渦巻く滄海 紅き空 【下】
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六十八 常山の蛇勢
前書き
【常山の蛇勢】
先陣・後陣、左翼・右翼が相応じて攻撃・防御に協力し、敵に乗ずる隙を与えない陣法。
光の縞が天いっぱいに広がって揺れている。
淵の青い水底。
こぽりこぽり、と水泡が天へひとつ浮かんでは消えてゆく。
水を通り抜けた蒼い光の向こう側。
波紋のようなやわらかい模様が広がって、吸い込まれそうな空へと続いている。
それは水上の世界。
暗い澱んだ水底から見上げた外の光景。
水面に透けて見える人影が水中に沈んでいるように湾曲して見える。
同じく湾曲して見える塔は実際に歪曲した塔の数々。
半透明で青みがかった廃墟が点々と、破片になって燃え尽きた灰のように積み重なっている。
それは雨隠れの里の神と、三忍の戦闘の激しさを物語っていた。
「───大蛇丸…」
歪曲された水面に映る人影。
それが今、ひとつ増える。
「裏切り者が今更なにしに来た」
自来也に肩を貸して佇む男に、同じ眼をした男達が問い質す。
彼らの渦巻く紫色の瞳に映る大蛇丸は、わざとらしく肩を竦めてみせた。
「久方ぶりの再会だというのに、つれないわね」
「お前は“暁”を裏切った。よくもおめおめと顔を出せたものだ」
元”暁”の一員だった大蛇丸は、かつてのリーダーの双眸を舐めるようにまじまじと見つめた。
ペインのもっともな意見に、悪びれもせず、くつり、と口角を吊り上げる。
「…伝説に聞く三大瞳術の中で最も崇高とされる“輪廻眼”をこんなにたくさん拝めるとは思ってもみなかったわ…ひとつくらい私に頂戴な」
「減らず口を…お前はイタチにも写輪眼狙いで近づいて返り討ちにされていただろうが。イタチにさえ敵わなかったお前が出てきたところで状況は変わらない。三忍の遺体が増えるだけだ」
一様に無表情なペインのひとりが冷酷に淡々と告げる。
思い出したくない出来事を蒸し返されたお返しに、大蛇丸は薄ら笑いを返した。
「私が何の対策もせず、姿を見せたと思うの?だとしたら───」
刹那、水面が大きく揺れた。
自来也との戦闘で湖と化したその場に、次々と波紋が広がる。
直後、ペインの足場が崩れた。
否、澱んだ暗い水底から外を窺っていたソレが顔を出したのだ。
瀑布同然の高い水飛沫が飛び散り、巨大な口が真下から現れる。
毒牙から逃れようと、すぐさま跳躍したペインだが、その内のひとりは逃げ切れなかった。
ばくん、
主に従い、水底に身を潜めていた大蛇丸の巨大な蛇。
その蛇に食い破られたペインの身体が、血飛沫をあげる。
水飛沫の中に雑じる血が廃墟と化した瓦礫を赤く染め上げた。
下半身を丸呑みにされ、ぶらんと力なく垂れ下がったペインのひとりを見上げ、大蛇丸は飄々とのたまった。
「───三忍舐めすぎよ」
「嫌な雨が続くな…」
布をひくかの如き静かな音を立て、絹糸のような雨が降り続けている。
窓を叩く水飛沫が水滴となって外の硝子に張り付いた。
静かな切れ目のない雨を窓越しに眺める。
薄い水煙で木ノ葉の里の輪郭がぼやけて見えた。
火影邸の傍に茂った木々を打ちのめすように降り続ける雨。
外を眺める綱手の背に、シズネはおずおずと声をかけた。
「自来也様なら大丈夫です…あの方がそうそう…」
そう励ましの言葉を告げてから、シズネは気づいた。
火影の机の片隅に積んである本の下。
挟んである木ノ葉新聞に、綱手が以前購入していた宝くじの結果発表が載っている。
その番号が、綱手が買ったくじの番号と同じに見え、思わず声が裏返った。
「つ、綱手様…!?こ、コレ…!」
「…なんだ」
