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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  米国に游ぶ その4

 
前書き
 ハイネマンと会う前座の話です。 

 
 視点を、日本に転じてみよう。
ここは、京都祇園のある料亭。
その場に不似合いな、陸軍将校服に身を包んだ男が、酌婦に酒を注がれながら、密議を凝らしていた。
 軍服姿の男は、大伴(おおとも)忠範(ただのり)で、親ソ容共の思想の持ち主だった。
陸軍参謀本部付の彩峰(あやみね)や、斯衛(このえ)軍の(たかむら)たちとは別に陸軍省内に独自の《勉強会》を持ち、夜な夜な財閥系の人士と密会を重ねていた。


「米国のハイネマン博士が、斑鳩(いかるが)翁に近づいたという、情報があるが本当かね」
じろりと、左に座る男をねめつけ、
「斑鳩先生が、ハイネマンを(けしか)け、あちらの戦術機企業グラナンに、研究部署を組織させ、北米で大々的に研究をさせようというんでしょう。
金も出していると思います」
「日本が、日米安保で軍事協力を保証されているとはいえ、一企業にその様な事を頼むとは。
ソ連から苦情は、()やしないかね」
「グラナンが北米で暴れるとなれば、色々揉めるのは必須でしょうし、当然ソ連から苦情も出ます。
それに日本が裏で糸を引いてるのは、直ぐに露見しましょう」

 
河崎(かわざき)重工専務としての意見を聞こうか」
と、右脇に座り、猫背にしている年の頃は40代の男に問いかけた。
男は、苦笑いを浮かべた後、酒を飲み干し、
「ハイネマン博士は、パレオロゴス作戦以前から海軍機の開発に携わって居りました。
(たかむら)(めと)った女技術者ミラ・ブリッジスと共同で、空母運用を前提とする機体開発に取り組んでいたようですが、サッパリの模様です」
「成果が上がらんのかね」
「そりゃ、大伴中尉。米国海軍は、この分野に関しては未経験ですからな。
いきなりやって、成功するはずが、御座いませんよ」
 男は媚びる様にそう言って、酒を注いだ。
酒豪で名を知られた大伴は、お猪口をものの1時間で10本開けているが顔色一つ変えなかった。
「じゃあ、斑鳩翁は大損かね」
「ひとつだけ、気になる事が御座います。
つい先ほど、ニューヨークから連絡があったのですが、ハイネマンに一人の日本人が接触しようとしたというのです」
「それは、誰かね」
「調べた所では、東欧の戦場でBETA狩りをして名を売った木原マサキという支那帰りの青年ですが」
といって、おもむろに資料を取り出し、彼等に配る。
 大伴は、渡された資料を見ながら、じっと考え込む。
「大伴さんの御母堂(ごぼどう)は、満洲出身ですから、或いはご存じかと……」
「いや、知らんね。随分若いじゃないか」
大伴は、高級たばこ「パーラメント」の、キングサイズのタバコを掴んで、
「うむ。木原マサキか」と呟く。
そう言い終わると、酌婦が近づいてダンヒルのガスライターで火を点ける。
「今、ソ連を刺激するようなことをすれば、困ったことになる。
君の方で、何とか阻止することは出来んかね」

「私の方で、国防省に掛け合ってみますよ。
日本国籍を有する者及びその配偶者は、何人(なんぴと)たりとも他国の軍事産業や研究に協力出来ないという省令を出させる様、働きかけましょう」
 専務は、下卑(げび)た笑みを浮かべながら、一気に酒を(あお)る。
そして、ついに本音を漏らした。
「これで、篁もミラ・ブリッジスも身動きできますまい。ハハハハハ」
「なるほど。ハハハ」




 さて、同じ頃、マサキと言えば。
翌日も、白銀と共に、ニューヨーク観光に出掛けた。
昼頃から南華(ノムワー)茶室(ティーパーラー)という中華料理の店にいた。
人気店だが、3人以上だと予約が可能と言う事とで、白銀の知人の日本人青年を誘って、奥座敷に居た。
 白銀から紹介された人物は、涼宮(すずみや)宗一郎(そういちろう)という青年で、身長は170センチ越え。
早稲田卒で、北海漁業で通訳をした後、外語大に再入学し、フルブライト奨学生(しょうがくせい)としてコロンビア大に留学したという異色の経歴の持ち主。
紺のツイードの背広上下に、灰色のハイネックセーターだが、(たくま)しい体が一目瞭然だった。
ラグビーで鍛えた筋肉の付き方は、サッカーなどをするほかの留学生とは違った。
 真冬のベーリング海で、(かに)漁師の屈強(くっきょう)な男達に混ざって、米ソ両国の漁船団員の通訳をしたという話は、まんざら嘘ではなさそうだ。 

