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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第82話 参謀の美しくないおしごと

 
前書き
久しぶりに更新しますが、正直、この話は今やるべきなのかどうか迷っています。

原作未登場人物の構築は易いのですが、やはり話も軽くなります。
そして短めです。 

 

 宇宙歴七八九年一二月二〇日


 第四四高速機動集団の作戦立案は順調に進んでいる。モンティージャ中佐は時々姿を消すし、カステル中佐はFASや補給物資の調達・運用について麾下部隊の補給担当者と司令部で激論を交わしているが、純軍事的な分野では大きな問題はない。

 一方で帰還民船団の方は問題だらけだ。官僚側の準備はともかく、帰還民自身の問題が大きい。エル=ファシルの現在の状況が次々と情報で送られており、『それほど被害の無いのなら、やっぱりエル=ファシルに帰ろうかしら』と方針転換する元エル=ファシル市民の数が増えてきて、特殊法人側での処理が追い付いていない。
元役人も上澄みや耳聡の連中がリンチ司令官と帝国への片道旅行へと行ってしまった上、転職者が多く、さらには代表のソゾン=シェストフ氏の人望の無さと指導力の欠如が大きなネックとなっていた。

「で、俺に会いたいっていうのは、あんたか?」

 癖のある黒髪を後頭部で縛った、無精ひげとシラケた気配と三白眼さえなければそれなりに美男子と言えるような青年と、俺はハイネセンポリス郊外にある集合住宅の一部屋で相対していた。
「ロムスキーさんから連絡は受けてるけどよ……軍側の代表者が、一介の失業者の俺に何の用だよ」
 乱雑に店屋物の包装紙やビール缶が置かれている机を挟んで、頬杖をつく青年の言葉には無数の棘がある。何しろ軍は、彼から一時的とはいえ職業を奪ったのだから、好意のありようがない。

「エル=ファシルでは軍が申し訳ないことをしました。エルヴェスタムさん」
「まぁな。だが結果としてヤン=ウェンリーに命を救われたわけだから、貸し借りはナシのつもりだぜ」
「エルヴェスタムさんはエル=ファシルでも相当腕の良い航宙管制官とロムスキーさんから伺ってます。お若いながらに、人望の厚い人物だと」
「ロムスキーさんの話はともかく、人望厚いはねぇだろ。俺がハイネセンポリス出身だからって帰還民グループから排除されたんだぜ。ま、こっちとしてはせいせいしたけどな」
「しかしエル=ファシルの住民の為に力を尽くしていたことは事実でしょう」
「無駄な努力ってやつさ」

 ハンッと鼻を鳴らし、エルヴェスタム氏は肩を竦める。歳は二九歳で俺より年上。二一歳から二年間の兵役の間に二級管制士の資格を取り、退役後航路保安局に就職。三年で一級・上級の資格試験に一発合格して星域中核星系であるエル=ファシルに赴任した。経歴だけ見れば星系航宙管制のスペシャリストで、航路保安局に復帰すればすぐにでも係長クラスは固い。

 だが彼は持ち前の熱血漢というか、責任感というのか。ハイネセンに避難したエル=ファシル住民の為にハイネセン出身の元エル=ファシル勤務者を組織し、募金活動をはじめとした支援活動に身を投じてきた。管制官だけあって船を動かすのと同じくらいに人を動かすのも慣れたもので、たちまち特殊法人内でも一角を占める立場に立った。

 が、それが度を過ぎたのか、『本物の』エル=ファシル住民であるシェストフ氏ら特殊法人幹部に疎まれ、しかも何故か航路保安局にも圧力がかかり、仕事を止めるか支援活動を止めるかという選択肢を迫られ、結局離職。そして無職になった彼にジュリーは別れを告げ、心が折れた彼は支援活動にも別れを告げた。

 愚痴るモンテイユ氏から彼の存在を知り、類まれな偶然に感謝しつつもこれを利用しようとする俺は、さしずめ神様に感謝する小悪魔というところなのだろう。そういうわけでヤンに小道具を用意させてもらったわけで……

