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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第88話 アトラハシーズ星系会戦 その4

 
前書き
いつもの通り、遅筆になって申し訳ございません。

GWは全部仕事でした。マジで1日も休んでません。
今日も仕事でしたが、なんか強烈な頭痛に襲われてノーシン呑んでから編集しております。

なので誤字はいっぱいだと思いますので、お気づきの点がありましたら感想欄にお願いします。
文章が下手になったなぁと、第1章を読んで思う、今日この頃です。
 

 
 宇宙歴七九〇年 二月一八日 アスターテ星域 アトラハシーズ星系

 戦闘要員が交代で休息をとる中、補給・船務要員と航法要員が必死になって恒星アトラハシーズ軌道上でFASを行い、全ての艦の補給充足率が約四〇パーセントに均されたのはカステル中佐の予想した通り、五時間後の一八日〇〇〇〇時であった。

 補給作業中、爺様と参謀長は、実質戦闘能力の三割を失った第一部隊の再編成を行っている。特に被害の大きかった戦艦部隊では、集団司令部と分隊の間をつなぐ隊司令に戦死者が相次ぎ、緊急措置として、数人の少佐艦長を大佐に戦地臨時任官している。戦場ではよくあることとはいえ、中級幹部の喪失は部隊運用の面で影響が大きい。

 それでもかろうじて戦列を整え、恒星アトラハシーズに接近し、パワードスイングバイに備えることができた。スイングバイは天体に近づくほど加速効果は大きく、且つ軌道を大きく曲げられる。イゼルローンから来た増援艦隊の左後背位置を確保するにはどうすればいいか、俺はファイフェルを扱き使いつつ幾つものシミュレーションを行い、航路を算定した。増援艦隊がフィンク中佐の観測した速度より遅ければ、我々は敵の左前方に飛び出してしまうし、逆に速ければ攻撃範囲を逸脱してしまうだけでなく挟撃される恐れがある。

 さらには必要以上の加速もできない。敵艦隊に一撃を与える以上、戦闘宙域には無数の破片がばらまかれることになる。シールドや弾幕で対処できる小さいものならばまだしも、破壊された艦艇の残骸と衝突すればただでは済まない。破片への対応距離を考慮しつつ、各艦の間隔と艦の機動性を天秤にかけた最大速度を算定する必要がある。そして機動性の最も乏しい艦は艦隊随伴型工作艦だ。故に工作艦の『最大巡航速度』を基準として部隊行動を策定することになる。

 俺としては最大限尽くしたつもりなので、あとは運に委ねるしかない。結局一度も休息をとることなく、俺は次席参謀席から動くことなく、恒星アトラハシーズを左画面いっぱいに見ながらスイングバイ航路を進む第四四高速機動集団の戦列を眺めた。

「いい部隊だと思う」
 いつの間にか艦橋に戻ってきたモンティージャ中佐は、背後に立って俺にだけ聞こえるような小さな声でそう呟いた。
「指揮官は百戦錬磨。参謀長は知性と経験と信頼に厚く、副官は日増しに要領が良くなっている。補給参謀は口は悪いが、能力は折り紙付き。部隊各艦も司令部の命令に対し信頼を寄せ、能力を向上させている」
「そうですね」
「だが司令官は兵卒からの叩き上げ。参謀長は専科学校出身。副官は司令官以外の上官に仕えたことはなく、補給参謀は良くも悪くもプロフェッショナル。直衛には脛に傷を持つ分隊もある」
「何が仰りたいのですか?」

 アトラハシーズ星系に入ってからというもの、モンティージャ中佐の行動は実にらしくないものばかり。こういう僅かなりとも闇を感じさせるような会話などなかったはずだ。そういうときは直接直球で聞くに限る。俺の反撃に、モンティージャ中佐の目が糸のように細くなった。

「こういう部隊にいると過剰に出世が遅れるし、扱き使われて命の危険も高い。それでも貴官はいいのか?」
「モンティージャ中佐から出世という言葉が出てくるのは意外ですね」
「シトレだろうとロボスだろうと、宇宙艦隊司令部はビュコック『中将』を定年まで使い潰す気だ。七年後。貴官が三二歳の時、よくて准将になっているかどうか」
「かもしれませんね」
「貴官が戦闘指揮官を目指すにしろ内勤幹部を目指すにしろ、この戦いが終わったら転属願を出した方がいい。大した忠告ではないが気に留めといてくれ」

