| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第87話 アトラハシーズ星系会戦 その3

 
前書き
だいぶ遅くなりました。

結構地獄のようなトラブルが続いて、家に帰ったら普通にTwitter廃人みたいになってました。
会戦は進んでいません。たぶん次回にはダゴン星域に行けるんじゃないかと思います。

スターブロッサム、始まりましたね。
ローレルは勿論好きな競走馬なんですが、スターブロッサムでガラスの脚というのに
愛しのあの星の気配が全くないのが、実にもどかしすぎますね。
 

 
 宇宙歴七九〇年 二月一七日 アスターテ星域アトラハシーズ星系

 一七〇〇時。戦闘の後始末を終えて、恒星アトラハシーズに向けて進路をとった。交戦時間は短かったものの、有力な敵との戦いに将兵の精神的な消耗は大きい。特に敵の攻撃を引き受ける形になった第一部隊の消耗は激しく、数少ない支援艦や病院船では足りず第二・第三部隊の戦艦にまで重傷者を移乗させ治療にあたることになった。

 そしてこれも当然と言えば当然だが、三桁に及ぶ捕虜の獲得もあった。艦対艦の至近戦闘が最終的には行われなかったが故に、機関が大破し漂流した艦艇や脱出ポットで緊急脱出した帝国軍将兵の生存率は高い。重傷者も勿論いるが、緊急脱出できるだけの体力と精神力を有している以上、意識ははっきりしている捕虜は多い。そして彼らからの情報採取をモンティージャ中佐は行っていたわけだが……

「現在この星系には、三つの帝国軍勢力が存在するとの捕虜の証言です」

「三つ、とはどういうことだ?」

 モンシャルマン参謀長の疑問は、第四四高速機動集団司令部小会議室に集まったモンティージャ中佐以外の全員の疑問だ。そして中央に設置された三次元投影機の薄明かりの中で、実際に操作している中佐の顔に一切の感情が浮かんでいないのは誰の目にも明らかだった。

「先程会敵したメルカッツ中将の艦隊約一六〇〇隻、これはアスターテ星域防衛艦隊の中核戦力です。我々の進撃に合わせて艦隊駐留地のアスターテ星系より移動してきたものです」

 抑揚に乏しい、普段では考えられない声色の中佐がハンドリモコンを弄ると、アトラハシーズ星系の第Ⅱ惑星に向けてアスターテ星系から動く青色の三角錐が現れる。

「アスターテ星域よりドーリア星域に向けて偵察を行っている偵察分隊が三〇ほど。合わせて九〇〇隻。これは証言の通りであれば現時点で我々の通り過ぎてきたユールユール星系に集結中」

 今度はアトラハシーズ星系に隣接したユールユール星系にやや小さめの青い球体が現れる。

「ヴァンフリート星系にて補給と修理を行っていた『アスターテ星域防衛艦隊第二・第三任務部隊』が合わせて一八〇〇隻。本日〇五〇〇時にはヴァンフリート星域への跳躍宙域に到着済みとのこと」

 拡大されたアトラハシーズ星系外縁部にある跳躍宙点に三角錐が二つ現れる。これは予想通りとまではいかないが、メルカッツの動きからは充分想定される程度の戦力だ。これでアスターテ星域防衛艦隊が、メルカッツ指揮下で四五〇〇隻程度の戦力となる。事前の予想の五割増し。大規模な補給基地のない前線の防衛戦力としてはやや過剰だが、ダゴン・ドーリア・エル=ファシルと複数の戦線を抱えている前線であれば、考えられないレベルではない。

「これに加えて、イゼルローン星域より要塞駐留分艦隊が出動。数は約三〇〇〇隻。指揮官はローラント=アイヒス=フォン=バウムガルテン中将。本日〇八〇〇時に先の任務部隊の現れた跳躍宙域に到着予定とのことです」

 これは予想外の戦力だ。確かにイゼルローンの駐留戦力を誘引し、もってダゴン星域カプチェランカ星系の攻略に寄与するのは戦略的目標の一つではあるが、我々がエル=ファシル星系より出動するよりも早くにイゼルローンを出港しない限り、アトラハシーズ星系に到着することは出来ない。

「……捕虜が我々を混乱させるために苦し紛れの空想を出した可能性はどうだ?」
「異種艦艇の、それも複数の佐官クラスが同じ証言をしております。捕虜間での示し合わせという可能性は極めて微小。事前に敵司令部が、士気向上の為にバラまいた偽情報ということも考えられますが」
「先の戦いで、敵中核部隊の戦闘行動は明らかに増援を前提とした戦いじゃった。イゼルローンからの増援の可否はともかく、そのような情報を敵司令部が正式に部下に流したことは確かじゃな」

