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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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蛇足三部作
  『歓喜と共に再会を祝そう』

 
前書き
ほら、ここで人面フラグを達成させてしまいますと、流石の彼女も回れ右して逃げ出してしまいますので、無しの方向で。
因みに頭領がフラグを発生させると「木の葉詰め合わせ」のBAD ENDルートになります。 

 
「す、すげー。これが最高の忍び同士の戦い……」
「凄まじいな、これは……。五影と言えど割って入れるかどうか……」

 部隊の大部分は既にこの戦場から離脱しており、この場に残っているのは影二人と一部の実力者を始めとする数名の忍び達に限られていた。
 残った者達とてそれぞれ勇名を馳せた一流の忍びであったが、流石の彼らでさえ眼下で繰り広げられている技の応酬に対しては黙って見守る事しか出来なかった。

 ――指揮者の様に細い腕が号令をかければ、木々の幹が鞭の様にしなっては大地を叩き割っていく。
 ――二面双腕の鬼の持つ刃が地を薙げば、振るわれた腕の勢いのままに大地が削り取られていく。

 一方が磊落に微笑みながら波濤の様な大樹の波を生み出してみせれば、もう一方は不敵に笑って燃え盛る業火を地上へと顕現させる事で返す。

 ――共に乱世の英雄と呼ばれ、数多の伝説を築き上げた者同士。
 戦国の世の頂点に君臨した超一流の忍びとしての、文字通り命を懸けた死闘が目の前で繰り広げられていた。

 あのまま他の者達が残っていれば、間違いなく戦いの余波だけで甚大な被害を被ったであろう。
 放たれる技の一つ一つが極意に達した忍術であり、相手の息の根を止めるためだけに磨かれた技術であり、それだけ眼下の二人の間に交わされる殺気と闘気の応酬は尋常な物ではなかった。

 歴戦の忍びでさえ、二の足を踏まざるを得ない――そんな凄惨すぎる殺し合い。
 ――それなのに。

「なんだか……初の姉ちゃん、楽しそうだってばよ」
「お前にも、そう見えるのか」

 離れた所で様子を伺っていたオレンジ色の忍服の少年――うずまきナルトがそう零せば、無表情で事態を見守っていた風影である我愛羅もまた小さな囁きで返す。

「殺し合いをしていると言うよりも……寧ろ」

 それから先の言葉を紡ぐ事無く、影分身であるナルトは胸中で呟く。
 自分も、自分がライバルだと思っているあの黒髪の少年と――目の前で繰り広げている様な戦いをしてみたい。

 思わずそう願ってしまう程、殺し合いに興じている彼らの姿はとても楽しそうで、そして……生き生きと輝いて見えた。

 ――地面が大きく蠢動し大地が隆起しては、木々が無尽蔵に茂っていく。
 天変地異にも紛うこの世界の振動が、ただ一人の手によって起こされていると誰が信じられる。
 
 ――地表が真っ赤に染め上げられ、瞬く間に辺り一面を陰惨な焦土と化す。
 大地に太陽が激突した様な惨状が、ただ一人の生み出した炎によって為されたと誰が信じられる。

「やってくれるじゃないか! だったら、これならどうだ!」
「他愛のない! その程度か、千手柱間!!」

 長い黒髪を靡かせた麗人が愉快そうに笑って複雑な印を組めば、絡み合う木々の根が高速で回転する事で不穏な唸りを上げ、大樹によって留められていた二つの巨石を貫く。
 削岩機と化した木々の根に砕かれた巨大な岩の破片が天より降り注ぎ、大地へとぶつかっては重々しい音を立てながら陥没していく。

「まさか! こんなんじゃ小手調べにもならないよ、っと!」
「――ハッ! いつまで減らず口を叩けるか、見物だな!!」

 乱れる黒髪を気にする事無く男が吠える様に応じれば、今にも男を押し潰そうとしていた大岩が重力に逆らい、あちこちへと弾き飛んでいく。
 空を飛び交う岩石が男の生み出した無数の業火によって覆われ、燃え盛る火焔を纏った巨石が戦場を飛び交ったと思えば、幾つもの水の防壁が一刹那の間に生み出される。

