機動6課副部隊長の憂鬱な日々
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第95話:疑惑追及
「ティーダ・ランスター?」
ゲイズさんはそう言うと記憶を探るように目を閉じて腕組みをする。
しばらくそのまま沈黙の時が流れて行くが、やがてゲイズさんは目を開くと
首を横に振った。
「悪いが覚えがない名だ」
「そうですか・・・非常に残念です。
あなたの子飼いの部下だった地上本部の上層部が揃って役立たず
呼ばわりした首都防空隊員なんですがね」
「なんだと?」
「ティーダ・ランスター1等空尉は新暦70年、違法魔導師の追跡任務中に
殉職しました。その後、首都防空隊を管轄する地上本部の上層部にいた
お歴々は口ぐちに事故調査委員会の席上で”管理局員ならば命を賭してでも
違法魔導師を止めるべきであり、殉職した上違法魔導師にも逃げられるなど
役立たず以外の何者でもない”と断じた」
「新暦70年・・・思い出したぞ。独断で追跡に出た揚句、違法魔導師に
よって返り討ちにされた件か・・・。アレを役立たずと言って何が悪い」
「彼にも家族や友人は居たんですよ?配慮が足りない発言だと思いますね」
「会見ではなく事故調査委員会の席上だ。公開の場ではないのに
そのような配慮が必要かね?」
「議事録は公開されます。それも一言一句間違うことなく。
彼らの発言を活字で目にするしかない家族はどう思いますかね」
俺がそう言うとゲイズさんは黙り込んでしまった。
だが、俺が本当に話したいのはこんなことではない。
「ところで事故調査委員会である疑念が持ち上がったのは
覚えていらっしゃいますか?」
俺の問いにゲイズさんは無言で首を横に振る。
「そうですか。では思い出させて差し上げますよ。
殉職したティーダ・ランスター1尉の遺体に残された傷ですが、
追っていた違法魔導師の能力とは明らかに齟齬があると
報告があったはずです。
しかも、これについて追加調査を行おうとしたところで
不自然に調査が打ち切られ、結果としてゲイズさんが
先ほど言われたような結論で調査委員会は解散しています。
少し調べてみたところ調査打ち切りには何者かの政治的動きが
影響しているということだけは判りました」
「何が言いたいのかね?君は」
「では、単刀直入に言いましょう。この調査を打ち切らせたのは
あなたではないのですか?」
俺の問いかけに対してゲイズさんは不機嫌さを隠そうともせずに
俺を睨みつける。
「私が違うと言ったら君は納得するのかね?」
「納得はできません。ですが、その言葉を信じた上でもう一度考え直します」
俺がそう言うとゲイズさんは俺の言葉を値踏みするように俺の目を
真っすぐに見据える。
俺も負けじと見返し、2人の視線がぶつかり合う。
しばらくしてゲイズさんがわずかに表情を和らげて口を開いた。
「調査の打ち切りを指示したのは私ではない。私が欠席した委員会で
決定していた。これは本当だ」
ゲイズさんが圧力をかけて調査を潰したと考えていた俺は内心の狼狽を
必死で隠しながら言葉を探す。
「だとすれば他に誰が調査の打ち切りを?」
「その場にいなかった私に聞くのかね?」
「そうですね。またイチから調べ直すことにしますよ」
その時黙って俺達の様子を眺めていた1尉が椅子から立ち上がった。
「時間です」
短く、簡潔に用件だけを伝えると1尉は俺が入ってきた方の扉に向かう。
同時に、ゲイズさんが入ってきた方の扉が開いた。
俺は椅子から立ち上がり、同じく立ち上がったゲイズさんを見た。
一瞬目線が交錯するが言葉は無く、俺は扉の方へと振り向く。
「君は・・・」
背後からゲイズさんの声が追ってくる。
「君は一体何者だ?機動6課の前は何処にいた?」
ゲイズさんからの問いに俺はゲイズさんの方へと振り向いた。
「元中将ならご存知とは思いますが、6課に来る前は本局情報部第1特務部隊の
部隊長をしておりました」
「情報部の特務・・・。では君があの・・・」
「それ以上は勘弁して下さい。特秘事項ですので」
「そうだったな。では、縁があればまた会おう」
「はい」
俺はそう返事を返すと踵を返して面会室を出た。
来た時と同じように1尉の先導で拘置所の暗い通路を歩きながら、
俺は先ほどの面会について考えていた。
所定の時間は30分。だが、俺には1時間にも2時間にも感じられた。
それだけ濃密な時間だった。
これからどうするかについて考えるのは帰ってからの宿題にすることにして、
俺は前を歩く1尉に声をかける。
「1尉、さっき聞いたことは全部聞かなかったことにした方が身のためですよ」
「そうもいきません。3佐と元中将の会話についてはすべて記録されていますし
