星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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敢闘編
第七十話 挟撃 Ⅱ
帝国暦484年7月1日01:00
フォルゲン星系、銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍、
ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ラインハルト・フォン・ミューゼル
遠征軍本隊と叛乱軍艦隊の戦闘は膠着状態に陥っていた。
本隊前衛の中央ゼークト艦隊及び左翼シュトックハウゼン艦隊の前進を叛乱軍中央と右翼が受け止め、残った此方の右翼ギースラー艦隊と彼等の後方に控えていた後衛の遠征軍司令部クライスト艦隊が味方右翼の外側を迂回して前進、叛乱軍の左翼を半包囲していた。叛乱軍艦隊は三個艦隊ではあったが、戦力が増強されていたようだ。フォルゲン到着前の戦況連絡で、敵は四万五千隻と聞いた時は耳を疑った。
「叛乱軍左翼の指揮官は中々しぶとい男の様だな。劣勢ながらもよく戦列を維持している」
頬を載せた肘をついて、ヒルデスハイム伯が感心した様にスクリーンを見つめている。
「叛乱軍左翼は第一艦隊…指揮官はクブルスリーという男の様です」
オペレータからの情報をシューマッハ参謀長が読み上げた。
クブルスリー…聞いた事はないが出来る男の様だ。
「叛乱軍にも優秀な指揮官が居る、という事だな…しかし、敵の右翼は中央に比べ陣形が雑然としているな。艦艇数が多い事に救われている様だ」
本隊による敵の通信傍受の結果、叛乱軍艦隊は右から第二、第十二、第一艦隊という並びの様だった。常識的に考えれば中央には経験豊富で信頼出来る指揮官を、左右どちらかに切り札となる指揮官を…となるが、そうすると目の前の戦場では敵右翼は経験の浅い指揮官が率いているのだろう。参謀長が引き続き読み上げる情報がそれを裏付けていた。
「敵の中央、第十二艦隊司令官はボロディンという男で、派手さはないが堅実な用兵をする軍人、との評価を得ている様です」
「ほう」
「左翼、第一艦隊司令官クブルスリーは戦略的思考を有する有能な軍人、右翼の第ニ艦隊司令官パエッタは参謀としての経験が長く、艦隊司令官としては未知数、とあります。フェザーン経由の情報です。パエッタとクブルスリーは同時期に艦隊司令官になっている様ですから、艦隊運用能力についてはクブルスリーの方が上の様です」
参謀長の説明が終わると伯はふう、と息を吐いた。
「叛徒共の指揮官の情報があるというのは有難い事だな。艦隊兵力の増強までは知りえなかった様だが…となると…我々が攻撃参加するのは半包囲している敵左翼側ではないかな?」
内心伯爵には感心せざるを得ない。目先しか見ない指揮官であれば比較的弱い印象のある敵第二艦隊の位置する敵右翼に攻撃参加するだろう。しかしそれでは敵が防御に徹して有効な打撃を与えられないかもしれない。であれば半包囲陣形に参加して、此方の二個艦隊相手にしぶとく戦っている敵第一艦隊を先に撃破した方が、敵に与える影響は大きいだろう。敵第二艦隊は中央の第十二艦隊が居るから戦えているのだ。第一艦隊が包囲されてしまえば、第十二艦隊は第一艦隊の援護をするか否かの判断を迫られる…。
俺と似たような顔をして伯爵を見ていた参謀長が深く頷いた。
「最良のご判断と存じます、閣下」
宇宙暦793年7月1日01:15
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、宇宙艦隊司令部、
オットー・バルクマン
フォークの予想が当たった。敵は別働隊を用意していた。しかも第一艦隊を包囲する戦線に加わろうとしている節がある。
「パエッタのとっつぁんが足を引っ張らなければこんな事には…」
マイクが頭を抱えている…って、まだパエッタ提督もとっつぁんなんて呼ばれる歳にはなってないぞ…そんな事はどうでもいい、ヤマトはここからどう指示を出すのだろう。
