機動6課副部隊長の憂鬱な日々
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第78話:No.13
俺は死んだはずの姉が突然目の前に現れたことに混乱していた。
(姉ちゃん・・・なのか?ありえない。だって、姉ちゃんは8年前に・・・)
改めて目の前の女性を見る。
顔・髪の色・目の色・背格好。どれをとっても間違いなく8年前に死に別れた
姉ちゃんそのものだった。
胸にXIIIと記された戦闘機人特有の衣装を身に纏っていることと、
何の感情も感じさせないその表情以外は。
(どっから見ても姉ちゃん・・・だよな・・・)
俺は一歩前に出て姉ちゃんに近づく。
「姉ちゃん・・・なんだよな?」
そう声をかけると、姉ちゃんは感情を感じさせない目で俺を見る。
「ゲオルグ・シュミット・・・。倒す」
姉ちゃんはそう言うと、俺に向かって突進してきた。
次の瞬間、姉ちゃんの繰り出してきた剣型のデバイスと
レーベンがぶつかり合い、甲高い音がアースラの通路に響く。
(嘘・・・だろ・・・)
俺は姉ちゃんの行動に戦慄する。
反射的にレーベンを緊急起動して受け止めなければ、
姉ちゃんの手にあるデバイスは確実に俺の心臓を一突きにしていた。
(姉ちゃんが・・・俺を殺そうとしてる? そんな・・・バカな・・・)
俺は自分の身に起きたことが理解できず首を振る。
「な、なんだよ姉ちゃん。冗談にしちゃちょっと本気過ぎるよ。
危うく死ぬところだったぜ、俺」
恐らく引き攣っているであろう笑顔を浮かべて姉ちゃんに向かって話しかける。
が、姉ちゃんは何も言わず、デバイスで押し込んでくる。
俺はその力でじりじりと後退させられる。
その時、頭の中にレーベンの声が響く。
[《マスター!早く私をセットアップしてください!》]
レーベンの声に俺はかぶりを振る。
「だって、姉ちゃんなんだぞ。そんな・・・」
[《まだそんな寝ぼけたことを言っているのですか。先ほどの攻撃を
見たでしょう。彼女はマスターを殺すつもりですよ》]
「でも・・・そんな・・・」
[《まだわからないのですか?目の前の女がマスターのお姉さんなら
何故7年前と全く同じ容姿なんです?ありえないでしょう、そんなの》]
レーベンのその言葉に、改めて目の前の姉ちゃんの姿を見る。
レーベンの言うとおり、すべてが8年前の姉ちゃんと同じだった。
それに気づいた時俺の脳は急激に冷静さを取り戻していく。
[悪かった。こいつが何で8年前の姉ちゃんとまったく同じ外見をしてるかは
置いておいても、こいつは姉ちゃんじゃない]
[《やっと冷静になったようですね。行きますよ》]
[ああ、行くぞ。レーベン!]
俺は女から一旦距離をとるべく、後ろに飛んでレーベンをセットアップし
騎士甲冑を身にまとう。
その間に女は俺との間合いを詰めて下から切り上げてくる。
再びお互いのデバイスがぶつかり合い、鋭い金属音が鳴り響く。
(くそっ、受け流すつもりだったのに、身体の反応がワンテンポ遅れる・・・。
怪我のせいか・・・。マズイな・・・)
両腕に力を込めて女を弾き飛ばすと、右手を女に向けた。
「パンツァーシュレック!」
俺の放った砲撃が女に命中し、爆煙で視界が遮られる。
その間に、俺は艦橋との通信をつなぐ。
「グリフィス!俺だ。聞こえるか?」
俺の呼びかけに、答えは帰ってこない。
しばらく待っていると、通路に広がった煙はだんだん晴れてきて、
女の姿が徐々に見えてくる。
『・・・さん!?ゲオルグさんですか!?』
「ああ、俺だ。今、右舷B-2通路で戦闘機人らしき女と遭遇。
戦闘状態にある。モニターできるか?」
『ちょっと待ってください・・・はい。モニターできました』
「なら、俺と戦ってる女の反応パターンを過去の戦闘機人と比較してくれ。
結果が分かったらすぐに教えろ」
その頃には通路の煙は完全に晴れ、女が傷一つ負っていないことが
明らかになった。
「こんなものか・・・」
女は相変わらず感情の浮かんでいない表情でそう呟くと、
俺に向かって右手をかざす。
「ISインビジブルシュート」
女がそう言った次の瞬間、俺は見えない何かに弾き飛ばされ、通路の隔壁に
叩きつけられる。
「がはっ・・・」
俺が床に倒れると、女は俺の方に向かって飛んでくる。
俺は壁に手をつきながら立ち上がると、女の繰り出してくる突きを
レーベンで受け流す。
そして女の側面に回り込むと、丸見えになった背中に向かって
右手を突き出した。
