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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第六十一話 戦いの合間に

宇宙暦793年5月17日10:00
自由惑星同盟、バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、高等参事官執務室、ミリアム・ローザス

 「閣下が所望なされていた本の手配、全て終了致しました」
「ありがとう」
「一部は通信販売でフェザーンから取り寄せますので、こちらに届くまでに少々時間がかかります」
「電子版の書籍は無かったのかな?」
「国立図書館、市営図書館、士官学校の蔵書もあたりましたが存在していませんでした、申し訳ありません…」
「君があやまる事じゃないよ、ありがとう」
「はい」
五十年ぶりの将官推薦者、同盟軍最年少の将官。ブルース・アッシュビーの再来と呼ばれる男…。若くして栄達しているから傲慢、居丈高な人かと思ったけど全然そういう素振りは見られない。私が目にしている風景といえば、携帯端末で電子書籍を読む姿がほとんどだ。そしてシトレ元帥との電話、後方勤務本部との電話、婚約者からかかってくる夕食の買い物の電話…当時まだ生きていた祖父に会いに来たヤン大佐もそうだけど、目の前にいる男もとてもTVで目にする同盟軍の英雄には見えない。
 
 ローザスの名前は私にとって重荷だった。ブルース・アッシュビーを支えた七百三十年マフィアの一人…私にとってのアルフレッド・ローザスはそういう人ではなかったし、その祖父もそう見られる事に正直辟易していた。そして祖父は自殺…もう関わりたくもなかったけれど、一人ぼっちになった私は仕方なく士官学校を受験した。周りの受験者に比べ二年遅れの受験、試験は難しかった。だけど私を落とす事は得策ではないと思われたのだろう、解答内容に自信が無かったにも関わらず合格した。士官学校に入った後も同級生や上級生、更には教官からも特別扱い…マスコミからの取材も止む事はなかった。そういう日常が続けば続くほど、私に近づく者は誰もいなくなった。他に身を立てる術が無かったとはいえ、軍に入った事をこれ程後悔した事はなかった…。

 卒業後は部隊研修も兼ねた統合作戦本部広報課への配属…広報の重要性は理解しているけれど、私の希望は艦隊勤務だった。第三希望にすら書いていない広報課に配属されて、またマスコミの矢面に立たされるのか、と正直幻滅したものだ。
私を救ってくれたのは新しい英雄の存在だった。ヤマト・ウィンチェスター准将。彼の存在が私の事をかき消した。でもその方の副官になるなんて…。
「どうかしたかい、少尉」
「いえ…」
「落胆したかい?TVで見るほどカッコ良くないって」
「正直に申しますとそうです…ではなくて、暇だなあと思いまして」
私の言葉に准将は大声で笑い始めた。
「確かに暇だね。少尉は忙しい方がよかったかな」
「そういう訳ではないのですが…こう、何と申しますか、手持ちぶさただな、と」
「そうか…毎朝の日例会議、午後のTV会議…俺のスケジュールってこれくらいだもんなあ。君を付けて貰って申し訳ないくらいだよ。最近の君の仕事って何だっけ?」
「先程報告した閣下のお読みになりたい本の手配、今閣下の言われた日々のスケジュール管理、あとは閣下のご婚約者のキンスキー准尉の買い物の手伝い…ですね」
「最後は公私混同も甚だしいな…でも暇なのに俺は行く暇が無いんだよ。それに女性の買い物は女性同士の方がいいかなと思ってね」
閣下の婚約者のキンスキー准尉は、後方勤務本部の総務部に在籍している。たまにこの部屋にも来るけど、とても愛くるしい方だ。なんで軍人なんかになったのかとても疑問に思う。

