魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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AXZ編
第175話:許して忘れる
パヴァリア光明結社が保有している、ホテルに偽装したアジトの一つ。その中の一室にプレラーティは居た。先日の戦いで大きく負傷した彼女は、体のあちこちに包帯を巻かれた状態でベッドの上に横になり、カリオストロの錬金術により傷を癒されながら眠りについていた。
静かに眠るプレラーティを見ながら、しかしカリオストロの目は彼女の事を見ていない。今のカリオストロが考えているのは、先日戦いから帰りプレラーティの負傷をサンジェルマンに報告しようとした際に偶然耳にしてしまったサンジェルマンとアダムの会話だった。
『じゃあ……生贄を使えばいいんじゃないかな?……君が気に掛けている、あの魔法使いを』
『十分に足りる筈さ、祭壇設置の不足分だってね。何せあれ程の力、内に秘めたエネルギーの総量も馬鹿に出来ない。その上目障りな魔法使いも始末できる。一石二鳥だろ?』
『局長……あなたは……!?』
『選択してもらおうか、君の正義を』
物陰から2人の会話を聞いていたサンジェルマンは、そのアダムのやり方に反吐が出そうになった。サンジェルマンが颯人の事を気に掛けているのはカリオストロ達の目にも明らか。そんな彼の事を、サンジェルマンが犠牲に出来るかと言われれば、まず無理だと言う事は容易に想像がつく。
性根は優しく気高い彼女なら、彼を犠牲にするくらいならと自分の身を差し出す筈。そしてカリオストロは、それを理解しつつも認める事は出来なかった。
「プレラーティの修復は?」
カリオストロが1人考えていると、プレラーティの様子を心配してかサンジェルマンが部屋に入って来た。カリオストロは彼女に内心で考えている事がバレたりしないように、努めて普段通りの様子を装って言葉を返した。
「順調よ。時間は少し掛るけど」
カリオストロの答えに、サンジェルマンは少しホッとした様子でプレラーティの顔を見た。
「……同じ未来を夢見た仲間を……」
「そうね。仲間を傷付ける奴は許さない」
颯人には確かに恩がある。サンジェルマンと言う掛け替えのない存在を助けてもらった事は、カリオストロ達にとって認めたくないがしかし、忘れる訳にはいかない恩だ。
だがサンジェルマンと恩を天秤にかけた場合、傾くのはそれはサンジェルマンの側であった。例えどれだけの大恩であろうと、愛するサンジェルマンに比べたら吹けば飛ぶ程度の存在でしかない。
それがサンジェルマンからの顰蹙を買う結果になろうとも…………
「あーしも、腹を括ったわ」
***
その日、クリスは1人閑静な住宅街を歩きある一軒の屋敷へと向かっていた。辿り着いた屋敷の表札に書かれている名は、『北上』…………そう、透の実家である。
透を伴わず1人彼の実家を訪れたクリスは、一つ大きく深呼吸をし唾を飲み込むと、意を決してインターホンを押した。呼び出し音が響いてから暫くし、インターホンからは透の父である航の声が聞こえてくる。
『はい、北上です』
「お、お久し振り、です。クリスです」
『クリスちゃんか、ちょっと待っていなさい』
程無くして玄関が開き、航が顔を出して門の所までやってきた。鍵を開けて門を開いた彼は、そこに居るのがクリス1人と言う事に思わず首を傾げる。
「おや? 君1人かい?」
「は、はい。透は、ちょっと……」
「……何かあったのかな?」
もしや透の身に取り返しのつかない何かが起こったのではないかと危惧し、航の視線が鋭くなる。彼の視線から勘違いさせてしまった事に気付いたクリスは、慌てて誤解を解こうと自分1人でこの場に来た理由を話した。
「違う、違いますッ! アタシが今日1人でここに来たのは、ちょっと、透と一緒に居辛かったからで……」
「居辛い? それは、どう言う…………まぁ立ち話もなんだし、入りなさい」