 捕虜にとられることを前提に偽情報を部下に植え込むというのはなかなかできることではない。もし増援が来なかった場合、司令部に対する将兵の信頼を低下させることになる。リューゲン星系でのウランフのように、戦局によっては自分自身でも信じていないようなことを部下に信じ込ませなければならないが、今回は援軍が事実であると見ていい。

「申し訳ない。これほどまでとは」

 アスターテ星域防衛勢力の推定ミス、イゼルローンからの増援の動き。いずれにしても情報部の事前調査とは異なる点が多い。状況的にはどう考えてもモンティージャ中佐の責任ではない。しかし幾らジャムシード星域に諜報員がいたとしても、まるで第四四高速機動集団をアトラハシーズ星系で『袋の鼠にする』ような戦力配置をされたことにモンティージャ中佐は謝罪した。

「儂は情報部を神様とは思っておらんから、謝罪せんでよい。第八艦隊や統合作戦本部の情報部もそうそうバカではない……まぁ質の悪い偶然ということにしておこう」
 爺様は司令席で少し伸びた無精髭を撫でながら、ボヤくようにそれに応えた。
「問題はどうやってダゴンに向かうかじゃ。このままの進路で進むとなれば、跳躍宙域で挟撃に遭う可能性があるじゃろう」
「ダゴンに向かわれますか?」
 モンシャルマン参謀長の口調は質問というよりは確認といったものだった。爺様とは長年の付き合いだから、爺様の腹はある程度読めているという事か。爺様はそれに無言の頷きで答える。
「で、カステル。どうじゃ?」
「先の戦いで艦隊のエネルギーとデコイに多くの消耗が出ております。ダゴン星域カプチェランカ星系に向かう当初想定ルートを進む場合、可能交戦時間はまず一二時間と見ていただきたい」
「星間物質の取り込みも計算の上かね?」
「はい。恒星に近い航路を進みますので取り込みはそれなりに可能でしょうが、到底期待できる量ではありません」

 カステル中佐は参謀長に応えると、小会議室中央の三次元投影機を操作して艦隊の補給情報を表示していく。あれほどの激戦にもかかわらず補給艦や支援艦に被害は出ていない幸運があるものの、エネルギー残量は艦隊平均で四〇パーセントをようやく超えるか超えないか。兵装に関しては六〇パーセント以上残っているだけに、これまでの快速航海のいい面と悪い面がはっきりと表れた形だ。

「これは総量を均したあくまでも平均値です。ダゴン星域に向かうには戦闘艦同士でのFASが必要となります。艦の選定と補給量調整は補給部で進めておりますが、作業も含めて五時間は頂きたい」
 十分に訓練してきたとはいえ、敵がウヨウヨしている宙域で五時間も戦闘艦同士が各所で並走するというのは途轍もない危険性がある。パッシブによる索敵に留めている以上、その範囲は極めて狭い。敵を発見したら、即戦闘態勢とならざるを得ない。
「ダゴン星域に入ってからFASをしてはどうです?」
 珍しくファイフェルが口を挟んでくる。確かに言う通り安全宙域まで到達してから実施するのが一番いいのだが……
「戦闘可能で無傷に近い貴重な戦艦二隻、駆逐艦二八隻をみすみす敵地に置き去りにしていいというならな」
 カステル中佐の返答は実に冷淡だった。その名の通り辺境警備の主力にもなる巡航艦の航続力は極めて長い。しかし帝国軍よりも二回り以上小さい戦艦や、戦闘速度と瞬時火力に特化している駆逐艦の航続力はそれほどでもない。ダゴン星域まで現在の燃料だけでは持たないとなれば、当然破棄せざるを得なくなる。貧乏くさい話であるが、残存戦闘可能艦艇が二〇〇〇隻を切っている第四四高速機動集団として、戦える三〇隻の破棄は認めがたい。
「しかし索敵網を広げるのは危険でしょう」
 時間を正確に測るために索敵網を広げれば、帰って敵の注意を引きかねない。さらに索敵艦は片道切符になる。ファイフェルは暗にそれを示したわけだが、ここにいる誰もがそれは理解している。せめてイゼルローンからの増援部隊の存在の可否。望みうるならその進路。それさえわかれば。
 沈黙の帳が下りる中、不意にファイフェルの携帯端末が音を立てる。会議中に集団司令官付き副官の端末がコールされるということは、敵襲かそれに準じる異常事態か。司令官の判断を求めるような事態が発生したということだ。

