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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  熱砂の王 その4

 
前書き
  

 
 連れ去らわれた美久は、どうしたであろうか。
電撃で眠らされた彼女は、BMWのリムジンに乗せられて、拉致された。
マンハッタン近くの高級ホテル、「マンダリン オリエンタル」に連れ込まれる。
彼女といえば、気を失っている状態で、ホテルの一室に監禁されていた。

 美久は、推論型AIの人工知能が起動すると、即座に周囲の状況を確認し始めた。
豪奢な部屋に似合わない、大型動物用の檻に入れられて、毛布を掛けられていた。 
起き上がるなり、近づいてきたナツメのような褐色の肌をした男たちに驚いた美久は、
「や、や?」とばかり、色を失って立ちすくんだ。
二人のアラブ人と思しき大男の真ん中に立つ、白人の男が、流暢な英語で声を掛けた。
「気がついたようだな。氷室美久よ」
美久は、眼を怒らして、敢然、反対の口火を切っていった。 
「あなた達、臨時職とはいえ、帝国陸軍軍人に、この様な事をして唯で済むと思いますか。
きっと日本政府の依頼を受けた、CIAやFBIが不当監禁と誘拐で捜査するでしょう。
今、黙って返せば、日本政府にも、木原に知らせるつもりはありません……」

 二人の大男を見るに、頭に赤色のベレー帽をかぶっているし、カーキ色の軍服、脚には茶色の軍靴をはき、腰にはスタームルガーの大型拳銃を横たえている。
 問うまでもなく、南イエメン軍の兵士である。
しかも、その将校であることは、肩章や高級そうな服地でもすぐ分った。

 檻のカギが開くと、男たちは美久を引きずり出した。
「同志少佐、こいつを、どうするんですか」
 美久の襟がみをつかんだのが、もう一人のほうに向って訊くと、ソ連赤軍将校の軍服を着た男は、
「おい」と、少佐は手下の南イエメン軍兵士が、まだ危ぶんでいる様子に、顎で大きくいった。
「そいつを、もっと前へ引きずってこい、そうだ俺の前へ」
美久は、襟がみを持たれたまま、少佐の足もとへ引き据えられた。
「ゼオライマーというおもちゃを持ち出して、この泣く子も黙る、KGBを脅しているのかね。
いやあ、恐ろしい娘じゃのう」
紫煙を燻らせながら、ねめつける。
御生憎(おあいにく)様、ここは米国であって米国でないのだよ……言っている意味が分かるかね」
「まさか、このホテルが……領事館と言う事なのかしら」
「そう、ここは民主イエメンの領事館。即ち、米国の司法権が及ばない。
したがって、CIAやFBIは踏み込めないのだよ。わかるかね」


 美久は思った。これは悪い者に出合ったと。
マサキに知られれば、また血の雨が降ることを心より恐れた。
「……ッ!」
ソ連軍将校は、憮然とする美久をかえりみて、
「氷室よ、よく聞くがよい。
貴様は、これより、わがKGBによって特別な尋問を受けることになる。
フフフ、楽しみにしているがよい」
下卑た笑みを浮かべると、大声で笑った。
「貴様には、KGBが作ったベイルートにあるパレスチナ解放人民戦線の地下要塞に来てもらう。
そこには復習に燃えるKGBと血に飢えたアラブの革命戦士(テロリスト)たちが待っている。
いつでも、貴様を……われらは殺せるというのを、忘れるな」
美久は、後ろ手に手錠で縛り上げて、部屋の大黒柱にくくりつけられた。
「そして、木原のカップルとしてゼオライマーを操縦した罪……
ソ連に逆らったことを後悔させてやる。一生かけてな。フフフ、ハハハハハ」
美久は、終始黙然と聞いているのみだった。


 美久は後ろ手に緊縛されたまま、トランクに詰められ、大型ジャンボに載せられた。
「レバノンまで、しばらくの辛抱だぜ。おとなしくしていてくれ、子猫ちゃんよ。」
KGB工作員が向かう先は南イエメンではなく、本当の目的地はレバノンだった。 

 パリ経由ベイルート行きの、レバノンの国策航空会社(フラッグキャリア)、ミドル・イースト航空所有のボーイング707はJFK空港から飛び立ってしまった。







 さて、米国当局はどうであったろうか。
ここは、ホワイトハウスの中にある会議室。
今まさに閣僚を前にしてFBIのニューヨーク支部の職員たちが詰問を受けていた。

 憤懣やるかたない表情をしたFBI長官は、青い顔をする職員を一括する。
「外交官ナンバーの車だからと行って見逃しただと、君達はそれでもFBIの職員かね。
大切な同盟国のパイロットの護衛を任されておきながら……」
職員は、閣僚たちに平謝りに詫びながら、釈明する。
「しかしながら長官、仮に我々が職務質問をし、停車させた所でも……。
外交官特権を理由に、応じるとは思えません」
「で、どこの国だったのだね」
「67年11月に英国より独立した、南イエメンです」
FBI長官は、()(さお)になって、
「しまった!南イエメン!中東におけるソ連の傀儡国家か。
……確か、国連総会出席で、総領事一行が、ニューヨークに滞在中だったな」
と口走ったが、時すでに遅しである。
 美久は、すでにJFK空港をレバノンに向けて後にしていたのだから。

 FBI長官の発言を受けて、CIA長官も同調するように、大統領に意見を述べた。
「よし、日本政府と相談して、正式に抗議しよう」
興奮するCIA長官を、国務長官が止める。
「まちたまえ、外交問題にも発展しかねないのを承知で……」
「同盟国のパイロットを見捨てろというのかね。
それに裏にはソ連がいるのは明々白々。黙って見過ごすわけにはいかんのだよ」

 副大統領は、喧騒をよそに、大統領のほうに顔を向け、
「日本の危機管理能力は相変わらずのようですな」
と嘆くと、大統領も一緒になって、嘆いた。
「史上最強のマシンパイロットを白昼堂々、拳銃しか持たぬ工作員に易々と誘拐させた。
日本と国の甘さを、世界中が認識した」

 副大統領は、日本の危機管理能力に、ふかく失望を感じて、
「これは、今の元枢府を廃して、われらの意向を反映する政権に立てたほうが……?」
と、いう大陰謀が、早くもこの時、彼の胸には芽をきざしていた。
 
 

 
後書き
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