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イベリス

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第七十八話 夏バテも考えてその四

「そうしてるのよ」
「成程ね」
「けれど別によ」 
 母は咲に話した。
「嚙んでもね」
「今はいいのね」
「お風呂だって熱いのにさっとじゃないでしょ」
「私長いし」
 風呂はそうだとだ、母に返した。
「入ったら」
「そうよね」
「それもお仕事にすぐに戻る為?」
「流石にお風呂に入ったら働かないと思うけれどね」
「普通夜に入るしね」
「ええ、お殿様は朝だったけれど」
 それで身体を清めて一日の生活をはじめていたのだ。
「町人の人達はね」
「夜よね」
「一日の終わりに入って」
 銭湯でだ、尚当時の日本では混浴が普通だった。
「それで寝ていたと思うわ」
「何かお風呂屋さんの二階遊ぶところだったのよね」
「何か食べたり将棋とかしてね」
「そうだったわね」
「按摩さんもいたりしてね」
「くつろぐ場所だったのね」
「けれどね」 
 それでもと言うのだった。
「昔の江戸っ子はお風呂もよ」
「すぐに出たのね」
「何でも速く、せっかちって言うとね」
「せっかちよね」
「そうだったのよ」
「それ言ったら私なんて」
 それこそとだ、咲はトマトを食べつつ話した。ドレッシングで程よく味付けされていて実に美味い。
「江戸っ子じゃないわね」
「だから今と昔じゃね」
「違うのね」
「消化に悪いし」
 蕎麦を噛まずに飲み込むことはだ。
「熱いお風呂にちょっと入ってもよ」
「あったまらないわね」
「冬なんか特にでしょ」
「東京の冬寒いのに」
 気温が低いうえにからっ風が吹いてだ、空気も乾いているので尚更である。
「それじゃあね」
「冷えるでしょ」
「ええ、私冷え性なのに」
「お母さんもよ」 
 母は憮然として応えた。
「だからね」
「お風呂は長くよね」
「サウナもいいでしょ」
「サウナからさっと出てもね」
「意味ないわね」
「じっくりと汗かかないと」
 さもないと、というのだ。
「意味ないわよ」
「だから昔の江戸っ子のやり方をね」
「そのまましなくていいのね」
「そうよ」
 こう言うのだった。
「別にね」
「そうしたものなのね」
「東京生まれでもね」
「江戸っ子そのままでなくていいのね」
「大体今東京でしょ」
 街の名前の話もしてきた。 
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