 ポンと俺の方を叩くと、モンティージャ中佐は俺の隣の席に座る。単なる親切心か、それとも何かの罠か。情報部の人間にマークされるほどには悪いことをしているつもりはないが、ケリムとマーロヴィアで情報将校の奥深さを味わっているだけに、軽々には判断できない。

 だがそんなことを気に留めるまでもなく、戦いは目の前に迫ってくる。〇二〇五時。第四四高速機動集団は帝国軍増援艦隊を、前方索敵範囲に収めることに運よくかろうじて成功した。

「敵艦隊中央部、当艦隊の進行軸に対し〇〇二五時、仰角五.四度、距離六.七光秒に確認」
「敵は右舷より左舷に向けて鋭角四四度をもって進行中。速力は帝国軍基準巡航速度」
「艦艇数二七〇〇隻ないし二八〇〇隻。台形陣を形成」
「現在の速力差を鑑み、機動集団基準有効射程まで三〇分」

 相対していれば六.七光秒という距離は有効射程距離まで一〇分もかからない。だが敵味方双方がほぼ同じ方向を向いている以上、有効射程までの時間は双方の速度差だけが要因となる。

「挑戦信号を発しますか?」

 オペレーターたちの報告に、モンシャルマン参謀長が腰を曲げて司令席に座る爺様に問いかけた。
 三〇分という時間は、熟達した戦闘集団であれば反転して陣形を整える時間としてはまずまずというところ。それがわからないモンシャルマン参謀長ではないので、挑戦信号を打つことによってこちらが敵であると認識させ、敢えて敵を反転させ、その隙に距離を一気に縮めて一撃離脱。敵が再反転して追撃に移る前に、戦闘宙域を離脱するという考えだろう。さらに敵が熟達していない部隊であれば、有効射程時点で反転機動中となりこちらとしてはやりたい放題となる。

 だが挑戦信号を打った段階でこちらが敵と明確に認識されるわけで、敵司令部に十分な思考時間を与えることになる。既にメルカッツの部隊とは連絡を取っているはずで、反転以外の戦術をとる可能性は極めて高くなる。

 問いかけられてからしばらく爺様は目をつむっていたが、ゆっくりと目を開けると小さく首を振って、参謀長に応えた。

「有効射程に入ってから挑戦信号を発せ。せっかく好位置にいる以上、余計な知恵と時間を敵に与える必要はない。進路を維持。このまま接近」
「では、予定通り中距離戦闘で」
 今度の問いかけには、爺様は大きく頷いた。
「スパルタニアンの運転手達は先の戦いで苦労を掛けたからお休みじゃ。カステル! 機雷の残量はどのくらいじゃ?」
「戦闘艦艇の充足率は五〇パーセント。約八万発です」
「ジュニア! 恒星アトラハシーズの恒星風はそれほど強くはなかったな?」
「はい」
 フィッシャー先生の予習通りであるが、スイングバイに対する恒星風の影響はほとんど無視してよいレベルだ。それを踏まえた機雷戦闘を爺様は考えているわけで……
「会戦終了後、全艦全弾機雷を投射し機雷原を構築する。範囲と方法はジュニアに任せる。ただし最低三〇分以上はおもてなしができるようにせよ」
「了解しました」
 敵が一撃離脱を受けた後、どういった機動を見せるか。流石に同一方向に逃げるような真似はしないと思われるので、敵の出方をある程度は想定しておかねばならない。俺に対する教育目的もあるのだろうが、これがなかなかに面倒なことだ。

「敵艦隊より誰何信号あり」
 距離三.三光秒。有効射程まで二〇分を切った段階で、敵はこちらに所属を問う通信を打ってきた。当然こちらはが通信妨害状態を装って無視する。
「遅いな」
 嘲笑に近い声でモンティージャ中佐が呟いた。確かに遅いが、こちらを味方と勘違いしていた可能性を考えれば、まだ有効射程範囲前に誰何信号を発せただけましだ。進行方向に敵がいるという状況でないからというのもあるだろうが、七年後このアスターテ星域で有効射程に入るまで後背にいる一大戦力が、敵だと気が付かない制式艦隊もあったのだ。
 もしかしたら原作に書かれていないだけで、俺の想像を超えるような探知妨害があって気が付かなかったというのもあり得るだろう。だが少なくとも現時点では原作アニメにおける第六艦隊より柔軟な思考力と行動力がある敵だとみていい。

