を建てて「小さな社」全体を包み込み、外部からは「地下神殿からの出口」が全く見えない形にします。
その上で、フォルクハルトとマティルダは「冥王専用の、長期休眠用のカプセル」を小型艇から降ろし、例の階段の三番目の踊り場の脇にある「倉庫」を経由して、その奥にある「隠し部屋」にそのカプセルを安置しました。
やがて、全く計算どおりに、イクスヴェリアは一旦、数時間だけ目を覚まします。それは、彼女が長期休眠に入る直前の「お定まりの行動パターン」でした。
そこで、フォルクハルトはイクスヴェリアに、この場所について手早く一連の説明をした上で、さらにこう続けました。
「私の父からもお聞きのとおり、魔導技師たちによると、陛下の休眠期間はまだ300年、ないし400年ほど残っております。おそらくは、あと350年ほどで、陛下は『完全な目覚め』を迎えることとなるでしょう」
【なお、これは新暦で前258年の出来事です。】
「私は、この部屋の扉にも社の扉にも、内側からしか開けられないように細工をしておきます。いずれ、社のすぐ外に直通の通話機を設置いたしますので、『完全な目覚め』を迎えられましたら、失礼ながら御自分の脚であちらの階段を昇り、社の外に出て通話機で御連絡ください。その時には、自分の遠い子孫が、必ずや陛下をお迎えに上がります」
「解りました。今まで、よく仕えてくれましたね。礼を言いますよ」
「もったいない御言葉です」
「それで、あなたたちは、これから一体どうするつもりなのですか?」
「さすがに300年以上もの時間を、ただじっと待ち続ける訳には行きませんが……幸いにも祖国から持ち出した財産には、まだ随分と余裕がありますので、これを元手として……社の周辺の土地を私有地として維持してゆくためにも、私は名前を変えて商人となり、このミッドチルダでそれなりの地位と財産を築きたいと考えております」
そう言って、フォルクハルトは自分なりに考えた偽名をイクスヴェリアに告げます。
「ですから、その時には、この苗字を受け継いだ者が必ずやあなたをお迎えに上がります。どうぞ安心してお休みください」
それを聞くと、イクスヴェリアも安心して、またカプセルの中に戻り、とてもとても長い眠りに就いたのでした。
【やがて、海面の上昇により、この地下神殿は「海底神殿」と化しました。しかし、その時点ではまだ『百年あまり後に、この海底神殿の西方に「新首都クラナガン」が築かれることになる』などとは、誰にも予想はできなかったのです。】
その後、フォルクハルトとマティルダは身分の差を超えて結ばれ、二人の子孫はミッドで商人として相当な地位と財産を築きました。
しかし、結局のところ、イクスヴェリアとフォルクハルトとの約束が果たされることはありませんでした。
時は流れて、新暦51年。経済恐慌で窮地に陥ったその子孫たちは、遠い祖先から受け継がれた崇高な使命を忘れ、例の社が建つ土地の「大半」を建設業者たちに売り払い、金に換えてしまったのです。
その土地とその西隣の土地は、後に合わせて整備され、そこにはやがて「マリンガーデン」ビルが建設されたのでした。
そして、新暦78年6月。
「軍団長ヴァロザミア」と〈操主の鍵〉の接近によって、イクスヴェリアは「予定外の目覚め」を迎えてしまいました。
(ええっと……。扉を開けて、階段を昇って……それから、どうするんだったっけ?)
