機動6課副部隊長の憂鬱な日々
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第96話:父と子
アースラを出てから30分後、俺は姉ちゃんの病室の前に居た。
両親には車の中から連絡して、すぐに来るとは言っていたが、
あと30分はかかるはずだった。
俺は一度大きく深呼吸すると扉をノックする。
「はい」
懐かしい声で返事が返ってくる。
俺は病室のドアを開けた。
「どちら様?・・・って、ひょっとしてゲオルグ?」
起こしたベッドにもたれかかって座る金髪の女性が
俺を見てそう言った。
「そうだよ・・・姉ちゃん」
ベッドに向かってゆっくりと歩きながらそう言うと、
姉ちゃんはにっこりと笑う。
「へぇ・・・見違えたじゃない。最後に見た時はまだガキンチョだったのに」
「姉ちゃんが俺を最後に見たのは8年前だろ。変わってて当然だよ」
姉ちゃんのベッドの脇にある椅子に腰かけながらそう言った。
姉ちゃんの顔を見た瞬間は頭が真っ白になったが、
昔と同じように話す姉ちゃんを見ると、急に冷静さが戻ってきた。
「それより寝てなくて大丈夫なのかよ。まだ意識が戻ったばっかりだろ?」
俺がそう言うと、姉ちゃんは困ったような顔をする。
「うーん。先生は別に無理をしなければ大丈夫って言ってたけど?
8年も寝てたせいで筋肉が衰えてるから気をつけなさいとは言われたけどね。
ま、腕を上げるのも辛いくらいだから、気をつけるもなにもほとんど
動けないんだけどね」
ニコニコと笑いながらこともなげに話す姉ちゃんに、俺は少し呆れてしまう。
「じゃあ、寝てろよ。危なっかしいなあ」
「だって退屈なんだもん。それよりゲオルグ・・・」
姉ちゃんはそう言って、俺の目をじっと見た。
「ただいま」
姉ちゃんのその言葉に抑えていた感情が一気にあふれだすのを感じた。
とたんに、目の前の姉ちゃんの顔が滲んでいく。
「お帰り・・・姉ちゃん・・・」
そう言うと、両目から涙がぽろぽろと流れ出て行く。
「ちょっ、あんた何泣いてんの!?」
「いいだろ!姉ちゃんは8年も死んだことになってたんだぞ!」
それから俺は、姉ちゃんがいなくなってからのことを一気にまくし立てた。
任務に出てて姉ちゃんの葬式に行けなかったこと。
管理局をやめるやめないで父さんと冷戦状態になったこと。
姉ちゃんがなんでいなくなったのか、必死になって調べたこと。
スカリエッティやゲイズさんのことは流石に話さなかったが、
俺は姉ちゃんがいなくなってどれだけ辛かったかを
感情の赴くままにぶちまけた。
ひとしきりしゃべり終わって姉ちゃんを見ると、辛そうな表情で
涙を浮かべていた。
「ごめんね・・・。そんなにあたしのことを思ってくれたんだね。
ありがとね・・・ゲオルグ」
姉ちゃんはそう言って、まだ自由に動かせないだろう手を俺の方に伸ばす。
プルプルと震えているその手を俺は両手で握りしめた。
「あたりまえだろ。姉ちゃんは俺にとって大事な家族なんだから。
あと、姉ちゃんは全然悪くないんだから謝んなって」
「うん・・・」
その時病室の扉がノックされ、姉ちゃんが返事をすると両親が入ってきた。
「エリーゼ!」
母さんがベッドの上の姉ちゃんに駆け寄る。
「よかった・・・本当に・・・」
姉ちゃんを抱きしめて涙を流す母さんにはじめは少し驚いていた
姉ちゃんだったが、しばらくするとぎこちない手つきで母さんの
背中を撫で始めた。
「うん・・・ごめんね、お母さん・・・ずっと心配させちゃって・・・」
揃って涙を流す2人を眺めていると、不意に後から肩を叩かれた。
振り向くとそこには父さんが立っていた。
「少しいいか」
俺が頷くと、父さんは病室の扉に向かって足を踏み出した。
5分後、俺は父さんと病院の屋上にいた。
風雨にさらされているにも関わらず手入れが行き届いている
ベンチに腰を下ろすとタバコに火をつける。
「タバコを吸うような歳になったんだな・・・お前も」
父さんはそう言いながら俺と同じベンチに腰を下ろす。
俺と父さんの間には一人分のスペースがあいていて、
俺と父さんの心の距離をあらわしているようだった。
「まあね。あ、父さんはタバコ苦手なんだっけ?」
「いや。別にかまわん」
「そう・・・」
それきり、俺と父さんの間には一言の会話も生まれない。