「敵艦隊、速度を上昇。会敵予想時刻修正 〇二四〇。プラス〇〇〇五」
「艦種確認。戦艦二八〇ないし三〇〇、巡航艦一二〇〇ないし一三〇〇、駆逐艦約一〇〇〇、宇宙母艦一〇ないし一五。ほか補助艦艇らしきもの三〇〇」
「ジャミングを開始します。以降、通信距離は低下します」

 数的には不利ではある。敵の戦闘艦艇は最大見積で二六一五隻。こちらは一九七〇隻。だが敵も要塞であるイゼルローンから出てきた部隊にしては戦艦が少なく、駆逐艦が多い。そして宇宙母艦がかなり少ない。もちろんメルカッツの直轄艦隊が重装備すぎるのであって、こちらが標準的な艦隊編成であるとは言えるのかもしれない。

「集団基準有効射程まで残り一〇分」
「総員、第一級臨戦態勢に移行。最大射程一分前に挑戦信号を発せよ」

 敵も速度を上げて逃走を図ろうとするが、パワースイングバイによって十分に加速された第44高速機動集団の速度に追い付くには時間も出力も足りない。そのうち僅かながら敵艦隊の陣形が乱れる。艦種の違いによって加速度に差がある故なのだが……

「まるで五ケ月前の我々を見ているようですな」
 モンシャルマン参謀長の顔には微妙な笑みが浮かんでいる。あの時は追っかけられる側だった。今度は追っかける側になる。
「各艦に作戦と状況を徹底させよ。進路維持による一撃離脱。損害を受け速度を維持できない艦は自沈処分。乗員はシャトルにて後衛の戦艦ないし輸送艦に移乗」
 参謀長の訓示がファイフェルを通じて各艦に伝えられる。作戦の根幹は速力だ。功を求めて蹂躙戦をする余裕はない。

「最大射程まであと一分。挑戦信号、発します」

 帝国・同盟共通の信号の一つ。もはや今更だが「これから戦うぞ」という意思を敵ではなく味方に示す意味もある。圧倒的とまでは言えないが優位な状況での『中指立て』に、司令艦橋下にある戦闘艦橋の士気は目に見えて向上する。

「敵艦隊中央部、有効射程に入りました」
「撃て!(ファイヤー)」

 爺様の手が振り下ろされ、旗艦エル=トレメンドが斉射を開始すると、直属戦隊から旗艦部隊、第二・第三部隊と順次砲火が開く。陣形は単円錐陣。一団となり全ての艦が進行方向への砲撃が可能になるよう配置されている。前方への圧倒的な火力投射量と攻撃速度を有する陣形だが、各艦が規定値以上の射角を取って砲撃してしまうと『味方のケツを蹴り上げてしまう』危険もある。
 御託も巧緻も必要ない。次席参謀の意見具申の幕などない。ただひたすらに前へ、前へ。限られた射角内に収めた敵に対し、主砲を叩きつけるのみ。

 円錐陣の頂角は第三部隊旗艦戦艦部隊一一三隻。もっとも損害の少ないバンフィ准将の戦艦部隊が、五個分隊二五隻で楔を作りそれを縦列に形成し、敵艦隊左翼後衛の駆逐艦と輸送艦を吹き飛ばしつつ、敵の中核部隊へと躍り込んでいく。三連どころではない継続的な斉射で砲身が危険温度に達した艦は一度速度を落とし、後ろに並んでいる別の戦艦分隊の楔と交代する。一巡したら今度はプロウライト准将の第二部隊戦艦部隊が前に出る。

 その両翼、円錐陣の斜め側面には巡航艦部隊が斜陣形を形成している。こちらは鋸の歯のように敵陣を切り広げる役目だ。やはり分隊単位でリニアモーターカーの磁極変異のごとく斉射と砲身冷却を交互に繰り返しながらひたすらに前進を続ける。

