英雄伝説~西風の絶剣~
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第84話 西風の絶剣VS魔弓のエンネア
前書き
エンネアの異能の力はオリジナル設定なのでお願いします。
魔法陣を通りリィンがやってきたのは霧が立ち込める障害物の多い広間だった。
「なんだここは?霧が濃いな……」
視界が悪い場所に来たことでリィンは警戒度を上げる。すると空気を斬り裂く音と共に何かがリィンに迫ってきた。
「うおっ!?」
間一髪体をひねってそれを回避したリィンは壁に刺さった物体を見てみる、それは矢だった。
「矢……いきなりだな」
『よく来たわね、リィン・クラウゼル』
リィンの呟きと共に広間に女性の声が響いた。
「確かエンネア……だったな」
『あら、女性の名前を覚えるのが早いのね。女好きという情報があったけど噂通りなのかしら?』
「俺が好きなのはフィーとラウラだ、勝手な事を言うな」
『あらあら、お熱いのね』
くすくすと笑うエンネアにリィンは顔をしかめる。
「からかうな、お喋りは良いから早く戦おう。それとも俺が相手では不服か?」
『そんなことはないわ。ただ私もまさか貴方が来るとは思っていなかったけど……ふふっ正直デュバリィやアイネスの方が貴方には都合が良かったかもしれないわね』
「……」
リィンは辺りの切りや障害物を見て溜息を吐いた、状況から見て自分が不利と悟ったからだ。
「弓使いらしく姿を隠して不意打ちか……理に叶った戦法だ」
『うふふ、ごめんなさいね。本来なら相手の前で正々堂々戦うのが私のポリシーなんだけど今回は貴方を試す立場として試練を与えさせてもらうわ』
「それもあんた達のマスターの指示か?」
『そうよ、あのお方の言葉は絶対……その為なら自身のポリシーだって捨てられるわ』
リィンはエンネアの決意のこもった言葉を聞き、そのマスターが相当に慕われているんだなと思った。
「ふっ!」
考え事を得いていたリィンの背後から矢が三本飛んできた。気配もなく完全な死角からの攻撃だった。
「不意打ちは効かないぞ!」
話をしている最中に容赦なく攻撃されたがリィンはそれを回避して距離を詰める、目的は矢の飛んできた方角だ。
「そこだ!」
リィンは眼前に見えた蔭に向かって太刀を振り下ろした。しかしそれは人ほどの大きさの柱だった。
「ふっ!」
リィンの右上から4本の矢が降り注ぐように向かってくる、リィンはそれを素早いサイドステップで回避して矢が飛んできた場所に向かって孤影斬を放つ。
(手ごたえがない……?)
だがリィンは相手を斬った手ごたえが無いことに違和感を感じていた。今のタイミングでは遠くまで逃げられるはずが無い、なのに最初からそこに誰もいなかったかのような手ごたえの無さを感じたようだ。
するとリィンの背後から3本の矢が飛んできた。リィンはそれを太刀で切り落とすが今度は左斜め上から4本の矢が襲い掛かる。
「馬鹿な、複数人いるのか!?」
息も吐く暇もない怒涛の矢の雨にリィンは驚愕する。この短いサイクルの間に四方八方から矢を放つなど一人では不可能なはずだ。
「ちぃっ!」
リィンは太刀を振るったばかりで体勢が崩れていた、先ほどのように太刀で切り落とすには不安定な状態だった。
だからリィンは体をひねってジャンプして矢を回避した。しかしそこにまた背後から2本の矢がリィンに向かってきた。
(まずい、この状態じゃ回避できない……!?)
