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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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七十二 光と闇

 
前書き
木ノ葉の里人に対してアンチ気味です。 
ご注意ください。
過激描写がありますが、なにとぞご容赦くださいませ。
申し訳ありませんが、正直なところ、手のひらくるっくるの里人に対して良いイメージがありません…一楽の親子以外は(汗)

捏造過多です。
すみませんがご了承ください(土下座)


 

 
蒼い炎が眼に焼き付いて離れない。
決して忘れることのない、忘れることなど出来ないあの炎の蒼に。

あの時あの瞬間あの時点で。
魅入られ、囚われ、心を掴まれた。


それくらい、鮮烈な蒼だった。










「本当に…ミズキ、なのか…?」

おずおずと、問いかける。
困惑と警戒の入り雑じった視線を投げてくる相手を、ミズキはもう自分のものではない他人の顔で眺めた。

「どういうことだ…その顔は、」

応えぬミズキに、イルカは「変化の術か…?いや、しかし」と戸惑い気味に視線を彷徨わせる。
ミズキの変わり様に驚くイルカに、ミズキ自身が己の変わり様に苦笑した。

「ただの変化じゃない。もう二度と自分の顔には戻れない術だ」
「何故…そこまで、」

己自身を捨ててまで、どうして偽っているのか。
他人の姿形を被り、立ち位置を奪っているのか。


イルカのもっともな意見に、ミズキは「何故、か」と目線を彼方へ向けた。


その瞳には、今現在の光景ではない。
かつて視た光景が映っていた。




初めて、うずまきナルトと出会った景色が。














息を殺して、ミズキは見ていた。


視線の先には、狭くて簡素な造りの粗末な小屋がある。
随分老朽化している廃屋だが、注目すべきはそこではなかった。

忍び達がいる。木ノ葉の忍びではないのは間違いなかった。
侵入者だとはわかっていたが、足が竦んで動けない。
相当の手練れだということが遠目からでもわかる。今のミズキでは到底敵わない相手だ。
それも複数。返り討ちにされるのがオチだ。

だから火影にすぐにでも報告するのが得策だとは理解しつつも、少しでも動けば勘づかれてしまう恐怖で硬直してしまっていた。

故に、せめて状況を把握しようと、茂みに身を潜め、息を潜め、じっと様子を窺っていたミズキは気づいた。
廃屋のすぐ傍に打ち捨てられている存在に。


その瞬間、ミズキの運命の歯車は廻り始めた。




最初は、ボロ雑巾のように思えた。

別里の侵入者の忍び達もそう思っていたのだろう。
やがて忍びのひとりが、そのボロ雑巾の違和感に気づいて、他の忍びに視線を促した。

「おい…コイツ、」
「まさか…九尾のガキか」

ボロ雑巾の布の隙間から覗く、細く小さな青白い手。
泥に塗れているものの、輝かしい金の髪。

まろい頬は赤く腫れあがっており、誰かに殴打された痕だということが遠目からでもミズキにも窺えた。


「息は…あるな」
「人柱力だぞ。化け物が出てきたらどうするつもりだ」
「そういや木ノ葉の里人の一部は、九尾と人柱力を同一視しているという…大方、そいつらにやられたんだろうよ」
「どっちでもいいさ。巻物を盗むついでに九尾まで手に入れられるとは一石二鳥じゃねぇか」