 円錐陣中央後部には輸送艦・工作艦と宇宙母艦。それに護衛の駆逐艦がアボカドの種のようにがっちりとした球形陣を作る。先頭集団から脱落した艦の乗員を集める役目もある。火力投射よりもそちらが優先される。

 そして最後衛は第一部隊六五隻の戦艦と三隻の巡航艦が務める。戦艦エル=トレメンドも例外なく円錐の底辺に沿って配置されており、巡航艦によって切り開かれた敵陣をさらに拡大させる役目と乗員の回収ともう一つ。勇敢にも円錐底面に潜り込もうとする帝国艦艇を蹴散らす役目があった。

 つまり最後衛ではあるが同時に最前衛である。エル=トレメンドは進行軸に対して上方頂点に位置していたから、「足元の僅かな俯角部分を除いて」すべての方角に味方がいない。集団旗艦がこんな位置にいていいのかと思わないでもないが、位置を決めたのは司令官である爺様だ。戦局が把握しやすい箇所と言えばこれ以上の場所はない。ないが、あまりにも危険に過ぎる。

 巡航艦に撃破された敵艦の残骸の漂流。時折思い出したかのような散発的な砲撃があり気が抜けない。撃破された輸送艦の残骸に隠れていた身軽な駆逐艦が、エル=トレメンドの左舷前上方から突然現れた時はさすがに身の毛がよだったが、左舷下方に控えていた戦艦アラミノスが咄嗟砲撃で吹き飛ばしてくれて事なきを得た。

 砲撃開始から三時間後。第四四高速機動集団は敵艦隊の左後背から突入し、右側中央部への突破に成功する。こちらが敵艦隊の覆滅を望まず進路を堅持したこと、帝国軍が既定の進路を逸脱しつつ左舷へ進路を変更したことで、帝国軍に与えた被害は想定値の七割、約一〇〇〇隻程度と思われた。こちらの被害は三〇隻に達していない。ワンサイドではあるが、敵艦隊は戦列を乱しつつも、それなりの秩序を保って行動している。

「ジュニア! 出番じゃ。仕事をせい」

 想定より敵の被害が少ないことにイラついているのか、爺様の声は固くて厳しい。確かにもう少しやりようはあったかもしれないが、三〇〇〇隻以上のメルカッツ艦隊の位置が不明な以上、戦果より時間の方が優先される。とりあえずは目前で悶えている帝国艦隊が、立ち直ってもまともに追撃できないようにしなければならない。

 俺の想定よりも帝国軍は秩序を維持しているが、航路を逸脱した方向が左舷であることは想定通りだ。爺様の命令を受領した俺は、司令部回線を使って戦術回路D-四を開くよう指示する。戦闘中ずっと入力し続けたプランがそこにはある。

 爺様がマル・アデッタで狭い回廊に熱反応型の自動機雷を時差付けて段差配置していたことを参考としつつ、より能動的に機雷を誘導するプログラムを組んだ。恒星アトラハシーズは安定的な表層流をもつ恒星であり、太陽風は観測される限りではほぼ一定ゆえに機雷を敷設しても、突発的なフレアでもない限り機雷の設置範囲は大きくずれることはない。

 機雷用のセンサーはいずれも偵察衛星や軍艦に搭載されているような長射程・高性能な物ではないが一通りは揃っているから、組み合わせ次第では強力な哨戒網も築ける。あとは味方の陣形と速度、敵の進路を想定して、綺麗に機雷原を構築できるよう投射するだけだ。例えば迂回するにしても遠回りになるように。

 転生する以前の生活スタイル故なのか、どうやら地味で細かい作業に関しては適性があるらしい。低出力の電磁投射器具によって放出されていく機雷の航跡を眺めつつ、俺は思った。原作を仮に知っていたとして、どれだけの人がヤンやラインハルトのように生きられるだろうか。

 投射から三〇分後。未だに陣形再編でもたついている敵艦隊を三重に半包囲する形で機雷原が構築されたことを確認すると、機雷のセンサー網を作動させる。少なくとも三〇分という時間は敵失で稼げた。あとどれくらい稼げるだろうか。二〇〇発につき一発だけ炸薬を抜いた偵察衛星モドキの哨戒網をじっと眺めていると、混乱する敵艦隊のさらに後方に重力波の異常が僅かに感知された。