「司令副官、ファイフェルだ」
 通信相手が下士官なので、尉官で最上位のファイフェルは実に偉そうに応えたが、年齢が年齢なので声もまだ迫力がない。上官が舐められたらおしまいだと、まだ距離感が掴めず必要以上につっぱって見えるファイフェルの仕草に小会議室の面子は苦笑を堪えきれなかったが、ファイフェルの顔色が次第に驚きに変わっていくのを認識せざるを得なかった。
「……かなりの速度を出している友軍艦艇と思われる集団が、当集団の進路二時方向仰角マイナス一〇度、距離一六光秒付近に現れたとのことです。進路は恒星アトラハシーズに向けているとのこと。数は四」
「二時の方向じゃと?」
 爺様の太い眉が吊り上がり、視線は三次元投影機に映し出されるアトラハシーズ星系図に向けられる。艦隊現在地点より指示された方向へ俺がラインを伸ばすと、実に微妙な位置。しかし友軍艦艇となると事情を聴く必要がある。敵に拿捕されていた場合は『処理』しなければならない。一同揃って会議室から艦橋へ移動すると、艦長が敬礼して待っていた。

「不明艦艇群は速度を落としつつ、右舷方向に寄り添う形で接近しております」
「通信はどうじゃ?」
「無線封止状況です。光パルス通信が通じる距離まではまだ時間がかかります」
「艦形は?」
「七七四年CⅣ型戦艦一、七七九年B九九型嚮導巡航艦一、七七〇年製造で形式不明の標準巡航艦二です」
「……のう艦長。それだけのデータがあって敵味方が分からんかったのか?」
「小官は確実を期したいと、思いましたので」

 初老の艦長は爺様の軽口に対して口をへの字に曲げつつも肩を竦めて応える。爺様が言う通り、そこまでのデータが揃っていれば彼らが何者かなど容易に想像できる。
「パルス通信ができる時点になったら、戦艦アラミノスのフィンク艦長をシャトルでエル=トレメンドに呼び出せ。じっくり口頭試問にかけてやろう」
 そういうと爺様が溜息交じりに司令官席に腰を下ろした。フィンク艦長が強いられて行動している可能性もある。(特に彼のせいではない)失態続きのモンティージャ中佐は渋い顔をしているし、ブライトウェル嬢は喜色満面。俺としても彼らが生還して合流できたのであれば喜ばしい。だが……送り出した時、第八七〇九哨戒隊には二〇隻も所属していたのだ。それがたったの四隻。損失率八〇パーセント。

「いったいどんな顔をすればいいんだ」

 先に照準を付けつつ陸戦隊を送り込むべきだと主張するモンティージャ中佐を他所に、俺は少し離れたところでジャケットのポケットの中から腹を摩るのだった。





 果たして戦艦アラミノスに送り込んだ陸戦隊からの報告は問題ないとのこと。ついてはその説明に、シャトルでエル=トレメンドにやってきたフィンク中佐の笑顔と言ったら、飼い主に久しぶりに出会ったコギー犬もかくやと言わんばかりのものだった。なにしろ爺様や参謀長への敬礼もそこそこに、俺の手を取り何度も揺さぶるのは尋常ではない。

「少佐のおかげで第八七〇九哨戒隊は、一人として欠くことなく本隊に合流できました」
「はぁ?」
 まったく理解できなかった俺は思わず中佐を唖然として見つめると、中佐は矢継ぎ早に説明してくれた。
「艦を捨てても責任を問わないと言って頂いたことで、自爆させる艦の乗組員を説得できました。十分すぎる酸素と燃料を供給していただいたことで、喪失予定艦一六隻の乗組員一九八七名が四隻に分乗しても快適に過ごせました」
 ようやく解放してくれた手で、中佐は小さく後頭部を掻きながら、満面の笑みを浮かべている。
「作業としては楽な仕事ではありませんでしたが、事前に少佐から伺っていた予想を上回るような事態がなくて気は楽でした。よその参謀に同じことを命じられていれば、第八七〇九哨戒隊には少なからぬ被害は出ているでしょうし、おそらく合流は出来なかったでしょう」
「しかし、現時点で我々は三つの勢力に星系内で包囲されている段階ですが」
「それは別口の三〇〇〇隻の件ですな。どうかご安心を」
 トントンと右手人差し指でこめかみを叩くと、自分と俺を冷ややかな目で見つめるモンティージャ中佐を一瞥した後で、フィンク中佐は応えた。
「奴らの想定航路も我々は掴んでおります。八七〇九は一応偵察哨戒を職業としているつもりですぞ」

