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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
歪んだ冷戦構造
  F5採用騒動 その2

 
前書き
 定番の新型機選定のトラブルです。 

 
 F-5戦術機は、その開発経緯から純粋に貸与機として考えられていた。
後進国の軍への技術指導と訓練以外で、米軍内部での使用予定はなかった。
 しかし、供与国からの実績要求を受けて、 米軍内で試験的にF-5戦術機隊の編成が行われた。
そしてBETA戦争において、対地攻撃に用いられることになった。


 日本は、元々F4ファントムを採用し、激震として光菱(みつひし)重工でライセンス生産していた。
その様な経緯から、系統の違うF5フリーダムファイターには興味すら示さなかった。
 だが、ミラ・ブリッジスが来日したことによって、F5フリーダムファイターへの認識が改められた。
彼女は、米海軍との関係が深いグラナン社でハイネマンとともに新型の空母艦載機の開発を進めていた才媛。
城内省の提案を一笑に付し、自身が書いた絵図面を見せつける事件を引き起こした。

 純国産期の生産を急いでいる城内省にとって、この女技術者の持ち込んだF5由来の設計ノウハウは大きかった。

 城内省に図面を持ち込んだ事件は、F4改造案を進めていた河崎(かわざき)や光菱の関係者には恨みを買うには十分だった。
反英米派の大伴は、この事件を利用して、ソ連に近づく姿勢をより強めることになる。
その話は、後日機会を改めてしたいと思う。
 
 マサキ自身もF5フリーダムファイターへの関心がないわけではなかった。
彼の認識を改める事例があった。
 それは、先のレバノン空軍に配備されたミラージュⅢとの実戦経験である。
この小型戦術機は、有視界戦闘の際は、高速機動によって発見するのが困難な機体。
美久の不在時にゼオライマーを動かし、対応したが、小癪なまでの動きに辟易したものであった。
 仮に、サイドワインダーなどのミサイルと電子妨害装置を積んだ数百機のF5戦術機が攻め寄せたら、さしものゼオライマーでも損害が出たであろう。
マサキも、空恐ろしくなったものであった。
 
 もし仮に後進国の指導者であったならば、拠点防衛用の戦術機として、F5を導入するであろう。
そう考えさせられたものであった。




 さて、フランス軍との朝食会を終えたマサキたちといえば。
大臣の部屋で、次官たちが今後の戦術機開発計画の行く末を話し合っていた。 

「彩峰大尉、欧州各国の動きをどう見るかね。君の意見を開陳したまえ」

 先に気が付いていた事を、資料を見てあらためて確認したようだとみて、大臣は彩峰を指名する。
「はっ、個人的な所感となりますが……個々の開発方針は、ともかくとして」
と、彩峰は前置きしたうえで、
「欧州側の開発計画において、戦術機の強化とは……
機動性、射撃能力の向上、あるいは近接戦闘能力の向上を目指していると、小官は愚考いたします」
「そんなところだな。
忌々しい事に、欧州勢の中で、ダッソーの計画だけが独自性を持っているわけだが……
まあ、今はそれはよい」
 
 大臣は、脇に立つ榊政務次官をかえりみると、
「では……」
 と、いかにも爽快らしくわれから言った。
「米国の動きとしてはどうなのだね。榊君」
「米海軍のヘレンカーター提督を中心とする研究チームによって、新型兵器を開発中と聞いております」
「それは、いったいどういう事なんだ」
「海軍より依頼を受けたヒューズ航空機が、フェニックスミサイルの製造を開始したとの事です」
「フェニックスミサイルだと……」
「今までのクラスター弾を数倍上回る、戦術機に搭載可能な、超強力なロケット弾です」
「そいつはすごい。もし手に入れば……」
榊の言葉を、大臣は興奮した様子で尋ねる。
「たしかに、ヒューズ航空機にしか、作れない代物なのだな」
「その通りです。問題はいかにして我々の手に入れるか」
「そいつは簡単だ。新型の戦術機ごと導入するのよ」
「ミサイルどころか、機体ごとですか……
開発中のものは複座の戦術機で、空母での運用を前提にした艦載機ですよ」

 榊は、ちょっと目をつよめて。
「わが帝国海軍からは、既に空母機動部隊の運用ノウハウが失われて30年の月日を経てます。
まず問題になるのは、操縦席が複座という事でしょう。
操縦士とレーダー管制官を乗せる問題は、スーパーコンピューターでも積めば、解消するでしょうが……」
彼の話を、彩峰が受けて、深刻そうに大臣にうながした。
「たしかに、是親(これちか)のいう複座と運用コスト……
その問題を解決しない限り、採用から時間を置かずに退役をするのは、火を見るより明らか……。
我が日本の国情を考えますと、そう思われます」
すると大臣は、彩峰に聞き返した。
「そうか。ハイネマン博士の作品は、それほどまでに高くつく代物(しろもの)なのかね」
「わが国の(たかむら)君や木原もそうですが……」
「どうもロボット工学の研究者というものは、工業デザイナーというより芸術家なのです。
彼らの作品は、工業製品としての兵器というより、数十人の技術者が作り出した芸術品なのです。
性能自体は間違いなく、一線級なのでしょうが……」
榊は、やや間をおいてから、
「それに、今欧州勢が開発中なのはF5系列の機体ですから、F4系統を使っている我が国に導入するにしてはノウハウも役に立たない」
と、明答した。

