冥王来訪
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第二部 1978年
歪んだ冷戦構造
F5採用騒動 その1
前書き
読者要望であったF5フリーダムファイターに関するお話になります。
晩餐会の翌日、マサキは朝風呂を浴びていた。
そして、いつもとの片頭痛は違う、頭痛にひどく悩まされていた。
やはり、違う種類の酒を、まぜこぜに飲んだせいであろう。
日頃、酒を飲まない彼に、二日酔いの頭痛は堪えた。
何より、西ドイツのキルケと名乗る少女との一時の逢瀬もあろう。
マサキにとっても、キルケのような娘は久しぶりに心を惹かれた女性である。
初対面で平手打ちをされるなどと言う事は、彼にとっては、骨髄に徹するほどの、衝撃だった。
ベアトリクスに叩かれたときは、ゼオライマーに強引に乗せようとしたためであったので、自分が悪いのはよくわかっていた。
マライに煙草を進めたとき、嫌な顔をされたのも彼女が喫煙習慣がなかったためであるのを知って、納得していた。
このキルケの恐れを知らぬ態度に対して、興味を持たなかったかと言えば、うそになる。
彼女の姿を見たとき、尻まで届く、恐ろしく長い黒髪に目が行った。
確かに、あまり豊かではない東ドイツ人の標準的な身長のマライより小柄で、スリムな体系にショックを受けたのは事実だ。
(1970年代のドイツ人女性の平均身長は165センチ。2010年代の統計だと168.3センチ)
彼女に男が近寄らなかったのは、背が低く、痩せていて胸がないからではない。
あの老将軍・シュタインホフの強面を前にして、娶りたいなどという勇気がなかったからではないか。
さしものユルゲンですら、たじろいたであろう。
もっともあの男は自分の妻や妹を基準に女を選ぶ節があるので、まず見た目でキルケは除外されよう。
思えば、マライも着やせするタイプではなかろうか。
でなければ、巨乳好きのユルゲンと男女の中にはなるまい。
ユルゲンの確認を取らずにわがものにしていれば……
マサキは、惜しいことをしてしまったと、一人心の中で悔やんだ。
マサキは、その様なことを思い悩みながら、たくましい青年の体に、熱い湯を浴びる。
「今日はゆっくり出来るんだろうな……」
脇で背中を流す美久に予定を尋ねた。
「榊次官と一緒にフランス軍関係者とお会いする予定になっています」
「キルケとか言ったな。あの娘と遊び疲れたからと言って、断れ」
思わず振り返ると、美久は一瞬言葉を失ったかのようになる。
「ええ、それは先方には無体では……」
驚く美久にかまわず、ザブっと熱い湯を頭から浴びなおした。
そのようなやり取りをしているとき、風呂場に入ってきたものがあった。
護衛兼通訳の白銀は、大童で入ってくるなり、
「先生、10分で支度してください」と声をかける。
湯気が満ちていて、視界が奪われていたことは、美久には幸いだった。
咄嗟に、壁に掛けてあったバスタオルをつかむと両腕で体を覆い、奥の方に引っ込んだ。
だんだんと湯気が晴れ渡ってきたとき、乳白色の裸身が浮かび上がる。
白銀は、自分のしたことを後悔した。
耳まで赤くした美久の姿を一目見て、彼女から目をそむけてしまう。
「先生、20分差し上げますから早いとこ、すましてください」
赤裸で椅子に腰を落としていたマサキは、ただただ苦笑するばかりであった。
さて、マサキたちは、予定より30分遅れて朝食会の会場に来た。
大臣から苦笑され、榊と彩峰には侮蔑の目を向けられるも、いつもの如く不敵の笑みで返した。
フランス政府関係者との食事は、北欧風の「スモーガスボード」と呼ばれるものであった。
冷たいハムやサラミ、塩や酢漬けの魚類。ぬるいコーヒーに、硬くすっぱい黒パン。
朝から並ぶワインに、ぬるい常温のビール。
それらはドイツでは当たり前で、朝晩ともこの「冷感食事」
朝食に温かい食事をとるのが当たり前だった、彼にとって非常に不満だった。
「しかし、冷えた食事を出すなど、支那だったら大喧嘩の元だぞ」
と心にある不満をぶちまけた。
マサキが前の世界で長くいた支那では、常に温かい食事が一般的だった。
