冥王来訪
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第二部 1978年
影の政府
賊徒の末路 その2
前書き
話としてまとめに入ります。
榊パパと一緒に旅立ったテロリストどものその後です。
日本のフラッグシップキャリアである「日本航空」所属のボーニング727-89、通称「よど号」は、空路、バングラデッシュのダッカを経由地として、ベイルートに向かっていた。
機内には、客室乗務員の制服を着た内務省所属の婦人警官が乗り込み、100名近い犯罪者たちを満載していた。
機長と副操縦士は、帝国陸軍航空隊から選抜されたエリートで、先次大戦において夜間爆撃の経験のある人物であった。
機内の犯罪者たちは、超法規的措置により、釈放され、氷室美久との交換することになっていることを口々に喜んでいた。
「ウハハ。これで俺たちは自由の身ってわけよ」
「しかし気の毒だね。俺らと交換する予定になってる姉ちゃんは……」
PLFLと日本人テロリストの要求で、人質役として榊是親国防政務次官が乗り込んでいた。
彼の前に席では、次のテロ計画が大っぴらに語られていた。
「レバノンに就いたらよお、米帝の大使館を爆破してみますか」
(米帝=アメリカ帝国主義。米国の蔑称。)
「そいつは見ものだ。一つ派手にやろうじゃないか。同志」
男たちの話を聞いて、苦渋の表情を浮かべる榊は、後ろより突然髪をつかまれて、
「おい、政務次官さんよお……」
テロリストの一人は、彼の耳元で脅すようにして声をかける。
「あんたも俺たちの国際共産主義の連絡網を見たろう。
アラビア半島は、すでに世界革命の根拠地の一つなのだよ」
榊は、そこで初めて、こう訊ねた。
「では、PLFPの議長は、レバノン政府を亡ぼした後で、自分が大統領につく肚なんですか」
「同志議長はそんなことを望んでおられない」
「では、誰が、次の支配者になるのでしょう」
「フフフ、冥途の土産に聞かせてやろう」
そういうと、男は自分が知る限りの秘密を語りだした。
「レバノン問題は、今の政府を亡ぼしてから後の重大な評議になるんだ。
KGBのほうとも相談しなければならないから」
「へえ?」
詳しく聞き出せると踏み込んだ榊は、男に鎌をかけることにした。
「なぜです。
どうしてレバノンの大統領を決めるのに、ソ連などと相談する必要があるのですか。
昔からロシアは、トルコ国境を侵して、アラブ民族を脅かしてきた存在じゃありませんか」
「それは、大いにあるさ」
男は、当然のように答えた。
「いくら俺たちPLFPが暴れ廻ろうたって、金や武器がなくちゃ何も出来ねえ。
俺たちの背後から、軍費や兵器をどしどし廻してくれる黒幕がなくっちゃ、こんな短い年月に、中東を攪乱することはできまい」
「えっ、ではPLFPのうしろには、KGBがついているわけですか」
「だから絶対に、俺たちは敗けるはずはないさ。
訓練所は東ドイツの都市、ドレスデンにあるシュタージの秘密基地で行ってな。
そこには、KGBの手練れ、アルファ部隊の精鋭たちがいた訳よ。
機関銃の扱い方や、自動車爆弾づくり、それに短剣の訓練まで仕込んでくれるのさ」
男は饒舌に、PLFPとKGB、シュタージの関係を明らかにした。
「でもよお、あのゼオライマーのパイロットに入れ込んでいる今の議長になってから、その秘密基地は閉鎖されちまった。
だから俺たちは、レバノンくんだりまで行ってKGBに直接指導を仰ごうってわけさ」
だが、残念なことに榊政務次官とマサキが知己の関係であることを知らなかった。
そして今の内容は、マサキが渡した秘密の通信装置によってすべて録音されていた。
「フフフ。どうだ、恐ろしかろう。
あんたも命が惜しかったら、俺の配下に入れ、すぐここで。
KGBと関係してれば、何かあっても連中が助けれくれるしよお」
男が頷くと、榊は礼とばかりに胸ポケットから高級煙草のダンヒルを差し出す。
(ダンヒルは1967年にCarreras Tobacco Companyに買収された関係で、ダンヒル名義で煙草や喫煙具を出すようになった)
赤に金文字の箱を受け取ると、右手の親指を立て、食指と中指の間に挟み、スパスパと勢いよく空ぶかしをする。
両眼を閉じて、気障にタバコを吸い、ふうっと紫煙を吐き出す。
そして、まるで勝ち誇ったかのように榊をねめつけた。
ダッカ近郊にあるテズガオン空港に航空機は降りた。
テズガオン空港は、戦時中の1941年に建設された軍用空港で、1947年のパキスタン独立後は軍民共用空港だった。
1971年の第三次印パ戦争によって、パキスタンから独立以降も同じように使用された。
本格的な国際空港であるダッカ国際空港は、この当時は建設中で、ダッカには手狭なこの空港しかなかったのだ。
(ダッカ国際空港は、今日のシャージャラル国際空港。2010年まではジア国際空港)