「綱手様が買った宝くじ…!あ、当たってるんじゃ…!?」
「なに…っ!?」
シズネから引っ手繰るように新聞を覗いた綱手は、目を皿にして番号を睨んだ。
普段ギャンブルは悉く弱い綱手だが、大当たりが出る時も稀にある。
しかしながら、その時は決まって悪い出来事が起きるので、当たりがでた後は注意を払って行動を取るのが常だ。
故に自来也が危険な任務に就いているこの状況では当たってほしくない前兆だった。
シズネが見守る中、綱手はふー…と安堵の息を吐く。
とんとん、と番号の一部を指差して、彼女は苦笑を零した。
「一文字違いだ」
「あ…っ」
「まったく…肝を冷やしおって」
悪い前兆は免れた、と胸を撫で下ろした綱手は、外で降り続ける嫌な雨を振り切るように、肩越しに振り返った。
「あいつは帰ってくる…」
「え?」
困惑顔のシズネに、綱手は苦笑いを浮かべた。
そうして、わざと明るい声をあげる。
「私はそっちに賭けた…いつもはハズれるが、命を賭けた時は必ず勝つからな」
お金といった類いの賭けにはすこぶる弱いが、命を賭けた時は別だ。
そのジンクスを信じて、自来也の安全を願った綱手は、再び窓の外へ視線を投げる。
絹糸の雨中にぼやける里の街並みを眺めながら、なんとなく奇妙な心地を覚えた。
それは疎外感だった。
なんとなく、三忍でありながらひとりだけ除け者にされたかのような奇妙な感覚を覚えたのだ。
現在、自来也に手を貸しているのが敵であり、死んだはずの大蛇丸である事も。
自分抜きで三忍ふたりがペインと闘いを繰り広げている事も。
流石の綱手も知らないものの、三忍の繋がりというものか、妙に心がざわついた。
里長として木ノ葉から離れられない綱手は、じっと雨の向こうを透かし見るように外を眺める。
遠く離れた里で、ひとり疎外感をなんとなく覚え、何故か無性に腹が立った。
奇妙な感覚を振り払いつつ、綱手は窓に額を寄せる。
が、力加減を誤り、頭突きされた窓のほうがピシッと罅割れた。
「ひぃっ」とシズネの怯え声を背中で聞きながら、綱手は内心自来也に八つ当たりする。
「帰って来たら…そろそろカッコつかなくさせてやるかな…」
雨音に搔き消された声音は口調とは裏腹に、自来也の生還を心から願う響きを伴っていた。
「不意を突かれたとは言え…三忍は伊達ではなかったか」
水中から突如、ペイン六道の内のひとりを掻っ攫った蛇の口から、血が滴る。
空高くから降る血の雨を、弥彦の面影のあるペインは仰いだ。
仲間の死に激昂するわけでもなく、冷静に遺体を観察していた彼が、殊更ゆっくりと大蛇丸へ視線を向ける。
その“輪廻眼”が大蛇丸を標的と定める時には、大蛇丸は次の布石を打っていた。
「【万蛇羅の陣】!」
ぱかりと開いた大蛇丸の口から、おぞましい数の蛇が這い出でる。
無数の蛇は空を架す虹のように弧を描き、ペイン達の許へ押し寄せた。
ペインが何人いようとも、何万という蛇の大群が相手では埋め尽くされるのは必然。
通常の人間ならば鳥肌が立ち、そして成すすべなく生き埋めになるに違いない。
圧倒的な数で織り成された蛇の荒波は標的を呑み込まんと大きく口を開いた。
蛇の群れに流されるペイン。
その様子を油断なく見据えていた大蛇丸は、横から注がれる困惑の視線に気づくと、ようやっと自来也に向き合った。
ペインに喉を潰されて声が出ない自来也のもの言いたげな眼を見返す。
死んだはずだったのでは?どうやって此処に?という疑問だらけの視線に、大蛇丸は苦笑いを返した。
自来也の【土遁・黄泉沼】から引き剥がす際、ペインに蹴られたことで、サスケはごぽり、と吐血した。
その血の塊に実は紛れ込んでいた小さな蛇。それこそが大蛇丸が潜んでいた蛇だったのだ。