九尾の狐。
かつて木ノ葉の里を襲った化け物の爪痕は、未だに里人の心に深い傷を残している。
ミズキの友達のうみのイルカも、そのひとりだ。

九尾の狐から里を守る為に両親が殉職し、孤児となったイルカは普段わざと明るく振る舞っているが、その実、両親の墓の前で泣いているのをよく見かけている。

九尾により多くの里の人間の命を奪われた故に、その憎悪の矛先は当然、九尾をその身に宿す宿主に向けられる。
たとえ、それが幼子でも。


歳のころは二歳くらいだろうか。
栄養失調なのか、細すぎて正確な年齢は定かではないが、どちらにしても木ノ葉の危機だというのが、ミズキにも理解できた。

九尾が他の里に渡れば、戦力を奪われるも同然。
なんとしても未然に防がなければならない。

震える恐怖を押し殺して、いよいよ火影へ一刻も早く報告しなければ、とミズキが己の身体を叱咤した、その時だった。






「……なんだ」

里人から暴力を振るわれ、ボロ雑巾のように打ち捨てられていた幼子の眼が開く。
蒼く碧く深く沈んだ海よりも暗い双眸の藍が、小さく瞬いた。



「おまえら、木ノ葉のにんげんじゃないのか」
じゃあ、いいか。



あどけない声だった。
幼く、可愛らしい、無垢そのものの声音だった。


しかしながら、その瞬間。

幼子を取り巻く忍び達の命が事切れた。








茂みから見ていたミズキも、いや、殺された忍びでさえ、今、何が起きたのか理解できていなかったろう。

瞬きひとつする間もなく、忍びのひとりの首がスパンっと胴体から引き離され、四肢が吹き飛び、夥しい量の血が迸る。
複数の忍びは呻き声も断末魔も、なにひとつ抵抗せず、声すらあげる暇もなく、自覚なしに死んでいた。

血の泉の中心で佇む幼子と、茂みで息を潜めるミズキだけがこの場の生存者だった。



血の水溜まりを踏み散らす。
されどその身には返り血さえ浴びておらず、綺麗なものだった。

血の池地獄を生んだ幼子が印を結ぶ。
その瞬間、蒼い炎が地面を舐めるように沸き上がった。
死んだ忍び達の血肉も骨も痕跡も、生きてきた証でさえ、その青い炎が呑み込んでゆく。

その炎の蒼に、ミズキは魅入られた。
見惚れるほど、鮮烈で美しく力強い青き炎。


炎上した炎の青は瞬く間に、死体を喰らい尽くす。
あれだけ充満していた血臭ですら、もはや無臭と化しており、今の出来事は全て夢幻だったのかと錯覚してしまうほどだった。

けれど、あの幼子だけは本物だ、と全身が震えた。
その震えが、恐怖なのか興奮なのか畏怖なのか、ミズキにはまだわからなかったが、どちらにしても驚きで声がでない。
呼吸も瞬きさえ忘れて、目の前の光景に釘付けだったミズキの視線の先で、幼子がゆらり、と揺れた。


直後、視界が蒼に染まる。
至近距離でミズキは見た。



幼子の瞳の蒼を。
沈んだ海よりも昏く淀んだ蒼を。










首筋に痛みが奔る。
心臓が跳ねた。

ふわ、と軽く幼子が跳んだ。
それだけでミズキの正面へ来ていたのだ。
一瞬で。

動悸が激しくなる前に、死の影が差し迫る。



「おまえは…木ノ葉か」

死を覚悟したミズキの額当てを確認して、幼子がクナイをおさめる。
首の皮一枚で済んで、息を吐いたミズキはへなへなと腰を抜かした。

その様子を見下ろす幼子はやはり二歳ほどの幼さで、今し方複数の手練れの忍びを手に掛けたとはとても思えない。
それでも、普通とは圧倒的にかけ離れている存在だと、ミズキにも理解できた。

幽明の存在か、あるいは幽冥からの使者か。
愕然と呆けるミズキを酷く冷たい眼差しで、幼子は見下ろす。


「木ノ葉はころさない。だけど、」

その言葉の先を幼子は口にはしなかった。
けれど、ミズキにはわかった。

今し方起きた出来事を話せば己の命は無いという事実を。
けれどそれ以上に、幼子のほうが気になった。

どうしようもなく、あの炎の蒼が瞳に焼き付いて離れなかった。









子どもを視線で追い駆けた。追い駆け続けた。

九尾の狐だと煙たがれ、常にあの子は里人からの憎悪の視線を一身に受けていた。
そしてしょっちゅう、迫害され甚振られ暴力を振るわれていたのを、ミズキは見ていた。
見ていた、だけだった。

だが流石に、里人以外にも暴力を振るわれている状況は、無視できなかった。


崖から放り出されたのを見ていた。
里人や一般人では到底傷がつけられないクナイの傷跡を全身に刻まれた小さな身体が、青く澄んだ空へ放り投げられたのを、ミズキは見上げていた。

