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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
狙われた天才科学者
  先憂後楽  その2

 
前書き
 鎧衣、激怒した政府上層部にお叱りを受ける回。 

 
 鎧衣(よろい)左近(さこん)は、急遽日本に呼び戻された。
内閣府の一室に入ると、数名の男達がテーブルを囲む様にしていた。
鎧衣は、直立不動のまま、目だけを動かす。
内閣官房調査室長を筆頭に、内務省警保局保安課長、情報省外事情報部長、外務省欧州局中・東欧課長等々。
そこには、実に、錚々(そうそう)たる外事情報専門の責任者がいた。


上座にいる内閣官房調査室長から、鎧衣に質疑がなされ、
「木原を支那から連れ出して、1年近くが()っている。彼を操縦して物に出来たのかね」
「まだですが、全力を尽くして……」
「やめたまえ、全力を尽くしているとか、努力しているとか……
善処するなどの抽象的な発言は、帝国議会の答弁だけで十分だ」
外務省欧州局中・東欧課長は内心の怒りを、露骨にし、
「木原に関しては、既に100万ドルも下らない額を円借款という形で支那の共産政権に払ったのだ。
なのにまだ我が物にしていないとは」
(1978年為替レート、1ドル=195円)
「そういう事実しかないと言う事は、誠に遺憾だね」
鎧衣は、顔色も変えずに、
「お言葉を返すようですが、木原はこの世界に何らつながりを持つ人物では御座いません。
KGBやGRUも最精鋭を持って、抹殺しようと試みました」
いかにも心外でたまらないような面持ちをたたえて、調査室長はじっと座っていた。
それをなだめる為、鎧衣は、また言い足した。
「もし木原がこの世界と関係を持つようになれば、困るのはCIAもKGBも一緒です。
彼等としても、有害工作の結果、篭絡が不可能という根拠を得て、諦めた模様です。
それに簡単には……」
内務省警保局保安課長が重い口を開き、
「可能性は」と問いただす。
「まだ何とも申し上げられない状態でして……、しかし十分に使える状態かと」
「根拠は……」
「女です」
そういうと、恭しくB3判の封書を差し出して、
「この中に仔細が御座います」と、深々と頭を下げた。
鎧衣の提出した報告書には、アイリスディーナとマサキの見合いの件が書かれていた。
報告書を一読した後、調査室長は顔色を変じて、
「どういうことだね」と、大喝した。

 稀代(きたい)麗人(れいじん)、アイリスディーナ・ベルンハルト。
彼女の国籍が、東ドイツというのも問題になったが、それ以上に、出自が不味(まず)かった。
例えば、中小の自営業者や自作地の百姓だったら、この様なことには成らなかったろう。
 父ヨーゼフは、東独外務省職員という、特権階級(ノーメンクラツーラー)の末席とはいえ、その一員。
兄は東独陸軍将校、本人もまた士官学校卒で、未任官の軍人である事が、不味かった。
その上、兄ユルゲンは、東独軍戦術機部隊主席参謀で、アベール・ブレーメ通産次官の(むこ)
 そして一番のネックになったのは、ユルゲンが議長と親子盃を交わした事実。
秘密結社を起源に持つ共産党組織において、杯を交わして親密な間柄になる事は重要な行事。
既に個人主義が一般化した現代では、無意味と、鎧衣の方としては、冷ややかな視線を向けた。
だが、武家社会という伝統の中で暮らす、外事情報専門家は違った。

甚だしく不快な顔をした男達は、青い顔をする鎧衣を責め立てる様に、一斉に口を開く。
「ベルリンに派遣した監視工作員はおろか、珠瀬や綾峰まで東独に弄ばれるとはッ」
「しかも城内省から派遣された(たかむら)の若様まで巻き込んでいる。
先の北米のブリッジス嬢との件は、もみ消しに苦労したよ。その比ではない」
「こんなことで木原の事件が公になったらどうする。
奴には、莫大な金額を税金から支出しているんだ。野党に突き上げられたら一大事だぞ!」