 常人であれば擦るだけで致命傷を負って可笑しくない、正に狂気の沙汰とも言える舞台と化した戦場。
 なのに、そのような障害物など存在しないとばかりに彼らは降り注ぐ岩の雨を紙一重の差で躱しては、時にはずっしりとした木々の幹で、時には纏った紫の鎧で弾き飛ばし、虎視眈々と相手の隙を狙っては必殺の術を振るってみせる。

「ふ、ふふふ! さっすが、そう来ないと面白くない!!」
「平和主義者が聞いて呆れる! 貴様も大概戦闘狂ではないか!!」
「言ってくれるなよ、好敵手殿! 自分の新たな一面にオレとて驚いているのだから!」
「――戯言を!!」

 螺旋を描いた炎が縦横無尽に大地に迸って全てを灰燼と化そうと荒ぶれば、巨人の手を思わせる形状となった木々が戦場を横断して火の粉を薙ぎ払っていく。
 三連の勾玉を連ねた御統が標的目がけて空を走れば、土の壁が大砲を思わせる音を上げながら地面より生じ、次いで矮小な人間を圧死させんとばかりに崩落する。

 圧倒的かつ絶対的な力の応酬にして、惨烈かつ壮絶すぎる超一流の忍び同士の殺し合い――それなのに。
 どちらの顔にも負の感情は見当たらない。

 これ以上無いほどに楽しそうに、これ以上無く嬉しそうに、彼らは生と死の狭間を行き来する舞台の上で踊っていた。

******

「成る程……。死して尚、執着されてしまう訳だ。これほどの輝きを見せられて……黙っていられる訳が無い」

 己の使役する死人に意識を憑依させたまま、術者――薬師カブトは小さく呟く。
 目の前で繰り広げられる圧倒的強者達の死闘。
 おとぎ話としてしか認識されていなかった、忍び世界の黎明期を生きた者達の闘いは、傍観者であろうとしていた彼の意識をも否応無しに惹き付けた。

「凄まじいな、これは……。話半分に聞いていたけど、認識を改めた方が良さそうだね」

 軽やかに大地を走る黒髪の中性的な面差しの人間へと、カブトは視線を向ける。
 紫炎を纏った霊器の刀を無駄の無い動きで躱しながら、その人がしなやかな身のこなしで腕を振るえば、戦場に落ちていた武具を絡めとった無数の木々が二腕双面の鬼へと怒濤の勢いで迫る。
 その余波だけで大地が砕かれ、物々しい巨石があっさりと粉砕されていく光景は正しく圧巻であった。

「忍び世界最高の……そして最強の忍びと謳われた初代火影。同じ木遁使いでも、ヤマトとは比べようにならないな」

 まるで自身の腕の様に自在に木々を操っては、相手を防戦一方に追い込んでいく。
 流石は千の手を持つと称された一族の長なだけある。

 対するマダラも負けてはいない。
 紅蓮に燃え盛る炎が奔ったかと思うと、次の瞬間には木々の波を一息に焼き尽くしてみせた。

「流石、うちは最強伝説を一代で築き上げた戦国の英雄。――同じ一族内でも、彼に追い付けた実力者がどれだけ居たのやら」

 炎の波が過ぎ去った後の焦土の様は陰惨の一言に尽く。
 けれども地獄絵図をこの世に再現してみせた男は眉一つ顰める事無く、流れるような動きで服の袖から黒光りする杭を取り出し、標的目掛けて投擲する。
 明らかに届かないはずの距離を不自然な速さで詰めた黒杭は、しかしながら標的に突き刺さる前に突如として出現した土の壁を穿つに留まった。

「全く、ちょっとオレ達が本気を出せばすぐこうだ――また地図を作り替えさせないといけないな」
「ふん。図師の心配をしている暇があれば、己の身を案じたらどうだ?」
「……ふふふ。そっくりそのまま返させてもらうよ!」

