機動6課副部隊長の憂鬱な日々
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第77話:激戦
「副部隊長!スターズFおよびライトニングFが戦闘機人と接敵!
戦闘を開始しました!」
「副部隊長!陸士108部隊が港湾地区のガジェットと接敵しました!」
「副部隊長!218・335両航空隊が戦闘状態に入りました!」
矢継ぎ早に上がってくる報告に、俺の頭はフル回転を始める。
「スターズとライトニングにはギンガもついてる。とりあえずは
モニタリングだけで十分だ。陸士108部隊と両航空隊には
適宜ガジェットの接近情報を流してやれ。今はそれで十分だ。
それより、突入部隊はどうなった!?」
「高町隊・ヴィータ隊ともにガジェットに阻まれてゆりかごに
接近できていません」
「両航空隊に突入部隊の援護を優先させられるか?」
「難しいですね。両隊ともいまは目前の戦闘に対応するので手いっぱいです」
「了解だ。突入部隊にはあまり前線に出張らないように伝えとけ」
そのとき、背後で扉の開く音がしてコツコツという足音が聞こえた。
「まったく、騒々しくておちおち寝てもいられん」
見るとぼさぼさの頭でよれよれの白衣を羽織ったステラさんが
頭を掻きながら、不機嫌そうに俺を見ていた。
「すいません。無理をさせてしまって・・・」
ここ数日、ステラさんにはアースラへのAMFC発生装置搭載と
突入部隊に参加する航空隊員分の携帯用AMFC発生装置の製作で
連日ほぼ徹夜で作業にあたってもらっていた。
それらの作業が今朝終わって、文字通り泥のように眠っていたところで
この戦闘が始まって起こされたのだ。不機嫌にもなろうというものだろう。
「ならこの騒ぎをさっさと終わらせろ。この馬鹿が」
「さっさと終わらせるつもりです。ま、どちらにしろ後2時間半の辛抱ですよ」
ゆりかごは地上に姿を現して以降順調に上昇を続けていて、
今のペースでいけば軌道への到達までは後4時間。
生身の航空魔導師が戦闘を継続できる上限高度までは後2時間半しか
残されていない。
そこまでに突入部隊がゆりかごを止められなければジ・エンドというわけだ。
『ロングアーチ00から各局。これより広域殲滅魔法を使用します。
指定空域からただちに退避を!』
はやての声で通信が入ると同時に、スクリーンの作戦図に赤い斜線のついた
領域が表示される。
ちょうど、ゆりかごの進行方向から見て11時方向にある飛行型ガジェットが
集中している空域だった。
「念のため335航空隊には重ねて退避勧告を」
「了解!」
その時、アースラの船体が小刻みに揺れた。
スクリーンを見ると、アースラの周辺に飛行型ガジェットが20機ほど
飛んでいるのが見えた。
作戦計画では、アースラがゆりかごに接近してAMFCを展開することにより、
対ガジェット戦を有利に運ぶことになっていた。
それゆえ、アースラがガジェットに攻撃されることは十分計算に入っていた。
だが、事前に想定していようが実際に攻撃されるとさすがに死の恐怖を
間近に感じるのか、艦橋内にも動揺がさざ波のように広がる。
「落ち着け!このアースラの装甲はガジェットの攻撃で破られるほど
ヤワじゃない!」
俺がそう言うと、艦橋内の動揺は収まったようだった。
それを確認すると、俺はアルトのそばによって小声で話しかける。
「アルト。想定よりもアースラへの攻撃が激しい。両航空隊にアースラの直掩に
人を回せないか確認してくれ。あと、ガジェットの侵入に備えて
艦内各所の隔壁はいつでも閉鎖できるように準備を」
俺の言葉にアルトは小さく頷いて作業を始めた。
艦長席に戻った俺にステラさんが小さな声で話しかけてくる。
「大丈夫なのか?」
「それは俺が聞きたいんですけどね。ガジェットの砲撃ではアースラの装甲を
破れないっていったのはステラさんですよね」
「それはそうだが・・・」
「なら、安心して自分の部屋にいて下さい。こんなことは言いたくないですが
今ここにいられては邪魔です」
「・・・判った。邪魔して悪かったな・・・」
そう言ってステラさんは艦橋を出て行った。
少し言いすぎたかと思うところもあったが、今はそんなことに構っていられる
状況でもない。気を取り直して、正面のスクリーンに目を向ける。
ちょうど、はやての広域殲滅魔法が炸裂したところで、大量のガジェットが
破壊されて一瞬の空白をゆりかごの前方左舷の領域に作り出していた。
俺は、なのはに通信をつなぐ。
「なのは!今のうちに突入しろ!」
『うん。判ってる!もう、突入地点に向かってるところ』
「了解」
なのはとの短い通信を終えると、地上戦の様子を見守っていたグリフィスが
厳しい表情で近づいてきた。
「ゲオルグさん。戦闘機人との戦闘なのですが・・・」
「なんだ?お前の表情を見る限り順調って感じじゃないな」
「ええ。スターズ2人とライトニングの2人が分断されました。
スターズの2人は結界のような空間に閉じ込められて観測もできません。
ライトニングの2人は例の召喚師の少女と戦闘状態に入ってます」
「・・・ギンガは何やってんだ?」
「別の戦闘機人と戦闘中です。こちらはギンガさんが押してるようなので
問題なさそうですが・・・」
「問題はあの4人か・・・。まあ、あいつらのことだ。うまくやってくれるさ」
「信じるしかない・・・ってことですね」
「そういうことだ。ったく、俺があんなヘマ踏まなきゃもうちょっと楽な戦いが
できたってのに・・・」