市井の徒ばかりではなく、軍隊でも同じである。
支那兵たちは寒冷な気候も相まってか、冷えた食事を、伝統的に、極端に嫌った。
野戦でも竈を作って、常に温かい食事を取った。
そばがゆにしろ、麦の雑炊にしても温かければ喜んで食べた。
日本人の様に握り飯に漬物などでは決して口にせず、炊煙を気にせず食事を準備した。
支那事変の際、帝国陸海軍は支那人捕虜の食事にも非常に苦労したものであった。
それに東洋人である自分が、北欧のゲルマン系の様に冷たい肉など食えば、体調を狂わせる。
産業革命の産物とは言うが、如何にドイツが貧しい国だったかを示す事例ではないのか。
思えば、ドイツは貧しい国だった。
マサキは食事をほどほどにして、暖かいコーヒーで唇を濡らすと、
「美久、後でアイリスに飯の炊き方でも教えてやれ。
俺はこんな冷えた飯ばかり食うて、病気にはなりたくないからな。
こんな暮らしをしていては、どんな男でも気が違うであろうよ」
脇に座る美久は思わず顔を上げる。
薄く笑っているが、頬は強張り、視線を斜めに下げるほどであった。
「あまり、皆様を困らせない方が……」
「お前の炊いた麦飯に、焼き鮭を載せた茶漬けなどの方がマシだ。
こんど永谷園の即席茶漬けでも用意しておけ」
美久の頬がさっきより赤くなっていることに気が付いたが、あえて無視する。
額に手を当てて、わざとらしく哄笑して見せた。
「フフフ。そう拗ねるな」
そんな彼等の様を、彩峰は睨む勢いで視線を飛ばした。
マサキがけだるそうに煙草をふかしているとき、声をかける人物があった。
稀代の知日家として知られる、フランス首相であった。
壮年のこの男は、若かりし頃、陸軍将校として勤務し、軍部に人脈があった。
また青年時代は、フランス共産党員でありながらハーバード大学にも留学するなどと、政治の世界を自在に泳ぐ優れた直観力の持ち主でもあった。
濃紺のチョークストライプのスーツに、ベークライトの茶色い縁の眼鏡をかけた黒髪の男。
日本風に会釈をした後、ゆっくりとした調子で語りかけてきた。
「ムッシュ・木原、どうして科学者のあなたが矢面に立たれるのですか。
天のゼオライマーというスーパーロボット、そして新型の機関、次元連結システム……。
あなたに万に一つの事があれば……この世界は再び危機に瀕するのですよ」
マサキは、通訳をする白銀の言葉を待たずに返答する。
彼に対して、ずけずけと自分の意見を言った。
「それは、この木原マサキという男が、つまらぬ科学者だからだよ。
ロボット工学の科学者だからこそ、遺伝子工学の科学者だからこそ。
俺はルイセンコの似非学問で、近代科学を軽視したソ連社会主義が許せない。
BETAという宇宙怪獣に40億の奴隷労働力が貪られるのが、我慢できない。
ただ、それだけの事さ」
「それに大の男が女子供を矢面に立たせて、後ろで研究開発なぞする振りをして隠れんぼをする。
実に情けないではないか。
あのようなゴム製のスーツを着て、満足な稼働時間もない、薄ぺらな装甲板のロボットに好いた女性を乗せるなど、惨めではないか」
首相は、初対面の彼から、いきなりこれをいわれたので、つい目をキラと赤くうるませてしまった。
「妻や娘が、仮にいたとしても、俺は差し出すような真似はせぬ。
場末の娼婦でも着ない服を着せ、そんなガラクタで怪獣退治をさせるなど、恥ずかしくて出来ぬわ。ハハハハハ」
とマサキは笑い捨てる。
「男が勝負をかけるには、常に全力投球でなければならない。
BETAという怪獣退治は、100点満点のロボットでやらねばならない。
10点、20点と段階を踏んで、最後に100点などでは遅い。
ここぞというときに、救ってやらねばならぬ存在や守るべきものがあるのではないのか。
違うか」
マサキは、しんから言った。
「この世界の科学者どもは、時間をかけすぎる。
救うべき命や富、貴重な文化。国土や資源も失われてからでは遅い……
だから貴様らが救えぬようなら、この俺が地球ごと分捕ることにしたのよ」
首相はマサキの話を聞いているあいだに「うむ」と、二度ほどうなずいていたが、
「ムッシュ木原、ではあなたは今の婦人解放運動にも反対だと」
と、マサキは、彼のせきこむ語気をさえぎった。
