英雄伝説~西風の絶剣~
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第85話 力比べ
魔法陣を通りフィーが降り立ったのは空中にかけられた遺跡を繋ぐ一本道の通路だった。横は深い谷底になっており落ちれば確実に死ぬだろう。
「よく来たな、西風の妖精」
フィーの視線の先には大きなハルバートを構える女性が立っていた。
「名前は確かアイネスでいいんだっけ?」
「如何にも。我が名は剛毅のアイネス、鉄機隊の一員で切り込み隊長を自負している。さあ正々堂々と戦おうではないか!」
「ふーん……」
大きな声でそういうアイネスにフィーは耳をふさぎながら出会った頃のラウラに似ていると思っていた。
「ところで鉄機隊ってなに?聞いたことが無いんだけど」
「よくぞ聞いてくれた!鉄機隊とは我らがマスターが率いる精鋭部隊の事だ。かつてエレボニア帝国で『槍の聖女』リアンヌが率いたという『鉄騎隊』の名を取らせてもらった」
「リアンヌ……ラウラの話の中にあったね。正直あんまり覚えてないけど」
フィーはリアンヌという名を聞いて昔ラウラからリィンと一緒に聞いた昔話に出てきた伝説の人物だった事を思い出していた。
だがフィーはすぐに退屈さを感じてリィンの膝枕で早々に夢の世界に行ってしまったためあまり覚えていないようだ。
「それでその鉄機隊がなんでわたし達にちょっかいを出すの?恨み?依頼?」
「それは我がマスターがリィン・クラウゼルに興味があるからだ。たとえどんな小さなことでも我らはマスターの為に行動する」
「マスターか……結社の一員なんでしょ?変なこと企んでいそう」
「はっはっは、確かにお前達からすれば結社は得体の知れない人物たちの集まりにしか見えないだろうな。だが私が言うのもなんだがマスターは素晴らしい人格者だ、決して悪意を持ってリィン・クラウゼルに興味を持ってはいない。話はこれでいいだろう?そろそろ始めようか」
きっぱりと言うアイネスにフィーはもうこれ以上は無理かと内心思った。少しでも情報を得ようとしたがアイネスはこれ以上は話さないだろう。
「お前の事も聞いてるぞ、西風の妖精。その小さな体躯で戦場を風のように駆け回り『西風の兄妹』と大人の猟兵からも恐れられている猛者だとな」
「最悪、猛者なんて言わないで。わたしは何処にでもいる可愛い女の子だよ」
「ふふっ、それは失礼した」
軽口を言い合いながらフィーとアイネスは武器を構える、そして先に行動したのはフィーだった。
「クリアランス!」
「ふっ!」
フィーは牽制にまずは銃弾の雨をアイネスに目掛けて放った、しかしアイネスはハルバートを振り回して銃弾を弾き飛ばしてしまう。
「スカッドリッパ―!」
「甘いぞ、貰った!」
フィーは地面を強く蹴り上げて高速の一閃をアイネスに放つ、アイネスはカウンターでハルバートを横なぎに振るってくる。
「甘いのはそっち」
だがフィーはそれを走りながら上半身を大きくそらして器用に回避した。そして振るいきったアイネスの胴に斬りかかる。
長物の弱点は懐に入られると武器を扱いにくくなってしまう、フィーはその弱点を見事についていた。
だがアイネスという猛者はそんな簡単な相手ではなかった。
「はぁっ!!」
「ぐっ……!」
アイネスは片腕を自由にするとワンインチパンチをフィーに放った。
このパンチは相手と1インチ(妬3㎝)の至近距離からテイクバックなしで放たれるパンチだ、フィーは咄嗟にガードをするがアイネスの膂力に体が浮いて後方に飛ばされてしまった。
「そう簡単に行かないよね……」
フィーは吹き飛びながらも予め安全ピンを向いておいた閃光手榴弾をアイネスの足元に転がしていた。そして眩い光がアイネスを襲う。
「むっ!」
アイネスは目を隠してガードするがフィーはエリアルハイドで気配を消してアイネスの背後に移動していた。
(貰ったよ)
そして意識を刈り取るべくその首筋に目掛けてみねうちを放つ。
「なっ……!?」
だがフィーの一撃は当たらなかった、アイネスは死角からの完全な不意打ちを回避したのだ。そして無防備だったフィーの腹部にソバットで蹴りを打ち込んだ。
「ガハッ!」
フィーは攻撃を受けながら何故動きを読まれたのか理解した。
(ここは直線的な通路の上、動きもある程度読みやすいんだ……!)