「はぁ?」
 俺の声は思っていたより大きかったらしい。捕虜が届くまで司令部の中で暇をしているモンティージャ中佐が、珈琲を片手に背中越しに俺の端末画面を見て……「んん?」っと、やはり同じような声を上げる。
「中佐、これ、もしかして」
「哨戒網の制御を俺に回してくれ。たぶん貴官の予想は合っていると思う」
 餅は餅屋。俺から制御を譲り受けた中佐は、俺の数倍の速度でキーボードを叩き、三分後に俺を呼び寄せた。
「この重力波の異常が敵艦隊なのは間違いないだろう。この星系に我々以外の友軍は存在しないのだから。だがこの速度はおかしい」
 恒星重力波の変異、機雷からの通信波異常、第四四高速機動集団の移動状況による受信偏差諸々の誤差を省いたとしても、集団としての速度が速すぎる。
「巡航艦単独編制の強行偵察分隊だと思うか?」
「いえ。違うと思います」

 こちらの総数、行動意図を承知した上で、イゼルローンから来た敵艦隊が第四四高速機動集団に後背奇襲されたことを、メルカッツは既に理解しているはずだ。であれば強行偵察を行いながら慎重に前進することは、第四四高速機動集団の逃亡を招くこと。全戦力をもって救援・追撃に向かうはずだ。しかしそれを理解した上でも速すぎる。どういう手品かはわからないが。

「メルカッツの本隊、および第八七〇九哨戒隊が遭遇したアスターテ星域防衛艦隊への増援部隊は合流し、我々を戦闘集団としては異常な速度で追撃しています。敷設した機雷原は迂回されるでしょう」
 それまでの観測データを一揃えして、爺様と参謀長にそう言って提出すると、二人は揃って溜息をついた。

「……跳躍宙点で追いつかれる可能性は?」
「半々です。我々が星系間長距離跳躍の準備に手間取れば、跳躍宙域手前で砲撃有効射程に収められます」
「手間を取らずに行けたとして、跳躍宙点での時間的余裕は?」
「一〇分ありません」

 こめかみに青筋を浮かべているモンシャルマン参謀長の鋭い眼差しが、エックス線探知機のように直立不動の俺の体を射抜いてくる。一方で爺様は口を開くことなく半目で、メインスクリーンに映し出されている航路図を見ている。沈黙が一分を超えそうになった時、爺様はカステル中佐を呼びつけた。

「カステル。工作艦の速度を上げることは可能か?」
「可能ではありますが、衝突回避行動に無理が生じます。波及事故になった場合、乗員ごと見捨てることになりかねません」
 そのくらい分かっているだろうとまでは言わなかったが、カステル中佐の言葉にあまり熱意がないのも確かだった。だが爺様はそれを咎めず、今度は俺に視線を送ってくる。
「この星系は比較的安定しており、小惑星帯や彗星群はほとんどない。そうじゃな、ジュニア?」
「はい。正確には彗星群はありますが極めて小規模で、当集団の進路上には確認されておりません」
「よし。では陣形を変更じゃ。工作艦と輸送艦を、集団の先頭に出せ」

 爺様の何気ない一言に、幕僚一同で顔を見合わせた。一番足の遅い工作艦を先頭に出して、回避行動を最小限にしつつ速度を上げさせるという事か。部隊行動としては非常識極まりない案だ。工作艦は所詮支援艦艇であって、戦闘艦艇並みの高性能なレーダーは装備されていない。工作艦の巡航速度が遅い故に回避行動に余裕が持てる為、レーダーもそれに合わせた物しか積んでいないわけだが……

「工作艦を集団中央に、戦艦を両翼に並べて長距離索敵と前面偏差掃射を行うという形でよろしいでしょうか?」
「分かっておるなら、すぐに陣形案を作成せんか」
「……承知いたしました」

 そもそも星系内を工作艦の最大巡航速度で移動・戦闘している時点で異常なのだ。最大『巡航』速度が最大『戦闘』速度になったところで大して変わらない。工作艦の燃料消費に問題が出そうなので、カステル中佐に一度視線を向けると分かってると言わんばかりに左手を小さく振る。工作艦と補給艦が先頭に立つのだから、FASしやすい様に交互にならべさせればいいだろう。

