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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第176話:許して進む

 クリスが北上邸へと赴いている頃、透は1人駅の中に併設された喫茶店で人を待っていた。

 約束の時間よりも早くに辿り着き、一足先に注文したコーヒーをチビチビ飲みながら待つ事数分。店の扉が開きドアベルが鳴ったのでそちらに透が目を向けると、そこには待ち人であるソーニャとステファンの2人が入って来たのが見えた。2人の姿に透は笑みを浮かべて手を上げ、彼に気付いた2人も足早に近付いて来た。

「オッス! 透ッ!」
「ごめんなさい透。待たせちゃった?」
〔大丈夫。そんなに待ってないよ〕

 元気よく挨拶してきたステファンに対し、ソーニャはそんな弟を軽く諫めながら透を待たせてしまった事を詫びる。それに対して透は気にしていない事を告げると、2人にも座る様促し店員を呼んだ。と言っても彼自身は口が利けないので、手を上げて店員に注文の意思がある事を伝える事しか出来ないが。

「ご注文はお決まりですか?」
「あ、私はコーヒーを」
「俺、オレンジジュース」
〔コーヒーのお代わりを〕
「畏まりました。少々お待ちください」

 3人が注文をして暫く、飲み物だけだったので数分と待たずやってきた物を口にしソーニャとステファンは一息つく。

「ふぅ……平和ね、こっちは」
「ホントホント。内戦の無い国って、本当に新鮮だよ。出来ればずっと居たいけど……そうもいかねえからな」
〔そっちはどう? あれから、何か変化とか起こってない?〕

 訊ねはするが、心配は杞憂だろうと透自身理解していた。バルベルデの内戦を裏から煽っていたパヴァリア光明結社はその目的を果たし、既に撤退している。技術などの供与を行っていた結社が居なくなり、また直接内戦を先導していた大統領が消えた今、バルベルデ国内で新たな内戦が起こる事はないだろう。今なら国連軍だけで鎮圧も可能だろうし、何より内戦を再び起こすだけの体力もあるまい。

 その予想は正しく、ソーニャは優しい笑みを浮かべながら答えた。

「大丈夫よ。復興は大変だけど、内戦が起きてた頃に比べればずっとマシ。少なくともいきなり銃弾や爆弾が飛んでくる事はないしね」
〔ステファンが助けようとしたあの子は?〕
「元気だぜ。家族も無事だったみたいで、今は元気にやってる」

 2人のその答えに、世の中が少し平和になった事を実感し透は安堵の溜め息を吐く。だがその溜め息と裏腹に、彼の顔には隠し切れない影が掛かっているのをソーニャは見逃さなかった。
 その理由に今はこの場に居ない少女が関わっている事は間違いないと、ソーニャは一度コーヒーで唇を湿らせると笑みを引っ込め真剣な表情で問い掛けた。

「……そっちは、まだクリスとは?」

 ソーニャからの問い掛けに透は静かに息を呑み、そして目を伏せると小さく頷いた。そして手元のメモ帳にペンを走らせ、その胸の内を彼女に明かした。

〔僕は、またクリスを怖がらせた。クリスに酷い事をした。もう絶対、クリスにそんな事はしないって誓ったのに、あの時はクリスに酷い事をさせたくなくて、咄嗟に〕
「また?」

 ソーニャは透が虐められているクリスを見て怒った時の事を知らない。だから彼が”また”と述べた理由が分からず思わず聞き返した。その様子に透は、自分が過去に何をしたのかを2人に告げた。

〔まだ小さかった頃、クリスが虐められてる場面に出くわして〕

〔それを見て僕、思わずカッとなってその子達に暴力を振るっちゃったんだ〕

〔それでクリスを怖がらせちゃって、彼女の心を傷付けた〕

〔だから僕はもう、怒らないって決めたんだ。僕が怒ると、周りの人を傷付けちゃう。それなら僕は怒りを捨てる。僕1人が傷付いて皆が、クリスが笑顔で居られるならそれでいいから〕

 恐ろしい程の壮絶な自己犠牲の精神。それを事もあろうに幼い時分で形成した事が信じられず、ソーニャもステファンも思わず言葉を失った。
 それは果たしてどれ程の覚悟だっただろうか。自分の記憶が確かなら、透がバルベルデで捕虜になったのは彼が僅か10歳前後の頃。それ以前に、彼は大人である自分顔負けの覚悟を胸に自己犠牲の精神を宿して生きてきたのだ。その精神力は驚愕に値するとソーニャは恐怖に近い感情を感じた。

