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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
ジパング
  オロチの生け贄

「皆さん、どうぞ中にお入りください」
 女性の家に招かれると、初めて見た造りの部屋に私を含め皆興味津々で眺めていた。木の板を張り合わせて造られたであろう簡素な家には椅子やテーブル、ベッドもなく、代わりに見たことのない道具や、草か藁で編んだ敷物が目を引いた。とはいえ他人の家をいつまでもジロジロ見ているわけにも行かないので、一ヶ所に固まって座りながら彼女の用意する食事を待つことにした。
 部屋の真ん中にある四角い穴には炭が敷き詰められており、赤々と燃えている。穴の中央には天井から鉤のついた縄がぶら下がっていて、ほどなく鉄製の鍋を持って女性がやってくると、その鍋の取っ手を鉤にひっかけた。女性いわく、これは『イロリ』と呼ばれるものらしい。
 そのまま女性は私たちの前に座ると、お互いに自己紹介をした。
「おまたせしてすみません。私はヒイラギと申します」
 ヒイラギさんは、やや線の細い美人ではあるが、どこか悲壮感の漂う顔をしていた。
「俺はユウリ。こいつらは俺の仲間で、黒髪がミオ、金髪がシーラ、銀髪がバカザルだ」
「おいこらボケ勇者!! 勝手に改名するな!!」
 なんて適当な紹介の仕方だろう。ナギに至っては名前ですらない。
 しかしそんな私たちのやり取りなど意に介さず、ヒイラギさんは俯いた顔のまま話を続けた。
「……もう、私たちには、神様に縋るしか道はないのです。お願いします、どうか私の娘をお助け下さい!!」
「いや、私たちは神様でもなんでもなくて、ただの勇者一行なんです」
「……え?」
 私は狐につままれたような顔をしているヒイラギさんに、私たちがこの村にやってきた事情を説明した。
「おうぶ……? いったい何のことでしょう。私は聞いたこともありません」
「なら、アンジュと言う名の女性を聞いたことはあるか?」
 ユウリが問うと、これもまたピンとこない様子でヒイラギさんは答えた。
「確かに私が若い頃同じ名前の子が村にいた気がしますが、あまり覚えてなくて……。もしかしたら途中で何処かの村に引っ越してしまったかもしれません」
 と言うのも、昔はもっと人口も多く、若い人もたくさんいたらしい。なので同年代の人でも知らない人が少なくなかったとか。
「そうか。ならこちらの話は以上だ。それで、あんたの娘がどうかしたのか?」
 話を戻し、ユウリがヒイラギさんに尋ねる。そういえばこの家に入った時から、私たちはヒイラギさんの姿しか見ていない。彼女の娘さんは一体どこにいるのだろうか。
「……あまり大っぴらには話せないので、こちらに来ていただけないでしょうか?」
 そう言うとヒイラギさんはすっくと立ちあがり、家の外に私たちを招いた。訳も分からないまま、私たちは彼女に付き従う。
 家の外は真っ暗で、街灯もない。少し離れると辺りが全く見えない闇の中、ヒイラギさんは家から少し離れた納屋らしき場所へと私たちを案内した。
「この中に娘はおります」
「こんなところにか?」
 疑うようにユウリが反応する。だがそれには答えず、ヒイラギさんは無言で納屋の中に入っていった。
 扉の傍にある、羊皮紙か何かで出来たランプのようなものに火を灯したヒイラギさんは、納屋の奥にある地下へと続く階段を降り始めた。
「地下室……?」
 ランプの灯に照らされたユウリの表情には、疑惑の色が浮かんでいた。ユウリは音を立てないようにゆっくりと歩くヒイラギさんの後ろを警戒しながらついていくと、私たちもそれに倣い歩き出した。
「……なんだこれは」
 地下へ降りると、そこには無数の壺が並んでいた。壺の中には米や野菜、保存食のようなものが入っており、中にはぴっちりと蓋がされているものもあった。どうやらここは貯蔵庫のようだ。だが貯蔵庫自体が珍しくて驚いてるわけではない。なぜ娘さんの居場所がここなのかと
、謎は深まるばかりであった。
「ヤヨイ。この方々に紹介をするから、顔を出しておくれ」
 ヤヨイ、と呼ぶ母の声に、大きな壺の一つがわずかに動く。まさかと思いながらも、私たちはその壺に近づいた。そして覗き込もうとしたその瞬間、突然黒い頭が壺の中から勢いよく飛び出した。
『うわぁああっっ!?』