クリスと透の仲の良さは航も十分理解している。その2人が、態々別行動をするなど余程の理由である。落ち着いて詳しく話を聞く為。航はクリスを中に招き入れリビングでソファーに座らせると紅茶を淹れて彼女に渡した。
「さ、まぁこれでも飲んで」
「ども……」
「それで、何があったのかな?」
渡された紅茶を一口飲み、その温かさで心を落ち着け唇を湿らせると、クリスは最近透との間に起こった事をポツリポツリと話していった。
「その、実は…………」
クリスは全てを話した。バルベルデで任務に就いた時の事。その任務の最中、親しくしていた女性と再会した事。
そして、透の喉の仇である男を見つけ、衝動的に憎悪に駆られてそいつを殺そうとしてしまった事。
その部分に差し掛かり、クリスの凶行を聞いた航は思わず腰を浮かせた。
「クリスちゃん、君は……!」
「違うッ! アタシは、そいつを殺してない。いや、殺せなかった。透が、そいつを守ったから……」
ここからが問題の部分。透はあろうことか憎むべき相手を助けようとクリスを止めに入ったのだ。その理由が分からずクリスは暴れ、結果透は彼女を止める為とは言え彼女に手を上げてしまった。そしてそれが切っ掛けとなり、クリスは透の考えが分からなくなり今の今まで距離を取ってしまっている。
それらを一通り聞き終え、航は冷めた紅茶を飲み干すと大きく息を吐いた。
「はぁ~……。一先ず、クリスちゃんが人殺しにならずに済んで、ホッとしているよ」
「すんません。あの時はもう、怒りで頭の中が真っ白になっちまってて……」
「いや、気持ちは分かる。恐らく私が君の立場でも、きっと同じように殺そうとした事だろう」
というか、航も内心でその生きていた男に対しては並々ならぬ怒りを抱いていた。勝手な理由で大事な我が子の声を奪い、夢を潰えさせたその男が生きていた事を残念にすら思う。出来る事なら今からでも飛んでいって、その男の顔面を原型が無くなるまで殴り潰してやりたい気持だった。
それと同時に航は透に対し頭痛を覚えずにはいられなかった。我が子とは言え、まさかここまでとは思ってもみなかったのだ。
「それにしても透も仕方のない奴だ。そんな奴を助けるどころか、クリスちゃんに手を上げるなど」
「あの時、アタシは透の言葉を聞きもしなかった。ただ、あいつが憎くて仕方なかった。あのまま透がアタシを止めてくれなかったら、アタシは引き返せない所まで行ってたかもしれない。だから、落ち着いた今は透の行動も分かる。でも……」
透がクリスを止めようとしたのは分かるのだが、しかしそもそも透がその男に対して何の怒りも向けない理由がクリスには分からなかった。自分の夢を奪い去った相手なのに、何の怒りも向けないでいられる理由が分からず不気味さすら感じていた。それがクリスに、透から距離を取らせている最大の要因であった。
今まで透の事が分からず距離を取っていたが、何時までもこのままではいられない。少しでも歩み寄る為には、透の事をもっとよく知らなければならない。そして今、彼の事を良く知っているのは、彼の父である航ただ1人。クリスは自分の求める答えを彼が持っていないかと期待してここまで来たのだ。
「おじさん。透は何で、アイツを守れて、怒らずにいられるんだ? 正直、アタシには理解できないよ」
クリスからの問い掛けに、航は少し考える素振りを見せた。腕を組んで小さく唸り、そして何を思ったのか顔を上げると近くの棚の上に置かれていた写真立てを持って戻って来た。
航が持ってきた写真に写っているのは3人。今よりも若さが残った航と子供の頃の透、そしてそんな2人と共に笑みを浮かべている1人の女性だった。
その女性にクリスは見覚えがある。
「おじさん、これって……」
「まだ、透が小さかった頃に妻と一緒に撮った写真だ」
「透のお母さん……澪おばさん」
透の母であり、航の妻でもある澪。彼女は既にこの世に居ない。元々体が弱かった彼女は、透が小さい頃に病気でこの世を去っている。
航は写真の中の妻の姿に、昔を懐かしみながら口を開いた。