 が、それが結局はクリスを傷付ける原因となってしまったのは何たる皮肉か。透は、何をしてもクリスの事を傷付けてしまう自分が情けなくて思わず自嘲の笑みを浮かべた。

〔僕、ダメな男だね。何をしてもクリスを傷付けちゃうんだから。彼女をこれ以上傷付けるくらいなら、いっその事このまま――〕

 クリスが幸せになってくれるならそれだけで構わないと、透は彼女の前から姿を消す事さえ考え出す。だがそれを引き留めたのは、子供の頃の彼を良く知るソーニャ…………ではなく、彼女の弟であるステファンだった。ステファンは透がメモ帳に全てを書き切る前に、彼が書こうとしている内容を察すると勢いよく立ち上がり掴みかかってそれ以上書くのを止めさせた。

「そんなの可笑しいだろッ! 何だってそこまでしなくちゃいけないんだよッ!」
「ステファン、落ち着いてッ!」

 突然大声を張り上げたステファンに、店内の他の客は何事かと彼らの居るテーブルに目を向ける。このままだと他の客にも店にも迷惑が掛かると、ソーニャは弟を宥めて椅子に座らせた。ステファンはまだ感情が収まらないのか何か言いたそうにしていたが、姉が傍に居る手前あまり暴れる事も出来ないからか不服そうに唸りながら座り直す。

 弟が取り合えず大人しくなったのを見て、ソーニャはそっと小さく息を吐く。他の客が居る中でいきなり大声を上げる事は決して褒められた事では無いが、しかしステファンの行動でソーニャの頭も冷静に物事を考えられるようになった。その冷静になった頭で、彼女は今度は透のその考えを諫めた。

「ねぇ透? 仮にだけど、クリスの前からあなたが居なくなって、あの子が笑顔で居られると思う?」

 ソーニャからの問いに、透は口も利けないのに何かを言い淀む様に口をもごもごと動かす。それだけで、彼も本当は分かっている事を2人は理解した。

 本当は透も、自分がクリスから離れる事は逆効果でしかない事を理解している。だが迷いに迷って、これまでの人生で積み重なって来た彼の心の傷は、彼にそんな判断をさせてしまう程に彼自身を苛んでいたのだ。行き過ぎた自己犠牲の弊害とも言えよう。

 透が自分で気付けないのなら、自分達がそれに気付かせる。それが嘗て助ける事が出来ず過酷な運命を背負わせてしまった事への報いであり、そして掛け替えのない弟を助けられた事に対する恩返しであるとソーニャは考えていた。

「よく聞いて、透。クリスが本当に傷付いたのは、あなたがあの男を守ったからでも彼女の事を叩いたからでもない。あなたが1人で勝手に全てを背負い込んで、それをクリスに触れさせないように離れたからよ。少なくとも私はそう思うわ」
「!?」

 それは今までの透の生き方を全力で否定する様な言葉であった。クリスを傷付けないようにしてきた事が結果的にクリスを傷付けた。透自身それは理解しているが、その根本となる部分を彼自身が履き違えていたのだ。
 驚愕に目を見開き固まる透に、ソーニャは更に言葉を続けた。長い年月で曇った彼の目を覚まさせる為に。

「確かにあなたは今までクリスの事を守って来たのかもしれない。でも透、あなたはとても大事な事を忘れてる。クリスを守ろうとしてあなた自身が傷付いた事に対して、あの子がどう思って来たのか。それを想像した事、ある?」

 ソーニャからの言葉に透は愕然となり、項垂れると力無く首を左右に振った。取るは今までクリスを守る事と己の気持ちを押さえ、難い相手でも許す事に全力を出すあまり、守られた後クリス自身がどう思っているかを考えた事が無かったのだ。彼にとって、クリスが居てくれる事だけが希望だったから。

「これは私の想像だけど、多分クリスは今まで心の何処かで苦しい思いをしてきた筈よ。傷付くあなたを後ろから見ている事が、辛かったと思う。何より、あなたが自分に弱い所を見せない事に、不安を感じてたんじゃないかしら?」

 弱さを見せない事は強さを表しているのかもしれない。だが同時に、それは相手を完全には信用していない事をも連想させた。勿論透自身はクリスの事を愛し、彼女に全幅の信頼と信用を寄せている。だが肝心のクリスにはそれが完全には伝わっていなかった。
 例え死に掛けようがどうなろうが、透は絶えずクリスの事を気遣い、自分の事を後回しにしてクリスの事を何よりも優先してきた。だがそれが逆に、クリスの事を苦しめていたと言われて透は自分のこれまでの行動が無駄だったと知り涙を流した。