 果たしてフィンク中佐の説明は理路整然として、さらにはご都合主義もいいところだった。

 アスターテ防衛任務艦隊の増援は、捕虜の供述通りの時間に跳躍宙点を通過した後、メルカッツ率いる本隊と合流すべく移動を開始していたが、どうやらメルカッツ本隊からの連絡を受け一〇〇〇時に進路変更。一一〇〇時に第八七〇六哨戒隊が先に触接。いったんデコイの発振を停止した後で、一一三〇時に増援部隊の左後背に取りつくように移動して再び発振する。

 突如左後背に二四〇〇隻の出現を見た増援部隊は順次回頭し、無人艦とデコイを散々追い回し始めた。その間に乗員移乗を済ませた四隻はデコイの発振の影に隠れつつ早々に戦闘宙域を離脱。

 それから二時間後。俺達と同じように恒星スイングバイを利用した高速離脱に賭けた四隻は、一三〇〇時に所属不明の三〇〇〇隻と遭遇する。慎重に、あくまでもパッシブに徹して一時間追跡すると、ヴァンフリート星域への跳躍宙点からダゴン宙域への跳躍宙点への通常航路を巡航速度で一直線に向かっていることを確認。以降は光学連動で観測しつつ、恒星アトラハシーズに向かっていたところで、第四四高速機動集団本隊を索敵範囲内に捕らえたということ。

「我々が把握した三〇〇〇隻の集団は、予定通りであれば現在右舷より本隊正面を横断するよう移動していると思われます」

 メルカッツ本隊の逃走進路と増援の一八〇〇隻が合流を最優先したとすると、推定で二二〇〇時に我々の右舷後方で合流すると思われる。巡航速度での時間的距離は六時間。当然その間にもイゼルローンからの部隊も進んでいるが、大胆に哨戒機を飛ばさない限り、我々を視界に収めることは出来ない。

「敵が哨戒網を広げないという前提での綱渡りだが、このままの進路で変わりがなければ我々には六時間の余裕がある」
 モンシャルマン参謀長は航路図を指差した後で、全員に向き直って言った。
「補給部は全艦に最大限の補給を行う。それ以外の要員は三交代二時間ずつで休息をとらせる。然る後、スイングバイを利して最大加速。明朝〇一〇〇時をもって敵イゼルローン駐留艦隊別動隊の左後背より接近、中央突破。敵が混乱している隙を突き、速度を維持したまま自然曲線航路を持ってダゴン星域への跳躍宙域に向かう」
「イゼルローンからの増援部隊が観測時点より進路を変更した場合は遭遇戦闘となり、メルカッツ艦隊との挟撃になる可能性があると思われますが?」
 第八七〇九哨戒隊がイゼルローン駐留艦隊の索敵網に引っ掛かっていた場合、追跡することによってこちらの位置が判明し、それがメルカッツに伝えられればそういう選択肢をとる可能性があるだろう。前方に三〇〇〇隻、後方に三〇〇〇隻。三対一の挟撃戦となれば圧倒的に不利だ。
「後背のメルカッツ艦隊が分進合撃を選択しない限り、同時挟撃は出来ない。我々の目的がダゴン星域への打通と認識しているのであれば、イゼルローン駐留艦隊を早急にダゴン星域との跳躍宙点へと向かわせるだろう。星系内で追っかけまわすより、確実に我々を捕捉できる」
 敵の進路に先回りして膠着状態を作り、その後背から挟撃する。帝国軍としては理想的な作戦構想だ。ただしそれに対して我々は、幾つもの幸運と恒星アトラハシーズを利用して六時間以上早く行動する。あえて反対意見を言った俺だが、参謀長の意見に頷いて賛同すると、視線は自然と爺様へと集中する。
「参謀長の案を是とする」
 爺様は居並ぶ全員に鋭い視線を送った後、深く頷いて決断した。
「小細工抜きの一撃離脱じゃ。各員は交代で休息をとりつつ、準備を整えよ。以上じゃ」

 爺様の最終指示に、全員が敬礼で応える。決断された以上、各員は為すべきことを為すだけだ。

 一番忙しくなるカステル中佐は司令艦橋にある自席に補給部の部下達とエル=トレメンドの補給部員を集め、各戦隊単位での物資調整を行っている。補給部員には女性も多く、普段は嬢を除いて男だらけの司令艦橋を女性将兵が出たり入ったり、インカムを付けて連絡したりと普段の数倍姦しい。