「マイク、第二艦隊に連絡だ。敵の左翼の、正面に狙点を固定しろと伝えろ。攻撃参加している全艦で行えと。立て直す時間は稼げる筈だ」
「…一点集中砲火か。了解した」
連絡は行われたものの、第二艦隊がヤマトの指示を実行したのはそれから十分ほどたってからだった。二十近い年下の、しかも下位の若者からの指示を素直には聞く気になれなかったのだろう…。しかし第二艦隊が指示を実行すると敵左翼艦隊の陣形に幾つか大きな穴が空いていた。一点集中砲火、艦隊の構成艦艇が同一目標を狙って斉射を行う。素早く狙点を指示できれば効果は大きいが、それが出来ない時は攻撃間隔が開いてしまい逆効果に陥る。第二艦隊の攻撃は指示と多少違ってめくら撃ちの様な攻撃だったが、効果はあったようだ、敵の左翼正面の陣形が狙撃を避けるために広がり出した。確かに第二艦隊が体制を立て直すきっかけにはなっただろう。だが…艦隊の個別の戦術に関して口を出すのはたとえ宇宙艦隊司令部とはいえ越権行為ではないのか?確かに第二艦隊がしっかりしてくれないと戦線が崩壊するのは確かなんだが…ヤマトはパエッタ提督を信用していないのだろうか…いや、信用ではなく信頼していないのかもしれない…。
「閣下、此方に砲火が及ぶ危険性があります。旗艦の現座標からの後退を許可願います」
「了解した。艦の事は艦長の宜しい様に」
「はっ」
ガットマン艦長とヤマトの短いやり取りがあった。確かに現在の位置では敵の砲火に巻き込まれかねない。微速後進、という命令が聞こえる。艦長はエル・ファシル警備艦隊勤務の時も我々と旗艦勤務していたから、旗艦が後退する事の意味をよく知っている。急速後進をしないのは流石だった。
「ヤマト、少し苦しいな」
「ああ。フォークが敵の意図を読んだのは流石だけど、本当にこうなってしまうと厳しいな…第二艦隊に命令、艦列の立て直し完了次第、前進せよ」
「前進…?いえ、了解しました」
02:00
自由惑星同盟軍、駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、
ヤマト・ウィンチェスター
敵の作戦は見事というしかない。出来る事と出来ない事をよく理解している。だがそれはボーデン方面に送る兵力が敵には存在しない事を示している…断言は出来ないが…。
「ヤマト、第二艦隊が敵左翼を押し返しているぞ。さっきと違って、効果的に一点集中砲火を浴びせている様だ」
「そうか。十二艦隊に連絡、兵力の派出は可能か聞いてくれ」
「解った」
一点集中砲火を行いつつ前進か…一点集中砲火は前進には向かないんだ。受動的に戦う時には有効なんだが…敵にそれを悟られる前に通常の砲撃に戻さないと効果が薄れる…。
「何故効果が薄れるんだ?」
オットーの問いかけにビックリしてしまった。声に出てたのか…。
「一点集中砲火は強力だけど此方が受動防御を行っている時、敵の出鼻を挫いたり、虚を突く、といった時に効果的なんだ。今の所第二艦隊は前進に成功しているが、相手も反撃してくるからね。前進するなら通常の砲撃の方が効率はいいんだ」
「そうか…敵も散開するからな、確かに効果は薄れるな。だけど…」
オットーは半ば納得、半ば不審な顔をしている。
「だけど…何だ?」
「お前は優秀だからさ…何と言えばいいのか、よく即興で細かい戦術を思い着くなと思ってさ」
「おいおい、それが出来なかったら給料泥棒じゃないか」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
オットーが苦笑していると、マイクが通信文を持って駆け寄ってきた。
「十二艦隊からだ…三千隻程度であれば派出可能、ただし貸しっぱなしは無理、だそうだ…第一艦隊を援護させるのか」
マイクは悪戯小僧の様な顔していた。表情といい態度といい、ヤング・シェーンコップ、と言ったところだな…。
「いや、第一艦隊はしぶとく戦えている。状況によっては半壊に追い込まれるかもしれないが、それはまだ先にだろう。十二艦隊の後衛から三千隻引き抜いて、第二艦隊の後方から迂回させ、敵左翼の外から攻撃させる。敵の左翼を何とかしないと、第一艦隊の援護に十二艦隊を回せない」