「ああ、そんな象牙の塔に住まう鴻儒どもの絵空事にしかすぎん。
そもそも男女はその成り立ちは脳からして違う。一緒には出来ぬ」
と、マサキがこのとき、婦人解放運動に拠って男女平等を尊重する意志などはちっともない。
そんな語気を出したので、将校はみな彼へ疑惑の眼をそそぎかけた。
「人種もそうだ。白色人種、黒色人種、黄色人種……
筋肉量も違えば、脳の大きさ、特定の毒物の耐性、IQも人種ごとに異なる。」
しかし当のマサキは、そんな瑣末を気にしていなかった。
初対面だった首相は、このとき、マサキという人間に、一見、よほど感じたところがあったらしい。
「ムッシュ木原、よおく分かりました。では我らの話を聞いていただけますね」
「よかろう」
「わが国の航空機メーカー・ダッソーにおいて開発された新型戦術機ミラージュⅢに関してですが……」
そういって、彼の秘書官から資料を受け取る。
欧州の陸軍国、フランスにおいて開発された最新機ミラージュⅢ。
その機体は、F5フリーダムファイターを元にした戦術歩行戦闘機の一種である。
F5フリーダムファイターに関してご存じではない読者もいよう。
ここで、改めて説明をしたい。
1973年に始まったBETA戦争における戦場の花形でもある戦術歩行戦闘機F4ファントム。
この現代の騎兵は、ソ連機mig21に多大なる影響を与えた事がつとに有名であろう。
だが、このF4ファントムの電子戦装備や高価格な機体。
生産能力を持たぬ自由陣営に属する諸国は二の足を踏んでしまった。
日本や英国、金満国である帝政イランともかく、後進国のパキスタンやエチオピアでは整備すら難しい。
共産圏と対峙する韓国、台湾、南ベトナムなどの国家への配備も進めなくてはいけない。
事態を重く見た米国政府は、急遽ノースロップ社で開発を進めていた練習機に着目する。
新人衛士の訓練機であるT-38タロンを基に新型機を採用し、世界各国に特許情報を公開した。
その機体こそ、F-5戦術機である。
17.3メートルと小型で軽量な機体は、欧州戦線で高く評価され、フリーダムファイターの名を得た。
木原マサキがF5フリーダムファイターを初めて見たとき、その姿を嘆いた。
50メートルを優に超え、総トン数500トンの機体と比べると、あまりにも貧相だった。
自身が作った八卦ロボと比して、跳躍力も飛行時間も短く、バランスも悪い。
またマサキ自身がこの世界に来て初めて見た戦術機は、mig21の兄弟機であった殲撃8型であった。
そして一番深く触れた機体は、訓練機であったF4ファントムのライセンス品である激震である。
度々かかわらざるを得なかったのはMIG-21バラライカであった。
ユルゲンの対BETA戦闘データを得る観点からも、ソ連の暗殺隊から降りかかる火の粉を払うにも、MIG-21バラライカの研究は必要だった。
故に海のものとも山のものとも知れないF5フリーダムファイターに関しては好きになれなかったのだ。
フランス語の資料を一瞥したマサキは、わざとらしく嘆いて見せた。
「装甲板が薄すぎる。俺の求めるものではないな」
「ムッシュ木原。
でもあなたは、米海軍が採用を目指しているF14の開発者であるハイネマン博士にお会いになったばかりではありませんか」
男の質問に、マサキもいささか慌てた。
「俺は、あの男と話をする前に、レバノンで火遊びをした。
ニューヨークに帰った後、そのまま、ボンに来てしまったからな……」
男は、マサキの話をじっと聞いている風だった。
叱責の一つでも、言われた方がどれだけ楽か。
重苦しい無言に押しつぶされそうだった。
「ただし、ダッソーとの研究ノウハウは俺も欲しい。貴様らとの関係も続けたい。
既存のジェットエンジンから、レイセオンのエンジンで強化する案などは気に入った」
男は感情の読み取れない目でこちらを見た後、微笑を浮かべて、手を振った。
「では、後日。パリの首相府において、またお目にかかりましょう」
と、早々にいとまをつげて、部屋へ返っていった。
後書き
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