「エルヴェスタムさん。もう一度、エル=ファシルの為に力を貸してくれませんか?」
 俺は真正面から彼にそう告げた。さらに細くなった三白眼が、俺を射すくめる。
「……軍の仕事はごめんだぜ。部下は殴るものだと思っている連中の下でなんか働けねぇよ」
「いいえ。特殊法人でです」
「それこそ問題外だ。俺がエル=ファシル人じゃないってだけで、排除しにかかる連中の為にどうして働く必要がある」
「現在、エル=ファシル航宙管制区は軍が統括しております。現時点では惑星自体が軍事基地のようなものですからそれは仕方ないんですが、来年の一月中旬から末にかけて軍民協力してエル=ファシルへの帰還事業が開始されます」
「思ったより早えな。連中のことだからあと一年位うだうだしているかと思っていた。で、もう一度エル=ファシルのオペレーター席に座れと?」
「ええ。最初は軍嘱託職員……少佐待遇の軍属、という身分になりますが、『統括管制官席』にお座りいただきたいと」

 軍の管制官が無能だから交代してほしいというわけではない。軍から民への移行をスムーズにさせる上で、早めに民間人に乗り込んで欲しいという点と、三〇隻ほどの巨大輸送艦を含めた艦隊の動きを『誤魔化す』ことの出来る有能な協力者が必要な点だ。実のところ個人的にはもっと悪辣なことを彼には頼みたいのだが、いまはそれで十分。

「前の統括はどうするんだよ。あいつもハイネセン出身だが、軍が航路保安局に圧力かけて辞めさせるのか?」
「一年前に航路保安局エル=ファシル宇宙港管制センターは解散されてますからね。新編成される時に『事前知識の豊富さ』と『軍の強い推薦』は実に有効に働くんです」
「断っても問題はねぇよな?」
「ありません。取りあえずはエル=ファシルへの帰還事業終了までの期間、軍属としての雇用という形ですが、ご希望されるなら航路保全局の別任地への復職も、軍への転職も、いずれに対しても『軍が』口利きいたします」

 正確には軍ではなく第四四高速機動集団司令部が、ではあるがそのあたりは何とでもなる。彼にとってはそれほどリスクがある話ではない。リスクの取りようを、彼自身で決められると錯覚してくれる程度には。

「それと元勤務者の方で、一緒に働ける方も声をかけてあげてください。流石に統括職はエルヴェスタムさんでないと無理ですが、復職に関してお手伝いは出来ると思います」
「支援グループは解散したし、今でも本局に残ってる奴らは、別のところに転属になった。ハイネセンで別の職業についている奴もいるが……仕事を辞めてまでエル=ファシルの為に働こうって奴はいないだろ」
「見ている人は見てますよ。ロムスキー氏もエルヴェスタムさんを見込んで、いろいろお話を持ってきているでしょう?」

 これはロムスキー氏本人からの情報。氏は氏なりに恐らくは善意から、エルヴェスタム氏の性格を十分理解している。有能な人材であることは誰の目にも明らかなのに、良くも悪くも行動に対する性格の影響が大きいことも承知の上だろう。

「ロムスキーさんには、あくまでも俺はハイネセン人だって言ってるんだけどな」
「人は生まれた場所ではなく、何をなしたかで評価されるんですから、戯言は耳栓でもして聞き流せばいいんです」
「ボロディン少佐って言ったか? アンタ、俺より年下のくせに言うじゃねぇか」

 実際は実年齢プラス三〇年弱なんだという必要はないが、エルヴェスダム氏の俺を見る目には明らかに侮りが含まれている。『俺の苦労も知らねぇで』、といったところだろうか。だが俺も大した戦歴でもないが、これでも一応戦火の中を潜り抜けてきたという自負はある。

「人生は一度きりです。少なくとも私の同期はもう一五パーセントはこの世にいません」
「……きったはったの戦場にいるからって、民間人に偉そうにするのは軍人の良くねぇところだぜ」
「死んだ彼らが、彼ら自身の持つ能力を生かし切って死んだとは言い切れません。残念ながらね」
「俺を高く評価しているつもりなんだろうが、性格が向いてないことぐらいは分かっているつもりだぜ?」
「ジェシーさんは男を見る目はあったかもしれませんが、漢を見る目はなかったと思いますよ」