 それぞれ必殺を旨とする己が攻勢を遮られたというのに、彼らがそれに狼狽える事無い。
 片方は愉快そうに微笑み、片方は獰猛に笑って見せると、すぐさま攻防を再開させた。

 ――戦局はめまぐるしく変わっていく。
 だというのに、彼らのどちらにも追いつめられた様子は浮かばない。
 寧ろ、こうして再び刃を交わす事が出来たのが至上の幸福であり、この類稀なる僥倖を最後の一滴に至るまで味わい尽くさんと言わんばかりに――実に、実に楽しそうに戦っている。

「確かに……これは僕でさえ魅せられる。こんな相手の目に映って、その存在を認められたら……確かにこの上無い悦びだろうね」

 小さな囁きを零したカブトの視線に気付いたのか、黒髪の麗人が目の前の宿敵から彼の方へと視線を移す。

 緑色の輝きを帯びた黒瞳が、カブトを見つめて優しく細められる――どういう意図を含んでいるのかは定かではないが、敵に向けていい表情でないのは確かだ。
 ……ただその優しい眼差しは記憶の底に眠る養母の姿を思い起こさせて、カブトの胸中を騒がせた。

「――はは、流石に嫉妬深いね。自分以外が相手の視界に映るのは気に食わないって訳か」

 一度は交錯した互いの視線であったが、迫る敵刃に対処すべく彼の人の視線はカブトから外させる事を余儀なくされる。

 ほんの一瞬前に、自身へと向けられた波紋を描く紫の瞳。
 その双眸で鋭く睨みつけられたカブトは苦笑せざるを得なかった。

******

「ふ、ふふっ……! はははっ!!」

 心が躍る、血が騒ぐとは、まさに今の私の様な状態なのだろう。
 楽しくて、愉しくて、敢えて言葉にするのであれば、全身の細胞の一つ一つが歓喜の歌の大合唱を奏でている様だった。

「愉しそうだな、柱間!!」
「応とも! 心が浮き足立って堪らない!」

 薄皮一枚と数本の髪の毛を犠牲にして、振るわれた紫の炎を帯びた霊器の攻撃を避ける。
 赤い血が噴き出して視界を染めるが、生前同様に手を触れずともその傷が瞬く間に癒えていく。
 仕返しとばかりに相手の首を切りつけてみたが、薄い切り傷を付け僅かな紙片を散らしただけに留まった。

「色々と、そう色々と言いたい事も有ったが、なっ! これでお互い様って事にしてやるよ!!」
「相変わらず傲慢な奴だ!」
「お前にだけは言われたくないね!」

 ――文字通り生死の境を行き来するこの紙一重の感覚に、体の芯からゾクゾクする。
 生前を含めて、死人としてこの世に甦って来てからも、各地の強者共とやり合ったが、これほど心が満たされる闘いを私に与えてくれるのは、今も昔もただ一人だけだった。

「は、はは。参ったなぁ」

 ――――楽しくて愉しくて、仕方がない。
 見慣れた揺らめく炎を映した赤い瞳ではなく、紫の波紋が浮かぶ目ではあるけれど、その眼差しはかつて戦場で見えていた時と変わらない。
 最後に戦ったあの決別の晩よりも、更に腕が上がっている。

 その事実に戦慄し、繰り広げられる相手の技に死神の鎌を連想しては、その感覚に全身が興奮を覚える。

「――来いよ、マダラ! 一度は死んだ者同士、何だったら夜更けまで踊り狂おうじゃないか!!」

 私の呼びかけに応じてか二面双腕の鬼が大きく揺らいで、その体躯をますます巨大な物とする。
 生前は体への負荷が大きすぎて、それこそ尾獣相手にしか使うことの無かった須佐能乎の完全体である大天狗。その一振りで山脈を両断し、森羅万象を破壊すると言う暴虐の化身、絶対防御を誇る須佐能乎の最終形態にして――マダラの切り札のお出ましだ。

