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海底で微睡む

作者:久遠-kuon-
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前世

 私は死んでしまった。
 普段と何も変わらない…とある夏の夜の出来事だった。

 その日はとても暑かった。

 昼間は、何もやる気が起きなくて、部屋着のままぐだぐだしていた。
 貧乏だから、少しでも電気代を節約するためにエアコンはつけなかった。やる気が起きなかったのは、熱中症になりかけていたからなのかもしれない。



「…お父さん。お父さん起きて」

 体調が悪くても、ルーティーンを崩すわけにはいかない。
 いつも通り、呑んだくれの父に声をかける。顔は真っ赤で、かなり酒臭い。気付いたら着ていた高級そうなスーツはぐしゃぐしゃになってしまっていて…また、しばらくしたら買い直されちゃうんだろうな。
 父はいつもふらっと出かけていってしまって、帰ってきたと思ったらこんな感じ。どこへ行ったかなんて聞かない。返答を聞くのが怖いから。

 ーーー私の母は、私が幼い頃に亡くなった。

 「週末のお出かけ」として、家族で海に出かけた日。楽しい週末は、数秒で人生で最も辛い週末に変わった。
 帰り道のこと。父が運転していた車は、カーブを曲がりきれずにガードレールを突き破り、崖から投げ出され、宙を舞った。「うとうとしていた。アクセルとブレーキを踏み間違えた」だそうだ。
 母は、私を必死に守ってくれたことを覚えている。車の窓を開けて、ぎゅう、と私を抱きしめて。

 ドボン、と音が聞こえてからの記憶はないけれど、とにかく、母はそこで死んでしまった。
 そして、父と、私だけ生き残った。

 ーーーそれから地獄が始まった。

 父はおかしくなってしまった。
 毎日酒に溺れ…そして、娘である私に手を出した。

 ーーー神様は、なんでお父さんじゃなくて、お母さんを連れていったの?

 私がお金を稼がないと、共倒れしてしまう。
 そんな時、突然たくさんの怖い人が家に押しかけてきた。「借金の取り立て」だとか。
 私はまだその時中学生で、バイトができる年齢にもなっていなかった。なのに、お金を払えなんて、到底無理な話だ。
 でも、払わないといけない。この人たちは悪くない。父が、逃げ続けているから、その役が私に回ってきて、それを伝えにきてくれているだけ。
 悪いのは、全て父親だけ。

 ーーーそれでも、家族だから。お母さんは、この人を愛したんだから。

 お金を稼いだ。合法的な手段ではない。よくないことをしていることはわかっている。それでも、私がお金を稼がないと。

 ーーー…案外、借金はすぐに返済することができた。少しだけ、生活に余裕ができた。

 でも、それも束の間。父はお金があることを知るやいなや、勝手にお金を持ち出して、豪遊し始めた。豪遊できるお金があるわけじゃないから、知らない間に、また借金が増える。
 さらに、成長期がほぼほぼ終わり、大人の身体に近付いた私を見て、父の性的暴行はエスカレートした。



 地獄のような世界だけど、私は生きるしかない。

 母が見れなかった未来を、私が代わりに見てあげたいから。
 そして、もし、死んでしまった時には、天国にいる母にそれを伝えてあげたい。私が…天国に行けるかはわからないけど。

 それに、ーーーーーーーーー。



 夜。私はいつも通り"特別なバイト"に出かけた。
 廃墟にターゲットを呼び出して…殺す。写真を撮って、依頼主にメールして、掃除業者を呼んで、帰る。そんなバイト。
 私は小柄な体格と性別ゆえにナメられやすいから、それを逆手にとって意表をつけば楽にこなすことができる。今まで失敗したことはない。

 でも、その日初めて、失敗した…と思った。
 周囲にはちゃんと気を遣って、誰もいないか確認しておいたはずなのに、写真を撮ろうとした時、複数の"なにか"に声をかけられた。幽霊であってほしいと思ったけど…残念ながら、彼らは幽霊じゃなかった。

 でも、人間でもなさそうだった。



 そこから数時間の話は、また違う場所で。



 みんなといろいろ話して、仲良くなった。
 でも、その中の一人に、私たちはみんな殺されてしまった。

 死にたくなかったなんて、一切思わない。バチが当たったんだろうし、あの地獄から解放されたのだから。正しい、喜ばしいことだと思った。

 なのに、私たちを殺した"彼"のことが気がかりでーーー



 気付いたら、死んだ私は真っ白な空間にいたんだ。 
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