イクスヴェリアはまだかなり寝ぼけた状態のまま、カプセルを開け、自分の脚で立ち上がりました。長く眠りすぎていたためでしょうか、少し足がふらつきます。
随分と広い「隠し部屋」の正面の(南側の)壁には左右に一つずつ扉がありました。イクスヴェリアは何も考えずに、右側の(西側の)扉に向かいます。
(もし、ここで左側を選んでいれば、あんな状況には陥らずに済んでいたのでしょうか。いや。あるいは、もっとヒドい状況に陥っていたのかも知れません。)
倉庫を通り抜けると、目の前の通路にはやや手前に右折路があり、もっと奥で突き当たって左折路になっていました。
その左折路に入っていれば、すぐにも「三番目の踊り場」に辿り着けていたはずなのですが、イクスヴェリアはまるで何かに惹き寄せられるようにして、手前の右折路に入ってしまいます。
イクスヴェリアは、その右折路だけが『床も壁も天井も妙に真新しい』ということにすら気づかぬまま、突き当たりの(ほんの数段しかない)階段をふらふらと昇り、いささか立て付けの悪い「鉄の扉」を押し開けました。
(鍵がかかっていなかったのは、全くもって保安担当者の怠慢と言うより他にはありません。)
その時点では、イクスヴェリア自身もまだ気がついてはいませんでしたが、そこはすでに「マリンガーデン」ビルの中でした。地下二階の、普段は人間の立ち入らないパイプスペースです。
イクスヴェリアが暗がりの中、しばらく保守点検用の通路を進み、また一つ扉を開けると、唐突に明るい場所に(普段から客やスタッフの往来する通路に)出ました。
(え? ……ここ、どこ?)
その時になって、イクスヴェリアはようやく『自分は何処かで順路を間違えたのだ』ということに気がつきました。しかし、来た道を戻ろうにも、パイプスペースへの扉には、いつの間にかオートロックがかかっています。
イクスヴェリアは仕方なく、さらに西側へと歩を進め……そして、やがて救助活動中のスバルと出逢ったのでした。
(ビル所有者の立場から言えば、『すぐ西隣に「地下神殿」があると知って、観光資源になるかもと思い、試しに通路をつなげてみたが、予想外にショボい代物だったので、そのまま閉鎖してしまった』という状況です。)
【これ以降の具体的な描写は、「SSX」を御参照ください。また、スバルとの会話の内容に関しては、『イクスヴェリアはあの時点で、まだ少し寝ぼけていた』ということで処理させていただきたいと思います。】
その後、スバルはイクスヴェリアを保護してマリアージュどもと戦い、最後は「軍団長ヴァロザミア」をも斃した後、ティアナの助力を得て、炎上する「マリンガーデン」からイクスヴェリアとともに無事、脱出を遂げました。
こうして、新暦78年の夏に〈マリアージュ事件〉が終わった後、イクスヴェリアは再び何十日かの眠りに就き、その間に、彼女の体は「海上隔離施設」から「聖王教会本部」へと移送されました。
それからしばらくして、イクスヴェリアがまた、ほんの半日だけ目を覚ました時には、彼女は教会の人々から問われるままに、上に述べたような「冥王の真実」について語り、急ぎ駆けつけてくれたスバルとも話をして、さらにヴィヴィオとも通話をして「お友だち」になりました。
そして、その直後に、イクスヴェリアはまた「いつ覚めるとも知れぬ」永い眠りに就いたのですが、何日かして、教会本部の特別室のベッドの上で、また意識だけが覚醒しました。
しかし、ベルカとミッドでは「何か」が違うのか。あるいは、近くに〈操主の鍵〉が無いからなのか。それとも、単なる経年劣化の類なのか。
理由はよく解りませんでしたが、とにかく、ミッドではイクスヴェリアの〈意識体〉は肉体からほんの二~三メートルしか離れることができませんでした。
【実は、地下神殿の中でも、ずっとそうでした。例の「隠し部屋」から一歩も出ることができず、誰とも出会えないので、イクスヴェリアは仕方なく〈意識体〉としても330年あまりの間、ずっと眠り続けていました。スバルに助け出されるまで「ミッドの空」をよく見たことが無かったのも、そのせいです。】
スバルやヴィヴィオたちはしばしばイクスヴェリアの部屋まで見舞いに来てくれましたが、彼女らの目にも、シスターたちの目にも、イクスヴェリアの〈意識体〉は映りませんでした。
また、世界が違うからなのか、もう時代が違うからなのか。イクスヴェリアの〈意識体〉が憑依できそうな「波長」の合う人間も全く見つかりません。
そんな厳しい状況の中で、彼女が「小さな分身」を出せるようになったのは、翌79年の8月のことでした。
【以下は、本文を御参照ください。】
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