 二〇分かけて陣形案を作成し、参謀長と爺様の承認を受け各艦がゆっくりと陣形を変え終わったのが、〇六〇〇時。工作艦へのFASは殆ど限界速度のため、機械操縦に切り替えて行われた。その為に時間を喰われて〇八四五時。ようやく部隊速度を上げることに成功する。

 しかしその間も後方から着々とメルカッツ艦隊は距離を詰めてきている。イゼルローンからの増援艦隊は追撃を諦めたらしく、背後から追ってくる艦艇は二〇〇〇隻程度。それでも同盟軍における戦艦の最大戦速を維持している。

「かろうじて逃げ込める、のか?」

 障害物が殆どない跳躍宙点で長距離跳躍に必要な時間は約一時間。爺様が全艦に直接電文で長距離跳躍の手順を再度確認せよと指示を出しているので、手間取ることはないだろう。予定であれば一二〇〇時には跳躍宙点に飛び込み、一三〇〇時には全艦の跳躍を終えられる。その時点でメルカッツ艦隊は帝国軍戦艦の最大射程より時間距離で五分の差がある。

 そういう計算を司令部から敢えて発信し、戦艦エル=トレメンドの戦闘艦橋も第二級臨戦態勢を維持しつつ交代で休息に入って三〇分経った一〇五五時。当番観測オペレーターの叫びが、戦闘艦橋だけでなく司令艦橋まで届いた。

「後背の敵艦隊、さらに増速しています!」

 観測された速度は戦闘集団行動速度としてはありえない。帝国軍宇宙母艦の最大戦闘速度すら超えている。敵艦隊から脱落艦が出ているのも観測されているが、集団としての陣形はそれなりに維持されている。

「……つまり輸送艦や工作艦、近接戦闘するつもりなどないから宇宙母艦すら捨てて、追っかけてきておるというわけじゃったか」
 爺様の独白が、司令部を重くする。再計算すれば、第四四高速機動集団とメルカッツ艦隊は殆ど時差なく跳躍宙点に飛び込むことになる。
「せめて機雷があれば……」
 ファイフェルの口から僅かに零れる呟きも理解できる。なりふり構わない追撃だ。もしこの状況下で機雷回避できるような練度だとしたら、疾風ウォルフどころではないだろう。
だいたい敵の数は既にこちらとほぼ同数かむしろ少なくなってはいるが、現時点で反転迎撃できるような時間的にもエネルギー的にも余裕はない。何とか敵の脚を鈍らせる方法はないか……
「……レーザー水爆は」
 ほんの小さな声。しかも司令部で役職についている士官ではない。だがここ一年、任務以外の無茶な手伝いをさせられ、常に司令部と一緒に行動して小規模遭遇戦闘も含めれば一〇回以上も実戦の場に立った彼女の声に、俺とカステル中佐は反応した。
「ボロディン少佐。レーザー水爆は後ろには撃てない、わけではないよな?」
「VLS投射ですから可能です。ただし自己誘導となりますので命中精度は低下するというだけです」
 しかし現状は命中精度を考える必要はない。というより推進すら切って投射装置から自艦に当たらないように押し出すだけでいい。下手に推進装置を生かせば、メルカッツなら囮を発射して誘導し、容易に回避するだろう。
 幸いと言うか、破れかぶれの偶然だが、動きのとろい工作艦と輸送艦は集団の先頭にいる。両翼端に第二第三部隊の戦艦部隊、最後衛はこのエル=トレメンドの所属する第一部隊の戦艦部隊だから、レーザー水爆を無誘導投射されても後に味方艦は居ないので衝突する可能性はない。

「司令官閣下」

 俺は爺様の傍に駆け寄って、頭に思い浮かんだ構想を練らずにそのまま口に出した。各艦間隔の拡張と整列、レーザー水爆の無誘導・無推進投射…… 実際は二分もなかっただろう。喋っている俺としては一〇分以上に感じられた俺の進言を爺様はじっと俺の顔を見ながら耳を傾け、聞き終わると席を立ち左手で俺の肩を揺すった後でファイフェルを呼びつける。

