俺様勇者と武闘家日記
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第2部
ダーマ
シーラの試練・前編(シーラ視点)
前書き
やっぱりちょっと塔の構造を変えています。
「ここがガルナの塔か……」
はるか高く聳え立つ塔を見上げながら、あたしの仲間であるナギちんはぽつりとそう呟いた。
ダーマの神殿から追い出されたあたしたちは、あたしの弟マーリンから聞いた情報を頼りに、ガルナの塔へと足を運んでいた。
ここには、『悟りの書』という書物がどこかにあるという。それを手に入れることが出きれば、お父様もきっと認めてくれるだろう。
そもそも悟りの書は、あたしのお祖父様であり、偉大なる三賢者の一人でもあるイグノーが書いた書物のことだ。
お祖父様は昔、当時サイモンとかいう人と一緒に魔王を倒そうと旅に出た。そのときに父様に大僧正の座を譲ったみたいなんだけど、お祖父様が大僧正のときは、今では考えらんないくらいたくさんの転職者がダーマを訪れていたそうで、旅に出てからはお祖父様を尊敬する人もさらに増えたとか。
あたしも小さい頃に会ったっきりだけど、お祖父様のことは尊敬してる。だって魔王を倒そうとしただけじゃなく、賢者としていろいろな呪文を編み出したり、新しいアイテムを作ったり、世界中の人たちを助けたりして名を残したんだもの。
それに、マーリンだってあたし以上にお祖父様のことを尊敬……いや、崇拝している。そんな風にお祖父様のことを思っている彼が、お祖父様に関することでわざわざ嘘をつくなんて考えられない。きっと彼の言うとおり、悟りの書はここにあるはずなんだ。
「しっかし、ダーマからここまでずいぶんかかったな」
「しょーがないよ。ずっと山道だったもん」
ダーマを出発してからほぼ一週間。もともとダーマの僧侶の修行場だったガルナの塔は、今ではすっかり荒れ果てていた。きっとお祖父様が来てからは、ほとんど人が足を踏み入れることはなかったのだろう。
けれど塔の入り口の扉だけはしっかりした作りのままだった。中に入ろうと、先にナギちんが扉に手を掛けてみたけれど、なぜか扉は動かない。
「もしかして、鍵がかかってるのか?」
思い付いたようにナギちんは、胸のポケットから盗賊の鍵を取り出した。ユウリちゃんからもらったとき何だかんだ文句言ってたけど、結局肌身離さず持ってるところがナギちんらしい。
けれど、差し込もうにも肝心の鍵穴が見当たらない。一通り扉を見回したけれど、それっぽいところは結局見つからなかった。
「何だよ。入れねえんなら意味ねえじゃん」
不満げに独りごちるナギちんの横に立ち、今度はあたしが確かめてみる。もしかしたらと思い、あたしは扉の中央に手を当ててみた。
ぼおぉっ……!
耳なりのような低い音と共に、扉全体が薄く光り始めた。そして光が止むと、かちゃりという、小さな金属音が聞こえた。
「な、なんだ今の!?」
驚くナギちんをよそに、あたしはためらうことなく扉を開け放った。思った通り、この塔の扉はダーマの一族しか開けることが出来ないようだ。どういう仕掛けかはわからないが、きっとお祖父様の力だろう。
「扉も開いたし、中に入ろう! ナギちん!」
「あ、ああ」
こうしてあたしとナギちんは、この塔のどこかに眠っているという悟りの書を手に入れるため、塔の中へと入っていったのだった。
「くらえ!!」
バシッ!!
