ソードアート・オンライン~黒の剣士と紅き死神~
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フェアリー・ダンス編
新世界編
時は満ちて、
前書き
新世界編ラストです
午前10時、今回のクライアントである結城彰三氏を乗せたジェット機が到着した。
到着ロビーで寛いでいた俺と蓮兄は特に顔を見合わせることもなく、ごく自然に指定された配置に付く。
やがて、ゲートから出てきた彰三氏、秘書、次いでボディーガードの人を目視で確認する。
今回はシークレットサービスのため、クライアントと合流する必要はない。
一応、正規のボディーガードの人にはこちらの存在を知っておいてもらわないといけないので、蓮兄がさりげなく、その人だけに姿をさらす。
意志疎通が完了すると、先に外で待機、用意した車で待機する。
本来、5人乗りであるその一般的な車両は車検を通そうとしたら2秒で引っ掛かるほどの魔改造が施されている。
三次元相位レーダーに同時解析攻撃諸現取得機能、高感度無線WAN、それらを処理する大型高機能演算機などが搭載されている。
要するに、例えば狙撃による攻撃を受けたときに瞬時に射手の場所を割りだし、始末できるというわけだ。有効範囲は半径1㎞。スナイパーで800m級の狙撃を成功させる者は『達人』、中々いない。そう考えるといささか過剰だが、1㎞なのには理由がある。
「螢、クライアントの乗車を確認した。計器を見てな」
「おう」
この車を所有する『サジタリアス』で計算された狙撃のプロがマニュアル操作でターゲットを正確に弾く、『神業』の限界距離は1㎞。
つまり、理論上の最大値がそこというわけだ。
彰三氏の乗る車が先行し、俺達の乗る(ドライバーは蓮兄)車が後続する。
二台の車は何事もなく、東京に入った。
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レクトプログレス本社、《社長室》
俺は今そこにいた。……前から思ってたんだが、彰三さんの仕事場はよく言えばシンプル、悪く言えば殺風景だ。趣味はないのだろうか。
「……そうか、明日奈が君に世話になったね」
「いえ、こちらこそ。彼女に救われた例は枚挙に暇が有りません。私がここに生きていられるのもお嬢さんのお陰です」
「……そうか」
俺はこの機会に彰三さんにSAOの中での彼女を全て話した。
攻略組の希望として皆を奮起させたアスナ。
攻略責任者として全員をまとめあげたアスナ。
俺に大切なことを教えてくれたアスナ。
1人の少年に恋をして、一途に追いかけ、一喜一憂しながらそれを叶えたアスナ。
「……その、キリト君というのは……?」
「お嬢さんの2年を象徴する証であり、希望であり……この世で最も愛する人物です」
「……非常に複雑な気持ちだな。父親としては」
「ご心配なさらず。そこらにいる下手なエリート連中より、成功する器ですよ。あいつは」
「うーむ……」
眉間に皺を寄せる彰三を観察する。父親の心情としては娘には幸せになって欲しい。故に、学歴のきちんとした立派な男性と一緒になって欲しい。といったところだろう。
無論、その気持ちは解らなくもない。だが、個人的な感情としてはあの2人を離れさせたくない。
「彰三さん、私はまだ16になったばかりの若輩者で個人的な感情もあり、どうしても2人に幸せになって欲しいと思ってしまいます……何はともあれ、まずは現状を打破しなければなりません」
「ああ。分かっている。……そろそろ行かねばな。京子さんがイライラしてそうだ」
「少々お待ちを……蓮兄、時間だ」
耳につけてあるイヤホンマイクに囁くと、エンジンスタート音と了解の言葉が帰って来た。
「彰三さん、参りましょう」
「……………」
彰三さんは何故かこちらをじーっ、と見ている。……な、何だ?