ジャンプしてしまったため動けなくなったリィンは太刀を背中に回してなんとか一本の矢を防いだ。だがも一本の矢はリィンの背中の右肩辺りに突き刺さった。
「がっ……!」
痛みで苦痛の声を上げるリィン、だがリィンは転がりながらも障害物の陰に身を隠す事に成功する。
「くそっ、何処にいるのか分からないぞ!」
痛みを抑えながらリィンは相手の気配が読めなくなった事に気が付いた。
「もしかしてこの霧が……?」
フィーほどではなくとも自分も相手の気配を読むことには長けていると思っていたリィンは、この気配の読めない状態が霧にあるのではないかと気が付いた。
「くそっ!」
だが休む間もなく飛んで来る矢をリィンはなんとかかわす、だがその動きは先程より鈍いものになっていた。特に右腕はまるで固まったように動かなくなっている。完全に動かないわけではないが力が入らない。
「なんだ、体が重いぞ……麻痺か?」
リィンは自分の体の異常に気が付いて状態異常の麻痺かと考える、だが麻痺にしては全体ではなく部分的に動かない右腕を見て可笑しいと感じていた。
『私のメデュースアローを喰らっても動けるなんて貴方はどんな体をしているのかしら?その矢は石化の状態異常を与えて一回でも喰らえば動けなくなるはずなのに』
するとエンネアは丁寧に自身のクラフトを説明した。リィンの右腕が動かないのは先程右肩に喰らった矢が原因らしい。
リィンはD∴G教団の実験で状態異常に対して強い耐性を得ていた、特に体の動きを阻害する麻痺や石化などには高い耐性がある。
なので完全に動きが固まることはなかったが右腕が動かなくなったリィンは辛そうな表情を浮かべる。
(利き腕をやられたのは痛いな……回復しようにもこの攻撃の速さでは隙が無い)
利き腕をやられてしまったので上手く太刀を振れなくなってしまった、回復しようにもそんな隙をエンネアは与えない。
(とにかくまずはエンネアを見つけないと話にならない、この邪魔な霧を吹き飛ばす必要があるな)
リィンは放たれる矢を必死で回避しながら打開策を考えていく。まずはこの視界の悪さをどうにかしようと彼は考えた。
(エアリアルで吹き飛ばすか?だがアーツは駆動中は無防備になる、このまま使えばいい的だ)
リィンは風属性のアーツ『エアリアル』で霧を吹き飛ばせないかと考える、しかしアーツは使う際に動けなくなる時間がありその隙を狙われてしまうと警戒して使えないようだ。
(なにかエンネアを誤魔化せる手段はないか……分け身はどうだ?いやアーツを使う前に消えてしまうな)
リィンは身を守る手段として実態のある残像を生み出す『分け身』を使えないかと考える、だが分け身は瞬間的にしか使えない、直ぐに消えてしまうだろう。
(いや待てよ?分け身に鬼の力を流し込んで実態を作ればもっと長く維持できるんじゃないのか?たしかレオンハルトがそんな事を言っていたな)
リィンは前に武術大会でロランスことレオンハルトが生命力と氣を流して分け身の実体化をしていたことを思い出した。
(出来るかどうかわからない、だがこのままではいずれ嬲り殺しにされるだけだ。やるかやらないか……人生はギャンブルだ!)
上手くいく保証はなかったがリィンは賭けに出た、鬼の力を生み出した分け身に流し込んでいく。
そしてリィンの目の前にもう一人のリィンが現れた。
「上手くいったのか……?それにしてもかなり疲れるな、多用は出来ないぞ、これ……」
実態を生み出す事は出来たがかなりの体力を持っていかれた、リィンはこの技は多様出来ないなと考える。
そこに4本の矢が四方から襲い掛かってくる、リィンは2本の矢を切り落とし分け身がもう2本の矢を切り落とす。
「よし、上手くいったぞ!」
未だ存在を残す分け身を見てリィンは賭けに勝ったと思いアーツの準備に移った。そこに更に矢が飛んで来るが分け身が全て防いでくれた。
「よし、これなら使えるぞ!エアリアル!」
リィンはアーツを駆動して導力魔法を放った、辺りに大きな竜巻が現れて霧を吹き飛ばしていく。
「見つけたぞ!」
霧が晴れた広場の柱の上、そこにエンネアと宙に浮かぶ矢の山だった。
「まさかそんな手を使うなんてね……!」
エンネアの言葉と共に矢が一斉にリィンに向かっていった。リィンは分け身と共に矢を切り抜けてエンネアに接近していく。
「くらえっ!」
「甘いわ!」
リィンの振り上げた太刀をエンネアは弓で受け止めた。普通の鉄ではないようでリィンの太刀を受け止めても弓は斬れなかった。
「はっ!」