「白銀さんもお元気そうで。そちらの方は」
会釈(えしゃく)をする涼宮に、マサキは、
「まあ、掛けろや」
そう言って、「ホープ」の箱を取り出し、ガスライターでタバコに火を点けた。
 マサキは、涼宮という青年をじろりと見回した。
 短く刈り込んだ髪型に、濃くて太い眉。力強い目に、逞しく張った顎。
篁程の美丈夫(びじょうふ)ではないが、ピンと伸びた背筋に、分厚い胸板という精悍(せいかん)風貌(ふうぼう)
露語専攻の留学生というより、武闘家というような雰囲気を放っていた。
 マサキは、何処か安心感を感じていた。
逆にその方が、自分の駒として使いやすそうに思えたからである。
 通り一遍(いっぺん)、自己紹介をした後、涼宮は、にらみつける様にして、
「貴方は……、本当に軍人なんですか」
と訊ねて来たので、マサキは、目を爛々(らんらん)と輝かせ、
「職業軍人ではないが、俺の利益になるときは、日本政府の為に動く。
そして、政府も其れを追認する」
「貴方の噂を聞いた事があります」
「どんな話だ」
「世界を股にかける闇の戦術機乗り、悪魔の天才科学者」
「ハハハハハ、闇の戦術機乗りか!気に入った。ハハハハハ」
マサキはほくそ笑みながら、
「なあ、涼宮よ」
「はい」
「ユルゲンと同じ研究室と聞いたが……」
「東独軍のベルンハルト中尉とどんな関係ですか。
まさか、あの物凄い美人の妹さんと恋仲なんかに……」

 マサキは、(あき)れた。
世の冷たい風から隠しておくべき妹の写真を、よく知らぬ異国の留学生に見せる愚かさに。
本当に大切な女性(ひと)なら、妻であろうと、姉妹であろうと、また、母であろうと、世の飢えた男達から隠すべきではないか。
 ユルゲンは、己が父が、KGBの操り人形である国家保安省(シュタージ) の策謀で、妻を寝取られた事を忘れたのだろうか。
素晴らしい宝石だからと言って、自慢する様では、強盗犯を誘う様な物である。
 日本人の、東亜的な儒教文化圏で、育ったマサキには、ユルゲンの妻や妹を見せびらかせる神経が理解できなかった。
 よもや、懐妊中の妻の事など話してはいまい……
他人ながら、ベアトリクスの苦労がしのばれた。

 結論から言えば、涼宮は、アスクマン少佐がCIAに売り込んだシュタージファイルの情報を、大統領補佐官を務める教授に見せてもらったのだ。
 教授は、副大統領の弟と一緒に日米欧の若手政治家の懇親会、「三極委員会」の立ち上げメンバーであった。
成績優秀な涼宮を、教授は目にかけて居り、マサキがKGB長官と話した録音テープの真贋鑑定や、機密文書の分析に立ち会う程であった。


「俺の心に、魔法の様に火を点けた……そんな存在さ」
 冷たくあしらわれるかと、内心恐れていた涼宮は、マサキの落ち着いた声を聴いて安心した。
そして、如何にアイリスディーナとの恋が危険かを、情熱を持った口調で話しだした。
「木原さん。ベルンハルト嬢の事を、本当に愛するならば、身を引くべきでしょう。
彼女は、有名すぎる兄の為に、政争の道具として利用されています」
そう言うと、涼宮は胸ポケットよりマホガニーのパイプを取り出し、悠々と燻らせた。

 口惜しいが事実であるのは、認めざるを得なかった。
あの時、ユルゲンが、議長がマサキの気を引くために、アイリスディーナと面会させなかったら、知り合う機会はなかったであろう。
 わずかな事実から、その様な事を見抜くとは……
マサキは、涼宮青年の洞察力に、舌を巻いた。
だが、マサキは、涼宮の忠告を、てんで受け付けなかった。
「お前は俺の事を馬鹿にしているのか。アイリスディーナの俺へ愛が、偽りだというのか」
アイリスディーナの可憐な姿や純真な思いから、その様な策謀に彼女が参加するとはとても信じられなかった。
沈黙するマサキに向かって、涼宮は続ける。
「愛の絆というのは、そんなに(もろ)い物でしょうか。
肌に触れるだけや、一緒に朝を迎えるばかりが、愛の(すべ)てでは、ありません。
たとえ、千里の距離を離れていようとも、心の深いつながりのもの……
一日千秋(いちじつせんしゅう)の想いで、待ち焦がれていても、色あせぬものでないでしょうか」
話を聞いてるうちに、正面に座ったマサキの顔がみるみる紅潮していく。
苦笑いを浮かべ、手を振り、 
「ワハハ、待て待て、俺はアイリスディーナに、指一本触れてない」
明け透けに話したつもりだが、流石に、口付けした事実は心の中に秘した。
彼らしくなく、あの夜の事は、思い出すだけでも顔から火が出るような恥ずかしさだった。
「それに……」
マサキは、薄ら笑いを浮かべ、思わせぶりに間をおいてから、
「アイリスディーナの名を、途方も無く大きく、天下に(とどろ)かせる物にしてやろう。
そんな大人物となった彼女を、我が物とした方が、その感慨も、また格別であろう」
紫煙を燻らせながら、興奮した調子で、まくしたてる。
その話を黙って聞いていた白銀も、めずらしく、胸が高ぶって、どうしようもなかった。
「涼宮よ。この木原マサキ、天のゼオライマーが、どれ程の物か。証明してやる。待っておれ。
ハハハハハ」
涼宮は、ただただ、マサキの変貌ぶりに戸惑っていた。
 
 

 
後書き
 マイナーな遙・茜パパを出しました。
 
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