「――須佐能乎完全体か! 面と向かってやり合うのは初めてだな!」
「ああ。さて、どう防ぐ――千手柱間!?」

 裂帛の気合いと覇気を纏いながら振るわれた攻勢を避けるべく後方へと大きく跳んで、この戦場に辿り着いた時に生み出しておいた巨樹へと身を寄せる。
 ざらつく樹皮へと手を当てて己の意思に従う様に命令を下す。
 すると、それまで絡み合っていた木の幹が分岐して大天狗へと勢いよく襲いかかり、その巨体を万力で持って締め上げた。

「“――木遁・挿し木の術、改”ってね!」

 さらに片手印を組んで、須佐能乎の全身を拘束する木々に自分のチャクラを流し込む。
 そうすれば大樹が地面へと無数の根を張り巡らせる様に、天狗の動きを封じていた太い幹から無数の枝が生えて、その紫炎を帯びた躯へと食い込み、内側からあの巨体を崩そうと蠢動する。

 我ながらえげつない術だと思うが、最硬の鎧でもある須佐能乎完全体の防御を突き崩すにはこれくらいしなければ。
 ――今のマダラ相手に、やりすぎなんていう言葉は通用しないのだから。

 全身を木の根に貫かれた須佐能乎完全体が大きく揺らぐ。
 巨大化して攻撃力が上がった分、通常時の須佐能乎よりも若干防御力が下がっている事とチャクラコントロールの制御が難しくなる事があの術の難点だ――そこを、突かせてもらう。

 チャクラをより濃密に、より緻密に練り上げていれば――寒気を感じて、大樹から身を離した。

「――っぐ!」

 綿密かつ繊細なチャクラコントロールを必要とする術に気が取られ、判断が一瞬ばかり遅れてしまう。
 鋭い痛みと共に慣れ親しんだ鉄錆の匂いが周囲に漂い、眉間に皺を寄せて歯を食いしばった。

「……これは、一本取られたな――まさか須佐能乎完全体を囮にするとは……剛毅な事だ」

 視線を下げれば、斜めに傾いだ陽光を浴びて鈍く輝いている黒杭が私の足に突き刺さっている。
 不穏なチャクラを放っているそれが、前に木ノ葉の里を襲撃してきた暁の首領の遺留品と類似した物である事に気づいて、軽く舌打ちした。

「一つ間違いがあるな――残念ながら、どちらも本命だ」

 自分の足から視線を外して見上げれば、闘気と殺気を隠して肉薄していたマダラの姿が目に入る。
 私の視界を占有するマダラは巨樹の幹に垂直に佇んだ状態で、服の袖から幾本もの黒杭を取り出す。
 波紋を描く紫の瞳が不穏に輝けば、刺さったままの黒杭から放たれるチャクラの波動も強まって、顔を顰めた。

「ちょろちょろ動き回られると面倒だ――恨むなよ、柱間?」
「何を、って――つぁ!」

 先程までが凪いだ湖面に走る漣だったとすれば、今の黒杭から放たれるチャクラの波動は荒れ狂う激流。
 足に突き刺さったままの黒杭を源として発されるチャクラに、その場に崩れ落ちてしまう。
 ――ずん、と腑を掴まれ、大地へと引き摺り落とされる様な感覚に思わず呻き声を上げた。
 
「っつ、ぐ……!」

 経験者から話半分に聞いてはいたけど、これはきつい。
 まるで私の周囲だけ重力が狂っているか、見えない巨人の手で地面に押し付けられているようで、動く事すら侭ならない。
 視界の端では挿し木の術による拘束から逃れようと大天狗が暴れまわっているし、このままでは不味いな。

 震える体を無理に動かして、足に突き刺さったままの黒杭を睨む。
 マダラのチャクラを放出し続けているこれが原因なのは疑い様が無い――なんとか隙を見つけて外さなければ。

