俺様勇者と武闘家日記
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第2部
第2部 閑話
勇者の女性事情
前書き
(エジンベアでの美少女コンテストにて、ユウリ視点の話です)
「やっと、落ち着いて観られるわネ」
出場者である間抜け女と別れたあと、俺たち三人はコンテストを観覧するために観客席へと足を運んだ。だがもうすでに席はほぼ埋まっており、開始時間を過ぎてもまだ、自分達の席を探し続けていた。
何人目かの出場者が舞台に立った辺りで、ようやく三人分の席を確保できた。それもきっちり三人分というわけではなく、隣の席の人が一人分の椅子を使って荷物置き場にしていたため、ピンク女が事情を話して席を譲ってもらったのだ。
そのためずっとこの辺りをうろうろしていたからか、俺たちは三人ともコンテスト開始早々と言うのに、すでに疲労困憊であった。
「アルヴィスがあの席を見つけてくれなかったら、ミオを応援できずにうろうろして終わり、てことになるところだったわ」
「そもそもお前らが途中で露店の食べ物に目移りしてたのが原因だろうが」
俺はベギラマを唱える気持ちを抑え、二人を睨み付ける。そもそも俺は他人に振り回されることが嫌いだ。旅に出た当初は間抜け女やザル女、バカザルの初心者三人組になにかと気を揉んだりしたが、それでもなんとかやってこれた。途中ザル女とバカザルが一旦離脱し、間抜け女と二人で旅をすることになって、少しは負担が減ったかと思っていたが、まさかここへきて新たにアッサラーム出身の二人と行動を共にすることになるとは予想もしなかったのだ。
おまけにこの二人は、ザル女と知り合いなだけあって、彼女とテンションが似ている。そして俺は彼女たちのような性格の女性は……少々苦手であった。
「だって仕方ないじゃない、どれも美味しそうだったんだもの」
「そう言って結局全部買ってっただろうが。だったら最初から悩まないで全部買えば良いだろ」
「もう! わかってないわネ、ユウリくんは。こういうどんちゃん騒ぎの中で時間を無駄に使うのが楽しいんじゃない」
「わからなくて結構だ」
そう言ってそっぽを向くが、内心この二人とこんな風に会話できることが信じられなかった。以前の自分なら、女性のかしましい声などうるさいと一蹴し、ろくに口も聞かない、と言うことがほとんどだったからだ。
そもそも、俺は女性と接すること自体あまり得意ではない。アリアハンで一番の美人と持て囃された母に似ていると言われた俺は、父親が英雄である他に、幼い頃から自分の意思とは関係なく、主に外見上の理由で、他人から多くの好意や悪意を受け取っていた。
さらに祖父がアリアハン国の王宮騎士だったこともあり、城には小さい頃から頻繁に出入りしていたので、俺は平民でありながら、何人もの貴族と顔馴染みになることが多かったのだ。
ちなみにアリアハンでは、騎士になれたからといって爵位が与えられるわけではない。高給取りにはなるが、この国では血筋が全てであり、成り上がりで貴族になれるという法律は今のところ存在していない。
そんなわけで、平民の俺は幼い頃から貴族の令嬢ともよく顔を合わせていた。俺に一目惚れする同年代の少女は少なからずいたが、中でも一番情熱的だったのは、この国の王女であった。
父である国王は娘に甘く、それは周囲にいる他の大人も同じだった。故に幼少から存分に甘やかされて育った深窓の令嬢は、俺と出会ったときには立派なわがまま王女に育っていた。
ある日王宮で彼女は俺を一目見た途端、いきなり好きだと告白し、事あるごとに俺を呼びつけては、一日中連れ回して遊ばされた。最初の頃は何もわからず素直に従っていたが、徐々に彼女の自己中心的な言動に疑問を抱き、いつしか面倒だと思うようになった。彼女への好意は、最初から持っていない。時間とともに生まれてくるものかと思いきや、むしろ逆だった。
そんな一方的な関係に転機が訪れたのは、俺が十二歳のときだ。一つ年上の彼女は、王女と言う立場もあり、貴族令息との縁談の話がちらほらと出ていた。当然ながら、平民である俺はこの中には入っていない。俺は心の底から喜んだ。
だが、その状況に陥って焦ったのだろうか。それとも自分より年上の令嬢から知識を得たのだろうか。彼女はある日突然、城の誰もいない部屋に俺を連れ込み、既成事実を作ろうと強引に迫ったのだ。
と言っても、普段祖父に鍛えられていた俺が少女に押し倒されたところで負けるわけはなく、少し抵抗すれば難なく逃れることは出来たのだが、女性に押し倒されたという事実と、今まで遊び相手として接してきた異性が急に『女』として態度を豹変してきたことが俺の中でコンプレックスとなってしまい、以来女性と極力接することを避けるようになった。とりわけアリアハンの王女のような性格の女性は、目を合わせるだけで過去の体験がフラッシュバックされてしまい、いつもの調子ではいられなくなってしまう。