 声も無く静かに涙を零す透。ソーニャはそんな彼に寄り添い、ハンカチで流れる涙を拭いながら優しく話し掛けた。

「透、もうクリスはあなたに守られてばかりの弱い子じゃないわ。前に久し振りに会った時に思った。あの子も強く育ってる。もう子供じゃない。少なくとも、あなたの苦しみを一緒に背負うだけの強さはもう身に着けてる。あなたもそろそろ……自分の事、許してあげたら?」

 ソーニャは話していた漠然と感じていた。自身にとって仇とも言える相手を許した透は、未だに自分自身を許していないのだ。小さかった子供の頃、自分の感情を爆発させ結果クリスを怖がらせてしまった自分を、透は許す事が出来なかった。だから彼は自身に降りかかる苦難の全てを発散させずに背負い続ける。それが彼にとって、自分自身に対する罰だからだ。

 しかしあれから時は流れ、クリス自身はその時の事を忘れてすらいた。もう、透が自分を責め続ける必要は無い。彼はもう十分に咎は受けた。

「そうだよ、透。怒っちゃいけないなんて、そんなの絶対おかしいよ。それにそいつ、クリスの事も傷付けようとした奴らの仲間なんだろ? そんな奴怒られて当然だよ。俺だったら一発ぶん殴ってるね」

 難しい事は子供ながらに理解できていなかったステファンだが、そんな彼でも怒りを封じたと言う透が間違っている事だけは分かった。何より、自分の為ではなくとも誰かの為に怒るのは、それだけその相手を想っている事の証明となる。それを封じる必要など何処にもない。

 ソーニャの優しい言葉をステファンの純粋な言葉が、透の心に降り積もっていた重りを退かし目に掛かっていた靄を晴らしてくれる。迷いが晴れた彼は、先程とは違う涙を流しながらメモ帳にペンを走らせた。

〔2人共……ありがとう。僕、もう一度クリスと話してみる。とりあえずまずは、あの時叩いちゃった事を謝って、それからこれまでの事とかも全部〕

 そうメモ帳に書く透の顔に、もう影は見られない。晴れやかになった彼の表情を見て、ソーニャとステファンの2人ももう大丈夫と顔を見合わせ頷いた。

 場に穏やかな空気が流れたかと思ったその時、突如壁が破裂した。慌てて透がそちらを見れば、そこには壁に穴を開けて入ってくる無数のアルカノイズの姿があった。




 アルカノイズ出現の報は即座に本部にも伝わった。

『第7区域に、アルカノイズの反応を検知ッ! グロウ=メイジは即時対応をッ!』
『響ちゃん達もそちらへ向かっているわッ!』
『避難誘導の要請をお願いします』

 本部からの通信を聞きながら、透は魔法を使ってソーニャ達に避難を促した。この状況で暢気にメモ帳に文字を書いている余裕などない。

〈インディケイト、ナーウ〉
【2人共、早くここから逃げてッ!】
「分かったわッ!」
「頑張れよッ!」

 手を翳せばそこに文字を浮かび上がらせる事が出来る魔法を使い、透は頭で考えた言葉を2人に伝える。透からの警告を受けて、2人を始め他の客達もその場から逃げ出していく。
 アルカノイズはそんな人々を追い詰めるように、伸ばした解剖器官を振り回し壁や天井を破壊していく。

 これ以上好き放題に破壊されると、店が崩れて人々に被害が出る。その前にアルカノイズを全て倒そうと、透はハンドオーサーに右手を翳した。

〈ドライバーオン、ナーウ〉

 本来の姿を現したハンドオーサー。腰に巻かれたそのベルトの、手の平型のバックルを半回転させて向きを変えると透は颯人やガルドが口にする言葉を心の中で唱えた。

 自らの姿を変える魔法の言葉。変身……と。

〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン! チェンジ、ナーウ〉

 グロウ=メイジに変身した透は、愛用の双剣カリヴァイオリンを取り出しアルカノイズの群れへと突撃した。刃を振るう彼の心に、最早迷いはなく彼は次々とアルカノイズを切り伏せていった。

 そんな彼の元に、彼の希望が向かっていた。彼の希望であるクリスが、今正にこの場に向かいつつあった。

 そして同時に…………災厄もまた、まるで虫が光に引き寄せられるようにこの場に近付いていたが、透がその事を知る術はなかった。 
 

 
後書き
と言う訳で第176話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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