 一方でモンティージャ中佐は姿を消している。捕虜からさらに情報を搾り取ろうとしているのか、それとも何か別の目的があるのか、居場所すら教えてくれなかった。

 結局俺は爺様と参謀長とファイフェルが一緒に飯を食べに行ってしまったので、ぼんやりと一人、司令艦橋の自席に座って留守番しつつ現有戦力の把握と、作戦上の洗い出しと航路の再チェック、戦闘機動運用プログラムの入力をしている。忙しそうに駆け出していく補給部員達から時折呪いのような視線を浴びせられるが、こっちもそれなりに忙しい仕事なので勘弁してほしい。

 現時点での第四四高速機動集団の戦力は補給・後方支援艦を除いて二〇〇〇隻を切っている。特に旗艦第一部隊は残存戦闘可能艦艇が五〇二隻。開戦前が七三三隻だから、戦闘不能艦艇四二隻を含めたとしても損耗率は二五.八パーセント。特に初っ端に狙われた戦艦の被害は大きく、戦える船は僅かに六四隻。開戦前が一〇六隻。航行可能な三隻を含めたとしても損耗率三六.七パーセントにもなる。

 ただし第二・第三部隊にはほとんど被害は出ていない。確かに均せば損耗率は一〇.七パーセントになる。メルカッツとまともに真正面から戦ったとしたら、増援に挟撃されて被害はこれでは済まなかった、かもしれない。それでも最低二万二〇〇〇人以上の命が失われたわけだ。その中には恐らく俺の知っている同期もいるだろう。戦闘の興奮からの一息、ようやく俺の背中に重いモノが感じられてくる。

「命に値する出兵の理由か」

 迎撃戦、というのはわかる。ヤンが攻めなければいいと言うイゼルローン攻略というのも、恒久的侵略策源地の奪取という意味もある。そして物事には順序があり、星系の小さな星の取り合いにも意味があるのも分かっている、つもりだ。
 シトレ・ロボス体制になってから、数度イゼルローン攻略戦が企図された。これは両者の手腕によって周辺星域の制圧が上手くいったからだと思う。しかし彼らが指導的立場に立つまでに流された血は、膨大であっただろう。
 それは結局、俺にしても同じことだ。とにかく帝国領侵攻を阻止する為に、七九六年八月前までにそれなりの地位につく為には、同じように膨大な味方の血を流さなければならない可能性が極めて高い。敵の血もまた同様だ。仮に命の消費に慣れたとしても、決して数字ではないと忘れてはならないだろう。

「ペニンシュラさんと二人でディナーをしたいな」

 本来なら双方の国家経済力を賭けたチキンレースなど止めて、とっとと平和条約を結んで講和しろと一〇〇〇年前の地球の日本に暮らしていた俺は思わんでもない。だが、双方の国家存立の面子と、過去一五〇年に累積された損害に対する報復心が、それを許すとは到底思えない。

 それを覆す方法は二つ。どちらかが圧倒的な力によってもう一方を制圧するか、『同盟がそれなりの戦力を維持しつつ』虚空の美女を口説き落としたタイミングで講和条約を帝国に提示するしかない。

 軍が講和の為の条件を作り上げ、政治家がそれを行使し、帝国に同盟の存在を容認させる。利権政治家でありながら、一応は危機的な状況下とはいえ自力でそこまでたどり着いたアイランズと、『イゼルローン陥落後』についていろいろ話をしておくのは悪い話ではないだろう。それでシトレが気を悪くするのは承知の上だが。

「ボロディン少佐」
 そんなろくでもないことを考えつつコツコツと仕事を進めていると、いつの間にか珈琲をもったブライトウェル嬢が、俺の後ろに立っていた。
「あぁ、ありがとう」
 礼を言って椅子に座ったまま、紙コップに入った珈琲を取ろうとすると、彼女は俺の手を躱すようにコップを引き上げた。児戯みたいならしくない行動に、俺は首を傾げ嬢の顔を見上げると、果たして整った顔は初対面の時のようなツンドラであった。
「えっと? どうした、ブライトウェル伍長?」
「ペニンシュラさんとは、一体どなたのことでしょうか?」
「あ、あぁ」
 口に出していたとは思っていなかった俺は、小さく舌打ちしてから嬢に言った。
「ちょっとばかり秘密にしてほしい相手なんだ。爺様達にも口外しないでくれると助かる」
「……承知いたしました」
 そう言うと、彼女は俺の机に紙コップを置いてから、バカ丁寧に敬礼してから司令部用のエレベータへと消えていった。

 紙コップに入っていた珈琲がかなり冷めていたことに気が付いた俺が、口を大きく開けて戦艦アラミノスの艦底部が映る天井を見上げたのは、それから三〇秒後のことだった。
 
 

 
後書き
2023.04.19 更新
2023.10.09 戦死者数変更 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