黙然(もくぜん)と首を垂れていた鎧衣は、
「申し訳ございません、私の不徳の致すところです。
しかし木原マサキを、再び国益に利するまでは私に責任を取らせて下さい。
その後は、どの様な処分でも」
内閣官房調査室長は、じろりと鎧衣をねめつけ、
「当たり前だ。ここで君を辞めさせるわけにはいかんよ」
情報省外事情報部長も、異口同音に、木原マサキの危険性を訴え、今後の対応を激越な口調で論じた。
「我々も彼を甘く見てすぎていたようだがね」
なお附け加えて、
「これで、木原という、単独でゼオライマーを作り上げた男の価値が、まずは保証されたことになる」
「はい」
調査室長が右手をかざすと、後ろから秘書官が現れて、
「君はこれからある人物の指揮を執ってもらうことになる」
「はっ!」
秘書官からB4判の書類を受け取るや、
「ラオスでCIAとともに現地の反共工作を担当した人物だ。しかも中野学校卒で君より若い」
その書類を、鎧衣に放り投げ、
「彼の名は、白銀(しろがね)影行(かげゆき)
中の写真を眺める鎧衣を見ながら、
「陸軍に拾われ、中野学校に入る前、青山のメソジスト系私立専門学校に4年間いた。
専門卒だが、理工学の知識はそこで学んだから木原の補佐ぐらいは出来よう」
「たしか合同メソジスト教会といえば、米国で影響を持つキリスト教の一派ではありませんか。
米国派遣を見越して、その様な人材を用意していたとは。
いやはや、この鎧衣、皆様のご慧眼(けいがん)には感服いたしました」
と、鎧衣は眼をかがやかして、調査室長の面を見まもった。
「実は斑鳩(いかるが)の翁が、全国に居る情報工作員の中から選び、準備して置いたのだよ。
素封家(そほうか)の次男坊なので、育ちも良く、行儀作法は、その辺の百姓より出来る男よ」
鎧衣は、笑いを含んで、調査室長に、
「翁直々に推挙された人物で、その上、武家ではない。つまり、自由に使って良いと」
「みなまで言うな」と、苦笑を送った。


 さて、日本で鎧衣が尋問を受けている頃、マサキ達は歴訪の最後にポーランドにいた。
空港に着くなり、儀仗兵の堵列(とれつ)を受け、まるで凱旋してきた将軍の様な歓待に驚きつつ、
「BETAへの積年の恨みとは、これ程までか」と、一人呟いていた。

 若手官僚や研究者との懇談会の後、昼食会を挟んで、大統領との謁見(えっけん)となった。
駐ポーランド日本大使と通訳の同席の元、謁見の際に、ずけずけとマサキは、
「俺は、ソ連のESP兵士計画をソ連科学アカデミー会員から聞いた」と、周囲を慌てさせ、
「奴等は、新型の阿芙蓉を作っている」と驚くようなことを口走った。
同席したポーランド情報部の長官は、色を失いながら、
「セルブスキー司法精神医学研究所で、指向性蛋白が完成した話は、本当だったのですか」
と驚きの表情を浮かべ、マサキに問い質す。
喜色をたぎらせて、一頻り笑った後、
「仔細は綾峰の方から話すとして、証拠だが、俺の方で、録音テープと映像がある」
と応じて、椅子に踏ん反り返った。
後ろに居た綾峰は、大統領に最敬礼をした後、
「実は来たる国連の年次総会で、我が帝国は東欧三国と図って、ソ連の人権侵害を告発する心算です。
東欧の雄である貴国の協力が必要なため、どうかご助力の方を」
と言い終わらぬ内に、日本大使も、
「帝国政府といたしましては、貴国のEC早期加盟を英仏に外交ルートを通じ、要請する所存です」
「ふうむ」と、大統領が溜息をついた後、重ねて、
「とすると、東欧州社会主義同盟の構想も、ご存じですかな」
大統領の言葉に訝しんだマサキは、男をねめつけながら、
「東欧州社会主義同盟とはなんだよ。詳しく話せ」と言いやるも、
「これ、木原君。先方を困らせるでない」と、大使が諭した。
大統領は、その様を見て、一頻り笑った後、
「木原博士が、ご存じないのも無理はありません。
先頃、シュトラハヴィッツ少将が提案した、将来の欧州統合に向けた地域協力機構の設立構想です。
今の、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーは、かつてヤゲロ朝の元で同じ国でした。
ソ連に盗み出されたバルト三国やドイツの一部も同じです。
伝統・文化的に近縁であることを持って、友好協力関係を進めることを、少将が発議されたのです」