その蛇から無事復活を遂げた大蛇丸は、最初ペインの戦闘を遠巻きに観察していたが、因縁の相手である自来也が瀕死になっている光景に身体が無意識に動いてしまったのだ。
サスケの中に封印されたことで、サスケの思考や感じ方、そして意志を知り、大蛇丸は多少なりとも衝撃を受けた。
力を与えて、強引に導き、自分色に染めて身勝手に自分が判断するほうが子どもの、サスケの為になると思っていた。
だがその一方、自来也はかなりの放任主義。
まったく子どもの成長に干渉しない奴に何度呆れたか。
見解の相違だ、と袂を分かち、大蛇丸はサスケを昔の自分に重ねて見ていた。
木ノ葉の里を捨て、師を切り捨て、同志であり友の手を振り払った自分と、同じ境遇に陥ったサスケ。
だからこそサスケは己の考えをわかってくれると勝手に思っていた。
しかしながら自分を最期まで敬愛し、己の意志で自爆したザクの死。
そしてサスケの本心を知って、己のやり方に大蛇丸は少々疑問を覚えたのだ。
今まで子どもを成長させるには、自分が導き、お膳立てして、身勝手にも子どもの道を誘導することが、正しいと大蛇丸は思っていた。
要するに、こどもの成長に干渉気味だった。
だがザクの死と、そのザクの死を悼んだサスケの本質を知り、大蛇丸の心は揺らいだ。
その時、木ノ葉の里を捨て、師を切り捨て、同志であり友であった自来也の手を何度も振り払っても、それでも三忍という繋がりだけは捨てられなかったことを、大蛇丸は思い出した。
だから里を裏切った自分をずっと追い駆けてくれた自来也を、「大蛇丸のことを何もわかってやれなかった」と悲しみ、わかりたいと願ってくれた友が死に瀕しているのを目の当たりにして、身体が勝手に動いてしまったのだ。
三忍という繋がりを無意識に大切にしているからこそ、同じ三忍の自来也が目の前で死ぬのを良しとしなかった。
三忍のひとりであることには最後までこだわっているのは己自身だと、その時ようやく気づけたことに苦笑しながらも、大蛇丸はペインと敵対することを選んだ。
元リーダーであるペインよりも、同じ三忍という繋がりを優先したのだ。
【万蛇羅の陣】の蛇の群れから脱出してきたペイン達を前に、大蛇丸は自来也を支える腕に力を入れた。
「自来也…少しはアンタに感謝してるわ」
「…え?」
「べつに。なんでもないわよ」
小声で感謝の言葉を伝えるもすぐさま否定する。
そんな大蛇丸に気づかず、ペインのひとりに注目していた自来也は、潰れた喉を必死に振るわせた。
注意を促す。
「気を…つけ…ヤツは…と、うめい…に…」
口寄せの印を結んだペインのひとり。
ソイツを自来也の結界トラップに引き摺り込もうとしたものの、別のペインが身代わりに死んだのだ。
死んだのは忍術を吸収する厄介なペインなので、どのみち早めに倒さねばならない相手だが、そもそも先ほど完全に殺したはずの三人のペインも、術か何かで生き返っていた。
故に、忍術を吸収するペインも、今し方大蛇丸の蛇に喰い破られたペインもグズグズしていると復活してしまう。
それまでに決着をつけねばならないのに、最初に自来也の前へ姿を現したペインが再び、厄介な奴を口寄せした。
よりにもよって、透明になるカメレオンだ。
その口の中に入って姿を隠すや否や、カメレオンの姿が周囲の景色と同化してゆく。
透明化した口寄せ動物が今、何処にいるのか、人間の眼では捉えられない。
次から次へと口寄せする厄介な動物達に散々苦しめられた自来也が、潰れた喉で途切れ途切れに忠告する。
懸念する自来也に、しかしながら大蛇丸は冷静に返した。
「───そう。でも関係ないわ」
消えたカメレオン。