 壺の周りにいた全員が驚いてのけぞる。壺の中から現れたのは、私と同い年くらいの少女だった。
「お、お母さん、この人たちは……?」
 突然見知らぬ人たちに囲まれ怯えの色を見せるその少女――ヤヨイさんは、暗がりでもわかるくらい艶やかでまっすぐな黒髪をしていた。だがまだ幼さの残る顔立ちは、ずっと狭い壺の中に入っていたせいか、ひどくやつれて見えた。
「お前を救うためにいらっしゃった、『ユウシャ』様とそのお仲間さんたちだよ」
「『ユウシャ』? なあにそれ……」
「とりあえず、そこから出てきたらどうだ?」
 目の前に立っているユウリの言葉に、はたと彼と目が合うヤヨイさん。すると見る見るうちに、彼女の顔が赤くなったではないか。
 そんなヤヨイさんの態度など知ったことかと言う風に手を差し伸べるユウリ。その仕草が余計に彼女の頬を染めていることなど気にも留めずに、彼はヤヨイさんが手を伸ばすのを待った。
 一方おずおずとユウリの手を取りながらも壺の中から出たヤヨイさんは、残る三人の見知らぬ人たち――つまり私たちを交互に見ると、恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あの、初めまして。ヤヨイと申します」
 それでもなにか言わなければと、鈴の鳴るような可愛い声で話す彼女はどうやら人見知りらしく、名乗りはしたもののずっと目線を下に向けている。見かねたヒイラギさんがヤヨイさんのそばまでやってきて、彼女の肩に手を置いた。
「すみません、普段滅多に人と会うことがないので、私以外の人と接するのが苦手なのです」
「まさか普段から壺に入って生活しているのか?」
「……は、はい」
 ユウリの問いに、恐る恐る頷くヤヨイさん。いや、怖がってはいるが、その割にはユウリのことをチラチラ見ているように見えるのは気のせいだろうか。
「どういうことだよ? これじゃあまるでヤヨイちゃんを隠してるみたいじゃねえか」
 ナギが不審そうにヒイラギさんに詰め寄る。だがそう指摘さればつが悪そうにしているヒイラギさんを、ヤヨイさんは庇うように前に出る。
「お、お母さんは何も悪くないんです! お母さんは、私をオロチの生け贄にさせないために、私をここに隠してるんです!」
「オロチの生け贄……って何?」
 私が尋ねると、ヒイラギさんはびくりと肩を震わせた。別に驚かすつもりはないのだが、彼女にとってはその言葉を聞くだけで反応してしまうのだろうか。
「……話せば長くなりますので、一度家に戻りましょう」
 ヒイラギさんはヤヨイさんと私たちを引き連れ納屋を出ると、再び家へと入っていった。



「『オロチ』と言うのは、この国でもっとも恐れられている魔物なのです」
 ぐつぐつと煮立った鍋から湯気が立ち上る家の中は、熱気と温かさに包まれていた。
 車座になってイロリを囲む私たちに、ヤヨイさんは一人づつ鍋に入った独特な色の野菜のスープなどをよそってくれた。
 その他にも、炊きたてのお米に焼き魚、それと――初めて見る食べ物だが――発酵した野菜を切って盛り付けた『ツケモノ』という料理を用意してくれた。かじるとカリカリと小気味よい音が口の中で鳴り、噛めば噛むほど野菜のうまみと塩味が広がってくる。ナギとシーラは微妙な顔をしていたが、私とユウリは特に気にすることなく普通に食べた。
 そんな未知の料理に舌鼓を打ちながら、私たちはヒイラギさんの話に耳を傾けていた。
「そんなに凶暴な魔物なのか?」
「ええ。今から十数年前、オロチはこの村の近くに突然現れて、村人たちを次々と食い殺していきました。その咆哮は人間のみならず獣や他の魔物を脅えさせ、吐く息は炎となって大地を焼きつくし、鋭い牙はいかなる生き物も一瞬で切り裂きました。当時は周辺の村はほとんどオロチによって滅ぼされたと聞きます」
「そんな……!」
 沈痛な面持ちのまま話すヒイラギさんに、私は思わず箸を止める。故郷の村でもかつて魔物に襲われ、私と同じくらいの年の子たちが殺されたからだ。
「だからこの村には魔物避けの結界が張られていたんだね。でも、そんなにヤバい魔物なら、あの程度の結界じゃ防げないと思うよ?」
 シーラの問いに、ヒイラギさんは意外そうに顔を上げる。
「ヒミコ様と同じことをおっしゃられるのですね。そうです、この村の結界はヒミコ様が張られているのですが、それだけではオロチの脅威は防げないと、とある提案をしたのです」
「なあ、話の腰を折るようで悪いけど、『ヒミコ様』っていったい誰だ?」