どのような会話が為されたかについて報告書を書く義務がありますから」
一度も俺の方を振り返ることなくそう言った1尉の声は面会の前と比べて
かなり堅く感じられた。
「まあ、そうでしょうね。無理を言って申し訳ない」
それきり俺と1尉は無言のまま通路を進み、転送装置のある
部屋までたどり着いた。
「申し訳ありませんが今日の面会についての報告書を作成する必要が
ありますので私はここで」
「いえ。本日は色々と取り計らって頂いてありがとうございました」
そして俺は転送装置の中に入る。
次の瞬間、俺はミッドチルダの転送ポートへと戻っていた。
転送ポートから帰る車の中で、俺は今日の面会で話したことを反芻していた。
(ティーダ・ランスターの件への関与を否定されたのは意外だったな。
てっきりスカリエッティがらみでの何かだと思ったんだけど・・・)
信号待ちの車の列を眺めながら、さらに俺は思考を進めていく。
(まあ、ゲイズ元中将のウソということも考えられなくはないけど、
今の状況でウソをつく理由はない。とすれば、誰か別の人間が
あの件に関する調査を止めなければならなかった理由があったわけだ)
信号が青に変わり俺はアクセルを踏み込んで車を発進させる。
(なら、それは誰か?どうももう一回調査委員会の議事を洗う必要があるな。
そういえば、ゲイズさんは自分が欠席の会で決められていたって
言ってたな。その線から何か見えてくるといいんだけど・・・)
再び信号待ちで車を停めると、ハンドルに身体をもたれかけさせる。
(なんにせよ、一度冷静になってゼロから考え直すしかないか・・・。
それよりもだ)
ハンドルにもたれさせていた身体を起こしてシートの背に体重を預ける。
(ゼスト隊全滅の件にあんなウラがあったとはね・・・。
話をしてる時には特に何も思わなかったけど、今にして思えば
ちょっと冷静さを欠いてたよな。反省しないと・・・)
車を走らせながら小さくため息をつく。
やがて湾岸地区に入り隊舎が近づいて来る。
(ま、これでスカリエッティの件ではっきりさせておきたいことは
だいたいはっきりしてきたかな・・・。あとは姉ちゃんか・・・。
早く目を覚ましてくれればいいんだけど、医者もはっきりしたことは
言えないって言ってたしな・・・)
車を停泊しているアースラの脇に停めて車から降りると
アースラに向かって歩を向ける。
(母さんや父さんも生きてたこと自体は喜んでるみたいだけど、
いつ意識が戻るのか判らないんじゃな)
スロープの脇で警備に当たっている交替部隊の隊員にねぎらいの
言葉をかけてからアースラに向けてスロープを上る。
「ま、やるべきことを淡々とこなすだけか」
自分に言い聞かせるように小さくそう言うと、ハッチを潜って
アースラの艦内へと入る。
「おかえり、ゲオルグくん」
背後からかけられた声に足を止める。
「いきなり声をかけたらびっくりするだろうが」
振り返るとそこには通路の壁にもたれて腕組みしているはやてがいた。
「驚かせるつもりで声をかけたんやから、びっくりしてもらわな」
はやてはそう言ってニヤリと口をゆがめる。
「待ち伏せてたのかよ・・・暇人め」
「ま、暇っちゃ暇やね。裁判向けの捜査関係の仕事は捜査部と査察部への
引き継ぎができるレベルまで片づけたから」
俺の皮肉にはやては真面目に返答を返してくる。
「そやからフェイトちゃんもシンクレアくんもようやく解放してあげられるわ」
はやてはそう言って物憂げな表情を浮かべると、小さくため息をつく。
「長い間ご苦労さまでした」
「そらご丁寧にどうも。それより・・・」
はやてはそう言って急に真剣な表情になる。
「どうやった?中将との面会は」
「はやてに骨を折ってもらった甲斐はあったよ」
「そらよかったわ。で、どんな話をしたん?」
「8年前の件について、ちょっとね」
俺がそう言うと、はやてはふっと表情を和らげる。
「そっか。具体的にどんなやり取りがあったかは・・・聞いてもムダやろね」
「まあな。一応口外は禁じられてるし話せないよ」
その時、はやてに通信が入る。はやては俺に断ると通信に出た。
「はい、八神です・・・。グリフィスくん?・・・・・ゲオルグくんやったら
一緒におるけど・・・。へ!?・・・・・判ったわ、連絡おおきにな」
はやては通信を切ると俺の方を見る。
「ゲオルグくん!エリーゼさんが意識を取り戻したらしいわ」
はやての言葉に一瞬頭が真っ白になる。
「姉ちゃんが・・・。マジか!?じゃあ、すぐ病院に行かなきゃ!」
「うん。そうして!」
「おう。さんきゅ!!」
そう言って俺はメインハッチからスロープに向かって飛び出した。
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