 ガツンとエルヴェスダム氏の両拳が机に振り下ろされ、ビール缶や使い捨てのプラプレートが小躍りする。俺を見る目には、怒りが溢れているようにも見えるが、その陰に後悔や怯懦、そして自己正当性が見え隠れしている。眉間の皺もピクピク動いているが、昔の彼女を嘲笑されたという怒りが原動力でないことは明らかだ。

 そういうわけで、俺は胸ポケットから『切り札』を出す。

「もし一歩踏み出すのに臆しているのであれば、ヴィクトール=ボロディンに脅されたからだと思えばよろしい」
 俺が差し出した紙を勢いよく右手でもぎ取り、乱暴に開いて文面を見て……顔色がせわしなく変化した。脅迫状としては大した威力があるわけではないが、書いてあるサインの名前が尋常ではない。
「なるべく証拠とかは形に残さないようにしておく方がいいとは思いますけどね」
「……くそくらえだぜ。まったく」
 ポイと紙を机に放り投げ、エルヴェスダム氏はぼさぼさの髪を掻きむしると、盛大に舌打ちした。
「絶対死ぬと思ってたし、帝国軍の奴らが見つけて笑い話にでもすると思ってたんだけどな」
 はぁ~という溜息のあと、氏は席を立ち、冷蔵庫からビール缶を取り出し、一気にその中身を呷る。あっという間に中身のなくなった缶を片手で握りつぶす。軟な素材とはいえ、中々の握力に俺は些か驚いたが、縦から潰せる人達を両手の指の数以上知っているだけに怖いとは思わなかった。
「いいだろう。脅迫に乗ってやるよ」
「ありがとうございます」
 椅子に座りなおしたエルヴェスダム氏が腕を組んでそう応えると、俺は逆に立ち上がって氏に敬礼した。元航路保安局員の癖なのか、氏も同じように敬礼しそうになったが、手が肩の高さまで届いたところで舌打ちして、手を下ろし、俺に出ていくよう手を振る。
 俺もそれに従いボロアパートの玄関まで出たが、一つ思い出して氏に言った。

「ちなみにソレ、捨てないほうがいいですよ。あと六・七年もすれば、相当価値が上がると思いますから」
「分かってるさ」
 吐き捨てるような声が、見えない扉の向こうから聞こえてくる。
「だいたい売れるわけねぇだろ、こんなもん」

 その声に俺は苦笑を隠せず、ゆっくりと扉を閉めるのだった。




一二月三一日

 世間は新年を迎えるそわそわした雰囲気の中で、第四四高速機動集団司令部の侵攻への準備は猛スピードで進んでいる。エル=ファシル帰還船団が三梯団に分かれることは既に決まっているので、護衛艦隊として旗艦部隊(ビュコック直卒)および第二(ジョン=プロウライト准将) と第三(ネリオ=バンフィ准将)が、それぞれ分担することになる。

 特殊法人の方はそれにも増して忙しさがあるかと思えばそうでもない。それまでバラバラな職能代表の寄せ集めだった住民代表団が『エル=ファシル住民評議会』という名前で統合され、フランチェシク=ロムスキー氏がその代表となって実務担当の中央派遣官僚集団と直接交渉を行い始めたからだ。ソゾン=シェストフ氏をはじめとする特別法人代表部は元政治家と元地方官僚の二つに分割され、地方官僚側が住民評議会の組織部として組み込まれた。

 シェストフ氏にとってみればクーデターを喰らったようなものだが、氏をはじめとした元政治家や住民評議会の組織下に入りたくない地方官僚はハイネセンに残ることを選択したらしく、以降統括会議に姿を現していない。どうやら地域社会開発委員会が彼らに対し顧問・参事官職を提示したとモンテイユ氏から聞いた。どう考えてもサンフォード氏の仕業とも思えないので、怪物が地域社会開発委員会の官僚に手を廻したというところだろう。声だけは大きい二〇数人程度の賄いなど奴にとっては小指を動かすようなもので、ロムスキー氏とエル=ファシル住民に恩と引き換えの票とエル=ファシル星域の議席が得られれば容易いことだ。