「これだけ圧力をかけてもまだ動けるか――流石だな」
「褒めるには、ちょっとばかり気が、早すぎる、ん、じゃないか?」

 右手を私の方へと翳したままの状態で歩み寄って来るマダラ。
 その余裕綽々な表情を地に倒れ伏した姿勢で見上げて、少々強張ってはいるものの敢えて微笑む。
 案の定、マダラは警戒するように足を止め、器用に片眉を持ち上げた。

 ――生憎だけど、やられっぱなしは私の性には合わなくてね。
 にやり、と自分でも分かる位の悪人面で笑ってやった。

「いい判断だよ。最も、そうでなくちゃ、面白くないんだけどね! ――おいで、木龍!!」

 地面へと押し当てた手にありったけのチャクラを込めて、とっておきの切り札を呼びよせる。
大地が鳴動して巨大な裂け目が生じれば、そこから咢を大きく開いた龍がマダラを一飲みにしようと躍り出た。

「――……終末の谷で、九尾の動きを止めた奴か!!」
「ご名答!」

 あわよくばマダラの図体を噛み千切らせるつもりだったが、残念ながら右腕一本を食い千切っただけに留まった。
 全身にかけられていた圧力が霧散するのを感じ、素早く身を起こして足に突き刺さったままの黒杭を引き抜く。
 私の手の中の黒杭の纏うチャクラが愉快そうに小刻みに震えるのを感じた。

 ――――唯一無二の好敵手の本気を感じて、乾いた唇を潤そうとぺろりと舐める。

 最早私に守るべき物は無い。
 一族も里も、既にこの世には存在しない『私』と言う存在を縛る事は無い。
 だからこそ、ただ一人を見据えて思う存分に戦える――戦う事が出来る。

 それがどうしようもなく嬉しくて、狂喜にも似た感情が胸の奥で膨れ上がっていった。

******

 にやりと嗤った奴の表情に戦慄を覚え、踏み出しかけていた足を咄嗟に横に動かしたのは正解だった。

 視野の広さと付随する能力は輪廻眼が上だが、相手のチャクラを読み解き先読みすることに関しては万華鏡の方が優れている――その隙を突かれたか、と軽く舌打ちして、尚も追随して来ようとしてきた龍の横面に蹴りを入れて吹っ飛ばした。

「足一本と腕一本でチャラって事にしておいてあげようか?」
「――ほざけ。次はその心臓を貫いてやる」

 刺さっていた黒杭を引き抜き、滴る血もそのままに放り捨てた奴が意地悪く首を傾げる。

 少し離れた所で、奴の呼び出した木龍は須佐能乎完全体へと襲いかかってはその喉笛目がけて牙を剥き、己の分身操る須佐能乎は自由自在に動き回る木龍を叩き潰さんと三腕を振るっている。
 チャクラを吸う性質を持つ木龍相手に、高濃度のチャクラの塊である須佐能乎完全体は少々分が悪い――決着がつく前に早急に本体である己が片をつける必要がある、と判断する。

 そう策を巡らせていれば、神秘的な緑の輝きを帯びた黒瞳と目が合わさって、相手が己と同じ事を考えていたのだと理解した。

「――それでは、再開といこうか?」
「ああ。小休止は仕舞いだ」

 短い言葉を交わし合い――互いに獲物を手にして地を蹴った。
 一瞬たりとて同じ動作の無い、武芸の極みに到達した者にのみ許された鍔迫り合い。
 金属のかち合う音とそれによって生じる無数の火花。真っ赤な血飛沫と灰白色の紙片が辺りに飛び交った。

「あ、ははは! やっぱり面白い――悔しいけど、お前と戦うのは心が躍る! 平和主義者の看板を放り捨てたくなるよ!!」

 胸の奥から込上げて来る激しい歓びの感情に蓋をする事無く、奴は苛烈に笑う。
 一度死人となった事で長としての役割から解放されたせいか、生前の奴であれば口にする事の無かった言葉。