この空港に降り立った理由は、給油のためとされ、機内の囚人たちは休憩と称して、機外に解き放たれた。
そのとき、榊達政府職員たちは奇妙なことに機内に残った。
囚人たちは狭い機内から飛び出した解放感から、好きなことを口走る。
「ウへへ。あとすこしで俺たちは自由の身だぜ」
「日本政府も馬鹿だな。翼の生えたトラを野に放つようなものなのに」
不幸なことに、囚人たちは空港のロビーの先に待つものを知らなかった。
囚人たちはやがて、バングラ兵の立っているゲートを超えて、ロビーに入ろうとした。
その時である。
M16小銃を持った男が、100名近い囚人たちの行く手を遮ったのだ。
「なんだ、てめぇは!」
男の後ろに立つ、別なトレンチコート姿の男は不敵の笑みを浮かべ、
「ただ、君たちとお話がしたくてね」
「話だぁ?」
囚人たちは、口々に好き勝手なことを口走った。
「俺たちは法律で守られる権利がある。」
「なあ、あんちゃん、俺たちを殺しに来たのか。殺しは法に反してるから無理だよな」
囚人の一人が、深緑の日本兵の服を着た男の肩をたたく。
「俺たちを逮捕しに来たのかい。早く令状を見せなよな」
からかわれた青年は、にっこりとほほ笑んだ。
「そんなものは、ない」
「何!」
その場に衝撃が走った。
周囲の人間はその言葉を受けて、たちどころに凍り付た表情に変わる。
「俺には法律は通用しない。なぜなら既に、二度死んだ人間だからな」
目の前の日本兵は、判決を言い渡す司直の如く、冷徹に答えた。
囚人の代表格の男が、飛び出して、日本兵に答えた。
「日本を支配する旧態依然とした反動勢力、五摂家から解放するためには暴力が必要なのだ」
日本兵の服装をした男はマサキだった。
彼は、囚人の頭目に蔑みの目を向けながら、応じる。
「革命?闘争だと?たわけたことを抜かしおって、笑わせてくれるわ。
ソ連のKGBにいいように使われた、間抜けの癖をして……」
「ソ連や中共、PLFPやシュタージの手を借りたのは、その手段にしかすぎん。
この、日本政府の犬野郎め!」
マサキは天を向いて、高らかに笑った。
「フフフ、情けないのう、みじめよのう。
自力で暴力を使い、革命もできぬのとは……」
満面の笑みで、自動小銃を構えなおす。
「じゃあ、俺が本当の暴力とやらの手ほどきをしてやるよ」
M16小銃の槓桿を強く引き、弾倉内の銃弾を薬室に送り込む。
「待って、待ってくれ。は、話せばわかる」
親指で安全装置を解除し、連射の位置に動かす。
「この冥王、木原マサキが手づから裁いてやるのだ。喜んで死ねぃ」
そういうと三人の男たちは一斉に囚人に向け、機関銃から弾丸を放った。
鎧衣の持つイングラムM10短機関銃は、轟音と共に火を噴き、囚人たちをハチの巣にした。
その場から逃げ出そうとするものを見つけると、マサキは躊躇いもなく小銃で両足を打ち抜いた。
「助けてくれ、俺たちは、お前に何もしてないだろう」
命乞いを無視しながら、マサキは、銃弾を胸に打ち込んだ。
「今になって懺悔の言葉などを口走るとは……。
俺ではなくて、貴様らが手に掛けた人間に言うべきだったな」
鎧衣と白銀が、機関銃で、殺人マシーンの様に、冷徹に囚人たちを処刑している間。
囚人の代表格の男の事を、マサキは部屋の隅に追い詰めた。
そして、KA-BARの茶色い革の鞘に入った短剣を投げ渡す。
「木原よ。お前は欲深い男よ」
男は、短剣をぴゅっと鞘から抜き出し、震える手で握りしめながら答えた。
「せめて、中東の地で、至らぬ身を悔悟しつつ、死んでいこうと覚悟を決めたこの俺を、テロリストに引き戻そうというのか」
マサキは、不適の笑みを浮かべながら、銃剣を小銃に装着する。
短剣を構えて、身動ぎすらせぬ両名の間に、何とも言えぬ空間が出来上がろうとしていた。
まるで触れることさえ、許されざる様な存在……周囲のもの達は、遠巻きに推移を見守った。
男は短剣を強く握りしめると、マサキのほうに駆け出す。
「所詮は、犯罪者は、犯罪者として……」
その瞬間、短剣ごと右手を勢いよく繰り出した。
「死ねということか」
マサキは、すんでのところでかわすと、小銃の先を男に向ける。
そして目いっぱいの力で、銃剣をその男の喉元に突き立てた。
頸動脈からの血しぶきが、マサキに向かって降りかかる。
懐中から回転拳銃を取り出し、
「俺からの手向けだ」と、強烈な一撃を脳天に放つ。
その日、バングラディッシュのテズガオン国際空港は、囚人たちの血で真っ赤に染まった。
こうして、マサキと日本政府の秘密工作員は、日本人テロリストをこの世から消し去った。
後書き
やっと長い話が、ひと段落つきました。
次回からは、読者の皆様が長らくお待ちしておりましたテオドール・エーベルバッハの登場です。
お楽しみに。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
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