ナギちんの攻撃をまともに受けた一体の魔物が、吹っ飛ばされて塔の壁にぶち当たる。そのまま魔物は事切れて、ぐったりと動かなくなった。
「ナギちん、後ろ!!」
今度は大きなハチみたいな魔物がナギちんの背後に襲いかかる。あたしの叫びに、ナギちんは振り向きざまにチェーンクロスを振り下ろすも、その魔物に紙一重で避けられてしまった。
「くそっ!!」
その隙を狙って、でっかい鳥の頭の魔物がナギちんに体当たりしてきた。その衝撃でナギちんは受け身を取りながらも地面に倒れてしまう。
「ナギちん、大丈夫!?」
あたしは慌てて駆け寄ると、苛立たしげに魔物の群れを睨むナギちんを起こした。
あたしが僧侶になることを決意してからもナギちんは、いつも通り接してくれている。でも、本当のところはあたしに付き合わされていることに対してどう思っているのか。それが彼の口から語られたことは一度もない。けどそれが彼の優しさだとわかっていても、ついついあたしは甘えてしまっていた。
これまでの旅路は全てあたしのわがままから始まった。戦闘の面でもあたしは足手まといで、ほとんど何の役にも立ってない。それでもナギちんはあたしを見捨てないで、一緒についてきてくれる。
ダーマに行ってお父様やマーリンにあたしのことがバレたときも、ナギちんはあたしを庇ってくれた。なんだかんだで、ナギちんは仲間思いの優しい人なのは知っている。
でも、このままナギちんや、他の皆に守られたままでいたくはない。皆と旅を続けるなら、あたしも皆を助けてあげられる、そんな存在になりたいんだ。
あたしは大きく息を吸いこむと、ナギちんに向かって口を大きく開けた。
「お、おい、何を……」
「頑張れー!! 頑張れ頑張れナギちん!!」
あたしは出来るだけ大声でナギちんを励まし続けた。すると、ナギちんの体がじんわりと暖かくなっていくではないか。
「なんか、体が熱いぞ……!?」
あたしにもよくわからないが、とにかく今はナギちんに頑張ってほしくて、一生懸命応援した。ナギちんはすぐに立ち上がると、魔物に向かって猛ダッシュした。
そしてハチの魔物と鳥頭の魔物に向かって、勢いよくチェーンクロスを振り回すと、その早さについてこられなかった二匹の魔物は、あっけなく両断された。
「ナギちん、すごい!!」
あたしが歓喜の声を上げると、ナギちんは自分でも驚いた顔をしていた。
「なんかお前に応援されたら、急に力が漲って、早く動けるようになったんだけど」
「?? どーゆーこと?」
「いや、それはこっちが聞きてえよ。てかなんで急に応援し始めたんだよ」
「う~ん、なんかわかんないけど急に応援したくなって」
「……まあ、いっか。お前のお陰で助かった。ありがとな」
「へへ、どういたしまして☆」
これも遊び人の力なのだろうか。よくわからないが、ナギちんにお礼を言われ、あたしは上機嫌になる。
そんなこんなで、幾度もの戦闘を繰り返し、あたしたちは着実に先へと進んでいった。
塔の内部はシンプルな造りになっているけれど、その分広い。さらに五階まであるので、今日一日では上りきることが出来なかった。
四階に上ったところで疲労がピークに達したあたしたちは、魔物の気配のない場所をナギちんに見つけてもらい、野宿をすることにした。塔の外で拾ってきた薪に火を点し、僅かな携帯食料にかじりつく。お互い疲労困憊からなのか、言葉を交わすことはなかった。
振り返ると、もう一週間以上宿屋で休んでいない。お酒だって一滴も飲んでないし、格闘場のことなんてここ数日ですっかり頭から消えていた。今はそんなことよりも、悟りの書を手に入れたいと言う気持ちで一杯だった。
食べ終わるや否や、ナギちんは冷たい石の床に敷物を敷くと、さっさと寝てしまった。普段戦闘で気を張ってるナギちんには出来る限り身体を休ませて、あたしは専ら夜の見張りに専念している。夜更かしはアッサラームでもよくやっていたので起きているのは苦ではない。