そう、フィーとアイネスが戦っている場所は遺跡を繋ぐ空中通路の上だ。その通路は直線的で狭くフィーの武器の一つである速さを活かすには向いていなかった。
そもそもフィーはそのスピードと身のこなし、そして壁や障害物も利用して動く縦横無尽にして変幻自在な戦いを得意としている。その為彼女が一番能力を発揮できるのは狭い室内や障害物の多い森や町などでの戦闘だ。
だがここは身を隠す事の出来ない真っ直ぐな通路だ、おまけに狭いので縦横無尽に動き回ることが出来なく必然的に直線的な動きになってしまう。
アイネスは目を隠した際に自身の感覚を背後に集中させた。如何に早くても来る場所が予想できるなら対処は容易い、そして見事にフィーの不意打ちを防いだのだ。
自身の失敗を感じながら口から唾液を吐きフィーが後退する、すぐに体勢を立て直そうとするがアイネスは既にハルバートを構えていた。
「兜割り!」
そして地面が砕けるかのような衝撃と共にフィーが引き飛ばされた。咄嗟に自分から後ろに飛んだので直撃こそ避けたがそれでも無視できないダメージを負ってしまった。
「そこっ!」
「むっ!?」
だがフィーも唯では転ばなかった、アイネスに目掛けて銃弾を放ったのだ。その銃弾はアイネスの頬を掠めて鮮血を垂らす。
フィーはその間に薬を飲みダメージをある程度回復させる、だが傷そのものが無くなるわけではないので以前フィーが不利だった。
「やるな、攻撃を受けながらも反撃を試みるとは……その年ですさまじい執念だ」
「やっと好きな人と結ばれたんだもん、簡単には死なないよ。でもさっきの一撃は加減したでしょ?どうして?」
「私はお前達の実力を測るようにマスターから言われたのでな、殺すわけにはいかないのだ。もっとも先程程度の一撃で死ぬなら話は別だが」
「言ってくれるね、まったく……」
フィーは一方的に勝負を挑んできたにも関わらず悪びれずにそう言うアイネスに呆れた溜息を吐いた。
しかしフィーも内心助かったと思った、先ほどの一撃が完全に殺すつもりだったのなら自分は死んでいたと思ったからだ。
「……そっちがそのつもりならわたしも利用させてもらうよ」
「なに?」
「わたしの踏み台になってもらうって事、別にいいよね?そっちもわたし達を試そうとしてるんだし」
フィーはアイネスを利用しようとした。アイネスはかなりの実力者だ、本来なら自分も本気で……それこそ死ぬか殺すかの覚悟で挑まなくてはいけない相手だ。
だが相手は自分が死なない程度には加減してくれると分かったのでフィーもそれを利用しようと思ったのだ。
フィーは強さを求めている、リィンやラウラ、西風の旅団という家族を支えられるように子供ながらに必死だった。
だがここ最近身喰らう蛇という世界の裏側に潜む闇の集団と対峙した。フィーはレオンハルトやブルブランという執行者と対峙したがどちらにも痛い目にあわされた。
特にレオンハルトは恐ろしい奴だった。リィン、ラウラ、オリビエと共に完全に敗北した。もしレオンハルトが見逃さなければ全滅していただろう。
更に先日リィンが痩せ狼ヴァルターという執行者にやられてしまった。それを知ったフィーは心の底から恐怖した。
自分が想像していたよりも身喰らう蛇のメンバーは層が厚く強者揃いだった、そして剛毅のアイネスもその一人……間違いなく強い。
自分よりも強い強者と戦う、これ以上の修行は無いだろう。しかも相手はある程度手加減してくれると言うのだ、利用しない手はない。
「はっはっは!私を踏み台にするだと?そんな事を言ったのはお前が初めてだ!」
フィーに踏み台にすると言われたアイネスは怒るどころか豪快に笑いだした。
「いいだろう、こちらも一方的に戦いを挑んだのだ!存分に利用するがいい!」
「ん、そうさせてもらうね」
意気揚々とハルバートを構えるアイネス、フィーも双銃剣を構えて対峙する。
「はぁっ!!」
アイネスがハルバートを振るうと斬撃が地面を走った。
「ふっ!」
フィーは双銃剣をバツの字に振るい斬撃を放った。二人の斬撃がぶつかり合い衝撃が走る、そして斬撃が共に消滅した瞬間にフィーが踏み込んだ。
「やぁっ!」
フィーは双銃剣の片方を右斜めからアイネスの眉間に目掛けて振るった、アイネスはそれをハルバートで防ぐ。
「はっ!やぁっ!せいっ!」
フィーはもう片方の双銃剣も使い連続で攻撃を仕掛けていく。胸、頭、手首と確実に急所を狙う怒涛の連撃だったがアイネスは長物のハルバートをまるで手足のように動かしてそれを防いでいく。
フィーに目掛けて再びアイネスがワンインチパンチを放つがフィーはギリギリでそれを回避する。
「貰ったよ!」
そしてアイネスの腕を取って十字固めを仕掛けた。ギチギチと骨がきしむ音が辺りに鳴り響く。