 すると、ク、ク、クと噛みころし切れない笑いを白い歯にもらしたマサキが脇から現れる。
大臣の側近はみな、緊張していた氷のような空気にひびいて、それは常人の笑いとも聞えなかった。
どこかで、べつな(あや)しいの物がふと奇声を立てたかとおもわれた。
「早い話が、グレートゼオライマー建造と違って役に立たないんだろう」
 人を吸いこむような柔らかい顔でいながら、マサキは諧謔(かいぎゃく)(ろう)していた。
ぐっと、みな息をつめ、そしてどの顔にも、青味が走った。
「木原。貴様、脇から口をはさむとは何事だ」
 ちらと、マサキも眼のすみで彩峰のそれを射返した。
小癪(こしゃく)なと、すこし不快にとったようだった。
「技師としての率直な意見を聞きたい。つづけたまえ」
ほとんど無表情にちかい大臣のつぶやきだった。


「金も時間も無駄にするような話はお終いにする。そういう事さ」
と、マサキは言いつづける。
「だが、ミサイルとロケットランチャーに関しては俺は有益と思っている。
開発中の新型機F14にだけではなく、F4やその系列機にハードポイントを追加して、使える様にすればいいだけだ」
左右の側近たちは、ぎょッと顔から顔へ明らかなうろたえを表に出した。
「まず、ミサイル運用の前提として燃料タンクの巨大化。
そして、コックピットの複座とシステムの問題がある」
大臣は、なんども頷いて聞きすました。
「燃料タンクは増槽を付ければいい。
それにシステムはグレートゼオライマーに搭載予定のスーパーコンピューターの簡易版を乗せればいい」
俄然、榊の調子も、するどく変って来て。
「スーパーコンピューター?」
「そうだな。グレートゼオライマーだから、GZコンピューターと名付けよう。
様々な記憶や情報収集を兼ね備えた制御装置で、俺の指示で自立走行可能なシステムの事さ。
こいつがあれば、その超強力なミサイルどころか、空母への離陸着艦も容易になる」
 
 GZコンピューターと呼んではいるが何のことはない。
美久に搭載された推論型AIの簡易版である。
マサキとしては、このAIをもってして、ファントムやサンダーボルトに搭載し、月面偵察の際に使おうと考えていたのだ。

「GZコンピューターが完成すれば、今までのような人的被害は最小に抑えることが出来る。
ただし、BETAの妨害工作に関してどれほど有用か、未知数だがな」

「一応、その簡易版なら、俺が8インチのフロッピーディスク20枚に焼いておいた。
それを戦術機のコンピューターに差し込めば、変わるはずさ」
その話を聞いて、大臣は腰が抜けそうになった。
「どうやって、そんな情報量を圧縮したのだね」
「これも、次元連結システムのちょっとした応用さ」



「なあ、貴様らがほめそやすミラとやらに、会ってみたくなった」
 彩峰は、冷たい肌を這う油のような汗を覚えた。
あの貴公子、篁は、そんなことをマサキの耳に入れていたのか。憤怒の気持ちがくすぶる。
「深窓の令嬢の次は、人妻にちょっかいを出そうというのか。
放蕩三昧もいい加減にしろ」
竹馬の友、彩峰にも覆いえないものが今日はみえるが、榊の方はもっと正直に興奮していた。
「木原君、遊ぶなとは言わんが……」
と、途方に暮れたように、マサキを笑った。
「シュタインホフ将軍の孫娘、キルケ嬢の件と言い、少しはわきまえるべきじゃないのか」
「……ち」
 マサキは唇を鳴らした。
 ミラの名前を出しただけで、これである。
思い人のアイリスディーナの場合はどうだろうか。見てはいられない。
「貴様にそんな質問をする権利は、あるまい」
と、明答した。

 だが、ひとり彩峰は、マサキの落胆の色を、烈しい鞭のような眼つきでにらんだ。
マサキのもろい一面を、彼は知り抜いていたからだろう。
マサキの意志のくずれを怖れたのだ。

 マサキは硬めていた体をほぐして胸を上げた。
そして面には微笑に似たものをもって、あわれむような眼差しをじっと凝こらして、
「キルケの件は……なんの、いらぬ斟酌(しんしゃく)だ」
と、判然と応じ、
「宴の席ゆえ、少々常より酒の過ぎたまでのことよ」
そして大臣のうなずきを見るなり、すぐ部屋を後にした。 
 

 
後書き
 ラスコー・ヘレンカーター提督は公式資料集に出てくる人物です。
ご意見、ご感想お待ちしております。 
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