隣でナギちんがいびきをかいて寝ている間、あたしは一人ぼんやりと焚き火の炎を見つめながら、今までの出来事を思い返していた。
ひょんなことから勇者のユウリちゃんやミオちんと一緒に旅をすることになったけれど、最初は次の町で別れるつもりだった。さすがに初対面の人からお酒をおごってもらい続けるわけにはいかないしね。
でも、ユウリちゃんは文句を言いながらもあたしを置いてくことはしなかったし、ミオちんもあたしを仲間として接してくれた。そんな二人に甘やかされて一緒にいるうちにナギちんも仲間になり、気づけば別れるタイミングを逃してしまった。
……ううん。本当は、いつか自分が必要とされるんじゃないかって、期待していたのかもしれない。だからずっと皆の輪の中に留まっていた。
けど、こんなに弱くて足を引っ張る存在なのに、ユウリちゃんの仲間でいていいわけがない。でも、今さら皆と離れたくない。そんな相反する思いが頭の中をぐるぐる駆け巡っていくうちに、一つの結論にたどり着いた。それは、僧侶の道に戻ること。
ピラミッドでユウリちゃんが「魔法使いか僧侶がいたらいいのに」とか言ってたのを耳にしたあたしは、僧侶になればきっと皆の役に立つんじゃないかと思った。そのときはまだ迷っていたけど、バハラタでミオちんが変態筋肉男に襲われたとき、あたしの気持ちは完全に固まった。
ナギちんに相談したら、最初は反対されたけど、あたしが頑張って説得したら、理解してくれた。それだけじゃなく、あたしと一緒についてきてくれるって言ってくれて、あたしはそれが本当に嬉しかったんだ。
だけど、そもそもあたしは僧侶には向いてないんじゃないか、と思うことが度々あった。
昔ノールや他の僧侶とともに修行を受けたときも、同年代の他の子よりも習得するのに時間がかかっていた。いつのまにかレベルはあたしより年下の子にまで抜かされるようになり、覚えた呪文の数も他の子より少なかった。
そんな中、母様が弟のマーリンを産んだことにより、周囲の考えは徐々に変わっていった。
マーリンが五歳のとき、彼は誰かに教わることなく、独学でホイミを覚えた。そのときの父様の反応は、まるで亡くなったお祖父様の生まれ変わりかと思うくらい感激していた。と同時に、父様の関心は明らかにあたしからマーリンへと移っていった。
そんな天才が隣にいれば、自ずとあたしの自尊心は崩れていく。幼い頃次期大僧正と褒め称されたのが嘘のように、周りの大人も次第にあたしから離れていった。
そしてあたしが十二歳のとき、事件は起きた。
いつまで経っても新しい僧侶の呪文を覚えないあたしに苛立った父様は、ついに手を上げた。今でも父様に叩かれた頬の痛みを覚えている。そしてそのあとに言われた言葉も、未だに忘れられない。
「お前は我が一族の面汚しだ!!」
その瞬間、今まで辛い修行や罵倒に耐えてきたあたしの心の糸はぷつんと切れた。
あたしは一体今まで、何のために僧侶の修行をしてきたのだろう。そんな負の感情がいっぺんに押し寄せてきて、奔流となって渦巻いた。
その後の事はよく覚えていない。他の僧侶たちからも散々色々なことを言われたが、心を閉ざしたあたしの耳には届かなかった。そして当て付けのように父様に頼み込み、無理やり遊び人に転職したんだ。
そのままダーマを出ようとしたとき、まだ幼いマーリンと目があったことだけは覚えている。まるで汚物でも見るかのようなその視線に、あたしはまだ幼いマーリンに別れの挨拶をすることもなく、そのまま神殿の門を開けた。
そして二度と戻らないと誓ったあと、着の身着のままアッサラームに辿り着いたあたしは、半年ほどホームレス生活をしていた。その間人には言えないようなこともしたし、色々な目にも遭った。
そんな中、ボロ雑巾のようなあたしを拾ってくれたのがアルヴィスだ。彼とともに生活し、冷え固まっていたあたしの心はゆっくりと溶かされていった。さらに、彼と一緒の職場にいたビビアンとの出会いがあたしの人生を変えた。アッサラームでの新しい生活は苦しいこともあったけど、それよりも新鮮で楽しいことの方が多かった。今のあたしがあるのは二人のお陰でもある。この二人には感謝してもしきれない。