「ぐうぅ……!」
無論アイネスも抵抗する、体勢を変えて拘束を解こうともがいた。だがフィーはそれを読んでおり素早く技を切り替えてリストロックで手首を抑える。
「見事な切り返しだ……!」
「体格が小さいことは理解している、だからその対策をしてきたつもりだよ……!」
フィーは体格の小ささもあって力比べには弱い、だが戦場では自身より大きな戦士と戦うのは当たり前だ。
そのためフィーは徹底してその対策をしてきた。特に組み付きは重点的に行い例え体格や力で負けていてもその力の流れを利用して自分に優位に立てるように動けるように特訓を重ねた。
故にアイネスの膂力をもってしても簡単には引きはがせなかった。リストロックを外そうとすれば三角締めに移され逃げられない、まるで蛇が獲物に絡みついているみたいに彼女は感じていた。
(ぐっ抜け出す隙が無い、見事な重心の移動だ。こうなれば……)
抜け出すのは至難だと察したアイネスは抵抗を止めて立ち上がろうとする、当然フィーはそんな隙を見逃さず再び腕を十字固めに仕掛けた。
「逃がさないよ……!」
「逃げはしないさ……その腕、欲しければくれてやる!」
「なら遠慮なく……!」
フィーは腕に力を込めてアイネスの腕の骨を折った、ゴキリと嫌な音が響きアイネスは苦痛の表情を浮かべる。
「今だ!」
だがアイネスは怯まなかった、腕を折った事で一瞬フィーの力が弱まったのを見抜き一気に立ち上がった。そして……
「はぁっ!!」
「がっ!?」
折れた腕を上にあげてフィーの背中を自身の膝の上に叩きつけた。背中を走る衝撃にフィーは苦痛の表情を浮かべてアイネスの手から腕を離してしまう。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
そこにアイネスの折れていない腕から放たれた打撃がフィーの腹部に決まった。だがフィーも空中で器用に体をひねりアイネスの顔を蹴りぬいた。
フィーは滑るように地面を転がりアイネスは顎を揺らされたから尻もちを付いた。二人はふらつきながらも立ち上がり武器を構える。
「ははっ!こんなに高ぶってきたのは久方ぶりだ!さあもっとやろう!フィー・クラウゼル!」
「望むところ……!」
そしてフィーの双銃剣とアイネスのハルバートがぶつかり合った。片腕が折れているというのにアイネスの振るうハルバートはすさまじい重さだった。
フィーは双銃剣をふるい攻撃をいなしながら反撃のチャンスを伺うが先程受けた衝撃がいまだ体に残っており踏み込みに力がない。
「どうした!先程までの勢いが無いぞ!」
「うっ……」
勢いよく振るわれた横なぎの一撃、フィーはそれを上半身を仰け反らせてギリギリで回避する。
「はっ!」
そしてアイネスの眉間に銃弾を撃ちこもうとした。片腕は使えないので先程のように体術で邪魔はされることはない、フィーは勝利を確信して引き金を引こうとする。
「せいっ!」
だがアイネスは折れた腕で体当たりを仕掛けてきた。予想外の攻撃にフィーの体が動かされて銃弾が外れてしまう。
「貰った!」
「があっ!?」
そしてアイネスのハルバートによる突きがフィーを襲った、幸い斧の部分が反対の方を向いていたため致命傷は避けれたがハルバートの先端の鋭い突起がフィーの横腹を抉る。
フィーは咄嗟に体をひねったので内臓に傷をつくことは避けれたが決して浅くないダメージを受けてしまった。
「兜割り!」
再び放たれた上段からの一撃をフィーはなんとか双銃剣で逸らした、だが場所が悪かった。
「えっ……?」
叩きつけられたハルバートの一撃が通路に大きなヒビをいれて遂に崩してしまった。そこは丁度先ほど同じように兜割りが叩き込まれた場所であり二度目の衝撃に通路が耐えられなかったのだ。
「くっ!」
フィーは下に落ちないように瓦礫を駆け上がりワイヤーで通路に戻った。
「はぁ……はぁ……」
痛む脇腹を抑えながらフィーは息を整える。だがこの時自分が追い詰められた事に気が付いた。
「……やられたね」
フィーはゆっくりと背後に振り替えるとそこにはハルバートを上段に構えるアイネスの姿があった。
「もう逃げられないぞ」
「ん、そうみたいだね」
フィーの背後には大きな穴、前方にはアイネス、逃げ場がなかった。アイネスはこの状況を作り出す為にフィーを脆くなった場所まで誘導したのだ。
「どうする、ここで降参しても構わないぞ。私はお前を殺す事が目的ではないからな」
「……」
アイネスの言葉にフィーは考える。目の前の相手が嘘をつくような奴じゃないとフィーも戦っている内に察している、見逃すと言う言葉は嘘ではないだろう。
だがもしここで逃げてしまえば自分はこの先の戦いをリィンやラウラと一緒に進むことが出来るのか?