透明になり、周囲の光景と完全に一体化した敵は人の眼には到底視えない。
だが大蛇丸は動揺ひとつせず、己の足元に蔓延る蛇達の動向を眼で追い駆けた。
「この子達の前では無意味だから」
刹那、視えないはずのカメレオン目掛けて一斉に、大蛇丸の蛇が殺到する。
【万蛇羅の陣】の小さな蛇と言えど数多の蛇が群がることで、カメレオンの姿形が浮き彫りになった。
身体中に纏わりつく蛇の群れに堪らず、姿を現したカメレオンの頭に、影が落ちる。
最初に水中に潜み、ペイン一体を食い荒らした巨大な蛇の尾が、カメレオンの脳天目掛けて振り落とされた。
カメレオンの断末魔が響く。
同時に、カメレオンの体内目掛けて、【万蛇羅の陣】の小さな蛇が咥えた刃物が一斉に突き立てられた。
ぼんっと白煙が立ち上る。
やがて、消えたカメレオンの体内に潜んでいたペインが姿を現した。
しかしながらその姿は見るも無残なモノだった。
さながら黒ひげ危機一髪の如く、凄まじい量の刃物が身体中に突き刺さっている。
【万蛇羅の陣】の数多の蛇が纏わりついた際に刺された数多の刃物をそのままに、ペインは虚ろな瞳で蛇の主人に視線を投げた。
直後、どうっと倒れる。
不意打ちとは言え、水中に潜ませていた巨大な蛇の襲撃に加え、口寄せの術を使うペインを続け様に斃した大蛇丸は、もう動かないペインを見下ろした。
「知ってる?蛇はね、目じゃなくて、」
途端、他のペインが大蛇丸に向かって襲い掛かる。
その攻撃が届く前に、ペインの身体に蛇達が纏わりついた。
小さな蛇ではあるが、凄まじい多さの蛇の重さと絞めつけがペインの動きを鈍くさせる。
己の蛇で敵の動きを止めた大蛇丸は、振り返らずに蛇の特徴を淡々と述べた。
「舌で位置や距離を正確に知ることができるのよ」
蛇には、熱や赤外線を感知するピット器官がある。
生き物などの体温をピット膜で感じ取り、その情報を三叉神経を通して脳がつたえることで、獲物の位置や大きさ及び距離などを正確に知ることができるのだ。
眼はあまり見えず、更に耳の穴や鼓膜はないので音もあまり聞こえない。
その反面、身体の表面で音を振動することで僅かに感じることができるのである。
透明化していたのに何故居場所がバレたのか。
その疑問に答えを返した大蛇丸は、挑発するかのように薄く笑った。
「もっと勉強なさい、坊や───我ら三忍に挑もうなんて百年早いわよ」
ひとり足りないけどね、と笑う。
けれど、その眼は微塵も笑ってはいなかった。
もっとも以前のような冷たさはなく、どこかあたたかいモノを、自来也は確かに大蛇丸から感じ取った。
思わず溢れる涙を堪える。
頼りになるかつての仲間の助力が心から懐かしかった。
後書き
ギリギリ更新で申し訳ないです&あけましておめでとうございます!!(遅いよ)
冒頭は水中の蛇視点。
原作では自来也が帰ってこないほうに賭けた綱手が逆に賭けていたり、と相違点がいくつかあります。
また、前回端折った自来也VSペインも微妙に原作と違う点があるので、申し訳ないですが、注意しながらお読みください(土下座)
原作で綱手が「おまえがもっと早くこうなっていれば自来也は〜」みたいな台詞で悔やんでたので、今の時点でこうなってもらいました。ご都合主義ですが、どうぞご容赦ください。
大蛇丸の改心が早すぎたり、と色々ツッコミどころが多いでしょうが、広い心でこれからも読んでいただけると嬉しいです(土下座)
昨年は大変お世話になりました。
今年もどうか「渦巻く滄海 紅き空」をよろしくお願いいたします!!
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