 船舶の手配から住民の乗降割り振りに関しては、ロムスキー氏の特別顧問となったエルヴェスダム氏が一手に引き受けている。膨大な情報処理が必要であり軋轢もあるが、キレた彼のこちらが見ても引きそうになる程の熱量でこれを粉砕し整理していく姿を見れば、彼は管制官が天職なんだと理解せざるを得ない。

 モンテイユ氏からは会う度に第四四高速機動集団の本来の目的を問われる。いずれ分かることだが機密解除になるまでは俺の口からは話すことはない。それに怒りそうになるモンテイユ氏をエルヴェスダム氏がなだめ、零れる恐妻の愚痴を、『結婚できるだけありがたいと思え』の一言で封殺する一連の劇を何度見たことか。

 そんなこんなの年末ではあるが、一応新年当日は法定休日になっており、月月火水木金金の第四四高速機動集団司令部も『最後になるかもしれない』休みを部下にはとらせた方がいいという配慮で、その前日である今日と明日は全休日となった。

 だが司令部には当然外部からの容赦ない連絡は来るので留守番が必要になり……俺がひとりぼっちで誰もいなくなった司令部オフィスに詰めることになった。なんならブライトウェル嬢も残りたがったようだが、上は爺様から下はファイフェルまで全会一致で、母親の下に帰宅しガッチリ四八時間休むよう命じられ、カステル中佐に文字通り背中を押されて無人タクシーに放り込まれていた。

 しかし来客というものは、ないと思ったタイミングで来るものだ。本来ならブライトウェル嬢が受け答えするヴィジホンが鳴り、嫌々俺が出るとそこには懐かしい人が映っていた。すぐに扉を開けて招き入れると、おそらくこの世界に来て一番に尊敬する『師』は、四年半前と変わらぬ紳士ぶりだった。

「あちらこちらでかなり活躍していると、シトレ中将閣下から聞いているよ」

 俺が下手に淹れたPXの安物紅茶を以前と変わらぬ穏やかな表情で、階級章の星が一つ増えたフィッシャー大佐は悠然とティーカップを傾けた。士官学校を出てすぐに何故か査閲部に配属され、その査閲部の直上の上司として仕事だけでなく艦隊運用についての手ほどきをしてくれた『師』が、留守になっているであろうこんな年末の年越しのタイミングで来るのか。フィッシャー大佐はその裏をあっさりとばらしてくれる。

「大佐もお休みであったでしょうに、シトレ中将閣下もお人が悪い」
「いやいや、私も貴官に会いたかったから丁度良い機会だった。幸い今は宇宙艦隊司令部でも内勤だからね。来月には出征する貴官と比べるまでもないよ」
「ですが、大佐にはご家族があおりですし……ところで出征に関してはシトレ中将閣下が?」
「今、私が務めているところが総参謀長直轄だからね。嫌でも作戦原案が回ってくるし、そのチェックに最近忙しくてね……」

 そういうフィッシャー大佐はらしくもないわざとらしい咳を二つしたあとで、軍用鞄から大きめの画面端末を取り出す。

「……え、もしかして」

 嫌な予感が俺の背中をウゾウゾとはいずり回る。

「モンシャルマン准将閣下は戦艦の副長・攻撃指揮官を長く経験された人で、冷静かつ的確な砲撃指示においては右に出る者はいないと評判だった方だ。ビュコック少将閣下は誰もが認める歴戦の指揮官。モンティージャ中佐に関しては知己がないので存じ上げないが、それなりの情報将校なのだと思う」

 画面端末が起動し、なかなかお値段が高いと噂のある三次元投影アタッチメントが小さなうなり声を上げて、画面上に星系航路図を映しだす。もう一箇月以上見慣れた図面だ。そしてそこには赤い三角形が二つ……

「つまり今回の第四四高速機動集団の航法・行動計画の根幹を設計した人物の『元教師』としては、『元生徒』が七五点で満足するような次元にいては些か腹に据えかねるのでね」

 トントンとタッチペンで机を叩くフィッシャー大佐の目は、キベロン演習宙域で見せた冷静な査閲官そのもの。艦隊機動戦原理主義過激派の俺としては、年越し新春早々師直々の添削というご褒美のような懲罰のような長い夜に、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなかった。

 
 

 
後書き
2023.01.29 投稿
2023.02.05 誤字修正  
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