魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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GX編
第144話:消える灯を嗤う道化
颯人により、キャロルの野望は潰えたかに見えた。
だが、キャロルの中にまだ諦めの文字は無い。
「そうだともッ! まだシャトーは生きているッ! ここに居る貴様ら全員を始末し、改めてレイラインを整え、世界を分解する為の流れを作るッ! そうすれば、私達の悲願、万象黙示録は完成するッ!!」
「それを許すと……」
「思っているのかッ!」
両手を広げたキャロルに、奏と翼が飛び掛かる。槍と剣による一撃を叩き込まんと迫る2人を、キャロルは手から放つ糸で受け止めた。
「フンッ! 何度来ようが……」
「おぉぉぉぉっ!!」
奏と翼を受け止めるので、キャロルの両手は塞がっている。その隙を突いて響が飛び掛かり、握り締めた拳を叩きつけようと振り下ろした。
しかしその一撃は、金色に輝く障壁により受け止められてしまった。
「くぅっ!?」
「3対1でもこの有様かッ!?」
「だけど……4対1ならどうかな?」
奏が視線を下に向ければ、そこにはカリヴァイオリンで演奏を奏でる透とその隣でアームドギアをライフルに変形させたクリスの姿があった。先発してキャロルに攻撃を仕掛けた3人は言わば囮、本命は強化されたクリスによる一撃だ。透の演奏によるブーストは、インスタントな絶唱と呼ぶに相応しい力を装者に与える。特にクリスとの組み合わせは抜群だった。
「捉えたッ! 喰らいやがれぇぇっ!!」
奏達により釘付けにされたキャロルの下から、クリスが狙いを定め引き金を引く。三方を塞がれた形になるキャロルには逃げ場がない。ここで下手に逃げようとすれば、拮抗が崩れ誰かの攻撃を貰う事になる。
だがこの状況になっても、キャロルは尚も余裕を保ち続けていた。
「しゃらくさいッ!!」
それまで二つに分かれていた背中の羽が、さらに分かれて三つになる。その羽の間にも弦が張られ、共振した弦がキャロルの錬金術を強化した。
「何ッ!?」
「まだ本気じゃ……!?」
「マズイ……!? 2人とも、離れろッ!?」
危険を察した奏が翼と響に退避勧告をするが、それは一足遅かった。奏が警告を発したと同時にキャロルの錬金術が衝撃波となって3人に襲い掛かり、吹き飛ばされた3人は周囲のビルに突き刺さる。
それだけに留まらず、キャロルの錬金術は強化されたクリスの一撃すら逆にかき消してしまった。隙を狙った筈の渾身の一撃が、苦も無く防がれた事にクリスが一瞬唖然となる。
「な、ぁ……!?」
「!?」
〈バリヤー、ナーウ〉
だがそれはキャロルにこの上ないほど大きな隙を晒す事と同義。奏達を吹き飛ばしクリスの一撃を無力化したキャロルは、そのまま流れるようにクリスに向けそれまで以上の威力を持つ錬金術の砲撃をお見舞いした。
強烈な一撃が来ることを察した透が咄嗟にクリスを守ろうとするが、今のキャロル相手には魔法の障壁も紙屑同然だった。一瞬の拮抗すら出来ず破られ、2人揃って吹き飛ばされる。
「うわぁぁぁぁぁぁっ?!」
キャロルの力は想像以上だった。装者4人に魔法使い1人が束になって掛かっても傷一つ付けられない。
その有様は、嘗てのルナアタックの際のフィーネを彷彿とさせた。思えばあの時も、この5人で挑んだ時は雑魚の魔法使いを散らすだけで幹部や本命に対してはろくにダメージを与えられた試しがなかった。
しかしそれは同時に、希望を奏に持たせた。そう、あの時だってそうだった。なら、この状況を逆転する鍵はただ一つ。
〈〈〈〈チョーイイネ! キックストライク、サイコー!〉〉〉〉
「「「「ハァァァァァァッ!!」」」」
「なっ!? くっ!?」
突如放たれる4人の颯人によるストライクウィザード。火、水、風、土のそれぞれ4つの属性を持つ必殺技が同時にキャロルに飛んでいき、意識を奏達の方に向けていたキャロルはそれを防ぐも僅かに間に合わず障壁ごと蹴り飛ばされた。
「くぁっ!? な、何だとッ!? 明星 颯人ッ!? 貴様、何故……!?」
「人形たちの相手をしてた筈って? 残念、アイツらならあっちの方でスクラップになってるよ」
「なっ!?」
キャロルは慌ててオートスコアラー達に念話を送った。
「レイアッ!? ファラッ!? ガリィッ!? ミカッ!? お前達、返事をしろッ!?…………どうした、何故答えないッ!?」