『シュトラハヴィッツは、そんな大人物なのか』という顔をしたマサキは、
「奴はプラハの春で、ソ連の威を借りて、戦車隊でチェコスロバキアに乗り込んだ張本人だぞ。
そんな姦族(かんぞく)をチェコ人は簡単に赦せるのか」
と、心にある不安を表明すると、情報部長官が、
「博士もご存知でしょうが、BETAがいなくなってもソ連は健在です。
我が国は常に歴史を通じて東方の蛮族からの襲撃を受けてきました。
チェコやスロバキア、ハンガリーも同様です。
ハンガリー人の姓名の表記の順が、東洋人と同じなのをご存じですよね」
「ああ、東亜人の様に姓から名乗って、名を後に書く習慣を持つのは俺も知っている。
今のハンガリー人の祖先が、マジャール人といって東亜を起源にする騎馬民族だからであろう」
「流石ですな。我がポーランドも少なからず蒙古の(くびき)の影響は受けています。
歴代ポーランド王の肖像画をご覧になれば、蒙古風の装束を着ているのが判るでしょう」
「ホープ」の箱を取り出すや、タバコを口に咥え、
「御託は良い。しかし、世の中、判らぬ事ばかりだ」と、紫煙を燻らせながら、
「ソ連赤軍参謀総長を口説いて、T72戦車を100両買ったシュトラハヴィッツが、今や反ソの旗頭か。
ハハハハハ」と、満座の中で、一人笑って見せた。

 帰りのパンアメリカン航空のチャーター機内で、マサキはタバコを弄びながら、
「俺は、血濡らさずして、東欧の反ソ同盟を作り上げることが出来た。
後は、ソ連の彼奴等(きゃつら)が二度と俺に矛を向けぬほど、縮み上がらせねばなるまい」
満面に笑みをたぎらせながら、美久に言いやった。
「つかぬ事を聞きますが」と顔色を曇らせながら、
「どうした」
「最近、思うにアイリスディーナという小娘に心を踊らされ過ぎです。
稀代の美女に心奪われるのは、人情として、この私にもわかります。
でも、その色香に惑わされれば、やがては身を滅ぼしかねないかと」
「フフフ、お前らしからぬな。人形の癖に嫉妬するとは」
と、告げるとタバコに火を点け、彼女の顔を見た。
「このままいけば、貴方はアイリスという娘の、愛の奴隷になります。
どうか、あぶない火遊びと、諦めた方が宜しいかと」
「確かにお前の言わんとすることも分かる。
唐の玄宗は、傾国(けいこく)傾城(けいせい)と名高い楊貴妃の愛に溺れ、国都長安まで焼いた。
クレオパトラは、ローマの覇者シーザーとの間に子を成し、老将軍を我が物の様に弄んだ。
女性(にょしょう)の色香は、時の権力者を自在に動かしたのは事実」
悠々と紫煙を燻らせながら、
「俺もその事は、重々承知している。
だが、あの娘は人間の抜け殻みたいな俺に何かを与えた。
あの手の温もりは、夢まぼろしではなかった……」
そう告げると、マサキは、静かに機窓から沈む夕日を眺めていた。 
 

 
後書き
 白銀(しろがね)影行(かげゆき)は、名前だけ出て来る武ちゃんのパパです。
多くの二次創作作家の題材になってるので、本作でも好き勝手に創作いたしました。

 ご意見、ご感想お待ちしております。 
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