「パンツァーシュレック!」
至近距離から放たれた砲撃は女に命中し、女は先ほど俺が叩きつけられた隔壁に
叩きつけられる。
『ゲオルグさん。大丈夫ですか?』
「大丈夫だ。それより奴の反応パターンは?」
『・・・過去の戦闘機人のパターンと酷似。戦闘機人で間違いありません』
「判った。他の区画は無事か?」
『右舷B-3通路にガジェットが侵入しましたが、現在交替部隊の皆さんが
応戦中。なんとかなりそうです』
「了解。じゃあ俺はこいつの相手に集中すりゃいいってことか。
助かったよ」
『いえ・・・お気をつけて』
「はいはい」
俺がグリフィスとの通信を終えると、戦闘機人の女は壁に手をつきながら
立ち上がる。さすがにダメージがあったと見えるが、
その顔はあくまで無表情である。
[《マスター、提案があります》]
[なんだよ]
[《非殺傷設定を解除しましょう》]
[何言ってんだ。んなことできるわけないだろ]
[《ですが、このままではマスターは殺されてしまいます。
お忘れですか?マスターの身体は満足に戦える状態ではないんですよ》]
[・・・俺に姉を斬り殺せってのか]
[《あれは戦闘機人です。マスターのお姉さんに瓜二つですが、
お姉さんではありません》]
[んなことお前に言われなくても判ってる!でも・・・]
[《マスターが倒されれば恐らくこのアースラにいる全員があの戦闘機人
によって殺されます。それでもいいのですか》]
[良くねーよ。良くねーけど・・・でも]
[《マスターにはなのはさんとヴィヴィオさんの帰る場所を守る
責任があるのではなかったのですか?それを放棄すると?》]
[んなこと言ってねーだろ。でも、なにも殺すことは・・・]
[《マスターが万全の体調ならそれも可能でしょう。ですが、今はそうでは
ありません。もう一度言います。非殺傷設定の解除を》]
そうこうしているうちに、戦闘機人はデバイスを構えて俺の方に
突っ込んでくる。
俺はと言えば、身体のあちこちが悲鳴を上げていて、もう長く戦える状態で
ないのは明らかだった。
戦闘機人は俺の胸を狙ってデバイスを突き出して迫ってくる。
俺は決断を迫られた。
「ちっくしょぉぉぉぉぉっ!」
次の瞬間レーベンが戦闘機人の胸に突き刺さり、赤い液体がレーベンを伝って
滴り落ち、通路の床を赤く染めて行く。
「・・・ちくしょう・・・ゴメン・・・姉ちゃん・・・」
動きを止めた戦闘機人からレーベンを引きぬくと、戦闘機人はその場に
ばたりと倒れ、ぴくりとも動かなかった。
俺は、レーベンを振ってついた血を吹き飛ばすと、待機状態に戻す。
そして、うつぶせに倒れた戦闘機人を仰向けにさせる。
最後まで感情らしい感情を見せなかったその目は見開かれたまま
光を失っていた。
俺はその目を閉じさせてやると、両手を血まみれの胸の上で組ませ、
ゆっくりと立ち上がった。
脇を見ると、戦闘機人が使っていた剣型のデバイスが無造作に転がっていた。
俺はそれを拾い上げると、先ほど組ませた両手に握らせる。
そして、俺はもう動かなくなった戦闘機人の側でじっと自分の決断の結果を
目に焼き付けようと、血まみれの身体を見つめていた。
しばらくして、閉鎖されていた隔壁が開いて隣の区画でガジェットと戦っていた
交替部隊の面々が駆け寄ってくる。
が、血で真っ赤に染まった通路にぎょっとした顔をすると、
少し離れたところで立ち止まってしまった。
やがて、分隊長の1人がゆっくりと俺の方に近づいて来る。
「副部隊長・・・。大丈夫ですか?」
「ああ。戦闘機人は始末した。もう大丈夫だ」
自分の声なのにどこか遠くで響いているように聞こえた。
意外なほど冷静な声だった。
「殺したの・・・ですか?」
「ああ。俺が、この手でな」
そう言って俺は自分の手を見つめる。
戦闘機人の血で真っ赤に染まっていた。
「あの・・・副部隊長。あまり気に病むことはないと思います。
副部隊長が戦ってくださったおかげで、我々はこうして無事なわけですし」
「・・・そうだな」
その時、急に足元がふらついた。
通路の壁に手をついてなんとか身体を支えようとするがうまくいかず、
そのまま床に向かって倒れて行く。
目の前に通路の床が迫ってくるが、どうすることもできない。
すぐ近くで交替部隊の連中が何かを叫んでいるようだが、
良く聞きとることができない。
そのまま床に倒れ伏すと、俺は意識を手放した。
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