 疑問に思った私が尋ねるより先に、ナギが口を挟む。
「ヒミコ様はこのジパングの国を統べるお方です。他の人にはない異能を身につけており、その力で結界を張ったり、私たちを守って頂いてくれる、とても民思いのお方なのです」
 その言葉に私は、昨日初めてこの村に入った時のことを思い出した。
「そう言えば村に入るときに、村の真ん中に一軒だけものすごく大きな家が建ってたけど、ひょっとしてあそこにヒミコ様が住んでるの?」
「はい。ここジパングは代々異能を持つ人間がこの国を治める決まりになってまして、ヒミコ様も元々この村の巫女でした。ヒミコ様のおられるあの神殿も、ずっと昔からあったものなんですよ」
「村の巫女だった奴が統治者なのか。まあ、そう言う国はないこともないが、随分と珍しいな」
 どこか含みを持った言い方で、ユウリが言う。シーラの故郷であるダーマも国とは少し違うそうだが、あそこ一帯の土地は彼女の父親であるダーマの大僧正が管理しているらしい。そんな場所は極めて稀なことのようだが、ダーマ以外にもそんな国があることは驚きだ。
「話を戻すけどさ、そのヒミコ様が言ってた『提案』ってひょっとして、生け贄を差し出すってこと?」
『!!』
 シーラの言葉に、ユウリ以外の皆が驚愕した。もっともヒイラギさんとヤヨイさんは、シーラがヒミコ様の提案が何なのかを言い当てたことに驚いているようだったが。
「そ、その通りです……。年に一度オロチに若い娘を差し出せば、村を襲うことはないとヒミコ様からお告げがありました。実際お告げ通り生け贄を差し出したら、その年はオロチに襲われることはありませんでした。それから今まで十余年、村の習わしに従った結果、今でもオロチの脅威は訪れていません。……ですが、ひと月前にヒミコ様から賜ったご神託によると、次のオロチの生け贄は、娘のヤヨイだというのです」
 当の本人を見ると、彼女は『生け贄』という言葉に反応したのか、蒼白になりながら歯をカチカチと震わせた。
「村のためを思えば生け贄を差し出さなければならないのはわかっているんです。ですが……いざ自分の娘を魔物に差し出さなければならないとなると、胸が張り裂けそうで……」
 さめざめと泣くヒイラギさんの悲しみが、私にも痛いほど伝わってくる。
「そんなの、子供を持つ親なら当然そう思います」
 ヒイラギさんが涙ぐむ姿を見たら、カザーブにいるお母さんのことを思い出して涙が溢れてきた。自分が産んだ子供を魔物に殺されるのを分かって差し出さなければならないなんて、そんなの辛すぎる。
「なので私は、すぐにヤヨイを世間の目に触れないようにここに隠しました。周りにはヤヨイは川に落ちて行方不明だと触れ回りましたが、おそらく誰も信じていないでしょう。なぜなら他の人たちもまた、私と同じように考えているからです。実際本当は娘なのに男として育ててたり、生け贄に選ばれた途端、遠くの村へ引っ越したりしてましたから」
『……』
 その事実に、私を含め四人は絶句した。
 いくら国のためだからといって、なぜ幼い少女が犠牲にならなければならないのだろう。少女だけではない。その家族も、少女を失った悲しみを背負わなければならない。そんな理不尽な世界を作り出したオロチに対して、私はふつふつと怒りが込み上げてきた。
「なんで、この国の女の子たちはそんな目に遭わなきゃならないんですか? オロチを何とかしようとする人はいなかったんですか?」
 私の問いに、ヒイラギさんはさらに落胆した顔をした。
「この国にはオロチを倒せるほどの戦いに秀でた者などおりません。それにヒミコ様の教えが全てですから。なので弱い私たちは、ただ黙って身代わりとなった娘の行く末を案じるしかないのです。ですが……」
 一瞬の間を置いた後、ヒイラギさんはユウリの方をちらりと見た。目を合わせたユウリも何かを察したようだ。
「今日ユウリさんたちに出会って、考えが変わりました。お願いします。どうか娘を連れて行ってくれませんか?」
「!?」
「お母さん!?」
 母の無情な言葉に、ヤヨイさんは愕然とした。
「ヒイラギさん、オレたちは魔王を倒す旅の途中なんだぜ? 戦えないヤヨイちゃんは連れていけねえよ」
「わかっています。ですがこうするしかヤヨイを生かす道はないんです」
 ナギのもっともな指摘に、ヒイラギさんはすがるような眼差しで私たちを見つめる。その言葉には、例え一生離れ離れになっても、ヤヨイさんには生きていて欲しいという、ヒイラギさんの強い願いがひしひしと伝わってくる。だけど……。