「これで信じる気になったか?」
颯人がウィザーソードガンの切っ先をキャロルに向ける。向けられる刃と気迫に、ここでキャロルは初めて半歩後退った。
「う……!? ま、まだだ……まだ俺にはハンスが居るッ! アイツが居れば、俺は…………!?」
配下は全て居なくなった。が、彼女が頼れる仲間はまだ残っている。颯人すら上回る魔法使いのハンスさえ居れば、この状況を打開できるとキャロルは信じていた。
だが背後のシャトーで起こった小さな爆発、その後にシャトーから放り出されたように吹き飛ばされる人影を見て、キャロルの顔から表情が消えた。
「え? あれ、は…………」
力を失った言葉とは裏腹に、キャロルの体はその人影に向けて飛んでいた。もう今の彼女の目に、颯人や装者達の姿は映っていない。
重力に従って放物線を描きながら落下していく人影、それはハンスの物に他ならなかった。キャロルは藻掻く事をせず重力に身を任せるだけのハンスに向け手を伸ばした。
「ハンスッ!?!?」
キャロルは何とか落下する前にハンスを受け止める事が出来た。お陰で落下死は免れたが、変身が解除された彼の顔には目に見えて分かるほどの死相が浮かんでいた。傷だらけの彼の顔に、キャロルは必死に呼びかける。
「ハンスッ!? ハンスしっかりしろッ!? ハンスッ!?」
「ぅ……キ……キャロ、ル……?」
「あぁ、そうだ! 私だ、ハンスッ!」
薄っすらと目を空けて自分の存在を確認してくれたハンスに一瞬キャロルの顔に安堵が浮かぶ。
だが、次のセリフでキャロルの顔は凍り付いた。
「ハン、ス? 誰だ、それ?」
「え…………?」
「あぁ、でも、良かった。キャロルが、元気そうで……。お前が居れば、俺は、何もいらない……」
もうハンスの中に、焼却できる想い出は残っていなかった。彼は自分と言う存在に関わる想い出すら焼却していたのだ。今の彼の中にある想い出は、ただ一つ。キャロルと言う存在だけであった。それだけは彼は死守したのである。彼女の存在が、今の彼にとっての唯一の希望であるから。その希望を守る為なら、己と言う存在すら消えても構わなかった。
「だから……さぁ、キャロル……こんな世界、さっさと分解しちまおう。俺達から、全てを奪った、こんな……世界……」
「ハンス……ハンス、ハンス……!?」
「だから、誰だよそれ?……俺は…………あ? おれ、は…………おれって、なんだ、け…………」
徐々にハンスの体から、言葉から力が抜けていく。間近に迫っている彼の死に、キャロルの目からは気が付けば大粒の涙が零れ落ちていた。
「嫌だッ!? 嫌だよハンスッ!? 私を置いて逝かないでッ!? 1人にしないでッ!? パパが死んじゃって、この上ハンスまで居なくなったら……私…………!?」
見た目は大人なのに、子供の様に泣きじゃくるキャロル。その様子を颯人達は遠目に眺め、同時に本部ではエルフナインが悲痛な面持ちで見つめていた。
「キャロル…………」
キャロルとエルフナインの繋がりは一方通行であり、キャロルが見聞きした光景や感情はエルフナインには一つとして伝わらない。その筈なのに、死に行くハンスに縋る様に泣き喚くキャロルの姿を見ていると、まるで我が事の様に胸が苦しくなった。それは恐らく、エルフナインの中にも僅かながらハンスとキャロルの過去が刻まれているからかもしれない。
魔女狩りにより、家族を失ったハンスをキャロルと彼女の父・イザークが拾った時の事。
断片的にしか存在しないが、ハンスと共に過ごした楽しかった日々。
そして異端狩りにより、火炙りにされてしまったイザークの姿にともに涙した瞬間。
それらをキャロルとハンスは共有し、互いに支え合って今日まで生きてきた。それは偏に、イザークが2人に向けた最期の命題があったから。
だがそれも、間もなく完全に潰える事になる。
「お待たせッ! 皆、大丈夫?」
「マリアッ!」
シャトー上部から飛び出した3人の装者達。内部に突入したマリア達だ。彼女達はウェル博士の協力の元、シャトーの機能の完全停止を成し遂げたのだ。
輝きを失いゆっくりとシャトーが降下し、真下にある都庁上部を押し潰して停止する。
父の命題を完遂する為の鍵が光りを失ったと言うのに、キャロルはそれに目もくれない。今の彼女は只管に死に行くハンスに涙を流しているだけであった。
マリアが無事であった事、そしてシャトーの機能を停止させてくれたことに奏達の顔に安堵が浮かぶ。だが同じく内部に突入したメンバーの中で、ガルドだけがこの場に居ない事に響が疑問の声を上げた。