「澪は、とても優しい女性でね。正確は透と本当にそっくりだった」
そこはクリスも共感できた。小さかった頃の記憶だが、澪はとても優しくクリスにも良くしてくれていた記憶がある。
だが澪の優しさはクリスが記憶している以上だった。
「実は澪はね、実家で酷い虐めを受けていたらしいんだよ」
「えっ!?」
航の話ではこうだ。澪は実家の前妻の子であり、再婚してやって来た後妻とその連れ子から酷い虐めを受けていた。家には居場所らしい居場所がなく、虐げられ続ける日々。航と結婚したのも、実家から半ば売られたような形だったと聞く。
そんな経緯での結婚だったから、航も最初は澪に対して愛情など抱いていなかった。所詮家同士が勝手に決めた婚約だったし、当時の航にとって重要だったのはヴァイオリンしかなかった。
冷めきっていた筈の結婚生活。しかし、予想に反して澪と結ばれてからの航は徐々に彼女に惹かれていった。
「最初は、実家で虐められて売られた様に嫁いできたと聞いて、澪に対しては何も期待していなかった。だが、彼女の優しさは私を大きく包んでくれた」
実家で酷い虐めを受けていたと言うのに、澪は少しも暗い雰囲気を身に纏うことなく朗らかに笑い、実家に対する恨み言も何も言わずひた向きに航の事を支えてくれた。そんな彼女の優しい雰囲気に航も徐々に惹かれて行き、気が付いたら彼女の事を心から愛するようになっていった。
その話の中でクリスが特に興味を持ったのは、澪が実家に対して恨みを向けていなかったと言う部分。後から来た後妻と連れ子が調子に乗って虐めていたと言うのに、その事に対して怒りも何も抱いていないと言うのが信じられなかった。
「何で、おばさんは後妻の事を……」
「私もその事が気になってね。透が生まれる前に一度だけ聞いてみたんだ。そうしたら彼女はこう言ったんだよ。『許して忘れた』……とね」
「許して、忘れた……?」
航の口から出た澪の言葉を、クリスがゆっくりと繰り返す。それを聞いて航は当時の澪の言葉を鮮明に思い出した。
『私の考えは多分おかしいのかもしれませんね。でも、誰もが自分にされた酷い事に怒って恨んで、それが繰り返されるだけの世界なんて悲しいじゃないですか』
『だから、私は誰も恨まないんです。誰に対しても怒って恨む人が居るなら、その逆に誰も恨まない人が居てもいいでしょう?』
『でも、誰かを怒って恨んで、それで航さんやこれから生まれてくるこの子を不安にさせるくらいなら、許して忘れた方がずっといい』
『きっと、私のこの考えは誰にも理解されず、おかしい考えなのかもしれませんね』
そう言って何処か儚く笑った澪の笑顔に、後ろ暗い所など微塵も感じられない。彼女は心の底から誰の事も憎まず恨んでいないのだ。それが眩しくて、航はその時の事を鮮明に覚えていた。
航から澪の言葉を聞き、クリスは難しい顔になりながら首を横に振った。
「アタシには、分かんないです」
「だろうね。私も正直、彼女の考え自体は理解できなかった。だが、それがあったからこそ彼女はあそこまで優しかったし、透も彼女に似て優しく育ったのだろう」
「…………透も、アイツの事、許して忘れたのかな?」
「多分ね」
航の言葉を最後に、室内が沈黙に包まれる。透の事を少しでも知ろうとここまで来たのに、逆に彼の事が分からなくなってしまった。以前として彼とどう接すればいいのか分からなくなり、クリスは頭を抱えた。
「アタシ、どうすりゃいいんだ。透の事は好きなのに、あいつとどう接すればいいのか分からない。アタシは、どうすれば……」
怒るべき相手に対して、全く怒らず許してすらしまえる透とはあまりにも価値観が違い過ぎる。そんな相手とこれからも仲良くできるのかが分からず、寂しさからクリスは思わず涙を流しそうになる。
そんな彼女に対し、航から思いもよらぬ言葉が飛び出した。
「そう言えば……透の奴、一度だけ尋常じゃなく怒った事があったな」
「えっ!? 透が?」
信じられない話だ。自分の喉を切り裂き、声と夢を奪った相手でさえ許してしまった彼が、一体何故怒ったのか?