九尾と同一視する人間は里人だけではない。
一部の忍びもそうだ。
木ノ葉の忍びの誰かが、子どもを崖から突き落としていた。


息を呑む。同時に、硬直していた身体が動いた。
子どもが墜落した場所へ駆ける。

崖下を彷徨い歩くと、ひらけた場所へ躍り出た。
其処は一面の花畑だった。

群生して花弁を空へ向けているその花々は、全て彼岸花。
その鮮やかな緋色の中に一点。
金色が見えた。


緋色の群れを掻き分けて進んだミズキの視線の先で、金色は何事もなかったように立ち上がる。
あれだけ里人に虐待を受け、一部の忍びに暴力を振るわれているのに、今の墜落で首の骨が折れていてもおかしくないのに、幼子は平然と緋色の絨毯に佇んでいた。

真っ赤な彼岸花の中央で金の髪がやけに映える。
箱庭的な美しさすらあった。
その様は美しい花畑に降りた天使のようにも、或いは黄泉路へ誘う化生のようにもミズキには見えた。

その瞳の蒼と、目が合う。


子どもは見ていた。
ミズキに見られていることを知っていた。

知っていながらあえて放置していたのだ。
何が目的なのか定かではなかったから泳がせておいた。
故に忍びに崖から突き落とされたのもミズキと接触する為。

風遁で落下の衝撃をやわらげ、殴られた痕も折られた骨も破裂した内臓も、瞬く間に医療忍術で完治させる。
咲き乱れる彼岸花の中で子どもはミズキと向き合った。



「みのがしてやったのに、なぜおれをみる」

子どもは表情がなかった。

「おれを殺すきかいをうかがっているのか。ざんねんだったな。そんなきかいは永遠にこない」



温度のない眼差しがミズキを見遣る。
美しく冷たい蒼だった。
あの炎の蒼と同じ。

ミズキの心を捉えて、瞳に焼き付いて離れない。



「聞きたいことが、あるんだ」

ごくり、と生唾を呑み込む。
子どもと真正面から対峙して、身体の芯から震えあがる感情を、ミズキは押し殺した。

「何故…何故なんだ?何故、君は甘んじて暴力を受けている?」


ずっと見ていたからミズキは知っている。
九尾と同一視する里人から忍びから、抵抗ひとつすることなく。
理不尽な言いがかりも暴力も迫害も全てを呑み込み、一身に受けている子どもの日常を。

「何故だ?君ほどの力の持ち主ならアイツらに屈せずとも…」

ミズキの問いに対して、子どもは酷くつまらなそうに答えた。



「……このさとをほろぼすのはかんたんだ」
(里人ではなく里ときたか…)

ゴクリ、と再度、ミズキの喉が鳴る。
あどけなく拙く可愛らしい声音で淡々と答えるそのアンバランスさが、不気味を通り越して、ミズキにはもはや崇高なものとすら思えてしまう。


「だがそれではおれの…かたわれの居場所がなくなってしまう」

一瞬、子どもの感情の無い瞳の蒼に、強い意志が浮かんだ。

「あの子の居場所をうばうわけにはいかない」


決意の色が浮かんでは瞬く間に消える。
けれど確かに初めて子どもの感情に触れて、ミズキはその色に縋るように訊ねた。


「それは…君の、」
「……しゃべりすぎたな」

ふい、と蒼の瞳を逸らされ、ミズキは落胆する。
あの瞳に自分を認めてもらいたかった。

次にミズキが瞬きする時には、子どもの姿は彼岸花の緋色に溶けて、消えていた。



ミズキは、二度、見逃してもらえた。
それが嬉しかった。
子どもからしたら路傍の石だと思われていても、それでも、三度目があることを期待してミズキは金色を追い駆け続けた。

そしてあの時、崖から子どもを突き落とした忍びを秘かに三代目火影に密告する。
三代目火影の猿飛ヒルゼンは眉を顰め、件の忍びを問いただしたが、逆に逆上したその忍びは里を抜けたらしい。

