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イベリス

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第百十六話 交番に寄ってその六

「コーヒーは熱いから」
「ああ、生クリームが膜で」
「熱を逃がさないから」
 コーヒーのそれをというのだ。
「だからね」
「それで、ですね」
「熱いから」
 他のコーヒーに比べてというのだ。
「このことはね」
「注意していないと駄目ですね」
「そうよ」
 こう言うのだった。
「そのことは覚えておいてね」
「わかりました」
 咲も頷いて応えた。
「そうさせてもらいます」
「それじゃあね」
「いや、何かです」
 咲は笑ってこうも言った。
「前に一人で喫茶店に行って」
「一人でコーヒーを飲んで」
「大人になったと思ったら」
「それがウィンナーコーヒーになったら」
「尚更ですね」
 まるで夢を見る様にして言った。
「それなら」
「ああ、そう思うでしょ」
 先輩は咲の今の話に昔を懐かしむ様にして応えた。
「最初に喫茶店に入った頃は」
「一人で」
「そう思うのはすぐ終わってね」
「終わるんですか」
「もう何でもないってね」
 その様にというのだ。
「思う様になるわ」
「そうなんですか」
「大人とか思うのはほんのちょっとの間よ」
「すぐにですか」
「何でもなくなってよ」
 それでというのだ。
「普通に思ってね」
「飲む様になりますか」
「そうなるわ」
「そうなんですね」
「そうよ、大人になったと思っても」
「それはすぐになくなるんですね」
「というか大人ってね」
 先輩は咲に考える顔になって話した。
「何かっていったらね」
「何か最近よく言われますけれど」
 咲も考える顔で応えた。
「二十歳になるとか喫茶店に行くとかじゃないですね」
「心が成長して」
 そしてというのだ。
「そのうえでね」
「なるものですね」
「何歳になっても成長しないで」
 そしてというのだ。
「そのままね」
「ずっとですね」
「子供のままなのよ」
「二十歳を超えても」
「二十歳どころか」 
 それどころかというのだ。
「五十六十でもね」
「子供のままですか」
「そんな人もいるのよ」
「そうなんですね」
「男の人でもそうで」
「女の人でもですね」
「そうよ、そんな人もいるのよ」 
 都の中にはというのだ。
「だからね」
「それで、ですね」
「咲ちゃんもね」
「そうならないことですね」
「年齢じゃないのよ」
 大人になるということはというのだ。 
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