 紹介された当初はとても警戒された。この執務室に私と准将の二人きりなのだ、彼女からすれば男女の仲になってもおかしくはない、くらいに思われていたのだろう。実際、そういう人達は多い。でも准将はそんな彼女の気持ちなどお構いなしに私をキンスキー准尉の買い物やプライベートの相手をさせ始めた。正直私も戸惑ったが、他にやる事もないのでそれに付き合う内に准尉も私への警戒を解いてくれた。このままいい友人になれたら、と思っている。
「まあ、そうですね」
「キンスキー准尉…エリカとは上手くやれてるかい?」
「はい、お陰さまで…友人って大事だなあと痛感しました」
「そうか、それはよかった」
「失礼ですが、ご結婚はまだなさらないのですか?」
私の質問に、准将は腕を組んで天井を見ている。
「…ハイネセンに居る内に、と思ったんだけどね。今は目立つなとも言われているから、当分先かな」
准将は私の質問にそう答えると、コーヒーを頼むよ、と言って窓の外を眺めだした。目立つな…どういう事だろうか。
「目立つな、というのは…」
「そのままの意味だよ。大人しくしてろ、という事さ。君も目立たなくていいだろう?」
「それは…」
「ブルース・アッシュビーの再来と七百三十年マフィアの孫娘…目立ちそうな組み合わせとは思わないか?目立つなという割には本部長も何を考えているのやら」
「…小官もそう思っていました」
「だよねえ。まあしばらくはここでのんびり過ごすさ。君も遠慮なく年次休暇、使っていいからね」
「ありがとうございます……あの、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「うん、どうぞ」
「本当に閣下が先年の作戦を考えられたのですか」
「原案はシトレ本部長だよ。本部長の作戦案には帝国本土への侵攻は無かったけれど。言いにくい事だが、本部長の作戦では成功しない、と思ったんだ…誰にも言わないでくれよ?」
「は、はい。…なぜ成功しないと思われたのですか?」
「うーん…何でだろうね。でも俺の考えた案もただの思いつきだったんだよ」
「そうなのですか?」
「そうだよ。毎回三個から四個艦隊で失敗している、なんで失敗しているのにその規模でしかイゼルローンを攻めないのかなあ、何か理由があるのかな、って…ね」
「ですが…大軍で攻めれば陥とせる、という訳ではないと思いますが…」
「確かにそうだね。でもイゼルローン要塞がいくら難攻不落と言っても限界はある。要塞は単体では成り立たないんだ、動けないからね。だから機動兵力として駐留艦隊がいるこいつが厄介なんだ。これを撃破するか動きを封じなきゃいけない。となると同数ではダメ、最低でも二個艦隊はいる。そして過去の戦いを見るとこちらの戦力に対して増援が無い場合もあるけれどある場合は一個艦隊規模の増援が来る。それに対する為に三個艦隊から四個艦隊。相手の艦隊をどうこうするのに最低でもこれだけ必要なんだ。本部長の作戦案では動員兵力に問題があった。だから全艦隊を繰り出したのさ。大軍の方が選択肢は増えるからね」
「ですが、増援が一個艦隊とは限りませんが…」
「だからこその十二個艦隊だよ。多少増援が多くても大兵力で一気にカタを着ける、という事さ。だから作戦目的を秘匿する必要があったんだ。全艦隊を動員すると知れたら、帝国だって手をこまねいてはいないからね。それに全艦隊の動員なんて何度も打てる手じゃない、だったら一度で思い切りやろう、という訳さ」
確かに准将の言う通りだった。大兵力で対処する…正論だわ。でも実際には過去の戦いとそう変わらない四個艦隊という兵力でイゼルローン要塞を攻略している…めちゃくちゃすごい事じゃないの……と私が准将の話に感心していると、電話が鳴った。



5月17日10:30
自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、高等参事官執務室、
ヤマト・ウィンチェスター