抜け忍となったソイツは後日、消息不明となった。

その忍びの行く末を、ミズキだけが正しく理解していた。









「よけいなまねを…」

三度、子どもと会えた。


子どもは開口一番、ミズキを非難した。
崖から突き落とした忍びを密告した件についてだと身構えたミズキは、直後、子どもに投げられた言葉に驚き、やがて歓喜した。

「だが…木ノ葉でなくなったならどうでもいい」


木ノ葉の忍びであることは、子どもにとっては重要事項だったようだ。
三代目火影の庇護下である忍びは殺せない。
だが逆に言えば、そうでないなら、どうでもいいといった具合だった。
故に、いずれ逆恨みをしそうな不穏分子は真っ先に処分したのだ。


だから、子どもにとっても、ミズキの行為は都合が良かった。


故に、そこで初めて、子どもはミズキをまともに見た。
その瞳の蒼に、ミズキの姿を認めたのだ。



じわじわとミズキの足先から歓喜が震えあがる。
やはりあの忍びの行く末は里を抜けた時点で子どもに葬られたのだとすぐさま察したが、それさえどうでもよかった。
ミズキにとっては、子どもの瞳の蒼が自分をここでようやく見てくれた、その事実だけが嬉しかった。





ミズキには野心があった。力を渇望していた。力こそが全てだと思っていた。
力さえあれば誰もが自分を認めてくれると望んでいた。他者からの愛情を欲していた。
故に、だからこそ。

圧倒的な力の持ち主でありながら、その力を誇示するわけでもなく。
されど木ノ葉でなくなった瞬間に、猛威を振るう子どもの力に魅了された。

大蛇丸など目じゃない。三忍なんぞ、この子どもの前では霞んでしまう。
ああ、この子こそが己の生きる道だと願った。

子どもの支えでありたいと望んだ。認めてもらいたいと欲した。
自分の力を必要としてほしいと、渇望した。

元々、木ノ葉の里の仲間主義とは相反していたミズキは、子どもを迫害しながら善人ぶる連中に嫌気が差していた。
だからこの里から子どもが抜けると耳にした時は、心から喜ぶと同時に、絶望した。


この悪環境から脱したほうが、子どもにとっては最善だと頭で理解していた反面、もう己はこの子の力には僅かでもなれないのだと悟ったからだ。
ならば一緒に木ノ葉を抜けようと、もう里に未練など微塵もないミズキが口にしたその決意は、子どもの言葉で霧散した。



「おれのかたわれを…よろしくたのむ」

自分が里抜けした後のことを、子どもは心配していた。
そこでようやくミズキは知った。


九尾の狐を封印されている人柱力は、この子どもではなく。
この子の双子の妹だという事実に。


妹の身代わりとなって迫害されてきた子どもの名を、その子が里抜けする間際にミズキはようやっと知り得た。


“うずまきナルト”


それが、ミズキが認めてほしい唯一の存在。
全てを超越する圧倒的な力の持ち主だった。



その瞬間ミズキは、波風ナルに関する報告と木ノ葉の里の内情をナルトへ知らせる内通者となったのだ。









波風ナルを託された。
それだけがミズキの生きる糧だった。



故に中間管理職としてあえてアカデミーの教師のまま、上にも下にも目を配った。
子ども…ナルトの妹を迫害しようとする愚かな連中をさりげなく火影に密告していた。


いつのまにか、里の連中はナルトのことをなにひとつ憶えていなかった。
三代目火影が何かしたらしいが、ミズキにはどうでもよかった。
自分だけがナルトを憶えている事実に優越感さえあった。

逐一、里の外にいるナルトへ、里の内側にいる己が里の内情と波風ナルの近況を報告していた。
それがナルトの望みだったからだ。

だから波風ナルがアカデミーを卒業できずにいる状況を知らせた時に、ナルトから下された指示に、ミズキは従った。
いい加減、我が身の置かれている現状を、ナルに知ってもらいたいというナルトの意を酌んで、ミズキは悪役に徹した。

彼女を認めてくれる信頼できる誰かを見つけてやり、なにより九尾の狐が封印されている事実を、同時に伝える。
その為の手段として、禁じられた巻物をナルに盗ませ、己自身が悪人になることを決行した。