「成る程。成功すれば第二艦隊に敵左翼を任せられるな」
「ああ。十二艦隊に連絡してくれ」
「御意!」
何が御意だよもう…。
02:45
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
“無事の到着、祝着至極。敵の第一艦隊は中々しぶとい”
「挨拶痛み入る…我が艦隊も包囲に加わる。三個艦隊による包囲だ、流石に敵も崩れよう」
“そうですな。では”
遠征軍司令官クライスト大将からの通信は、簡潔に終了した。
「参謀長、司令官の直属艦隊の脇を抜けて敵第一艦隊の包囲に加わる。戦闘配置」
「はっ…全艦、戦闘配置!」
艦橋内が慌ただしくなった。静かで、誰も走り回る者などいないのだが、空気だけがせわしなく流れている。俺の横ではロイエンタール、ミッターマイヤーの両中佐が居住まいを正していた。意見を求められるか具申でもしない限り、参謀は観戦者の様な者だ。この二人が意見をしないという事は負ける心配はないという事だろうか。そう思っていると、ロイエンタール中佐の微かに笑う色の違う両目が気になった。
「何か気になるのか?中佐」
俺の問いにミッターマイヤー中佐も興味深げにロイエンタールを見つめている。
「いえ、ボーデン方面が気になりまして。敵の指揮官が常識に囚われない果断な者であれば、一時的にそのままボーデンを突破、ヴィーレンシュタインから此方の後背を遮断するのでは、と思ったのです」
ロイエンタールの顔はもう笑ってはいなかった。ミッターマイヤー中佐も同意の声をあげたが、彼の方は半ば同意といった様子だ。
「確かにな。だが奴等には此方の戦力配置が判らない筈だ。闇雲に前進するなど有り得るのか」
「そうだな。だが考えてみろミッターマイヤー、ここフォルゲンでは戦闘が行われている。ボーデンに展開した叛乱軍は迷っている筈だ。なぜ此方には敵が来ないのか、と。疑心暗鬼のままなら命令を守ってボーデンから動かないだろう。だが叛乱軍が、我々の他に敵にはまとまった機動兵力は無いと看破したなら?」
「見破られるかな?」
「だから言ったろう、敵の指揮官が常識に囚われない果断な者なら、と。それに奴等にはイゼルローンや叛乱軍の領域から増援がある筈だ。一時的にボーデンを空にしても増援がそれを埋める」
ロイエンタールの読みはおそらく正しい。何故なら俺もそう考えるからだ。だが俺は敢えてこの策を立てた。作戦実施の条件は『叛乱軍にヴィーレンシュタイン進出の動きがある場合は作戦を中止する事』だった。ロイエンタール、ミッターマイヤーの二人はこの事を知らない。信用していないから言わなかったのではない。賭けの様な作戦だからだ。参謀の任務は指揮官を補佐しその企図する所を成功たらしめる事だが、無謀を諫めるのも参謀の役目だ。俺の作戦案を最初から知っていたら反対していただろう。
二人が俺を見つめる。最初から無理な話だった。出師目的が多分に政治的過ぎたのだ。アムリッツァ、イゼルローンを奪回するなら、叛乱軍が行った様に余程の大軍を催さねばならない。しかし出撃した我々の兵力は、元から叛乱軍七個艦隊を撃破するにも足りないのだ。であれば奴等の兵力を二分させ、そのどちらかを撃破する事に全力をあげた方が現実的だ。そう考えた末のこの作戦だった。ボーデン展開する叛乱軍に対応する戦力を回していたら、逆にこちらに余裕がない事を敵に教える結果になりかねなかった。であればボーデンには監視と通報のみの機能を残し、戦力は敢えて何も送らない事で敵の疑心暗鬼を誘う…。
「ロイエンタール中佐の言う事は尤もだ。だがそれは既に折り込み済みだ。この作戦の成否は前面の敵を早期に撃破出来るか否かにかかっている。ボーデンの敵が此方の思惑を見破るなら、時間的余裕はあと二日といった所だろう」
「成る程。ではまだ勝算はあると」
「…厳しいだろう。敵が各艦隊の兵力を増強しているとは予想外だった。敵の第一艦隊を撃破したなら、撤退を進言するつもりだ」
「ほう…撤退を進言、ですか」