でも、そんな生活を何年か続けてきて、次第にこのままでいいのかと疑問に思うようになった。二人に庇護されていたあたしは、ダーマにいるときと全く変わってはいないのではないかと考えるようになったのだ。
でもそんなことを二人に言ったら、きっと自分のことを放り投げてあたしのことを心配するだろう。あたしのせいであたしの大好きな人の人生が疎かになるのは嫌なんだ。
ちょうどその頃、アリアハンで勇者……つまりユウリちゃんが魔王を倒すというお触れがアッサラームまで届き、当然あたしの耳にも入る。最初は他人事のように聞いていたが、ふと、そんな大それたことをする勇者という人物がどんな人なのか、気になった。
動機は本当に単純で、興味本位でしかなかった。魔王と戦うとか、そんなことこれっぽっちも考えてなくて、思い立ったら即実行のあたしはすぐにアルヴィスたちに別れを告げると、一人アリアハンへと旅立った。
実際ルイーダの酒場でユウリちゃんを見たとき、あたしと同じように皆に期待されていて親近感を覚えたのだが、彼の第一声でその印象はガラリと変わった。歯に衣着せぬもの言いで、人望を一気に失うその姿に、同情すら芽生えた。
本来ならそこであたしとユウリちゃんの出会いは終わるはずだったのだが、なんやかんやで一緒に旅をすることになって、あたしの人生は再び変わった。
きっかけはなんであれ、今あたしがここにいる理由は、あたしがここにいたいと決めたからだ。やっと見つけた自分の居場所を、こんな形で失いたくない。だから、ここで引くわけにはいかないんだ。
「おーい、交代の時間だぞ」
眠たそうに呼ぶ声に振り向くと、やっぱり眠そうに目蓋を擦っているナギちんの姿があった。
「なんだぁ、まだ寝ててもいいのに」
まだ夜明けまで大分時間があるはず。あたしの体内時計は割と正確なのだ。
「今日はお前のお陰で戦闘に勝ったようなもんだしよ。……たまにはお前も休めよな」
照れているのか、最後の方は尻すぼみになりながらも話すナギちんがなんだか可愛く見えて、あたしは思わずにやけてしまう。
「大丈夫だよ♪ あたし夜起きてるの得意だし」
なんてヘラヘラしながら答えてると、いつになく真剣な表情でナギちんはあたしを見つめていた。
「……オレ、知ってるからな。お前が本当はクソ真面目な性格なこと」
「へっ!?」
予想外な言葉に、あたしは心臓がどきりと反応した。
「そんでもって自分に厳しくて、無理するところな。自覚してないかもしんねえけど、半年近く一緒にいりゃあ気づかない方がおかしいっつうの」
ナギちんの指摘に、なぜかあたしのこめかみから冷や汗が伝い流れてくる。おかしいな、全然そんなことないんだけど?
「やだなあ、全然見当違いだよ? それ」
「その割には顔がぎこちない気がするけどな」
さらに指摘され、言葉に詰まるあたし。ナギちんはそんなあたしの様子を確かめるようにじっと見据えたあと、あたしの頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「いーから、たまには寝とけ! 明日もお前の力を借りるかも知れねえんだからな!」
そう言うと、ナギちんはあたしの言葉も待たずにどかっと横に座った。どうやら意地でも寝直す気はないらしい。
「……ホントに、いいの?」
「二度も言わせんな。いいっつったらいいの!!」
頑固な盗賊に、私は思わず苦笑する。
「そこまでいうなら、お言葉に甘えて休ませてもらうね♪」
あたしはこれ以上抵抗することを諦め、素直にナギちんの言うとおりにすることにした。何故なら、彼があたしの力を頼りにしていると言ってくれたことが何よりも嬉しくて、この気持ちのまま眠りたいと思ったからである。
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