だが木ノ葉の里でお尋ね者になってしまったのは間違いない。
自由に動けないし、変化の術で常に他人に変化していても、チャクラには限りがある。


ならば本当に他人に成り代わる必要がある。
そこで鬼の国から木ノ葉の里に侵入した囚人から教えてもらった術を使ったのだ。

波風ナルに禁じられた巻物を盗ませ、九尾の狐のことを彼女本人に教えた罪で収容された木ノ葉厳重警戒施設。
その際に、ミズキの隣の牢屋に収容された相手。


鬼の国の巫女である紫苑のお傍に仕える足穂と旧知の仲である鬼の国衛兵の一人…ススキという人間だ。


彼は巫女の紫苑を案じるがあまり、彼女を巫女の呪縛から解き放つ方法が載っている巻物を探し求め、ついには忍びの里へ潜入してしまった。
厳重に保管されている巻物を奪取する目的で木ノ葉の里に潜入し、捕らえられたススキは、木ノ葉厳重警戒施設に収容され、そこで同じく囚人であったミズキと知り合う。

その時に、お人好しのふりが得意なミズキへ、鬼の国に伝わる秘術をススキは教えたのである。



同盟国の鬼の国にいずれ引き渡す手筈になっていたが、己の不手際で紫苑に迷惑がかかると考えたススキは牢の中で自害。
そのせいで鬼の国と木ノ葉には亀裂が入り、後々『暁』に依頼をした鬼の国の巫女の紫苑がナルトと出会うのは別の話だ。

とにかくも中忍試験時に、ナルトのおかげで木ノ葉厳重警戒施設から脱獄させてもらったミズキは、久方ぶりのナルトの指示に従って、霧隠れの鬼人との共同任務にあたった。


中忍本試験前に、桃地再不斬と協力してサスケに変化し、木ノ葉病院でサスケを襲撃したカブトを騙す。
その時にナルトへ渡してもらうよう再不斬へススキの遺書を託した。


このススキの遺書は、後にナルトが白に氷遁で凍らせ、紫苑の部下である足穂の手に渡ることとなるのだが、ミズキにとってはどうでもいいことだった。

それよりも脱獄囚であるミズキ自身はしばらく身を潜めて機会を窺わなければいけなかった。
誰かに成りすます為に。


その機会はすぐに訪れた。
『木ノ葉崩し』決行計画書の引き渡しで砂と音が密会していた夜。


それを目撃してしまった月光ハヤテの死を確認したミズキは、すぐさまその遺体を隠した。
奈良一族のみが立ち入れる森の奥に地中深く埋め、ミズキ自身はススキから教わった術を実行したのだ。




【影鏡身転の法】――円形の陣の中で発動し、他人に変化する云わば変化の術。ただし、ただの変化とは異なり、声までも本人そのものとなり、その人物に成り切る術。

初歩の部類に属する変化の術とは異なり、その者の身体を完全に他者の肉体に作り変えてしまう。つまり、一度、この術を使えば、もはや元の姿には戻れないのだ。



その瞬間、ミズキは己自身の顔も姿も名も失い、等価交換として月光ハヤテに成り代わった。



怪しまれないように、中忍試験で使われた『地の書』に施された睡眠の術式を自分自身に掛ける。

中忍第二試験の課題で使った『天の書』と『地の書』。
催眠の術式が施されているその巻き物を開けば、五日は眠り続ける羽目になるのだ。

案の定、五日間、ハヤテの顔となって、ミズキは木ノ葉病院で眠り続ける。
目覚めた時は、ナルトが窓辺に腰掛けていた。

月光ハヤテ本人を殺したのかどうかのナルトの問いかけには、既に死んでいたと答えた。
そんなミズキに、ナルトは数枚の書類を投げて寄越した。
その書類にはミズキがハヤテに成り代わるのに十分な情報が施されており、隠し事はできないな、と改めて感服する。


ハヤテに関する情報を頭に叩き込んだが、恋人の卯月夕顔をどうするかは最近まで決めかねていた。
火影の暗部であった彼女からは火影に関する情報を得られる為だ。

後々、ダンゾウ率いる『根』と繋がりを持つことになり、表と裏、どちらからも情報を得ることができて一石二鳥だったが、ハヤテ本人の恋人に気づかれる危惧から、結局、夕顔とは別れた。