二人は少し驚いていた様だった。顔を見合わせている。
「私が退き時を分からないとでも?一個艦隊の撃破では不足かな?」
ミッターマイヤーが身を乗り出した。
「いえ…ですが、少し消極的と受け取られるのではありませんか?」
「目の前に敵が残っているのに戦わないのは戦意不足、と?確かにそう考える輩もいるだろうな…」
目の前の二人は分かっているだろうか。この艦隊を含めた遠征軍艦隊が帝国軍の体制が整うまでの唯一の機動部隊である事が…。この艦隊が敗れてしまったら、大貴族達が騒ぎだして彼等が前面に出る事態になるだろう。彼等が持つ武力を、彼等自身が使い出したら、帝国は瓦解しかねない。帝国軍が次の矢をつげるまで、まだ時間がかかるのだ。戦いを止めてでも無事に帰還せねばならないのだ。
「…だが、そういう批判を行う者達を封ずる為にも、余力を保って退かなくてはならない。分かるかな?」
03:00
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦
ノイエンドルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー
ギースラー艦隊、遠征軍司令官クライスト大将の直属艦隊、そして我々のヒルデスハイム艦隊による包囲陣がほぼ完成して、敵第一艦隊への本格的な攻撃が開始された。今までしぶとく戦っていた敵の第一艦隊も、崩壊するのは時間の問題だろう。しかし…この眼前の敵艦隊を撃破した後に撤退するとは…。中々出来る事じゃない。毅然とした態度で戦況を注視するこの大佐…中々どうして先を見ている御仁の様だ。余力を持って退く…当たり前の事の様に思えるが、余力があるのなら戦果拡大を狙うのが軍人の常だ。味方が劣勢なら尚更だろう。敵は叩ける時に叩かねば後顧の憂いを残す…よく言われる言い回し…この状況で撤退を進言するなど気でも触れたかと思われるだろうが、目の前の大佐が敢えてそれをやるという事は、却下される心配はないという事か。
聞けばミューゼル大佐は寵姫グリューネワルト伯爵婦人の弟だと聞く。だが宮廷内で彼が重んじられる事はなくむしろ疎まれているとも聞いている。金髪の孺子、などという蔑称がそれを如実に表している。だが、この艦隊でそれを聞く事はない。むしろヒルデスハイム伯爵やシューマッハ参謀長は彼を信頼し重用しているし分艦隊の司令官達もそうだ、彼等のミューゼル大佐への評価は高い。大貴族の艦隊などお荷物でしかないものだがこの艦隊は異色づくめだ。元からの正規艦隊より余程優秀な艦隊だろう。…もしかしたら大佐はこの艦隊を帝国艦隊再建の要に据えたいのではないだろうか。そして軍主流に踊り出る…。そう考えれば納得出来る。普通に考えれば貴族艦隊上がりの正規艦隊など邪魔者以外の何者でもないだろう。確かに今は帝国軍は劣勢だし、この艦隊も員数合わせなのだろう。だがその中で実績を残し信頼を勝ち得て行けばどうなるだろう。他の貴族艦隊は置いておくとしてもこの艦隊は信用出来る、という事にならないだろうか。
「…この戦いだけが戦い、という訳ではありませんからな、ミューゼル大佐」
「そうだ」
俺とミューゼル大佐のやりとりにロイエンタールが微笑する。奴も俺と同じ結論に至ったのだろう。
「では、眼前の敵撃破に専念すると致しましょう。距離を詰めて、宙雷艇、単座戦闘艇の投入を進言します。どうだ、ミッターマイヤー」
「小官も同意見です」
「用兵巧者の両名が言うのなら間違いはないだろう。了解した、上申するとしよう」
ミューゼル大佐が参謀長に歩み寄っていく…この先どうなるかは分からない、だが傍流でくすぶるよりは余程ましだ、そうは思わないかロイエンタール…。
04:30
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、
ミリアム・ローザス
「ヤマト、第一艦隊が危険だ、これ以上は」
バルクマン中佐の顔が青ざめている。
「オットー、第十二艦隊へ連絡、第一艦隊を救援に迎え」
「了解」