「……どうされましたか?」
「螢君、君は料理は出来るかね?」
「……は?……えと、自炊は一応出来ますが……?」
「君達に依頼をすると、何もかも効率が良くて、秘書要らずになるのは、料金と不釣り合いなほどなのだが……」
「……ぶっちゃけちゃえば本業でがっぽり稼いでますからね。うちは」
「うーん、進路は執事なんてどうだい?」
「……執事ですか、日本にいるんですか?そういう人種……」
ていうか俺、燕尾服似合うのだろうか……探偵服は引かれたが。
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先程と同じ布陣で車を走らせて着いたのは世田谷の高級住宅街。お洒落な煉瓦の舗装が印象的な場所だ。ここは俺も何度か来たことがあり、その度に思うのが―――
(何だか、場違いだなぁ……)
家が豪邸ばかり、というわけではない。むしろ豪邸なら見慣れているが、ここは何だか空気からして高級感があるように思えるのだ。
ところで、何故ここに居るのかというと、何を隠そうここが彰三氏の自宅がある場所だ。
そして、ここからはあくまでプライベートなことなので、護衛は俺達だけになる。
「んー、どーする?」
「……あのねえ、蓮兄。行程表は事前に貰ってるでしょう?何で考えとかないのさ」
「だって今回螢が居るから細かい所は気にしなくて良いかな~、と思ってさ」
「……………」
その頼り方は俗に『丸投げ』と呼ばれるものだ。
しかし、この兄に何を言っても無駄なのは重々承知なので、やむなくその場で役割を決める。
そうこうしている内に結城家から人が2人出てきた。俺は新たに調達した何の仕掛けもないレンタカー(ここまで乗ってきた車は回収済)の後部座席のドアを開け、2人を出迎える。
乗車を確認すると、自分も乗り込んで、蓮兄が車を発進させる。
目的地は所沢の民間医療機関だ。もちろん、最新最高そして最高級の病院だ。昨日ネットで調べたが、何だアレは。高級ホテルかよ。俺なんか小汚ない地下施設でダイブしてたんだぞ。
……それはともかく、彰三さんと椅子越しに話が弾んでいるというのに、隣の京子さんから発せられる不機嫌オーラは何ともまあ居心地悪い。
途中で渋滞を回避した割りには少しの時間で病院に到着した。
ロビーに入ると高級ホテルよろしくの内装が目を引くが、仕事モードになった意識で表情をキープする。
布陣は蓮兄がロビーに待機。俺が病室の前まで同行するというものだ。
最上階(これが意味することは最早、説明要らずだろう)の突き当たりの部屋。そこに結城明日奈の病室はあった。
「……それでは、私は廊下でお待ちしておりますので」
そう言って扉に背を向けると、明日奈の母、京子さんが初めて声を発した。
「あなた、あのゲームの中でこの子と知り合いだったんですって?」
「あ……はい。お嬢さんにはお世話になりました」
「それだったら、あなたも中へどうぞ」
「は……?い、いや、そういう訳にはいきません。何分、仕事中の身ですから……もし、ご許可を頂けるなら日を改めてお伺いしたいのですが……」
「固いぞ、螢くん。この子もきっと喜ぶ。来なさい」
「………はい」
そこまで言われちゃ抵抗するのもおかしい。
俺は軽く頭を下げると2人に続いて病室に入り、カーテンの向こうに入る。
――ああ……。
記憶のそのまま、いや、それより美しい彼女が静かに眠っている。頭に被っているのは無骨なヘッドギア――ナーヴギアだ。
「……よう、アスナ」
俺の心は瞬時に一ヶ月前に戻っていた。今は無きアインクラッドの22層のキリトとアスナのログハウス。
ある日の夕方、3人で他愛のない話をしながら夕日を眺めていた。
聞こえるのは風の音と木々が擦れる音。ただただ穏やかだったあの2週間。俺は2年に及ぶあの世界の中であれほど心休まる時間を過ごしたことは無かった。
2人は未来永劫幸せに暮らす権利がある。普通の人には負えないほどの絶望を背負いながら必死に生き延びたあの2人には……。
『……2人は何時如何なる時も俺が守ってみせる。これは絶対の誓い、何があっても破られることはない。2人に害をなすものは何人たりとも許さない。必ず、守り通す』
2人にはそう誓った。だから………
(……須郷伸之)
アスナ、そして彼女を誰よりも想っている少年を思い描きながら、心に誓う。
(お前は2人に害をなす存在)
