父が描くなと言う部分
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第二章
「それがな」
「嫌で仕方なくて」
「鬘も被ってるし」
「菫にも言ってるのね」
「絵では描くなって」
「そうだ、本当にそこだけは守るんだ」
父は菫に強い声で命令する様に言った。
「お父さんの絵はな」
「髪の毛はなのね」
「帽子なり被せてな」
そうしてというのだ。
「隠せ、いいな」
「ええ、そこまで言うならね」
菫もそれならと応えた。
「そうするわ」
「ああ、絶対にだと」
常にこう言っていてだった。
隋山は兎角自分の髪の毛のことはひた隠しにし娘の絵にまでそうさせていた、だがある日のことだった。
彼は家族に決意した顔で言った。
「植毛していいか」
「ああ、髪の毛に」
「そうしてなのね」
「もう禿から脱却するのね」
「これ以上は嫌だからな」
その頭の左右と後ろだけしかない髪の毛を触りつつ話した。
「だからな、お金はお父さんが貯金しているのを使う」
「うちのお金じゃないならね」
「お父さんのお金ならね」
「好きにしたら?」
妻も娘達もそれならと返した。
「それじゃあね」
「お父さんがそうしたいならして」
「それで気が済むならね」
「ああ、そうするな」
こう言って実際にだった。
隋山は植毛した、それで忽ちのうちに若い頃の様なふさふさした頭にした、それで菫にも笑顔で言った。
「もうそのまま描いていいからな」
「髪の毛植えたから」
「この通りになったからな」
満面の笑顔で言うのだった。
「宜しくな」
「それじゃあね。けれど別に気にしなくていいでしょ」
菫は笑顔の乳に首を傾げさせて返した。
「男の人って四十過ぎたら大抵太るかそうなるか」
「両方か」
「そうなるか身体壊すかっていうから」
「お父さんは髪の毛だけだな」
「別にいいと思うけれど」
「そういうものじゃない、嫌なものは嫌だったんだ」
父は娘に強い声で返した。
「だからだ」
「それでなのね」
「ああ、頭は戻した」
若い頃の様にというのだ。
「だからな」
「これからはなのね」
「描いていいぞ」
「それじゃあね」
菫も頷いてそうしてだった。
父の絵は実際に髪の毛も描く様になった、やがて菫も菖蒲も結婚してそれぞれ息子が生まれたがどちらも隋山そっくりで。
隋山は項垂れてだ、こう言った。
「二人共大人になったら」
「別にいいでしょ」
「植毛あるんでしょ」
娘二人で父にこう返した、植毛をしたままでふさふさの彼に。その横では彼の妻がやれやれと苦笑いになっていた。
父が描くなと言う部分 完
2023・2・24
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