名士の正体
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第三章
「自分の家でもある病院に連れて行ってな」
「そうしてでしたね」
「監禁してだ」
「毒ガスで殺して死体を焼いて」
そうしてというのだ。
「服や貴重品を獲るんですから」
「狡賢いものだ」
「ナチスはユダヤ人を徹底的に弾圧しているからな」
「普通に殺します」
「そうだからな」
「逃げたいユダヤ人は多いです」
「それを考えるとな」
ナチスの弾圧もっと言えば虐殺を逃れたいというその心理に付け込んでだ。
「非常に狡賢い」
「他にもナチスに追われる知識人や裏社会の人間までな」
「誘いをかけてです」
国外脱出のそれをだ。
「殺していました」
「あのゲシュタポの目すら逃れてな」
パリはドイツに占領された、そこにいる抵抗勢力を徹底的に弾圧する為にゲシュタポも入ってきて
いたのだ。
「スパイを送っても殺してな」
「恐ろしい狡賢さです」
「そうだな」
「そして家の煙突から悪臭のする煙が出てだ」
「消防署が駆け付けてです」
「消火をしてそこで火元を見た消防署員が警察を呼ぶとな」
自分達では解決出来ないものを見てのことだ。
「地下室でだったな」
「焼けたバラバラ死体が多くあり」
「何かと思えばな」
「あいつはレジスタンスが処刑したドイツに協力した人間の死体を焼いたと言いました」
「そしてそう言ってだ」
そのうえでというのだ。
「警察をその時は納得させてな」
「その後警察署で事情を話しまして」
「そこからすぐに逃げたな」
「警察がさらに家を調べるとな」
「殺人工場であることがわかりました」
「毒ガスを用いたな」
「しかも殺される人が苦しむ姿を観るものもありました」
そうしたものまであったことも話した。
「ただ狡賢いだけでなく」
「残虐な奴だ」
「全くです、子供の頃に親に先立たれ」
記者はブショーの生い立ちも話した。
「親戚中を盥回しにされましたが」
「その頃からだな」
「頭がよく」
そしてというのだ。
「動物虐待をしていた」
「今のあの男の片鱗があったな」
「そうでした、医者であって町長でもあった」
そうした立場を手にしていたというのだ。
「名士でしたが」
「その正体はだな」
「とんでもない奴でした」
「殺人鬼だったな」
「それも狡猾な、世の中わからないものですね」
記者は苦々しい顔で述べた。
「立場がそうでもです」
「正体は邪悪の権化ということもある」
「それも狡猾極まりない」
「それもまた世の中ですね」
こう編集長に言った、そうしてだった。
彼は以後はブショーの裁判を記事にしていったがここでも彼は狡猾に言い逃れを計った。だがそれも適わず。
終戦した翌年の一九四六年五月二十五日にギロチンにかけられた、記者はそのことも記事にした、そして悪魔が死んだと書いたのだった。
名士の正体 完
2022・6・15
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