「はい、統合作戦本部、高等参事官室、ローザス少尉です…はい…はい。少々お待ち下さい…閣下、新着任の方々が受付に到着されたそうです。こちらにお通ししてもよろしいですか?」
「やっとか…頼むよ」
彼女が受話器を置いた五分後、執務室のドアがノックされ、四名の士官が部屋に入って来た。
「マルコム・ワイドボーン中佐ほか三名、ただいま着任しました。よろしくお願いいたします」
部屋に入って来たのは…ワイドボーン、アッテンさん、フォーク、スールズカリッターの四人だった。
「皆、よく来てくれた。心から歓迎します」
「こちらこそ呼んで頂き光栄です。前線がアムリッツァ星系に移ってしまったので、エル・ファシルで腐っておりました。なあフォーク大尉」
「はい。閣下のご活躍を羨ましく思っておりました…ところで何故スールとアッテンボロー先輩がここに居るのです?スールは第三、アッテンボロー先輩は第二艦隊のはず…何か失敗でもしましたか?」
「お前、相変わらず生意気だなあ。ちゃんと功績立てて昇進してるよ」
「そうだ、お前はエル・ファシルで高見の見物だっただろうが、大変だった…失礼しました、ワイドボーン中佐」
一気に四人も増えると賑やかになるな。しかしワイドボーンはともかく上官の前で取る態度じゃないなこいつら…。ミリアムちゃんだって唖然としてるじゃないか。
「しかしもう准将閣下か。こりゃ態度を改めなきゃいけませんな。閣下、何卒よろしくお願いいたします」
「私は気にしませんけどね」
俺の言葉にワイドボーンが首を横に振った。何か言いたげな顔をしている。
「どうかしましたか、中佐」
「いえ、閣下のお気持ちは分かります、ですがそれは閣下の為になりません。以前もご一緒に勤務させてもらいましたから、閣下が居丈高な方ではない事は承知しております。ですが閣下は若いとはいえ既に閣下と呼ばれる地位にあるのです。確かに此処に集まっているのは士官学校では先輩後輩、年も近く気になさるのは分かりますが、そこはどうかお気になさらぬようお願いいたします」
ワイドボーンの優等生的な発言で皆が背筋をピンと伸ばしている。そうだよ、俺だって分かっているけど…まあいい、確かにワイドボーンの言う通りだ、軍隊は階級社会、年が若かろうとも准将は准将、指揮官なんだ。俺がけじめをつけないと俺だけでなく彼等の為にもならないな。ありがとうワイドボーン…。



5月17日12:45
ハイネセンポリス、中央区三番街、三日月兎(マーチ・ラビット)亭、
ミリアム・ローザス


 いいのかしら…午後から休暇処理、着任祝いで皆で昼食会だなんて。ウインチェスター閣下の直接の上司はシトレ本部長だけれど、高等参事官室全員が休む事を許可するなんて、いったい何を考えているのだろう…。
「少尉!待たせてしまってすみません」
「全然待ってないですよ、皆さんは既に中でお待ちです」
折角の昼食会という事で、閣下はキンスキー准尉にも声をかけていた。男性五人に女は私一人、閣下が気を使ってくださったのだ。
「けどいいんですか?小官は部外者ですけど」
「誰も部外者だなんて思っていませんよ。それに、面子を見たらエリカは多分笑うよ、って閣下は仰ってましたわ。さあ、入りましょう」
店内に入って面子を見た途端、キンスキー准尉は本当に笑い出してしまった。ちゃんと挨拶をしたのは初対面のワイドボーン中佐にだけだった。
「エリカちゃん、俺たちの顔に何かついてるか?何がそんなにおかしいんだ」
「いえ、想像通りのメンバーでおかしくてつい…失礼しました、アッテンボロー少佐」