水城家で歴代最強と言われる蓮と並び立つ『天才』にして、デスゲームの中で『死神』と恐れられた彼は《害》の排除を決定した。
すっ、と立ち上がり、2人に場所を譲る。
彰三さんと京子さんが娘に気を取られ、こちらに背を向けた瞬間、『天井に仕込まれた監視カメラ』を破壊する。
腕に取り付けられた小型の射出機から飛び出したのは小型のナイフ。100円ショップでも売っているような安物だ。軽く、脆いそれを寸隙の間に極小のカメラの構造上最も脆い部分にに命中させる。
決してコントロールの良くない射出機で。恐ろしいまでの精密射撃だった。
――ORG(Over Renge Guner)とは使用銃器本来の射程性能を専用の弾丸を使ってより遠くに届かせる技術で、同時に射手の高い技量を示すスラングだ。
非公式に1500m『曲芸級』の狙撃技術を持つ彼にとってこの程度は造作もないことだった。
ガラッ、とドアを開けて廊下に出て閉めると、今度は左手で握っていた『盗聴機』を握り潰す。
小者な男が仕掛けた不愉快なもの。彼の怒りはこれを警察に届けるだけではすまないものだった。
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時は再びSAO事件収束二ヶ月後。
Side 和人
アスナが幽閉されているかもしれない《アルヴヘイム・オンライン》。
エギル伝いにレイから寄せられた手掛かり。
あいつは『アルンで待つ』と言った。絶対に俺が来ることを信じている。
「――だったら、行ってやる」
情報提供を対価に回収したナーヴギア。ランチャーのSAOソフトを抜き出し、ALOソフトを入れる。
――もう一度、俺に力を貸してくれ。
「リンク・スタート!!」
もう一度、愛する彼女に会うために、信じてくれた親友に報いるために、《黒の剣士》キリトは再び仮想世界に旅立った。
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同時刻、水城家道場――
「はっ!!」
「ふっ!!」
蓮兄が繰り出した回し蹴りを受け、カウンターの突きを繰り出す。それを予知していたらしい蓮兄は手でそれを払う。
瞬時に後退しようとした蓮兄を追撃すべく、さらに踏み込んだが、その足を小さな影が崩す。
一ヶ月前ならそこでバランスを崩して倒れていた俺だが、爺さんの稽古のお陰でそこは改善している。
飛び込んできた小さな影―ー沙良に重力と体重を乗せた掌底を叩き込もうとするが、沙良はみすみすそんな攻撃は食らわない。
だが、
「なっ……!?」
沙良が驚きのあまり、声をあげる。
掌底だと思われたそれはただそこを軸に繰り出される超低空のローキックの前仕度。脇腹に強烈な打撃を食らった沙良は大きく吹っ飛んだ。
キュッ、と音をたてて体勢を立て直した俺の眼前3㎝先には蓮兄の拳があった。回避は間に合わない―――
ドゴォッ。
蓮の突きが顔面にクリーンヒットした。この当たりなら、勝敗を決するには十分だった、が、蓮の顔は信じられないものを見たようにひきつっている。
「……ついにやりやがったな。流石は俺の義弟……」
「いや、それ関係無くね?」
平然と答える螢。その構えは彼らの祖父のそれに似ていた。
防御術において歴代最堅固と称される水城冬馬最強の物理防御術。
『水城流対物理防御術・亜式、不動金剛』。
「で、俺の勝ちでいいわけね?」
「おう。2人がかりでこれか。いやはや全く恐ろしい奴だな。手加減してると……」
「何を仰いますか、蓮兄様。顔が本気でしたよ」
「ぐっ……」
「あー、カッコ悪」
「ぐぬ……それより螢、そろそろ時間だぜ」
時刻は2時45分。今日からALOで仲間になった、セイン、アルセ、ヴィレッタと共にアルンへ向かう。
完全スキル制のALO(特に魔法)に馴れるために俺は皆に協力してもらって万全の状態にした。もちろん飛行や空中戦闘もお手のものだ。
「そうだな。そろそろ行くか」
「ではお兄様、手筈通りに」
さらに、俺と沙良はALO内と現実で試行錯誤を繰り返し、《セラ》と《リーファ》がいる位置に《キリト》が出現する方法を編み出した。後はなるようになる。
「さあ、行くぞ」
「はい!」
「頑張りや~」
新世界編 完
後書き
これにて新世界編は完結です。
次回から原作と同じ時間軸でいきます。
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