仮にもしまたレオンハルトと遭遇して今度は生き残れるのか?
色々な事を考えてフィーは一つの答えを出した。
「……わたしは逃げない、最後まで戦う」
「いいのか、死ぬかもしれないぞ?」
「ここで逃げて生き残っても結局いつか殺されるだけ、なら死ぬ覚悟をして何かを掴める可能性にかけた方がよっぽどマシだ……!」
フィーは覚悟を決めた目でアイネスを見据えた。
「わたしはリィンとラウラと一緒に生きていくんだ!それを邪魔されるなんてウンザリなの!皆を守るには強くなるしかない、だからわたしは逃げない!」
フィーはハッキリとそう告げる。それを見たアイネスは目を閉じてフィーに謝罪した。
「済まなかった、戦士としての誇りを侮辱してしまったな。情けをかけるなど無礼でしかない、私の全力を持って相手をしよう」
アイネスはそう言ってハルバートを握る片腕に力を込めた。
「行くぞ、フィー・クラウゼル!」
「勝負!」
そして二人は同時に駆け出した。アイネスは片腕にも関わらず凄まじい速度でハルバートを振り下ろした、それに対してフィーは双銃剣を構える。
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
「やあぁぁぁぁぁっ!!」
二人の影が交差して大きな砂煙が立ち上がった、そして砂煙が晴れると……
「ば、馬鹿な……!?」
「……わたしの勝ちだね」
アイネスのハルバートを斬り裂いで彼女の胴を大きく切り裂いたフィーの姿があった。
「がふっ!」
「ぐっ……」
胴を斬られたアイネスは膝をついた、フィーも血が出る個所を抑えて顔を痛みで歪める。
「な、なぜ我がハルバートが斬られたのだ……お前の力ではとても断ち切れないはずだ……」
「ん、貴方の言う通りわたしではその大きなハルバートを両断するのは無理、だから合わせたの」
「合わせた……な、なるほど、そういう事か……」
アイネスは斬られたハルバートの切り口を見て納得した。そこには二か所から同時に斬り付けられた切れ込みがあったのだ。
「私の一撃に合わせてお前は全く同じタイミングで双銃剣を挟むように当てて斬ったのか……」
「ん、正直イチかバチかの賭けだった。でもわたしは賭けに勝ったよ」
「この土壇場でそのような行動をするとは……見事だ」
アイネスは負けを認めると懐から何か薬のようなものを取り出してフィーに渡した。
「なにこれ?」
「我が鉄機隊に伝わる霊薬だ、傷の回復を早めてくれる」
「ふーん……」
普通なら警戒するがアイネスが毒殺を狙うような性格でないと思ったフィーは一気に薬を飲み干した。
「苦い……」
「良薬は口に苦しと言うからな。だが効果は抜群だぞ」
アイネスの言う通り二人の傷口から血が止まっていた、味は苦かったが効果は相当なものだった。
「フィー・クラウゼル、見事な勝利だった。お前をマスターへと会わせよう」
「ん、まあ別にマスターっていうのに興味はないけど結社の関係者なんでしょ?顔くらい見ておくかな」
「はははっ!!勇ましいのは良いがマスターには適わないぞ、お前もマスターに会ってみればわかる」
フィーは結社の幹部の情報を集めあわよくば捕まえようと考えたがそんなフィーの考えを読んだアイネスは豪快に笑った。
「相手が誰であろうとリィンを狙うならわたしの敵……勝てる勝てないじゃないの」
「まあそう警戒するな、先ほども言ったがマスターはどちらかといえばリィン・クラウゼルに強い興味を持っているようだったぞ。いつもは凛々しいその表情がリィン・クラウゼルの話になると子を見つめる母のように穏やかになるほどだ、害したりはしないさ」
「えっマスターって女性なの?」
「そうだが……」
「別の意味でマスターって人に興味が湧いてきたよ、わたし……」
フィーはアイネスの話でそのマスターが女性だと知りまたリィンが女性関係で何かしたのかと思い苛立った。
「じゃあ行こうか、そのマスターって人に会いにね。あとリィンにも話がある」
「うむ、では行こうか」
明らかに機嫌が悪くなったフィーとそれに気が付かないアイネスは共にマスターの元に向かうのだった。
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