そしてエンネアは弓を持つ反対の手で矢を指と指の間に挟み込んでリィンを斬り付けた。斜め右上に振り上げられた一閃がリィンの頬を切り裂いた。
更に追撃で顔に目掛けて突きの連打を放つエンネア、リィンはそれを回避しながら後退する。
そこに浮いていた矢が素早く動きリィンに目掛けて飛んできた。リィンは分け身に援護してもらいながら矢をかわした。
「矢を操れるのか!?」
「ええ、貴方と同じ私もD∴G教団で人体実験をされた、その際に得た力がこれよ」
「なんだと……!?」
エンネアの言葉にリィンは驚愕の表情を浮かべた。まさか目の前の女性があの教団で自分と同じ人体実験をされていたとは思わなかったからだ。
「生き残りがいたのか……」
「ええ、私を救ってくださったのはマスターよ。あの方の為ならなんだってする、こんな卑怯な手もね……」
エンネアが矢の先端を見せる、そこには液体が塗られており光に反射していた。
「グッ……!?」
するとリィンの体に異常が起きる、腕や足に鈍い痺れが襲い掛かってきたのだ。左腕以外が上手く動かせなくなってしまった。
「薬か……!」
「ええ、この矢にはさっき貴方の動きを阻害した薬が塗られているの」
リィンは斬られた頬に意識を向ける、その時に新たな薬を体に入れられたことを悟った。
「そこよ!」
「しまった……!」
更に追撃で分け身に矢が刺さり消滅した、これでリィンは丸裸になってしまった。
「さあ、これで終わりよ」
エンネアは十分に距離を取るとリィンに向けて矢を構える。
「降参しなさい、そうすれば命までは奪わないわ」
「ぐっ……」
「猟兵は命を大事にするのでしょう?賢い貴方ならどうするか分かるわよね?」
エンネアの言葉にリィンは悔しそうに歯ぎしりする、そして彼の脳内に嘗てルトガーに言われたある言葉が浮かび上がった。
『団長はどうしてあの時逃げなかったの?あんな軍勢を前にたった一人で殿をして……死んでいてもおかしくなかったんだよ?僕には逃げろって言ったのに団長は守ってないじゃないか!団長が死んだら僕嫌だよ……』
『ごめんなリィン、だがな俺はお前に嘘をついたわけじゃないんだ。命があってこその猟兵だ、確かにあの場は俺も逃げるべきだった。だがな、男には時に絶対に逃げられない時が来るんだ。もしあそこで逃げていたら俺は仲間を失っていたしもう二度とあの場には立てないって思ったんだ』
『団長……』
『でもお前は真似すんなよ?死んじまったら意味ねえからな』
がははと豪快に笑うルトガーをリィンは憧れを込めた眼差しで見ていた。そんな昔を彼は思い出していた。
「……俺は逃げない。今逃げたら俺はもう結社とは戦えない、レオンハルトの前には立てない」
リィンはかつて完敗した強者を思い浮かべた。奴とはまたぶつかる事になるとリィンは直感で感じていた、今逃げたらもうあの男の前には立てないとリィンは思ったのだ。
「このくらいの逆境を跳ねのけられないならどのみちこの先生きてはいけない!勝負だエンネア!」
リィンは片腕で太刀を構えてそう叫んだ。
「見事な覚悟ね、なら私も全力でお相手するわ」
エンネアはそう言って弓を構える、彼女の周りには沢山の矢が浮かんでリィンに照準を合わせていた。
「せめて苦しまずに逝きなさい……はっ!」
エンネアは弓から一本の矢を放つ、リィンは太刀を水平に構えて矢に向かって歩みを進めた。
(喰らったら死ぬ……そんな極限の状況こそ成長するチャンスだ!)
死を目前にしてリィンの集中力は極限にまで研ぎ澄まされていた。
エンネアの放った矢がリィンの制空権に入ったその瞬間、リィンは太刀の先を矢に当てて力の流れをコントロールする。すると矢の軌道が逸れてリィンを横切った。
「……ッ!」
それを見たエンネアは驚きながらも直ぐに新たな矢を放ち更に浮かせていた矢を3本リィンに向かわせた。しかもすべての矢が不規則な動きをしながらリィンに向かっていく。
「はっ!」
だがリィンはその四本の矢を全ていなした、まともに動けないのに自身の矢を防いだことに流石のエンネアも驚きを隠せなかった。
ジリジリとゆっくり歩を進めながらエンネアとの距離を縮めていくリィン、エンネアは矢を放つが全ていなされてしまう。
(この子、なんて集中力なの……!?)
自分より年下の少年、最初は多少の油断もあった。だがこの時何故エンネアが自身が慕うマスターが興味を持ったのか身をもって理解した。
(なるほど、この子は剣帝に匹敵する逸材ね。あの方が気にするわけだわ……!)
(おかしいな、こんなに痛いし死ぬかもしれないのに楽しくなってきた……!)