 私の想像以上に皆プライベートでも仲がいい様だ。私はちょっと会話に入りづらい。ワイドボーン中佐も同じ様に感じたのだろう、私のグラスにワインを注ぎ始めた。
「マフィアを作るってのは本当のようだね、少尉」
「中佐はご存じだったんですか」
「スタッフに誘われる時に通信をもらってね。何でも本部長の内命らしいじゃないか…面白そうだ、って飛びついたよ。だから呼んでもらって光栄ってのは本当なのさ」
「そうだったんですね」
「少尉ももうマフィアの一員だぞ。俺達より先に来ていたんだから、古参メンバーって事になるな」
ワイドボーン中佐は笑ってそう言った。中佐の事は私も少しは知っている、士官学校首席で十年来の天才、と騒がれたそうだ。その天才ワイドボーンをシミュレーションで打ち破ったのが当時落第寸前のヤン大佐…近年の士官学校出身者なら皆知っている話だ。
「だけど、俺達だけなのか?」
「いえ、閣下の同期のバルクマン中佐、ダグラス中佐が来られます。あと後任人事が決まり次第こちらに配属になるのがヤン大佐、カヴァッリ中佐、ラップ少佐ですね」
「へえ、ヤンとラップも来るのか。士官学校以来だな」
中佐が懐かしそうな顔をする。
「お二人とは親しくされていたのですか?」
「…いや。親しくはなかったな。最初は専攻も違ったから、親しくなるような機会がなかった。そして奴が戦研科に転科してきた。そこから先は君も聞いた事があるだろう?俺も目を疑った、なんで奴なんかに負けたのか…当時は訳が分からなかった…」

 当時の事が懐かしいのだろう、ワイドボーン中佐は空になったグラスに赤ワインを注ぎながら笑っている。
「…シミュレーションでの奴の任務は補給線の維持だった。当初は遭遇戦から始まった。奴は俺の艦隊にある程度の損害を与えると、後退を始めた。俺は損害を受けたとはいえ軽微な物だったし、まだ逆転は可能だと思った。奴の能力なら追い縋る俺を殲滅する事も出来ただろう、だがあいつは後退を止めなかった。シミュレーションが終了してみると、判定は俺の負けだった」
「…当時は、と仰いましたが…」
中佐がワインボトルを手にする。慌ててグラスを空けた。
「ああ。今なら分かる。奴はシミュレーションの外の宙域を見ていたのだろうと思う。敵の補給線を遮断するとなれば、敵の内懐に入らねばならない。撤退する守備艦隊を追えばますます奥深くに侵入する事になる。あいつは自分だけではなく、味方の包囲網に俺を引きずり込んで撃破する想定を考えていたのだろう。たとえ自分だけで俺を撃破出来たとしても、損害が大きければその後の任務続行は難しいからな。遭遇戦という形で始まっているから、敵戦力は俺の艦隊だけではないかも知れない、一時的に後退したとしても、味方総出で当たれば楽に撃破できるしその後の任務続行も可能だ…多分そういう状況になったら、という想定でもしていたのだろうと思うよ」
「ですが、それはそのシミュレーションの設定を超えているのでは…」
「そう。だから当時は分からなかったのさ、現実の戦場に出た事はなかったからね。マシンの判定でも俺は負けだったし、教官達も同様だった。マシンは純粋な被害判定だけど、教官は実際の戦場を知っているからな、ヤンの戦い方が戦場と重なって見えたのかも知れないよ…あいつの誘い方はかなり巧妙だったからな、乗せられたよ」
「では当時からヤン大佐は実際を…戦場を見据えていたと…」
「たまたまかも知れないけどね。今考えるとそうなんじゃないかとは思っている。シミュレーションの戦場の優劣だけ見ていた奴等が、あいつに負けるのも無理はないさ。トップグループに居て、ヤンに負けて自信を無くした奴等だって結構いるんだぜ」
そう言って中佐は遠い目をした。私の同期にも当然首席や成績優秀者は沢山いる、けれども目の前のワイドボーン中佐やヤン大佐の様に存在を騒がれた人は居なかった。
「となると…士官学校での成績や序列というものはあまり意味をなさないのではありませんか?」
「そんなことはないさ。士官学校での成績や序列というのは、与えられた課題や問題に対する処理能力やその人間の適性を明らかにするためのものだ。成績の優秀な者の方がやはり処理能力や現状認識、計画遂行能力は高いからね。だから戦争をしていない平和な世の中なら卒業時の席次が軍での人生を左右するんだが…あいにくと今は戦争中だ、成績だけでは見えない物が必要になってくる」
「それは…」
「はは、これから君も分かるよ。ヤンやウィンチェスター准将を見ていればさ」




 
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