「あれ? マリアさん、ガルドさんは?」
「彼なら今は本部よ」
「何をしに?」
「大方ウェル博士を送ったんだろ」
颯人と奏はガルドが居ない理由に気付いた。ネフィリムの左腕以外ただの人間であるウェル博士は、やるべきことをやり終えたら足手纏いでしかない。加えて放置して逃げられると面倒にしかならないので、安全確保と言う名目で本部にて再度拘束していた。
今頃は慎次により手錠を掛けられ個室に監禁されているだろう。
何はともあれ、キャロルの野望は完全に潰えた。後はキャロル自身を拘束するだけ。ここまでの事をしたのだから、厳しい罰が科せられるだろうがそれでも殺さなければならないほどではない。
「もう終わりだ、投降しろッ!」
「シャトーは止まって、仲間はもう居ない。お前に出来る事は何も無いぞッ!」
「お願い、キャロルちゃんッ!」
翼・奏・響がキャロルに降伏を促す。彼女達にはもう戦う理由が無かった。世界の分解が防がれたのだ。これ以上の戦いは不毛である。
だが颯人はキャロルに対して警戒を向け続けていた。手品師として人々を観察してきた彼は、人の心の機微に敏感になっていた。
そのセンサーが告げている。今のキャロルは危険だと。知らず、気付けば4人の颯人は奏達を守る様に前に出ていた。
「颯人?」
「皆……構えは解くな。何時でも動けるように備えておけ」
「え?」
颯人の言葉に首を傾げる響達。
一方、キャロルにはエルフナインが繋がりを利用して必死に訴えかけていた。
『もう止めようキャロルッ! パパは、こんな事望んでなかった! パパが言っていたのは、もっとずっと純粋な事! 世界を識れって言うのは、分解して解析しろとかそんな事じゃなく……』
「それを……どうやってハンスは知ればいい?」
『え?』
もう既に、キャロルの腕の中のハンスは動く事は無い。安らかに閉じられた彼の瞼が、開かれる事はもうない。その顔に、流れ続けるキャロルの涙がぽつぽつと落ちる。
「ハンスは俺以上に、パパの命題の事が分からなかった筈だ。ハンスはずっと奪われていた。最初は血の繋がった家族を、そして……二度目は俺のパパとの平穏を……」
キャロルはシャトーに向けてハンスを抱えて飛んでいく。そしてシャトーの上に降り立つと、物言わぬハンスを優しく横たえた。
颯人達からは、キャロルの顔は見えない。だが近づきがたい雰囲気を纏っている為、今の彼女に近付いてその顔を伺おうとする者は誰も居なかった。
ハンスを横たえ、キャロルはゆっくり立ち上がる。天を仰ぎ見て、曇天に涙に濡れた目を向けた。
「そして、俺ももう何も残ってはいない。パパも、ハンスも……何も……」
『そんな事無いッ!? パパは、キャロルの中に命題を……』
「その答えを俺は教えてもらえなかったッ!? パパは俺に、何も…………!?」
「じゃあさ? 全部壊しちゃえば?」
「ッ!?」
気付けば、キャロルの前にグレムリンが居た。グレムリンは片足をハンスの骸の上に乗せながら、嘲笑うような笑みをキャロルに向けていた。
「もう君、何にも残ってないんでしょ? だったらさ、何もかも、ぜ~んぶぶっ壊しちゃいなよ♪」
それは悪魔の囁きであった。胸の内に渦巻く暗い思いを、激情に任せて放出する。それは確かに気持ちがいいだろう。だがその先に待っているのはただの破滅だ。キャロルが常の状態であれば、そんな事に首を縦に振る事は無かった筈だ。
だが、今のキャロルはハンスとシャトーを失い、冷静さを欠いていた。錯乱していると言っても良い。そんな状態で、聡明な判断など不可能であった。
「そう、だな……ハハッ、それが良い…………!!」
「グレムリンッ!? お前、何吹き込みやがった!?」
遠目に見ていた颯人も、キャロルにグレムリンが何かを吹き込んだ事を察し急いで近付こうとした。
だが彼が近付くよりも先に、キャロルが放出した錬金術の衝撃により吹き飛ばされた。
「ぐぅっ!?」
「そうだ……壊れてしまえ。俺から何もかもを奪う、こんな世界…………!!」
「あはっ♪」
正気を失い、父が残した命題も何もかも関係なく、破壊をばら撒こうとするキャロル。
それを誑かした張本人であるグレムリンは、その様子を見て楽しそうに嗤っていた。
後書き
読んでくださりありがとうございました!
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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