沈黙が辺りを支配する中、俺は夜空を見上げながら、
2度3度と煙を吐き出す。
「ゲオルグ。エリーゼのことだが・・・」
ふと父さんが口を開く。
「改めて礼を言う。助けてくれて感謝する」
父さんはそう言って俺に向かって頭を下げる。
俺はそれを横目で見ながら口を開く。
「俺にはその言葉を受け取る資格はないよ」
そう言って煙をふぅっと吐き出し、言葉を継ぐ。
「俺は姉ちゃんの救出に関しては何もしてない。
だから、その言葉は俺の仲間に言ってやってよ」
「もちろん、お前の部隊の皆さんには改めてお礼をするつもりだ。
だが、お前もエリーゼのことは必死で調べていたのだろう?」
顔を上げた父さんは、そう言って俺の方を見つめる。
「ま、それが仕事だからね」
俺がそう言うと父さんは悲しそうな表情で俺を見ていた。
再び2人の間に沈黙が横たわる。
「・・・ところでお前のほうはどうなんだ?怪我をしたと聞いたが」
しばらくして父さんはそんな話題を口にする。
「おかげさまですっかり良くなったよ」
「そうか・・・。大変だったな・・・」
「別に。こんなのは慣れっこだから」
俺がそう言うと父さんはそうじゃないと首を振る。
「お前、エリーゼのクローンと戦ったらしいな。そして・・・殺したと」
俺は思わずぽかんと口を開けて父さんを見た。
口から落ちたタバコが屋上の床に跳ねる。
「どうしてそれを・・・」
「お前の上司・・・八神さんだったか・・・彼女に聞かされた」
父さんの言葉に俺は心の中で舌打ちをする。
(あいつ・・・余計なことを言いやがって・・・)
そんな心中を顔に出さないように気をつけながら俺は口を開く。
「そっか・・・。ま、仲間を守るためだったし、仕方がないよ。
殺しちゃったのは俺の未熟さのせいだからね・・・反省してるよ」
俺がそう言うと、父さんは厳しい表情で俺を見る。
少し間があって父さんが再び口を開く。
「・・・何故お前は自分の気持ちにウソをつくんだ?」
「はぁ?」
間抜けな声を上げる俺に向かって父さんは言葉を続ける。
「クローンとはいえ人の命、しかも自分の姉と瓜二つの人物の命を奪って
辛くないわけがない。何故お前はそれを認めない?」
「それは父さんの勝手な思い込みだろ?
別に俺はもう辛いとは思ってないし、人の命を奪うのだって初めてじゃない。
今父さんが言った出来事だってもうとっくに気持ちの整理はつけたよ」
俺は少し声を荒げて一息にそう言った。
俺の言葉を聞いた父さんは目を閉じて何かを考えているようだった。
ややあって、父さんは再び口を開く。
「ハンスが死んだときのことを覚えてるか?」
父さんは穏やかな口調で俺に向かって尋ねる。
ハンスというのは昔うちで飼っていた犬で、俺が5歳くらいのときに
病気で亡くなった。
俺が黙って頷くと、父さんは話を続ける。
「お前がハンスの遺体にすがりついて、いつまでも泣きじゃくっていたのを
昨日のことのように覚えているよ。母さんやエリーゼがいくらなだめても
”僕はずっとハンス一緒にいる!”と言ってな。
そんなお前がさっきお前自身が語って見せたように器用な生き方を
できるとは私には思えんのだ」
昔のことを持ち出してまでそんな話をする父さんに俺は苛立ちを感じた。
「そんな昔の話はやめてくれよ。あの頃とはもう違うんだよ。
俺はもう何人も人を殺してるし、それに慣らされてきた。
今更一人増えたところでどうってことない。
それが姉ちゃんのクローンだろうと関係ないね」
俺は荒い口調でそう言うとタバコを吸おうと胸ポケットに手を伸ばす。
一本をパッケージから取り出すと火をつけて、夜空に向かって煙を吐き出す。
父さんはそんな俺を見て力なく首を振る。
「お前はなぜそうまでして自分を偽るんだ?」
「偽ってはいないよ。ただ父さんの知ってる俺とは変ったってだけさ」
父さんの方は見ずにただまっ黒な夜空を見上げてそう答える。
そうしなければ、自分の心の中を見透かされそうな気がした。
ディレトを殺してしまったことを責め続ける自分自身のことを。
「私にはそうは見えない。お前はハンスの亡骸にすがっていたときと
少しも変わっていないように私には見える」
父さんはそう言って俺の顔をじっと見つめる。
俺は言葉を発することもできず、ただ虚空に向かって煙を吐き出す。
「私にも一本くれないか」
