ナポレオンの柳

　　　　　　　　　　　　　　　　ナポレオンの柳
　ナポレオン＝ボナパルトはワーテルローで敗れセント＝ヘレナ島に流された。
　そしてこの孤島でだ、彼はよくだった。
「今日もですか」
「行って来る」
　ナポレオンは供の者達に暗い顔で答えた。
「そしてな」
「時を過ごされますか」
「書を読むにもな」　
　供の者の一人に言うのだった。
「あちらでな」
「過ごされますね」
「今はな、最早だ」
　項垂れた顔でこうも言った。
「私には何もない」
「ここで、ですか」
「朽ちるだけだ、それならな」
「あの場所で、ですか」
「過ごすだけだ」
　こう言うのだった。
「もうな」
「そうですか、では」
「食事の時になったら呼んでくれ」
　共の者にこうも告げた。
「ではな」
「わかりました」
　供の者も頷いた、そしてだった。
　ナポレオンは一人ある場所に行った、そこにはシダレヤナギがあった。彼が好きな木でありその傍に自身の椅子をもうけてだ。
　そこに座って時間を過ごしていた。供の者達はそんな彼を見て言った。
「もうあの方に再起はない」
「流石にな」
「エルバ島の時とは訳が違う」
「この島ではフランスに戻るなぞ無理だ」
「後はここで朽ちるしかない」
「だからせめてな」
「あの木の傍におられるだけだな」
　こう話して彼の心中を察し仕えるだけだった。その時は六年でありナポレオンは世を去った。それを受けてだった。
　供の者達はナポレオンを悼み弔った。だがある夜。
　嵐が起こった、そして朝になると。
「何ということだ」
「あの方が愛したシダレヤナギが全て倒れた」
「酷い嵐だったが」
「あの方を慰めていたのに」
「その木達が全てなくなるとは」
「神も惨いことをされる」
「全くだ」
　島に残っている者達はこのことに心を痛めた、だが。
　彼等はそれでもと思い話した。
「だがあの方のことを思うとな」
「そうだな、最後の審判までの慰めは必要だ」
「今ある柳は全て倒れたが」
「また植えよう」
　倒れた柳達を見て項垂れつつも話した、そして。
　彼の墓の方にシダレヤナギを植えるとそこに芽が出た、島に残った者達はその芽を見てほっとなった。
「よかった」
「これであの方も喜んでくれる」
「この芽がまた木になる」
「そして最後の審判を待つあの方を慰めてくれる」
「そうしてくれる」
「菫と共にな」
　彼の愛した花のことも話された、そしてだった。