 ――否、一度だけ似た様な事を戦場で告げられた事はあった。そのすぐ後に、七尾の襲撃を受けた際に。

 戦嫌いの千手柱間。
 圧倒的な力を持ちながらも、それを使う事をよしとしなかった戦国の英雄――己の仇敵。
 憧憬の的であり憎悪の対象であり、己の認めた唯一無二のライバルだった。

 ――届くのだろうか、今度こそ。
 あの遥か頂きにて遠くを見つめているあの背中へと、その存在へと。

 胸中で沸き上っていく切望。
 かつて叶える事の出来なかった、その願い。
 世界を永遠の幻術の支配下に落としてやる事を目的としながらも、その願望だけはずっと捨て切れなかった。

「出し惜しみなんかするな! お前の力はこんなもんだったか? だとすれば早々に冥土にお戻り願おうか!」
「よく言った! ――その言葉、後悔などするなよ!!」

 ――楽しい、愉しい。
 己も相手も同じ事を思っているのが分かる。
 かつて戦場で対峙しては、二人で刃を交わしていた時の様に――これ以上無いほどに心が満たされる。

 凛とした面が鮮やかに笑って、己の姿を見つめている。
 最後に見た姿はあまりにも儚く、あれほど輝いていたその命の灯火は己の前で掻き消されて、そのまま手の届かぬ所へと逝ってしまった。

 しかし、今の奴は違う。
 ――焦がれ憎みながらも、追い求めたあの燦然たる輝きのままで……手の届く位置にいた。

 我武者らに、手を伸ばす。
 攻撃を防ごうとする木の壁を叩き割り、不安定に揺れ動く大地を蹴って一直線に奴の元を目指す。
 己の進攻を止めようと四肢に絡み付こうとする木々の根を砕いて、自分の身を貫く大樹の攻勢を無視して――目指す相手はただ一人。

 ただでさえ、二度と出会う事の無かった自分達だ。
 この機を逃してしまえば――――この様な好機は二度と巡って来ないだろう。

 ――その背に追い付く機会は今しかなかった。
 ――追い求めた相手を捕える事が出来るのは今だけだった。

 手を伸ばす。無我夢中のまま、己が腕へと紫炎と化したチャクラを纏わせる。

 腹が抉られ、片腕は消し飛んだ。大量の紙片が周囲に飛び散り、視界の端では赤い花が咲く。
 死人の身であることが幸いして――並の人間であれば即死の追撃も気にせずに足を進められる。

 ――――進んで、進んで、そうして。
 嘗て届くことの出来なかったその頂きへと、無我夢中なまま手を伸ばした。

*****

「――……え?」

 そう呟いたのは、誰が最初だったのだろう。
 その場で手出しする事も無く事態を見守っていた者達は、目の前で起こった光景に目を剥いた。

「届いた、のか……?」
「……まあ、そうなるのかなぁ」

 夕暮れ時の残照の輝きが戦場を染め上げる中、彼らの見守る先では二つの人影が向かい合っている。
 一人は驚いた様に目を見張って呆然と声を漏らし、もう一人はどこか困った様に……優しく微笑んでいた。

「嘘だろ……、初の姉ちゃんが……!」
「落ち着け、ナルト!」

 今にも飛び出そうとしていたナルトの肩を、同じく動揺を隠せない我愛羅が押さえる。
 彼だけでない。歴戦の忍びであるオオノキも、冷静沈着なドダイも信じられないと動きを止めている。
 そんな彼らの反対側で同じくこの戦いに魅入っていたカブトもまた、その光景に内心驚愕していた。