「ファイフェル、戦闘艦橋にデコイとレーザー水爆の残弾を報告させよ」
 ものの数秒。ファイフェルはマーロヴィアの頃に比べてはるかにこなれた手つきで連絡を取る。
「デコイは四発、レーザー水爆の残弾一六発だそうです」
「戦艦全部であわせてだいたい五〇〇〇発というところじゃな。些か心もとないが、できる限り引き付けてから放出するしかなかろう」
 ウンウンと二度ばかり頷くと、一度モンシャルマン参謀長に無言で視線を送る。参謀長もそれに対して一度だけ頷いて応じると、爺様は俺に命じた。
「ジュニア、分単位の敵味方の速度・相対距離のシミュレーションを作れ。放出のタイミングは儂が指示する」
「承知いたしました」

 直ぐに自分の席に戻り、艦隊運用シミュレーションを使って言われた通りのモノを作る。すでに何度も検証したアトラハシーズ星系の航路図を基盤に、第四四高速機動集団のこれからの航路と観測されたメルカッツ艦隊の動きからの推定航路を入力し、それを模擬化する。小さな三つの突起を持つ赤い矢印を、青い紡錘が追いかけるようなシミュレーションを見て、爺様は満足そうに頷いた。

「ファイフェル。機動集団全戦艦に伝達。残存するレーザー水爆を三分おきに四発ずつ、進路同軸にて、無推進・無誘導にて投射せよ。投射のタイミングはエル=トレメンドより指示する」
「ハッ! 麾下全戦艦へ。残存レーザー水爆を三分おきに四発、投射方向は〇六〇〇。無推進・無誘導で投射。投射タイミングは旗艦信号に合わせ」

 ファイフェルの声がマイクを通して戦闘艦橋に響くと、「はぁああ?」という水雷長の声が聞こえてくる。それはそうだ。レーザー水爆を無推進で、さらに命中精度を極限まで下げるような無誘導でしかも真後ろに投射しろなんて命令、ベテランの水雷長でも受けたことはないだろう。

 そう考えると何となく可笑しくなって俺の頬も緩んでくる。さてメルカッツがどう反応するか。デコイを撃っても反応しない、置き石同然のレーザー水爆に。掃射か、回避か。いずれにしても脚は遅くなる。

 一一一五時。爺様はレーザー水爆の投射を指示する。跳躍宙点まで一時間を切り、相対距離はメルカッツ艦隊の戦艦の最大射程距離まであと二〇分という絶妙なタイミングだ。レーザー水爆とメルカッツ艦隊の触接まで一五分。帝国軍の砲手達は大混乱だろう。目標を敵艦からレーザー水爆に変更となれば、いきなり長距離砲戦から近距離砲戦にレンジを切り替えなくてはならない。

 一一三〇時。案の定、メルカッツ艦隊は近距離砲戦による掃射を選択した。その前にデコイの発射が確認されているから、定石通りの対応をしたのだろう。最大戦速の状況下で近距離砲戦を行うという、出力が低いとはいえ一歩間違えれば僚艦を撃ってしまう状況だ。追撃速度はガクンと落ちる。その間に第四四高速機動集団は距離を広げ予定通り跳躍宙域に入り、先頭の工作艦と補給艦から順に、前面に浮かびあがった純白の跳躍フィールドへと飛びこんでいく。

 一三〇三時。最後衛に位置していたエル=トレメンドも跳躍航行へと移行する。メインスクリーン正面一杯に映る白い円盤に飛び込む直前まで、俺は後方に無数の光点となって現れたメルカッツ艦隊を見つめていた。

「あばよ、とっつぁん」

 俺のセリフは何故かしっかりとブライトウェル嬢に聞かれていたらしく、あとであれはどういう意味ですか?と問われて説明に苦慮したのは、失敗と成功と苦難に溢れたアトラハシーズ星系会戦の最後の難関だった。
 
 

 
後書き
2023.05.10 更新
2023.05.11 光子魚雷→レーザー水爆 伴い文面一部改
2023.05.31 指摘誤字修正
2023.08.13 指摘誤字修正

承認欲求の塊なので時々エゴサーチかけるんですが、やっぱり暁は見てくれる人が少ない感じです。
最初からお世話になっているサイトなので、多少不都合があっても投稿は続けるつもりですが、
もしかしたらご新規様開拓も必要なのかもしれません。 
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