父さんはそう言って俺に向かって手を伸ばす。
俺はその手に自分のタバコを一本渡すと、父さんが咥えたタバコの先に
火をつけた。
父さんは深く煙を吸いすぎたのかせき込んでいた。
「ごほっ・・・久しぶりに吸うとやはりこうなるか・・・」
父さんはそう言って苦笑する。
意外だった。俺の記憶には父さんがタバコを吸っていた姿は無かったから。
「父さんも吸ってたのか?タバコ」
「昔は、な」
俺が尋ねると父さんは目を細めて星の浮かんだ夜空を見て言った。
その目は昔を懐かしむような思い出すような目だった。
父さんはもう一口タバコを吸うと、顔を顰めてタバコを俺の方に差し出した。
「灰皿あるか?」
俺が父さんの方に携帯灰皿を差し出すと父さんはタバコを灰皿に押し付けた。
「どうも吸いなれてないといかんな。少し気分が悪くなったよ」
父さんはそう言って最後の煙を吐き出した。
「この話はするまいと思っていたんだが」
そう言うと父さんは再び俺の方を見つめた。
俺は父さんが何を言い出すかなんとなく想像がつき、少し身を固くする。
「管理局をやめるつもりはないのか?」
(やっぱりな・・・)
想像通りの話題に俺は内心でため息をつき、いつもと同じように返事をする。
「ないね」
俺がそう言うと、父さんはそうか、と言って去る。
いつものようにそうなるだろうと思ったのだが、今日は違った。
父さんはやれやれと言わんばかりに首を横に振ると、悲しげな目で俺を見る。
「わからんな。なぜそうまでして管理局にこだわる」
「こだわってるつもりはないよ。ただ・・・」
好きでやっているだけ。そう言おうとしたとき、ふと前にフェイトに向かって
管理局をやめようと思っていることを話した時のことを思い出した。
(そういえば、なんで管理局に居続けるかなんて考えたこと無かったかもな)
そんな考えが頭に浮かび自分の言葉の続きを発することができなくなった。
「ただ・・・なんだ?」
そんな俺を見透かすように父さんは重ねて聞いてくる。
(俺はなんで管理局に居るんだろう・・・)
そんな疑問が湧いてきて俺は答えに窮する。
(思えば管理局には失望させられっぱなしだったしな・・・。
今回の件で管理局も変わっていくだろうし、姉ちゃんも戻ってきた。
ひょっとすると、もう俺は・・・)
管理局に居続ける理由が無いのかもしれない。
そう思った時、ふと新しい疑問がわいてきた。
(なら俺は管理局をやめた後どうしたいんだろう・・・)
その時、2人の顔が浮かんだ。
俺にとっての最愛の女性と俺と彼女の大切な娘。
(ああ・・・そうか)
その瞬間ある考えがふっと降りてきて、俺の心に空いた隙間に
ぴたりとハマった。
「俺には愛する人がいる。その人たちと生きていく世界は
平和であってほしい。だから俺は管理局に居続けるのかもしれない」
俺は思わず心に浮かんだ言葉をそのまま口に出していた。
ややあって、父さんは俺に向かって話しかけてきた。
「そうか・・・。そうまで言うなら、もうお前に管理局を辞めろとは
言わないことにするよ」
父さんの言った言葉に俺は思わず父さんの顔を見た。
その顔には柔和な笑顔が浮かんでいた。
「いい顔をするようになったな。それならもう心配はなさそうだ」
「どういう意味だよ・・・」
「私も子離れをする時期が来たってことさ」
「はぁ?」
ワケも判らず混乱しているうちに父さんはベンチから腰を上げる。
「さて、私はエリーゼの病室に戻るが、お前はどうする?」
「あ、ああ。こいつを吸い終わったら行くよ」
「そうか、じゃあ先に行っているからな」
「ああ」
俺の返答を聞いて、父さんは屋上から降りて行く。
その背中はずいぶん小さく感じられた。
「ああ、それから」
そう言って父さんが俺の方を振り返る。
「お前の愛する人とやらは、近いうちに紹介してくれよ」
「は!?」
父さんはそれだけ言うとそのまま屋上から去っていった。
父さんの言葉に俺はもう一度自分の言葉を反芻する。
そして、口にくわえた煙草を吹かすと、夜空を見上げて小さく呟いた。
「こりゃ、あんまりなのはを待たせるわけにはいかなくなったな・・・」
俺は携帯灰皿に吸殻を入れると、姉ちゃんの病室に戻るべく、
ベンチから腰を上げた。
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