俺は改めて戦況を示すスクリーンに目を向ける。
先ほど、はやてから第2射を撃つ連絡が入り、ゆりかご後方の空間にも
ガジェットのいない領域が生まれていた。
「空は今のところ順調・・・ですか」
「今はな。だが、これからが正念場だよ」
「そうですね」
その時、アルトの声が艦橋の中に響く。
「副部隊長!高町隊はポイントA1から、ヴィータ隊はポイントB2から
それぞれゆりかご内部に突入しました。同時に通信は途絶しています」
「了解した。突入部隊に関しては連中を信じるしかない。
ゆりかごの様子に変化がないか注意深く観測を継続しろ」
「はい!」
突入部隊との連絡が取れなくなったことで俺の心の中がざわつく。
(なのは・・・無事に帰ってくれよ)
俺は、ポケットからペンダントを取り出すと血で赤く染まったそれを
固く握りしめた。
2つの突入部隊がゆりかご内部に突入してから30分ほど経った。
はやての火力はやはり絶大で、ゆりかごはなおもガジェットを吐き出し
続けてはいたが、戦闘開始直後に比べれば目に見えてその数を減らしていた。
空中戦がようやく落ち着いてきたと感じた俺は、急に尿意を催した。
改めてスクリーンで戦況を確認するが、2つの航空隊はガジェットに対して
明らかに優勢に戦っているし、地上のガジェットも108部隊が
良く抑えてくれている。加えて、クラナガンから至近の位置に
ガジェットが出現したことで首都防衛隊も動き出しており、
地上戦も次第に優位に運びつつある。
(俺がいなくても大丈夫・・・だよな)
そう考えた俺は近くにいるグリフィスを呼んだ。
「何ですか?ゲオルグさん」
「ちょっとの間、ここを任せていいか?」
「・・・どうされるおつもりですか?」
グリフィスは剣呑な表情で俺を見る。
俺は、苦笑してグリフィスに向かって手を振った。
「お前が何を考えてるかはだいたい理解できるけど、外れだよ。
ちょっとトイレに行きたいだけ」
「本当ですよね?」
「本当だよ」
しばらくの間グリフィスは俺のことを疑うような目で見ていたが、
ふっと表情が和らいだかと思うと、
「八神部隊長からゲオルグさんが艦橋を出ようとしたら、殴ってでも止めろ
って言われたんですよ、実は」
と言って笑った。
「はは・・・俺って信用ないんだな」
「というより心配されてるんですよ。
さっきはあんな映像も見せられちゃいましたし。
それはそうと、トイレなら仕方ないです。できるだけ早くお戻りください」
「判った。少し頼む」
「了解です」
俺は艦橋を出ると一番近いトイレに向かった。
用を足し手を洗おうと洗面台に向かうと正面の鏡に映った自分の顔を見る。
(ひどい顔だな・・・。ま、最近眠れてないからな)
理由は、忙しさばかりではなかった。
復帰してからというもの、夜眠りにつくとよくあの時の夢を見て
その度に目を覚ますということを頻繁に繰り返していた。
ヴィヴィオが攫われたあの時の夢を。
手を洗い、ハンカチを取り出そうとポケットに手を突っ込むと、
カランと音がした。
床を見ると、俺の誕生日になのはがくれたペンダントが落ちている。
屈んで拾い上げると、もとは綺麗なシルバーだった羽根の形をした飾りの
一部が赤黒く染まっているのが目に入る。
それを見るとどうしても”俺はこんなところで何をしているのか?”という
自責の念がむくむくと胸中にわき上がってくる。
(くそっ・・・俺の役割はここで作戦を成功に導くことだろうが!)
俺は乱暴に頭を振り、心に浮かんだ考えを振り払うと、艦橋に戻るべく
トイレを出ようとした。
その時だった。近くで何かが爆発するような音がして、
トイレの中に風が吹き込んでくる。
(・・・なんだ?)
俺はトイレを出てその原因をすぐに理解した。
通路には煙が充満し、通路にはガジェットの姿があった。
振りかえると、艦橋へつながる通路の隔壁はすでに閉鎖されていた。
俺は近くの通信端末の受話器を取ると、艦橋に通信をつないだ。
しばらく間があって、グリフィスが出る。
『はい、艦橋です』
「俺だ」
『え?ゲオルグさんですか!?大変です。今、ハッチの一つが破られて、
複数のガジェットに侵入されました!』
「ああ、見えてる・・・」
『え!?今、見えてるって言いました!?』
その時、煙の向こうに人影らしきものが目に入る。
「ちょっと待て、今何か人影らしきもんが見え・・・」
俺はその時近づいて来るものの姿を見てその先を続けることが
できなくなった。
肩までで切り揃えられた金色の髪、青色の瞳、どれも俺が見慣れた姿
そのものだった。まるで、7年前に戻ったかのように。
だが、その服はまぎれもなくこれまで見てきた戦闘機人が例外なく
身につけていたものと同じで、それだけが俺の知っているあの人とは
違っていた。
否、その表情も俺は見たことがない表情だった。
どこまでも感情を感じさせない無表情。
それは、俺の知っているあの人が見せたことのない表情だった。
受話器のむこうではグリフィスが何かを叫んでいたが俺の頭には何一つ
入ってこなかった。
俺は手に持った受話器を取り落とすと、よろよろと歩いていく。
「ゲオルグ・シュミットか・・・。データで見たぞ」
その声も俺にとっては聞き覚えのある声だったが、
あの人はそんな平坦な喋り方をしたことは無かったはずだ。
「姉・・・ちゃん?」
その人は俺の姉、エリーゼ・シュミットと瓜二つだった。
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