「随分と勝手だな。俺たちに丸投げするってことか」
 ユウリの目は冷ややかだった。それを感じ取った当事者のヤヨイさんは、おろおろしながら成り行きを見守るだけで精一杯のようだ。
 ヒイラギさんの気持ちもわかるが、私たちには魔王を倒すという目的がある。ヤヨイさんも連れて行くにはさすがに無理がある。それを一番感じているのは、リーダーであるユウリに他ならない。
「ここにいたら、ヤヨイは幸せにはなれません。お願いです、ユウリさん……!!」
「……」
 そう言うとヒイラギさんは、それでも顔色を変えないユウリに泣きすがった。
「お願いです、どうか……、うっ、ううっ……」
 彼女の悲痛な叫びが、室内に細々と響き渡った。
 すると、たまりかねたヤヨイさんが、ぼろぼろと涙を溢しながら母であるヒイラギさんに抱きついて口を開いた。
「嫌だよ、お母さん!! 私、お母さんと離れたくない!!」
 泣きじゃくる彼女を、ヒイラギさんは苦悶の表情を浮かべながら押し留める。そんな二人の様子に、私は胸が張り裂けそうな気持ちになった。
 私もアリアハンに行く前の日、お母さんに一度だけ泣きついたことがあった。一人で旅に出る不安に押し潰されそうになり、自分で決意したにも拘らず少しだけ泣き言を言った。
 そんな弱気な私を、お母さんは何でもないことのように励まして送り出してくれたっけ。
 そのときは家にいて私に軽口を叩きながら見送ってくれたルカも、今じゃあ家を飛び出して町を作ってるんだもんな。
――あ!
 そうだ、ルカのいる町に行けば、もしかしたらヤヨイさん一人でも暮らせるかもしれない。
 我ながらナイスアイデアだと思い、早速ユウリに提案しようとしたら、その前にユウリが口を開いた。
「ヒイラギ。今から俺はあんたに選択肢を与える」
 今まで冷え切っていた彼の目には、炎が燃え盛っている様に見えた。よく見るとそれはイロリの炎が映し出されただけであったが、それだけではない彼の内なる感情が体現されているようにも感じた。
「……?」
 ユウリの言っている意味がわからず、ポカンとするヒイラギさん。そんな彼女の目の前に立ったユウリは、人差し指を立てた。
「一つ、娘がオロチに喰われるのを黙って見届ける。二つ、このまま娘を納屋に閉じ込め、誰とも会わずに一生を終える。三つ、娘を俺たちに預け、一生離ればなれになる」
 彼の立てた指が三本で終わると思いきや、続けて四本目の指が立った。
「そして四つ、俺たちがオロチを倒してこの下らない風習に終止符を打つ。さあ、どれを選ぶ?」
 ――!!
 なんて、私は浅はかなんだ。
 ユウリは私なんかの考えよりも、遥か上の答えを導き出している。それはけして絵空事ではなく、彼が勇者だからこそ成し遂げられると思えるほどの説得力を感じられた。
 彼の考えに、私はすぐに決断した。
「あ、あの……、それって」
 動揺するヒイラギさんに、ユウリの横からナギがひょっこりと顔を出す。
「要するに、オレたちがオロチを倒してこの国を救うってことだよ!」
「そーそー、あたしたち『ユウシャ』一行は、ヤヨちゃんたちみたいな人を救うために旅をしてるからね! だよね、ミオちん?」
 シーラに話を振られ、私は迷うことなく首肯する。
「うん!! ヒイラギさんとヤヨイさん、二人とも幸せに暮らして欲しいもん! だから、私たちはお二人の望む選択に従います。さあ、どうします?」
 語気を強めて話す四人に圧倒されたのか、この家の住人である親子は戸惑いを隠せないまま顔を見合わせる。けれど私たちの言葉が嘘ではないということに気づき、次第に希望の光が瞳に宿った。
「ほ、本当に望んでいいのでしょうか……?」
「当たり前です!!」
「ふん。俺を誰だと思ってる」
「せっかくレベルアップしたんだ。たまには思い切り暴れさせてくれよ」
「あたしもせっかく授かった賢者の力を思う存分発揮したいもんね♪」
 四人四様の受け答えに、改めてヒイラギさんは覚悟を決めた様子でヤヨイさんを一瞥する。そして、再び私たちの方に向き直ると、
「お願いします。どうかオロチを倒して下さい!」
『もちろん!!』
 その言葉を待っていたかのように、私たちは声を揃えて頷いたのだった。

 
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