それでもピンク女やアルヴィスはあの王女とは違う。違うとわかってはいるのだが、どうしても一歩距離を置いてしまうのだ。
だがほんの少しではあるが、あの間抜け女と出会ってから、人とのつきあい方、特に女性との接し方が変わってきたような気がする。……いや、これではまるで自分があいつの影響を受けてるみたいじゃないか。
「あっ、ほら、ミオの番が来たみたいよ!!」
ピンク女がコンテストのステージを指差す。舞台に立ち、二人に着飾られた仲間の少女は、もはや一週間前とは比べ物にならない程激変していた。正直な話、アッサラームでその姿を初めて見たときは、思わず息を飲んだ程だ。もともと化粧映えする顔立ちだとは思っていたが、期待以上の出来だった。
これならコンテストにも優勝できるのでは、そう期待していたのだが――。
「好きな食べ物は何ですか?」
「はい! えっと、お肉です!」
その珍回答に、客席が笑いに包まれる。おかしい、ここは喜劇を観るところではなかった筈だ。
「あっはっはっは!」
隣ではアルヴィスが腹を抱えて笑っているし、さらに奥の席では、そんなアルヴィスを嗜めつつも、自身も涙を浮かべて笑いをこらえているピンク女の姿もある。
「あの馬鹿……!!」
すると、ちょうどステージにいた間抜け女と俺の目が合った。その途端、一瞬彼女の顔がこわばる。そりゃそうだろう。なぜならこのときすでに、俺の顔は凶悪な魔物にひけをとらない程の形相をしていたからな。
「好きな食べ物かあ……。さすがにそういう質問の受け答えの練習はしてこなかったワ」
「いや、あれはどう見てもあいつが悪い」
頭を抱えながら、俺は絶望を感じていた。もしあいつが優勝出来なければ、渇きの壺は手に入らず、ヘレン王女と婚約させられることになる。それだけは勘弁したいのだが。
「まあ、でも、あんな風に素直に自分を出せるって、羨ましいワ」
羨ましい? あいつが?
「ただ単に何も考えてないだけだろ、あいつの場合」
そう、あいつは単純なだけだ。だから、あいつを羨ましいと思うこと自体がすでにおかしいんだ。
「あっ、ミオったら、結局自分の得意なことを見せることにしたのね」
ピンク女の言うとおり、間抜け女が特技として選んだのは、正拳突きだった。というより、司会に促されてやったと言うのが正解だが。
俺たちの会話を聞いたアルヴィスも、間抜け女に視線を向ける。
「ミオの正拳突き、綺麗ねえ」
「ああ、それは俺もそう思……」
はっとなり、思わず口を塞ぐ。しまった、つい無意識に口走った。
案の定、抜け目なく聞いていたピンク女が、ニヤニヤしながら俺を眺めている。
「やっと言ったわね!? ミオが綺麗って!」
「違う! そういう意味で言ったんじゃない!!」
「じゃあどういう意味よ!!」
「あんなの、基本中の基本だろ! むしろ綺麗に出来なくてどうする! それにお前が言ってることとは主旨がずれてるだろ!」
「理由はどうあれ、ミオのことをそういう風に思ってるんだったら、本人に直接言えばいいのに。それにさっきアルヴィスんちでミオの姿を見たときだって、一言『綺麗だね』とか素直に言えば良かったじゃない!!」
「そんなのお前に関係ないだろ。それに、魔王を倒す旅の仲間には、必要のない言葉だ」
「よし、あんたには今有罪の判決が出たわ。大人しくアルヴィスの餌食になりなさい!」
「なあに? アタシを呼んだ?」
「呼んでない!!」
ダメだ、こいつらといるとどうも調子が狂う。特にあの間抜け女の話題になると、二人とも生き生きした顔で俺をおちょくってきやがる。
別にあいつの容姿をどう言おうが俺には関係ない。そのはずなのだが、なぜか素直に表現することができないのだ。
何となく落ち着かない心持ちの中、次の出場者のやり取りをぼんやりと眺めていたときだ。
「ユウリ様!! わたくしの活躍、見てくださったんですね!!」
その耳に残る甲高い声に、俺は体を硬直させる。声のする方に目を向けてみれば、今この国でもっとも苦手な人物が俺の方に向かってやって来るではないか。
「あー……、こりゃひと波乱ありそうね」
ピンク女もうんざりしたように呟く。
「ユウリくんも罪な男ねえ。あーんなかわいいお姫様に好かれるんだもの」
「お前ら……他人事みたいに言いやがって」
すると、俺の言葉が癇に触ったのか、目を釣り上げてピンク頭が答えた。
「あら? そもそもあなたがはっきりしないのが悪いんじゃない。いっそのことミオを彼女として紹介すればよかったのに」
「冗談言うな。誰があんな田舎女なんか……」
いやでも、ピンク女の言うことも一理あるかもしれない。
その直後、一次審査で好物を肉と答えた間抜け女の姿が脳裏によぎる。
……ああ、やっぱりないな。俺は頭を抱えながら首を振る。
結局俺は、このあと訪れる厄介なやりとりを想像しながら、大きくため息をついたのだった。
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