艦橋の中は重苦しい空気が流れていた。これが艦隊戦…。途中で退出して艦橋を離れた私には、再び戻った艦橋で途中経過を確認する暇すら与えられなかった。ダグラス中佐とフォーク大尉は相対して色んな戦術シミュレーションを試していて、私はその手伝いだ。今はいい、という事だろう、ダグラス中佐が声をかけてくれたのだ。バルクマン中佐は私の替わりに副官任務に没頭している。私は、私の居場所は…無い、と感じていた。そもそもウィンチェスター閣下は私が艦橋に戻った事に気付いていない。閣下に話掛けるのも躊躇われるくらい、艦橋の空気は重かった。
「お」
「ローザス少尉、戻りました。ご迷惑をお掛けしました」
「もう大丈夫かい?それより、おめでとう」
閣下は私に気付いてくれた。おめでとう…?何の事だろう。
「日付が変わった。中尉昇進、おめでとう」
「え…あ、ありがとうございます。ですが私の中尉昇進などより戦況は…」
日付…?そうだ、七月一日…士官学校出身者が皆バンザイ昇進と呼んでいる中尉昇進の日だ。私がそう言うと、閣下は大きな声で笑った。
「何もしなくても中尉になれる、こんな目出度い事があるかい?今の戦況がどうこうよりよっぽど目出度い事さ」
釣られて司令部のメンバーだけでなく、旗艦艦長のガットマン中佐まで笑っていた。
「ほら」
閣下がポケットから中尉の階級章を取り出して、少尉の階級章から付け変えてくれた。
「おいおい、特別待遇じゃねえか?」
「エリカに怒られるぞ」
ダグラス中佐とバルクマン中佐が囃し立てる…そんな関係じゃありません!
「ありがとうございます。ローザス中尉、改めて任務に精励します」
「中尉という階級が貴官にとって実り多きものである事を祈ってるよ……さあ、気を取り直して行こうか」
04:25
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、第二艦隊、旗艦パトロクロス
パエッタ
「十二艦隊よりの増援、左翼につきます。モートン分艦隊です」
「うむ」
増援か、ありがたい…若僧の准将が全軍の指揮を執るなど有り得ん事だが、今踏ん張らねば私の将来どころか同盟が危うい…。三千隻程度で敵の側面を突く…果たして効果はあるだろうか?…逡巡している暇はない、どうせ責任はあの若僧が取るのだからどうせなら……。
「モートン分艦隊に連絡、紡錘陣形をとって敵の右側面を突け!そのまま突入せよ!」
「突入、ですか!?」
「そうだ、十二艦隊に戻さねばならんからな。そのまま敵中を突っ切って十二艦隊に合流しろと伝えろ」
「は…はっ!」
05:05
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、
ヤマト・ウィンチェスター
パエッタめ、何て奴だ…自分の艦隊戦力じゃないからって躊躇なく突っ込ませるなんて…。だけど、奴が何を考えたか知らないが敵左翼は対応しきれていないな。だけどこれはこれで好都合だ。何々、突入したのはモートン分艦隊?モートンって、ライオネル・モートンか。奴なら信頼出来る、多少無理しても生き残るだろう…。
「第二艦隊に連絡、第二艦隊は更に前進、増援のモートン分艦隊にも突撃を続行させて、そのまま敵中央部に突入させろ」
「了解…ってそんな事したらモートン分艦隊は」
「よく考えろオットー、いくら第二艦隊が動きが遅くても、これなら分断した敵左翼の前半分を叩ける。敵の中央だって突っ込んで来るモートン分艦隊に意識が向く筈だ。その隙に第一艦隊を一旦下がらせて第十二艦隊を敵左翼集団に当たらせる…大丈夫、モートン分艦隊なら生き残るさ。さ、早く」
「了解した」
概略図を見るともう少しで敵左翼を分断出来そうだった。敵左翼はモートン分艦隊に対応出来ていない様だ、いいぞ…第二艦隊も前に出ている…よしよし…通信傍受の結果は…左翼はシュトックハウゼン艦隊か。中央はゼークト艦隊…イゼルローンは無いからな、艦隊司令官って訳か。左翼はギースラー艦隊、後方予備から攻撃に参加した艦隊はクライスト艦隊…ヴァルテンベルクの仇討ちって事だな。最後に参加したのは…げっ、ヒルデスハイム艦隊かよ。ラインハルトめ、弱い第二艦隊じゃなくて先に動きのいい第一艦隊を集中して叩けば、とでも考えたか…。