目を見開くクリスに、航が口にしたのは驚くべき内容であった。
「クリスちゃんは覚えていないか。子供の頃、近所の悪ガキが君を泣かせた時の事を」
クリスは全く覚えていなかったが、子供の頃近所の悪ガキ共が彼女の事をイジメた事があったらしい。持っていたぬいぐるみを取り上げられ、泣きながらそれを奪い返そうとするクリスを子供達は笑って馬鹿にしながらぬいぐるみをお互いにパスし合い、右往左往するクリスの姿を見て楽しんだ。
それを見た透は、今からは想像もできない程の怒りの形相で虐めす子供達に飛び掛かり、相手の子供達をボコボコにしてしまったのだとか。
透によりボコボコにされた子供の内、1人は歯が折れたりとして大変な怪我を負ったのだとか。当然相手の親はやり過ぎだと抗議してきた。が、そもそも最初にクリスを虐めていたのはそちらの子供の方だと言う事で、必要以上に大事になることなくその場は何とか収まった。
そこまで聞いて漸くクリスは思い出した。
「そうか、あの時……!」
当時、透はクリスを虐めていた子供達をボコボコにした後、取られていたぬいぐるみを奪い返しクリスに返そうとした。が、クリスは思わずその場から逃げ出してしまったのだ。自分を虐めていた相手とは言え、子供達が透1人に殴られ倒れていくその光景に、恐怖を感じていたのだ。
「思えばあれからだったな。透の奴が異常に優しくなったのは。多分その時の事があって、透は澪の教えに共感して誰も怒らず誰も恨まないようにしていたんだろう」
つまり、透が今の様に異常に優しくなったその原因にはクリスも大きく関わっていたと言う事になる。彼女を恐れさせてしまった自分を嫌悪し、彼女に怖がられない人間になろうと心を入れ替えた結果が今の彼を形作ったのだ。
原因が自分にあると分かったクリスは、身勝手な理由で透から距離を取ってしまっていた自分を恥じた。
「アタシ、馬鹿だ……アタシの所為で透はああなったのに、その事を忘れて透を遠ざけちまった。アタシは、何て事を……」
自己嫌悪に陥るクリス。しかし航はそれに対して否と答えた。
「それは違う。クリスちゃん、それは違うぞ」
「え?」
「君は何も悪くない。勿論透もだ。だが、一言言われるべきとすればそれは透の方だ。アイツはもっと、自分を前に出していい」
他人の為に、自分の怒りや苦痛を内側に押し込める。尊い優しさと言えばそれまでなのかもしれないが、しかし行き過ぎた自己犠牲は何も生まない。
「これは君にしか出来ない事だ、クリスちゃん。透に、もっと自分に正直になるように言ってあげてくれ。それが出来るのは世界でただ1人、君だけだ。あの子の目を、少しでもいいから覚まさせてやってくれ」
「おじさん……分かった!」
今までは、透の事が分からず恐怖すら抱いていたクリス。だが今の彼女には透に対する恐怖心はない。寧ろ今は、これまで距離を取っていた分話したくて仕方なかった。そして彼に、今までため込んでいた自分の本心をぶつけたい。
そんな事を考えていると、クリスの持つ通信機が鳴った。どうやら何かトラブルが起こったらしい。折角意気揚々と透に会おうとした矢先に起こった出来事に、クリスは不満そうに呻きながら通信に出た。
「もしもし?」
『クリスちゃん? 今すぐ東京駅に向かって! 今透君が、1人でアルカノイズと戦ってるの!』
「ッ! 透がッ! 分かったッ!」
通信機から聞こえるあおいの言葉に、クリスはカップに残っていた紅茶を一気に飲み干し立ち上がった。その顔に、先程まであった暗さや寂しさは見当たらない。
「ありがとう、おじさん。アタシ、行ってくる! 行って、透と話してくるッ!」
「頼むよ。自分を押さえつけているあの子に、自分と向き合う事の大切さを教えてあげてくれ」
「あぁ!」
現場に向かうべく、クリスは急いで屋敷から出た。彼女を見送ると、航はもう一度家族3人で写った写真に目を落とす。その視線は、写真の中で優しい笑みを浮かべる澪へと向いていた。
「やっぱり私1人だと、あの子を真っ直ぐ育てるのは難しいよ。だが、あの子は恵まれている。皆に愛され、支えられている。だから澪、これからも安心して、あの子の事を見守っていてくれ」
航の小さな呟きは、クリスを迎えに来た東野村のヘリのローター音にかき消されるのだった。
後書き
と言う訳で第175話でした。
透の異常なまでの優しさの原点には、過去の怒りに身を任せた結果クリスを怖がらせてしまった事への後悔がありました。それに加えて、狂人的とも言える母親である澪の信念もあって、今の様なヤバい位の自己犠牲の塊が出来上がってしまった感じです。
次回は時間を少し遡ってこの時透が何をしていたかにスポットを当てます。こちらは久し振りにあの姉弟の登場で、透の心にも変化が起きる予定です。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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