別れた後も、何故か夕顔の友人である紅や、紅の恋人である猿飛アスマからも別れた理由を問われたが、ミズキにとっては理由はひとつしかない。


正体を隠す為だ。



故に、ダンゾウとナルトの密会を覗き見た際、わざとナルトを嫌うふりをしたし、『根』とナルトを繋ぐパイプ役にも渋々といった風情を装った。

そうしてサスケを木ノ葉の里から大蛇丸のもとへ連れて行くふりをして、実は死を偽装する計画を立てていた音隠れ五人衆のうち、『根』に捕らえられた鬼童丸と右近/左近が潜入捜査している時も逃亡を手助けしたし、木ノ葉の里で囚われの身となった桃地再不斬との再会をも果たした。



その時、再不斬は木ノ葉隠れの里に連行され、厳重に拘束されていた。

拷問・尋問部隊隊長である森乃イビキの眼を盗むこともできない状態で、それもチャクラを使えないよう、牢に閉じ込められ、拘束具で動きを封じられ、印を結べないように拘束されていた再不斬だが、ハヤテの顔をしたミズキによって拘束を解かれ、水分身を作ったことで、水月の兄である満月を『根』の本拠地の地下から奪還できたのだ。


かつて、カブトを騙す為に協力したミズキから懐かしい野心の匂いを、今度はハヤテから嗅ぎ取った再不斬は、月光ハヤテの正体がミズキだと薄々気づいているようだった。


けれどもう、どうでもいい。
本物の月光ハヤテの遺体が発見された今、ミズキには時間がなかった。







だからだろうか。
せめて昔の自分を知る知己にわざと己の正体を示唆するかのような態度を取ったのは。

自暴自棄になっているのかもしれない。
けれど、自分とは対照的なイルカにだけは、さいごに、話をしてみたくなった。

だから誘い出した。

初めて、ナルトと出会ったこの、粗末な廃屋に。
波風ナルに禁じられた巻物を盗ませ、彼女が【多重影分身】の術を憶えたこの小屋に。



共にアカデミーで教鞭を振るっていた旧知の相手を。
うみのイルカを。





「……何故だ、ミズキ。里の仲間を裏切る気か!?」


月光ハヤテがミズキだとようやく確信して、うみのイルカは問い質す。
その声音は悲痛で、今もミズキを友だと信じているかのような甘さすらあった。


「仲間?」
「そうだ、苦楽を共にしてきた木ノ葉の里の仲間だ…っ!」


キッパリとそう告げたイルカの言葉に、ミズキは笑みを堪えきれなかった。

「仲間?仲間だと?」


そうして、眼を眇める。
呆れた声で、ミズキは頭を振った。


「仲間と言うのは幼子を甚振り迫害し暴行するような腐った連中のことか?」
「なんの話だ…?」


本気で理解していないイルカを、ハヤテの顔で呆れながら眺めた。
ちょうど、廃屋を中心に紅く染め上げる射光が、かつてナルトが佇んでいた彼岸花の鮮やかな色を思わせる。

九尾の狐だとバラし、イルカが初めてナルと心を通わせ、理解者になれるようお膳立てしたミズキは、かつて共にアカデミーで教鞭を振るった友を見つめた。



波風ナルの理解者であり、最初に彼女を認めたうみのイルカ。
うずまきナルトに認めてもらう為、自ら内通者を望んだミズキ。



落陽により射し込む緋色の光が、対照的な双方の間を遮るように明暗を別つ。
それはその名の通り、光と闇であり、分かれ目でもあった。


「おめでたい奴だ…思い知るがいい、お前ら木ノ葉の連中が犯した過ちを。この里が生んだ最低最悪の罪を」




太陽の陽射しを浴びて光の中にいるイルカを、影の内側にいるミズキは眩しげに見やった。
決して光射すことのない闇の中で。





「相変わらず甘いな…イルカ」
 
 

 
後書き
渦巻く滄海 紅き空【上】
16話『内通者』
34話『病棟密会』
47話『取り引き』
百話~115話の映画編鬼の国

【下】
23話『取り違え』
48話『葬儀のあとで、』
52話『潜入』

などが伏線でした。ほかにもちょこちょこ伏線はありますが、大体がこれらです。
この話の為に、鬼の国映画編を書きました。

【影鏡身転の法】の術だけの為に(笑)


伏線、気づいてくださいましたでしょうか?
これからもどうぞよろしくお願いいたします!! 
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