久しく見なかった『強者』にエンネアは無自覚に心を躍らせていた。そしてリィンも死を目前にして笑みを浮かべていた。
「……」
「……」
互いに構えにらみ合う二人……そして先に動いたのはリィンだった。
「はっ!」
エンネアは1本の矢を高速で放つ、速さが今までと違いタイミングが僅かにずれて力の流れを完全にいなすことが出来なかったリィンは大勢を崩しながらも太刀の柄で矢を受けた。
続けて足元に放たれた2本の矢をなんとか飛んで回避する。だが……
「貰ったわ!」
だがエンネアは残りの浮いていた矢を全てリィンに向けて放った、タイミングをずらして体勢を崩しわざと足元を攻撃してジャンプするように陽動したのだ。
片腕、ましてや空中でこの量の矢は防げない、エンネアは勝利を確信した。
「爆芯!」
だがリィンはそれを読んでいた、狙い通り放たれた矢は真っ直ぐにリィンに向かってきたがリィンは圧縮した氣を解き放ち矢を全て吹き飛ばした。
「なっ……!?」
予想もしていなかった動きにエンネアは一瞬硬直してしまった。リィンの情報は調べていたのでクラフトなどは把握していたエンネアだったが、爆芯は前に戦った痩せ狼ヴァルターとの戦いでリィンが新たに得た技だ。故に情報の中に入っていなかった。
完全に虚を突かれたエンネア、リィンは空中で太刀を構え直すとエンネアに目掛けて袈裟斬りを放った。
「貰った!」
「しまっ……!」
距離を詰められたエンネアは死を覚悟した。だがその直前で太刀がエンネアを斬る前に止まった。
「えっ……」
「俺の勝ちだな」
リィンはそう言うと太刀をしまった、エンネアはそんなリィンの行動が理解できなかった。
「待って、どうして私を斬らないの?」
「あんたが俺を本気で殺す気が無かったからさ、だから太刀を収めた」
リィンがエンネアが本気で自分を殺す気が無いと戦いの中で悟ったのだ。もし彼女が本気ならもっと複雑な矢の操作でリィンに近づけさせることなくなぶり殺しにでいたはずだ、でも彼女は態々真正面からリィンが何とか対応できるような攻撃をしていた。
「私が手を抜いているって分かっていたの?」
「ああ、あんたの実力はそんなものじゃないだろう?本気なら俺は殺されていた」
「でも私が憎くないのかしら?貴方は矢を受けたり怪我をしたのよ?しかも薬まで盛られて……普通ならやり返したいって思わないの?」
「別に。俺はケンカを売られたから買っただけでそれが終われば遺恨はないよ」
「……」
あっけらかんとそう言うリィンにエンネアは最初はぽかんとしていたが徐々に笑い始めた。
「ふふっ……貴方っておかしな子ね、矢を刺されてもやり返さないなんて……貴方にはその権利があるのよ?」
「だから良いって。あんたとの戦いは楽しかったし俺も強くなれた、それで十分だ」
「そう……ならこれくらいはさせて頂戴」
エンネアはそう言うと回復のアーツでリィンを治療した、そして何か薬を渡す。
「これは?」
「鉄機隊に伝わる回復薬よ、体の治癒力を高めてくれるの」
「そうなのか、なら有難くいただくよ」
リィンはそう言うと躊躇なく薬を飲み干した。
「おおっこれは効果がありそうだな」
「貴方躊躇なく飲んだわね、毒だとは思わなかったの?」
「いまさらそんな姑息な手を使うような人だとは思わなかったからさ」
「本当に面白い子ね、貴方」
当たり前のように言うリィンにエンネアはまた笑みを浮かべて笑った。
「合格よ、リィン・クラウゼル。貴方は間違いなく戦士だわ」
「それで何か報酬でもあるのか?」
「マスターに会わせてあげるわ。あの方に直接会える人間なんてそうはいない、とても名誉なことよ」
「ふーん……」
リィンはエンネアが慕うマスターに興味が湧いた。それに結社の幹部に近づけるのは危険だがチャンスでもある、リィンは相手の情報を得る事を優先する。
「じゃあ行きましょう、マスターの元に」
エンネアはそう言うとリィンの腕に自らの腕を絡ませて組んだ。
「おい、何をしてるんだよ」
「薬でまだ動きにくいでしょう?エスコートしてあげるわ」
「別にいいよ。フィーとラウラに誤解されるから離れてくれ」
「あらあら、意外とウブなのね。同じ教団の人体実験を受けた同士でしょう?仲よくしましょう」
エンネアはそう言うと更に強くリィンの腕に抱き着いてきた。リィンはどうかフィーやラウラにバレない様にと祈りながらエンネアの言うマスターの元に向かった。
(フィー、ラウラ……勝ってくれよ)
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