7月1日06:00
ボーデン宙域、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第二任務部隊、第九艦隊旗艦ヘーラクレイダイ、
宇宙艦隊司令部、ヤン・ウェンリー
フォルゲンでの戦況が伝えられると、会議室内は騒然となった。今このヘーラクレイダイ内部の会議室にはボーデンに展開する各艦隊の司令官が集められていた。
「コーネフ提督、ヴィーレンシュタインの進出を進言致します。此処には敵は来ないでしょう」
私の進言に対し、コーネフ提督は無言だった。
「敵が来ないと何故言い切れるのだ?ヤン大佐」
コーネフ提督に代わって口を開いたのは第三艦隊のルフェーブル提督だった。
「帝国はイゼルローン、アムリッツァと大敗北の後です。今回出撃してきた艦隊も大急ぎで集めたのでしょう。此方に回すだけのまとまった兵力がいないんです。あればとっくに来ていますよ」
「だから、何故そう言いきれるのだ、と聞いているんだ。我々が進出しようとするのを見越して、ヴィーレンシュタインで敵が大兵力で待ち受けていたらどうするのか」
「確かにその可能性はありますが、それは帝国上層部が許すものではないと推察します」
ヴィーレンシュタインで敵が待ち受けている可能性は確かにある。だがそれは見過ごしていいレベルの物だ。彼等の出撃はアムリッツァやイゼルローンを奪還する為の筈だが、おそらく政治的な物も含まれている…帝国の神聖不可侵の国是からいっても、これ以上我々の侵攻を許す訳にはいかない筈で、となると引いて守る訳にはいかないのだ。作戦とはいえ一時的にでもヴィーレンシュタインまで退いてしまっては、退嬰的との印象を帝国内に与えてしまう。我々がアムリッツァ固守の姿勢を取っている以上、帝国は苦しくても攻める必要があるのだ。
「彼等は攻勢に出ているのです。彼等はフォルゲンに敢えて姿を晒し、此方の出方を見極めた…そして出てきたのはアムリッツァから三個艦隊、そして残りの四個艦隊は…まあ我々の事ですが、その四個艦隊はボーデンに進出した。我々にとってこれは当然の対応です、片方を空にする訳にはいきません。敵にとっても想定出来る事態でしょう」
「そうだ。だからこそボーデンを空にする訳にはいかない。ヴィーレンシュタインに進出するのであれば増援が到着してからでも遅くはない筈だ」
ボーデンこそ増援に任せてしまえばいいのだ。ルフェーブル提督には分からないのだろうか…私が返答に困っていると、代わりにワイドボーンが口を開いた。
「それこそ敵の思う壺です。我々がそう考えると敵が看破しているとはお思いにはなりませんか?帝国軍は余力が無いからこそ我々の動きを見極めてから動いたのです。余力があれば既に此処には二個艦隊程度が現れ、我々の動きを封じていたでしょう。それをしないというのは敵に余裕がないという事の証拠です…それにフォルゲン方面は今でこそ互角に戦えていますが、増援到着まで持ちこたえるとは思えません。全力でヴィーレンシュタインに進出し、フォルゲンの敵の後方を遮断すべきです、このままでは戦機を逸してしまいます」
ワイドボーンの語気は強かった。十年来の秀才、将来の同盟軍を背負って立つ男…それに相応しい姿だった。だが続く言葉が提督達の反感を買ったのは間違いなかった。
「…作戦運用に関しては宇宙艦隊司令部に一任されている筈ですが」
「何だと!?」
「私が責任を負う…ルーカス司令長官代理のお言葉です。皆様もご承知の筈ですが」
「我々にいち大佐や中佐の指示に従えというのか!総参謀長のウィンチェスターならともかく貴様等に従ういわれは無いぞ!」
司令長官代理のお墨付きがあるとはいえ、感情がそれを許さない……存分に、か。確かに作戦、運用については一任されている、だが我々は宇宙艦隊司令部所属の作戦参謀に過ぎない。提督達から見ればポッと出のいち大佐、中佐なのだ…。
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