「決着が……付いたのか……?」

 オオノキの口から愕然とした声が零れ落ちる。
 その呟きに答えようとドダイが口を開くが、結局何も言えずに口を閉ざすに留まった。

 生と死の狭間を行き来する二人の舞は、突如として動きを止めていた。
 ――他ならぬ黒髪の彼の人が、その胸に凶器と化した相手の腕を突き刺された状態になったせいで。

「あーあ。楽しい時間はあっという間に過ぎるって言うけど、その通りだなぁ」
「柱間……?」

 己の胸に刺さった腕に軽く触れて、彼の人は困った様な苦笑を浮かべる。
 長い黒髪が吹き抜ける風に煽られて、羽衣の様にその容貌を華やかに彩った。

「元々、穢土転生を大蛇丸が使用した時は未完成だった」

 元来不確定要素であった彼の人にとっては、別にどうでも良かった事だったのだろう。
 淡々と、誰もがそれまで目を逸らしていた事実を、彼の人は何の気負いも無く告げる。

「だからこそ、反忍術を使ったとしても……色々と、欠陥が有ったままだったのさ」

 ――――赤い血が、笑みの形を象った口の端から滴り落ちる。
 向き合う彼らから離れた所で、決着の着いた紫の大天狗と木の龍の長躯がぼろぼろと音を立てながら崩壊していく。

「――まあ、大蛇丸の縛りから逃れて二年近く問題がないままに発動していた方が、寧ろ可笑しかったとも言えるのだが」

 苦笑しながら自身の胸元へと手を当てた姿を、動揺の色を隠せない紫の瞳が見つめる。
 ふふふ、と生命の色で赤く染まった唇が笑声を零した。

「とうとう、追い越されちゃったか。勿体無い。もう少し楽しみたかったのに――時間切れ、かぁ」
「っ、柱間!」

 悲鳴の様な声が上がる。
 相手の姿が徐々に灰と化していく情景を見て、今度こそ何者にも利用などされない様に、己が痕跡の全てを世界から消滅させる気なのだと男は理解した。

 その叫びを無視して、彼の人はその緑色の輝きを帯びた黒い瞳を、周囲で見守っていた人々へと向ける。
 ――――ゆるり、と赤い唇が弧を描いた。

「オオノキ君、君は……大事な物を取り戻した様だね」
「――っ、柱間殿! ワシは……」
「昔……会った時と、同じ顔をしている……。もう一度見る事が出来て……安心したよ」

 ほぅ、と大きく息を吐いて、彼の人はふんわりと微笑んだ。

「――――な。任しても、いいかい……?」

 その言葉に、何かを言いかけた皺だらけの老人の手が、空を掻く。
 荒れ狂う内面の動きを抑える様に片手を堅く握りしめ、軽く一息吐いて、空を舞う翁は決然と宣言した。

「――……両天秤のオオノキの名にかけて、必ず」
「うん、期待している」

 力強い輝きを取り戻した老人の眼差しが、優しい光を灯している黒い瞳をしっかりと見つめ返す。
 頼りがいのある眼差しを返され安堵した様に、その人の目元が緩んだ。

 ――次に、黙って事態を伺っていたカブトへとその緑の輝きを帯びた黒瞳は向けられる。

「旅の途中で、木の葉の運営する孤児院に……よってね」

 “孤児院”と言う単語にカブトが憑依した死人の肩が小さく揺れる。
 何かを言いかけていた金の髪の少年が、風影の制止を受けて押し黙った。

「遠くに旅立った弟を……今でも、待っている青年に会った。――ウルシと言う名を、覚えているかい?」
「――っ!」
「その、様子なら覚えている様だ、な。……良かった。そう、君の……帰る、場所がある事……忘れるな、よ」

 億劫そうに、その人は最後の言葉を零す。
 胸元から滴る血が大地へと触れるよりも早く、それは灰と化して風に乗って飛び散っていく。

 ――――そうして最後に。
 紫色の波紋を描いた双眸から赤い瞳へと変わっていた相手の眼差しを至近距離から見つめ返して――柔らかな微笑みをその人は浮かべた。
 
 

 
後書き
『頭領登場〜VS五影戦』まで本誌で読んで、頭領って初代火影と思う存分戦わせてやったらそれだけで成仏してくれそうだな、でした。でも輪廻眼持ちで不死身の体相手には流石に彼女が勝つのは難しそうだと考え、この様な結果に。
本当は初代火影が四代目の技とか使っても面白いなぁ、と考えていましたが敢えて割愛しました。
あと、一話です。 
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