機動6課副部隊長の憂鬱な日々
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第64話:公開意見陳述会前夜
昼食を食べ終わってしばらくすると,ヴィヴィオが眠そうにし始めたので
ベッドの上に寝かしつけた。
俺はベッドから離れると窓際で伏せているザフィーラの側に座った。
「ザフィーラ。いよいよ明日だからな」
「ああ」
「とにかくヴィヴィオを逃がしてくれ,それだけを考えてくれればいい」
「判っている」
「頼むな。あと,援護が必要な時はすぐに呼んでくれ。俺が行けなくても
誰か差し向けるから」
「了解だ」
ザフィーラの返答を聞き,俺は窓の外の景色に目を遣った。
「何もなければいいんだけど・・・」
「それは甘い期待というものだろうな」
「判ってるよ。だからこそ,ここまでの備えを固めたんだ。
ヴィヴィオのことを知らなければ異常と思えるくらいの戦力を揃えてな」
「ならば,あとはことが起きた時,過たずに対処できるように
しっかりと休息をとるのがお前の仕事だ」
「そうだな。ありがとう,ザフィーラ」
俺はそう言って,ザフィーラの頭をそっと撫でた。
寮から隊舎に戻り,副部隊長室に向かって歩いていると,
ステラさんと出くわした。
「お,ゲオルグ坊やではないか」
「ステラさん。坊やはやめてください」
俺がそういうと,ステラさんは鼻で笑った。
「私にとってお前はいつまでたっても坊やだよ。いくら腕を上げてもな」
俺はその言葉を聞いて,深いため息をついた。
「で,何のご用ですか?」
「隊舎にAMF発生装置が設置されてるだろう?」
「ええ・・・」
ステラさんに尋ねられ,俺はそう言って頷いた。
以前シャーリーに頼んで設置してもらったのだが,小火器関係の導入が
蹴られたせいで,使い道に困って放置していたものだ。
「少し暇だったんで,あれを改造してAMFCも展開できるようにしたからな」
ステラさんの言葉が一瞬理解できなかった。
「はい?」
「聞こえなかったのか?隊舎の地下にあるAMF発生装置を改造して,
AMFCも発生できるようにしたと言ったんだ」
今回ははっきりと意味を理解できた。
俺はまた深いため息をついた。
「誰の指示です?」
「聞いていなかったのか?暇だったからやったと言ったのだ。
私が勝手にやったに決まっているだろう。感謝するがいい」
「役に立つのは間違いないので今回は構いませんが,
今度からそういうことをするときは,俺か部隊長に一言相談してください」
俺がそう言うと,ステラさんは急に不機嫌そうな顔になった。
「ふん,お前もレティ提督と同じようなことを言うんだな。いいだろう」
そう言ってステラさんは元来た道を歩いていこうとした。
「ステラさん」
俺がステラさんの背中に向かって声をかけると,ステラさんは背中を向けたまま
立ち止まった。
「ありがとうございます。これで,いくらか隊舎での戦闘が
楽になるかもしれません」
俺が深く頭を下げてそういうと,ステラさんは俺の方を一瞥すると
また歩きはじめた。
「気にしなくていい」
ステラさんの言葉に俺が顔を上げると,ステラさんの姿は無かった。
夜になり,俺は屋上で夜空を眺めていた。
機動6課に来て半年,いよいよこの時が来たかと思う気持ちが
俺の神経を高ぶらせていた。
「ゲオルグさん。やっぱりここでしたね」
声のする方をみると,シンクレアが近づいてきた。
「なんでわかった・・・って前にここで飲んだな」
俺がそう言うと,シンクレアは苦笑していた。
「それもありますけど,ゲオルグさんっていつもでかい作戦の前は
決まって外に風にあたりに出たり,星を眺めたりしてたでしょ。
だから,今夜もここに居るんじゃないかと思ったんですよ」
「お見通しか・・・」
「ま,付合い長いですから」
俺はシンクレアの言葉を聞きながら,手すりにもたれかかった。
「いよいよ決戦だと思う気持ちと,何もなければいいのにと思う気持ちの
両方が入り混じっててね。なんだか複雑な気分だよ」
「俺も同じですよ。ここの人たちとは関係ない,って割り切るには
少々長く居すぎましたからね」
「そうか」
俺がそう言った後,しばらく静寂が屋上を包んだ。
夜風が少し強くなって来た時,シンクレアが再び口を開いた。
「ゲオルグさんは本当は地上本部に居たいんじゃないですか?」
「何でそう思う」
「なのはさんと一緒に居たいんじゃないですか?」
シンクレアの言葉に俺は小さく笑った。
「何がおかしいんです?」
シンクレアはそんな俺の様子を訝しげに見ていた。
「あいつはそんなにヤワなタマじゃないよ。俺なんかよりよっぽど強いしな。
魔導師としても,人間としても」
「そうですかね。でもなのはさんも一人の女性ですよ」
「そんなことは俺が一番よく判ってるよ。だから俺が残るんだよ」
「ヴィヴィオ・・・ですか」
シンクレアの問いかけに俺は小さく頷いた。
「あいつは里親を探すって言い張ってるけど,冷静にあの懐きようを見たら
ヴィヴィオが今更他の人間を母親と認識できる訳がない。
それはなのはだって判ってるはずなんだけどな」
「それはゲオルグさんも同じですよ。今更他の人を父親と認識できるとは
思えませんね」
「判ってるよ,んなこと。でもな・・・」
「まだ過去の自分にそんなにとらわれてるんですか?」
「あんなにかわいい子を人殺しの娘にしたくないだろ」
「ゲオルグさんはよく自分を人殺しって言いますけど,
上からの命令なんだから仕方ないでしょ」
「だからと言ってそれが許されるかどうかは別問題だ。
少なくとも俺が過去4年にわたってやってきた任務の一部は
外に露見したら後ろ指を指される活動なのは間違いないよ」
「暗殺・破壊工作・拉致,いろいろやりましたからね」
「それ自体は必要だったと俺も思ってる。
けど世間がそう評価してくれるとは限らないだろ?」
「将来,自分の過去が露見した時のことを考えてるんですか?」
「まあね。考えすぎと言われても仕方ないけど,
いざその時になって後悔するのはいやだからな」
俺はそういうと,屋上をあとにしようと歩きだした。
「もう少し単純に考えればいいんじゃないですか?」
背中からシンクレアが声をかけてくる。
「単純って?」
「ゲオルグさんは,なのはさんやヴィヴィオと一緒に居たいんでしょ?
だったらそうすればいいじゃないですか」
「俺もそう思うよ。じゃ,おやすみ」
俺は屋上から降りる階段を歩きながら考えにふけっていた。
(んなことはお前に言われるまでもなく判ってんだよ,シンクレア・・・)
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